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紛い物は雑味が目立つ

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「・・・見てる。」

「見てるのねん♪」

「見てるな・・・。」

「獲物がかかったとマダムに伝えろ。」

____________

 ターゲットとして注目していたノルベルト・ギムソンは歌姫アレクサンドラがスポットライトの下に現れると明らかに顔色を変えた。
 隣にお気に入りの女がいる事などお構いなしにアレクサンドラの全身を舐めるように見ていた。

 当然、店の者達には筒抜けでメイドもボーイもハンターように観察していた。

 静かにルリがバックヤードに消えていくのを見届けるとポピーとジェットはカウンターに向かいヒスイはVIP席への階段を登っていった。


 カウンターで酒作りをしていたエドとギルは近づいて来た2人の顔を見て小さく頷き赤い酒を注いだグラスをポピーに渡した。
 ポピーは苦笑するとトレーに乗せてヒスイの後を追い2階への階段に向かって行った。

「アリー姉さんの化け方怖いっすねー。
 ついさっき、ドレスのままソファーに寝転んで雑誌を読んでてマダムに頭どつかれてましたよ。」

 ジェットの報告にギルは笑って肩を小刻みに振るわせていた。

になるのにも気合がいるからな。
 できるだけリラックスしようとしたんだろう・・・いや、違うか。
 あいつは、いつもそんな感じだ。
 今は獲物の視線を感じて嫌がってるだろうな。」

「仕事、あがったらボロクソでしょうね。
 クククっ。」

 2人が小さい声で笑っているとエドが近づいてきた。

「ほら、話してないで仕事しなさい。
 ジェット。
 獲物のツレが呼んでますよ。」

「へーい。
 恋人がアリー姉さんに夢中だから飽きたんですかね?
 行ってきます。」

 残った2人のバーテンダーはカウンターに座るギムソンの部下達に目をやった。
 アレクサンドラに夢中になっている者。
 音は耳で楽しみステージに背を向けて酒を楽しんでいる者。
 ソレラとは全く違い離れているとはいえボスの様子を気にしてみている者。
 ゴレッジがソレだった。

 ボスがアレクサンドラを気に入ったのをゴレッジは気付いていた。
 ギムソンだけではない。
 初めてアレクサンドラの歌を聴いた者は漏れなく彼女の虜になる。
 このダチュラでは当たり前の事だった。

 問題は店内だけのロマンスで終わるか、それ以上を望み身を滅ぼすかだった。

「何かご用意しましょうか?」

 そんなゴレッジに声をかけたエドはにこやかにグラスを拭いていた。

「あぁ、エドさん。
 ボスはダチュラでの作法をまだ知らない。
 アレクサンドラに熱を上げないか心配でね。」

「それは彼女にとって最上の褒め言葉ですね。
 彼女は全てのお客様を魅了しているのですから。
 それに、心配は無用のようですよ。」

 顎をしゃくるエドにつられて見てみればカトラがギムソンにしなだれかかっていた。

「お2人で楽しんで頂けている様です。」

「そうか。良かった・・・。
 うん。うん。
 エールを1杯もらえるかい。」

「畏まりました。」

 ホッとしたのかゴレッジは注がれたエールを一気に煽ると安心したようにアレクサンドラの歌に聞き惚れていた。
 その後ろではエドとギルが静かに微笑んでいたのを彼は知らない。

 一方、VIP席に足を運んだヒスイは静かにマッカランを堪能している白龍のボス、ジャン・ドゥの元に向かった。

に当店の歌姫を気に入って頂けたようです。」

「・・・そうか。
 やはり短絡な男だな。
 面白味もない。
 それを相手にしているんだからな。俺は。」

  自傷気味に笑うジャン・ドゥをヒスイは顔色を変えず見つめていた。
 するとポピーが階段を上がってきてヒスイにトレーを差し出した。
 受け取ったヒスイは赤い酒が入ったカクテルグラスをジャン・ドゥの前に静かに置いた。

「これは?」

「当店からの1杯で御座います。
 カクテルの名は“デュボネ・カクテル”。
 《嫉妬》を意味するカクテルでございます。
 ジンとデュボネというキナの樹皮を熟成させたワインを合わせています。
 少々、苦味のある独特なカクテルです。」

 カクテルグラスを持ち上げてジッと見ていたジャン・ドゥはニヤリとすると一気に煽った。
 通常、カクテルグラスで出されるカクテルはアルコールの強めの酒が使われている事が多い。
 それを少しづつ楽しむのが良しとされる。
 にも関わらず、ジャン・ドゥが一気に飲み干した為に後に立つスカーが心配そうに近づいてきた。

「この俺にかき回せと言うか、マダム・マリエッタめ。
 本当に敵わないな。
 いいだろう。折角だから楽しむとしよう。」

 ジャン・ドゥの返事にヒスイは頭を下げると静かに下がって行った。

 その後、ショーを終えたアレクサンドラが店中の視線を集めながらヒスイにエスコートされ階段を登ってきた。
 ジャン・ドゥは出迎えるとアレクサンドラの腰を抱き隣に座らせた。

「なんであろうと、ダチュラの歌姫を隣に座らせ飲む事が出来るんだ。
 こんなに良い日はないな。」

 ジャン・ドゥは実に楽しそうに笑った。

「ボス。ギムソンも注目しています。」

 スカーが耳もとで報告するとジャン・ドゥとアレクサンドラは微笑みながらグラスを合わせた。

「良いねー。楽しむに限るさ。」

 ギムソンだけではなく自身に刺さる視線を笑顔で跳ね飛ばすジャン・ドゥは微笑みを絶やさないアレクサンドラの顎を持ち上げた。

「それくらいにしておきな。」

 厳しい声が聞こえ階段に目をやるとマダム・マリエッタが小さなメイドを伴いやっていた。

「全く、アンタは隙を見せれば狙いやがって。
 アレクサンドラがだって事を忘れるんじゃないよ。」

「これはこれは、マダム・マリエッタ。
 本日も実にお美しい。」

 立ち上がって胸に手を当てて挨拶をするジャン・ドゥに手を出し甲にキスされるのを受け入れたマダム・マリエッタは鼻で笑った。

「フンッ!お世辞も大概にしな。坊や。
 また、面倒なのを背負い込んで来て。」

 ジャン・ドゥはクスクスと笑うとアレクサンドラの肩を抱いた。

「申し訳ないね。
 俺が直接に手を下せば、もっと面倒になりますからね。」

 階下の人間達から見れば和やかに見える会話も2人はビシビシとやりやっている。

「さーて。
 今回のお客様はどう動くかね・・・。」

 マダムはタバコに火をつけると煙を吐き出した。
 その煙を目で追うとノルベルト・ギムソンが店を後にする姿が見えていた。




「ありがとうございました。
 どうぞ、気をつけてお帰りください。」

 体の大きなドアマンに見送られ、ギムソンはご機嫌に車に乗り込んで去って行った。
 しばらくすると外にボーイが顔を出してきた。

「どうだった?」

「ご機嫌でお帰りになりました。
 近日中に、また来るでしょうね。」

「だろうな。を撒きまくったからな。」

 ジェットの言葉に笑うリトゥル・バーニーであったが予想は少しハズレた。

 近日中なんかではない。
 ギムソンは次の日、部下とカトラを連れて再び現れたのだ。

 その次の日も・・・また次の日も・・・。
 休業日以外をギムソンはBar  Hopeに顔を出した。
 
 それには、流石のマダム・マリエッタも苦笑するしかなかった。

「焦らすだけ焦らして挨拶でもしようかね。」

 マダムは扇子を閉じると不敵に笑った。
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