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最初の一杯は人ぞれぞれ

2杯目

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「・・・・てな訳でな、近くの駐車場と脇道に男達の遺体が転がっていたんだよ。」

「物騒ですね。早く犯人を見つけて下さいよ。」

 男は同じカウンターで話しているバーテンダーと警察官の話を流し聞きしていた。

「チッ。」

 舌打ちをすると男は席を立った。
 すると別のバーテンダーが話しかけてきた。

「もう、お帰りですか?」

「あぁ、何だか近くで危ない事件があったんだって?
 心配だから今日は帰るよ。」

 バーテンダーは肩を竦めると眉を下げた。

「申し訳ないです。
 と言っても、こっちも困っているんですよ。
 犯人も直に捕まるでしょう。
 またのお越しをお待ちしております。」

「そう願うよ。じゃ、また。」

 その時だった。

カランっ

 扉の音がして、1人の女性が店に入って来ると男を通り過ぎてカウンターに座った。
 
「いらっしゃいませ。ご注文は?」

 注文を聞いたバーテンダーに女性は頬杖をついて答えた。

「甘めの少し強いお酒が飲みたいの。でも、カクテルは嫌よ。」

「いいラム酒が入ってますよ。お試しになりますか?」

 バーテンダーは棚からボトルを持ってくると少量をグラスに注いだ。

「ラム酒・・・初めて飲むわ。・・ん。美味しい。これを一杯ちょうだい。」

「畏まりました。」

 その姿を見ていた男は、小さなカバンからお札を出す女の手を止めた。

「その一杯、僕が払うよ。」

 女は驚いた様な顔をした後、少し微笑むと首を傾げた。

「ありがとう。こんな素敵な男性に私は何をあげればいいのかしら?」

「何もいらないさ。
 ただ、横に座らせて一杯一緒にいいかい?」

 女はニッコリ頷くと男はバーテンダーにお札を2枚渡した。

「同じのを2つ。」

 帰ると言っていたはずの男にバーテンダーは苦笑すると頷いた。

 出されたラム酒は甘い香りと少し苦味を感じる飲みやすい味だった。
 男と女は一杯をただ無言で楽しんだ。
 店に流れるバンドの音色と客達の話し声、バーテンダー達が奏でる酒を注ぐ音。
 女は一息ついたように微笑むと男に顔を向けた。

「ありがとう。少し静かに飲みたい気分だったの。でも・・・。」

「1人でいたくなかった?」

 女の言葉に男は微笑んで続けた。

「えぇ・・・。凄いのね。人の気持ちが分かるの?」

「別にそうじゃないよ。僕も同じ気分だっただけだよ。」

「そう・・・。」

 2人はしばらくの間、酒を楽しみながら語り合った。
 1時間ほどして女が席を立った。

「ありがとう。
 私、帰るわ。あら・・・?」

 立った瞬間に足の力が抜けてフラつく女にバーテンダーが慌てて駆け寄った。

「大丈夫ですか?」

「飲み過ぎちゃったみたい。タクシー呼んでもらえる?」

 バーテンダーが頷きグラスを拭いていた、もう1人のバーテンダーに合図を送った。
 すると男が電話を取り出しバーテンダーを止めた。

「大丈夫。
 僕がタクシーで同行するよ。
 安心して、今日の最後を楽しく過ごせたお礼だから。
 気分の悪い女性に何もしないよ。」

 男は微笑むとバーテンダーから女を受け取ると店を後にした。

「ありがとうございました。お気をつけて、またのお越しを・・・。」

 店の前に来たタクシーに男は、すでに眠ってしまった女を優しく乗せて扉を閉めた。
 男は何度か肩を揺さぶり女に自宅を聞くが深く眠ってしまって答えない。

「どちらまで?」

 タクシー運転手がミラー越しに声を掛ければ男は人が変わったように運転席の背もたれを蹴った。

「うるせーな。どちらまでって、分かってんだろーが。
 さっさと倉庫に向かえ。」

 運転手は後を振り返るとニヤァと舌なめずりをして女を見た。

「こりゃ、うまそうなだ。
 おこぼれは?」

 男はタバコに火をつけると鼻で笑った。

「飽きたらな。」


 倉庫に着くと2人で女を担ぎ中に入った。
 中には他に3人の仲間が待っていて、その隣には眠っている女が2人横たわっていた。
 男が入ると仲間はニヤニヤしながら立ち上がりタバコの火を消し始めた。

「さぁ、パーティーを始めようか。」



 目を覚さない女達を連れてベットに横たわらせると、男達は服を脱ぎ仮面をつけビデオカメラを回し始めた。
 カメラを意識し、男が女に顔を近づけようとした時だった。

バンっ!

 ライトが消えて、倉庫は一瞬で闇に包まれた。

「クソが!おい!誰かブレーカー見てこい!」

 男がイライラして怒鳴るように言うと、誰かがパタパタと歩いて行った。
 再びライトが付くと、不思議な事に目の前にいた女達が消えていた。
 
「はっ!?どこだ?
 誰だ!?こんなふざけた事やってやがるのは!」

 男は仲間を睨みつけると、仮面を取ると床に投げつけた。
 
「ふざけてるのは貴方達だ。」

 女達が消えた事で騒ぎ出した男達の耳に腹に響く低音ボイスが聞こえた。
 入り口に視線を向けると、そこには2人の男が立っていた。
 逆光で男達が目を細めていると、ベットのそばに立っていたタクシー運転手が叫び出した。

「ギャー!!!」

 男達が慌てて目をやると、タクシー運転手の足が血まみれになっている。
 突然の襲撃に裸の男達は逃げ惑った。
 1人また1人と仕留められていく様を男は呆然と見ていた。

「何だこれ・・・。」

 そして、最後に自分1人が立っている事に気づき男は慌てて服をかき集めると首筋に冷たい剣が当てられた。

「あ・・・・あ・・・違・・・。」

「何が違うのですか?おつりをお返しに参りました。」

 男は目の前に立っていたバーテンダーの姿に驚愕していた。
 手に小銭を握らされていても分かっていない。

「お客様・・・女性はお返し願います。」

 男は頭を下げるバーテンダーに、やっとの事で反抗した。

「・・・ヒーロー気取りか?」

「とんでもありません・・・。
 だったら、最初からお客様がグラスに睡眠薬を仕込んだ時にお止めしています。
 我々は女性のお客様を利用するクズですよ。」

 バーテンダーは眉を下げて首を振った。
 すると、もう1人のバーテンダーがクスクスと笑った。

「睡眠薬とかダサくない?
 じゃないと、女の1人も誘えない変態野郎なんだね。」

「やめなさい、そうでないと女性を誘えない可哀想な方なのですから。」

 男は顔を真っ赤にして怒鳴った。

「お前らおちょくってんのか?」

 バーテンダーの2人は顔を見合わせ心底、何故と言う顔をした。

「我々も忙しいのです。
 帰って店の掃除を済ませなければならないんですよ。
 なので、早々に終わらせますよ。」

「了解。」

「うわぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」

パンッパンッパンッパンッパンッ!!

 男は隠し持っていた拳銃を無差別に発砲した。
 どんなに男が下手でも至近距離なら致命傷を与えられるだろう。
 男は必死に銃を撃ちまくると汗をボタボタとかいた。

「銃の弱点は、弾がなくなると何の使い道がない事です。」

「殴られると痛いけどね。」

 いつの間にか、男の背後に回っていた2人のバーテンダーが呆れた顔で男を見下ろしていた。

「ヒッ!」

 思わず、息を呑んだ男が後ずさるのも許さず2本の剣が男の体を貫いた。

「グッ!」

 息も絶え絶えにもがく男をベットまで誘導するとバーテンダーは剣を引き抜いた。


「さぁ、掃除の時間です。帰りますよ。」

「そうだね。マダムに怒られる。」

 意識が遠のく男が最後に見たのは2人のバーテンダーの後姿だった。
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