地獄の沙汰も酒次第・・・街に愛された殺し屋達に会いたいのならBar Hopeへようこそ

ぽん

文字の大きさ
上 下
8 / 90
Bar Hope 〜男も女も騙し合い〜

1

しおりを挟む

「先日までの“ダチュラ”での我々警察官の不祥事は王都“ペンタス”まで聞こえてきている。
 それでなくても、ダチュラの治安は全国で比べるとワースト1の街だ。
 私が配属されたからには気を引き締めて欲しい。
 何よりも・・・・・」

 男は欠伸を耐えながら新しく上司になった自分より若い男の演説を聞いていた。
 気怠げに立っていると後ろから二の腕をつねられた。

「ガブさん・・・。新任の上司の初日早々にやめてくださいよ。」

 後輩のサマンサ・ウォーレンがコソッと呟く。

「っつー・・・サムよ・・・アザが出来たらどうすんだ。
 にしても、上に立つ奴らってのは何で話が長いかね。」

 サマンサが笑いを堪えていると、やっと話が終わったらしい。
 あっという間に署員それぞれが、デスクに戻って行った。

 ガブも気怠げに自身のデスクに座ると、またもサマンサが顔を寄せてきた。

「で?どう思います?
 新しい部長。」

「どうって、お前。
 判断するのは早いだろうよ。
 前任者よりも、まともであれば良いさ。」

 2人は数人と握手を交わすと、ガラス張りの個室に入って行く新しい上司を目で追った。
 サマンサは先日の事件で上司であったノーマン・モスが未成年の少女達を食い物にしていた事で心に傷を負っていた。
 ノーマン・モスとの最後の会話も自殺するような感じに見えなかったと主張したが、捜査本部では聞き入れられていない。
 そんなサマンサは、すっかり上司アレルギーになってしまっているのだ。

 ガブとサマンサが話していると、不意に2人を呼ぶ声がした。

「オライリーとウォーレンは何処だ?」

 当の新任上司であるテレンス・ブラナーがガラスの扉を開けて立っていた。

「ここです。」

 ガブとサマンサが手を挙げるとブラナーは無言で手招きをした。
 2人は何を言うでもなく立ち上がると、まだ荷解きが出来てない新任上司の部屋に入っていった。

「失礼します。」

 サマンサが声をかけ、ガブも続けて入っていった。

「閉めて座ってくれ。」

 ブラナーは2人に椅子を進めると深い溜息を吐いた。

「ここ数週間にとって、君達、捜査官が辛い立場である事は理解しているつもりだ。
 特に前任者、ノーマン・モスと最後に話したウォーレン君は取り調べが続いた事だろう。
 私は新しく赴任してきたばかりで、この街では新参者だ。
 だから、君達の意見は重要でね。
 資料を読ませて貰ったよ。
 ウォーレン君はノーマン・モスの死に疑問を抱いているんだね?」

「・・・はい。」

 サマンサが口籠ると、ブラナーは前屈みになって目を合わせた。

「私は、ノーマン・モスが未成年の売春に関わっていた事件も当然重要であるがの死が不可解でならない。
 全てにおいて最初から調べ直す必要があると思っているんだ。
 話してくれないか?あの日、何があったのかを。」

 サマンサに不安そうに見つめられるとガブは肩をすくめた。

「話してみたらいい。お前の声を聞くやつなんていなかったんだ。
 新しいボスは、聞く耳を持っているようだ。」

 サマンサは溜息を吐くとブラナーに話し始めた。

「なんて事のない日だったんです。
 あの頃から事件が立て続きに起こったせいで、みんな辟易していたんです。
 だから、あの日は早く帰る署員が多くて・・・。」

「事件が立て続き・・・?」

 ブラナーはファイルを漁って広げた。

「これか?ビルで男達の死体が多数見つかった?」

「そうです。」

 サマンサはガブに助けを求めた。
 ガブは、また溜息を吐くと説明しはじめた。

「ここ最近、“天使の居眠り”なんて名前のデートドラッグが流行りましてね。
 なんて事はない。
 狙った奴をクラブやBARで眠らせて数人で襲うっていうクソみたいな事件でして、そのドラッグの出元がビルに拠点を持っていた“ラカーユ”っている小規模マフィアだったんですよ。
 街にドラッグを流して台頭しようとしたんでしょうが・・・この街にはクスリ嫌いが多くてね。
 俺達、警察がしょっぴく前にケリをつけた輩がいたようです。」

 黙って聞いていたブラナーは他のファイルもペラペラとめくった。

「この港倉庫の死体は?」

 ガブはファイルを受け取り確認すると頷いた。

「これがデートドラッグを利用していた男達だと睨んでいます。
 発見された時は全員とも素っ裸でね。
 凶器は不明ですが・・・検死では、何か全体が細いアイスピックのような物で刺されたと報告されました。 
 こいつらは被害者でもあり加害者でもあるんです。
 捜査しようにも、口をつぐむ者ばかりでして苦労してます。」

 ガブの報告にブラナーは唸りを上げた。

「首無し死体もありましたよね。」

 サマンサの言葉にブラナーがファイルを探し出した。

「これです。」

 机に山積みになっているファイルから、ガブが1冊指を刺すとブラナーは読みはじめた。

「駐車場と近くの脇道で首と胴体が離れた死体が発見されました。
 切り口は鋭利で検死によると、まるでギロチンのようだと。」

「ギロチン・・・?何だそれは・・。」

「あくまでもですから、凶器の判明にも苦労してます。
 全てが捜査中の未解決なものばかりです。
 こんな立て続きに事件が起こった先にあの男が死んだんです。」

 ガブは自分の番は終わったとばかりに深く椅子に座り込んだ。
 ブラナーは溜息を吐くとサマンサに先を促した。
 サマンサは鼻を一度啜ると話し始めた。

「説明があった通り、みんな事件にかかりっきりだったので部長が・・ノーマン・モスが1度仕切り直すために1日休もうと言い出したんです。」

「事件が煮詰まるとあることだ。」

 ブラナーは、その判断に理解を示した。

「休日の前日、つまり・・・。
 ガブさんや他の皆んなは既に帰宅してました。
 私は資料室にファイルを置きに行こうと最後まで残っていました。
 まだ、下っ端なんで資料室の整理を任される事が多いんです。」

「大事な事だ。」

 ブラナーは相槌を打つとサマンサに続きを促した。

「資料室に向かうときに・・ノーマン・モスが・・・この部屋から出てきて鍵をかけているのを見ました。
 その時話したのは、至極普通の事です。」

「何を話したか覚えているか?」

 今いる場所がノーマン・モスの部屋だったと思い出し、居心地の悪そうにしているサマンサにブラナーは聞いた。

「・・・《お帰りですか?》と聞くと、《奥さんがお友達を夕食会に招待したから早く帰って家族サービスするんだ》って言ってました。
 笑顔で・・・。
 私が《御愁傷様。外は雨ですよ。気をつけて。》て言うと《ありがとう。君も早く帰りなさい》って
 これから死に行く人間の顔じゃなかった・・・。」

 サマンサは思い出すように最後はゆっくりと話した。

「1時間過ぎた頃でした。
 奥さんから《夫が帰ってこない。どう言うことだ?》
 って怒りながら電話があったんです。
 自宅へは30分程で着きますから、《寄り道でもしているのでは?》と伝えると《探してちょうだい》と言われました。
 正直、夫が家に帰らないから探せって小間使いのように使われる事にムカついていました。
 私にとっても、休日に入るはずだったから。」

「理解するよ。私の妻は、そんな事しないと伝えておく。」

 ブラナーは冗談でも言うように肩をすくめた。

「当然、上司を探すのに警察機関を使うわけにはいきませんから、帰り支度をして一応電話を掛けました。
 電話をかけたまま外へ出ると、駐車場から微かに電話の音がして見渡すと部長・・ノーマン・モスの車がまだある事に驚きました。
 その後は電話の音に反応した近くにいた署員達が、車を覗き込み遺体を発見したんです。
 あのファイルと一緒に・・・。」

 最後には俯きながら話しおえたサマンサは手を強く握っていた。
 ブラナーは静かに事件ファイルを畳むと深い溜息を吐いた。

「その後の捜査では君の発言は反映されていなが、それは愚か者達の仕業か?」

「・・・はい。」

 その後、港の隅の廃棄場で爆死した警察署長・市長、そして貴族議員でもあるドルー伯爵の写真を睨み付けた。

「彼らの死も未解決だ。
 数日の間に、こんなに事件が・・・。
 正直、上は未成年の売春に現役警察官が関わっていた事の火消しに必死だ。
 自殺で済ませたいのも、その所為だろう。

 ・・・君達はこの街には詳しいだろう?」

 ブラナーの言葉にガブとサマンサは顔を見合わせ頷いた。

「まぁ、部長よりかは・・・。」

 ブラナーは2人に近づき声を抑えた。

「この街に“Bar  Hope”という酒場があるだろう?」

「勿論です。」

 サマンサは即座に答え、ガブは静かに頷いた。

「基本的に私は酒場が犯罪のスタートと考えている。
 あの店が怪しげな商売をしている情報がある。
 何か聞いた事はないか?」

「「・・・・。」」

 ブラナーの言葉に2人は眉間に皺を寄せた。
 2人の反応にブラナーは首を少し傾げた。
 
「“Bar  Hope”はこの街で最も愛されている店です。
 あまり、変な話は他人の耳に入れない方がいいです。」

 ガブは真剣な顔でブラナーに忠告した。

「それは、あの店がマフィアの集団と言う事か?」

 ブラナーは引かずにガブとサマンサを交互に見た。

「マフィアではないし、裏稼業の話は分かりません。
 そうではなくて、“Bar  Hope”を愛している住人が多いと言う事です。
 それこそ、マフィアも一般客も観光客も・・・。
 不可侵の制約があって。
 “Bar  Hope”内では争い事は禁じられています。
 例え、親の仇でも銃を抜く事は許されない。」

「至極の床を血で染めるべからず。」

 ガブとサマンサの言葉にブラナーは眉を潜めた。

「では何か?Bar  Hopeの中ではマフィアのボスも借りてきた猫という事か?
 何でそこまで・・・。」

「とある男の言葉を借りれば、《クソみたいな日常もBar  Hopeで一杯やれば報われる》だそうです。
 この街の人間達は落ち着くんですよ。あの店で・・・。
 過去に無用の長物だと店の撤去を進めた役人がいました。
 街の住人の反対に合い、数日で姿を消しました。
 が手を出すんじゃない、住人が暴徒化したんです。
 
 もし・・・Bar Hopeを調べるなら・・・。
 部長も覚悟したほうがいい。」

 ガブの言葉にブラナーは静かに目を瞑った。

「まぁ、俺の場合は単純にあの店の酒が好きなんですけどね。
 それに店を調べるなら、俺は不適格ですよ。」

「なぜだ?」

「俺はこの街が長いですからね。
 “Bar  Hope”とも付き合いが長い。
 捜査に影響があるでしょう。
 すみません。」

 ブラナーは首を振った。

「そう申し出がある時点で信用に値するさ。
 と言う事は、“Bar  Hope”に顔が効くと思っていいのか?」

 ガブはブラナーの探るような顔に肩を竦めて見せた。

「案内するぐらいは。
 俺はちゃんと金を払う良い客なんです。」

 ブラナーは笑うと頷いた。

「なら、私を連れて行くくらいは良いだろう?」

「新任祝いに奢りますよ。
 お前も行くだろ?サム。」

「誘っていただけるなら行きますよ。
 ガブさんの奢りですよね?」

 ガブはサマンサを睨みながらもニヤリとした。

「ウォーレンはこの街に来て何年だ?」

「私ですか?6年です。
 制服からのスタートです。
 それなりに顔が知られてます。」

 サマンサはブラナーの質問に答えた。

「まぁ、“Bar  Hope”の事は置いておこう。
 まずは、ノーマン・モスの事件を片付けろ。
 ドルー伯爵議員達の情報が必要なら、私に言いなさい。
 もう行って良いぞ。」

 2人は席を立つと部屋を出ようとした。

「オライリー。」

「はい?」

 ガブは呼び止められると振り向いた。

「何で“ガブ”と呼ばれてるんだ? 
 ガブリエルなら普通、“ゲイブ”か“ガビー”だろうに?」

「さぁ。子供ん時から呼ばれてましたよ。
 “太っちょガブ”って。
 昔は太ってたんです。」

 ガブが苦笑しながら答えるとブラナーは微笑んだ。

「私も“ガブ”と呼んでも?」

 ガブは肩を竦めながらも頷いた。




「悪そうな人じゃないですね。」

 部屋の扉を閉めたガブにサマンサが囁いた。
 ガブは眉を上げて驚いて見せた。

「お前にはそう見えたか?
 へぇー。」

 そんなガブの意味深な言葉にサマンサは首を傾げて後を追ったのだった。




 新しい部下が2人部屋を後にするとブラナーは1人ファイルを見つめて口元を歪めた。

「“Bar  Hope”・・・。
 絶対に掌握してやる。」


 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

お爺様の贈り物

豆狸
ファンタジー
お爺様、素晴らしい贈り物を本当にありがとうございました。

むしゃくしゃしてやった、後悔はしていないがやばいとは思っている

F.conoe
ファンタジー
婚約者をないがしろにしていい気になってる王子の国とかまじ終わってるよねー

だいたい全部、聖女のせい。

荒瀬ヤヒロ
恋愛
「どうして、こんなことに……」 異世界よりやってきた聖女と出会い、王太子は変わってしまった。 いや、王太子の側近の令息達まで、変わってしまったのだ。 すでに彼らには、婚約者である令嬢達の声も届かない。 これはとある王国に降り立った聖女との出会いで見る影もなく変わってしまった男達に苦しめられる少女達の、嘆きの物語。

授かったスキルが【草】だったので家を勘当されたから悲しくてスキルに不満をぶつけたら国に恐怖が訪れて草

ラララキヲ
ファンタジー
(※[両性向け]と言いたい...)  10歳のグランは家族の見守る中でスキル鑑定を行った。グランのスキルは【草】。草一本だけを生やすスキルに親は失望しグランの為だと言ってグランを捨てた。  親を恨んだグランはどこにもぶつける事の出来ない気持ちを全て自分のスキルにぶつけた。  同時刻、グランを捨てた家族の居る王都では『謎の笑い声』が響き渡った。その笑い声に人々は恐怖し、グランを捨てた家族は……── ※確認していないので二番煎じだったらごめんなさい。急に思いついたので書きました! ※「妻」に対する暴言があります。嫌な方は御注意下さい※ ◇ふんわり世界観。ゆるふわ設定。 ◇なろうにも上げています。

[完結] 邪魔をするなら潰すわよ?

シマ
ファンタジー
私はギルドが運営する治療院で働く治療師の一人、名前はルーシー。 クエストで大怪我したハンター達の治療に毎日、忙しい。そんなある日、騎士の格好をした一人の男が運び込まれた。 貴族のお偉いさんを魔物から護った騎士団の団長さんらしいけど、その場に置いていかれたの?でも、この傷は魔物にヤられたモノじゃないわよ? 魔法のある世界で亡くなった両親の代わりに兄妹を育てるルーシー。彼女は兄妹と静かに暮らしたいけど何やら回りが放ってくれない。 ルーシーが気になる団長さんに振り回されたり振り回したり。 私の生活を邪魔をするなら潰すわよ? 1月5日 誤字脱字修正 54話 ★━戦闘シーンや猟奇的発言あり 流血シーンあり。 魔法・魔物あり。 ざぁま薄め。 恋愛要素あり。

今更気付いてももう遅い。

ユウキ
恋愛
ある晴れた日、卒業の季節に集まる面々は、一様に暗く。 今更真相に気付いても、後悔してももう遅い。何もかも、取り戻せないのです。

侯爵家の愛されない娘でしたが、前世の記憶を思い出したらお父様がバリ好みのイケメン過ぎて毎日が楽しくなりました

下菊みこと
ファンタジー
前世の記憶を思い出したらなにもかも上手くいったお話。 ご都合主義のSS。 お父様、キャラチェンジが激しくないですか。 小説家になろう様でも投稿しています。 突然ですが長編化します!ごめんなさい!ぜひ見てください!

我が家に子犬がやって来た!

もも野はち助(旧ハチ助)
ファンタジー
【あらすじ】ラテール伯爵家の令嬢フィリアナは、仕事で帰宅できない父の状況に不満を抱きながら、自身の6歳の誕生日を迎えていた。すると、遅くに帰宅した父が白黒でフワフワな毛をした足の太い子犬を連れ帰る。子犬の飼い主はある高貴な人物らしいが、訳あってラテール家で面倒を見る事になったそうだ。その子犬を自身の誕生日プレゼントだと勘違いしたフィリアナは、兄ロアルドと取り合いながら、可愛がり始める。子犬はすでに名前が決まっており『アルス』といった。 アルスは当初かなり周囲の人間を警戒していたのだが、フィリアナとロアルドが甲斐甲斐しく世話をする事で、すぐに二人と打ち解ける。 だがそんな子犬のアルスには、ある重大な秘密があって……。 この話は、子犬と戯れながら巻き込まれ成長をしていく兄妹の物語。 ※全102話で完結済。 ★『小説家になろう』でも読めます★

処理中です...