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初めての旅 〜ダグスク〜

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 寒天の利用法を話し合っているとカールがグラトニー商会の親子を連れて来た。

「今日はお招き有難うございます。
 何やら面白いものが見れると聞いてやって来ました。」

 メガネを煌めかせでカイが微笑んだ。

「ようこそ。
 カイさんには是非にもエナばあちゃん達が守って来た物の価値を知って欲しくてお呼びしました。
 お腹は減らして来てくれました?」

 イオリの自信たっぷりな顔にカイは満足そうに頷いた。

「では、私はそのエナさん達にご挨拶でもしてきましょう。」

 アクセルはイオリ達に頭を下げると父と共にエナばあちゃん達の元に向かった。

「皆さん、お集まりですか?」

 最後にやってきたのはダグスク侯爵・オーウェンと騎士団長・レイナードだった。

「あっ。ようこそ
 御2人が来てくれたので揃いましたよ。
 始めましょうか。」

 ヒューゴと目が合ったオーウェンは、気まずそうに会釈するヒューゴにニッコリと笑った。
 侯爵の到着により緊張がマックスのエナばあちゃん家族に微笑むとイオリの食事会が始まった。

_______


「改めて、お集まり頂いて有難うございます。
 今日の食事会はエナさん達が守ってきてくれた技術がいかに素晴らしいか、これからのダグスクにとって価値ある物かを理解して頂きたく、侯爵を始め商売に秀でたグラトニーさんに集まってもらいました。

 晩餐会とは違い、色々と試して欲しいので気軽に楽しんで下さい。」

 イオリの挨拶に恐縮するエナばあちゃん達だったが、侯爵であるオーウェンは楽しそうだ。

 イオリはカールやメイドさん達に手伝ってもらい皿を並べていく。

「まずは出汁の説明から、簡単に言っちゃうと鰹を乾燥させた物がこの硬い棒です。
 それを削ると鰹節になります。
 後ほど鰹節を載せた料理も出しますけど今はスープを召し上がって下さい。

 昆布を乾燥させた物と一緒に煮出した物が皆さんの前にあります。

 どうぞ。」

 一口サイズのスープを飲むとテーブルを囲んだ面々から吐息が漏れた。
 
「香りと味を分かって頂いたところで、それを利用して作った料理がこちらです。」

 再びカール達が料理を運んできた。

「味噌の実を溶かした味噌汁に厚焼き卵、茶碗蒸し、根野菜の煮浸し。
 これらは出汁を楽しむ為の料理です。」

 イオリの説明中にも子供達を筆頭に皆でスプーンやフォークを持ち食べ始めた。

「「美味しいねー。」」

「香りが芳醇で、お腹がじんわりとしてきます。」

「ジュワーってする。」

「あの棒がこれになんのか?!」

「あぁ・・・。」

 イオリは微笑んで茶碗蒸しを食べているエナばあちゃんに笑いかけた。

「どうです?」

「美味しいよ。こんなの食べた事がない。
 アレからこんな物が作れるんだね・・・。」

 満足するとイオリは、次の合図をカールに送った。

「今のは一番出汁といって、香りが豊かなスープを使っています。
 次の出汁はニ番出汁といって、もう一度煮出した物です。
 香りは減りますが味わいがあります。

 香りよりも味を引き立てて欲しい料理に使います。」

 そう言うと、先ほどと同じ1口のスープとそれを使った料理を出した。

「確かに違いますね。
 同じ物なのですか?」

 カイの質問にイオリは頷いた。

「違うでしょ?利用する物によって変えるんです。
 料理の方も召し上がって下さい。

 煮物を用意しました。
 カボチャの煮付け、肉じゃがなど俺の好きな物ばかりです。」

「うん。今度は香りじゃなくて、しっかりした味わいですね。」

 アクセルは嬉しそうなフォークを勧めた。
 お腹にたまる物が多いからか、ヒューゴやディスなどにも好評だ。

「口直しとしてこんな物を作ってみました・・・。」

 イオリが持ち出した桶の中には白いプルプルしたものが入っていた。

「牛の乳?」

 パティは不思議そうに首を捻った。

「残念。違うんだ。これは大豆からできている“豆腐”と言います。」

「「「「「「とうふ?」」」」」」

 声を揃える面々にイオリは笑いながら掬って分けていった。

「乾燥した大豆を一晩水につけてふやかします。
 次の日に細かく潰します。沸騰してできたのが豆の乳と言うの意味で“豆乳”と言います。
 そのままでも飲めますし、スープとして利用もできます。

 でも、今回はダグスクで塩という素晴らしい物に出会ったわけですから副産物を紹介しようと思います。
 塩を作る過程は覚えていますか?塩水を沸騰させて暫くして出来るのが塩な訳ですが、その過程で塩と水分を分けます。
 その水分のことを“ニガリ”と言いまして、そのままでは決して口にできる代物ではないのですが、この豆乳と混ぜ合わせる事で変化が起きるんです。
 今、皆さんの前に出されたのがそうです。固まるんですねー。不思議ですよね。」

 オーウェンやカイは皿を持ち上げあらゆる角度から見つめているし、子供達は匂いを嗅いでいる。
 スプーンで突く者や息を吹きかけている者もいた。

「そのままでも良いですけど、今回はそれに鰹節をかけて食べてもらいます。
 醤油の実を潰して出た汁に昆布を一晩つけた出汁醤油ってのも用意してますんで、是非試してください。」

 恐る恐る口にするとオーウェンは口角を上げた。

「とても・・・まろやかだ。物足りないとも思うが、イオリさんの事だ。この豆腐すら他の物に転用できるでしょうね。」

「おっしゃる通りです。今回はあくまでもシンプルな物ばかり用意してます。
 一度覚えれば、色々と利用できます。

 豆乳とニガリの比率を変えれば硬さだって変わるし、天日に干せば“高野豆腐”と言う乾物になります。
 薄く切って油で揚げれば“油揚げ”になるし、豆腐にして色々と具材を入れて油であげれば“がんもどき”です。
 面白いでしょ?」

 流れる様に言うイオリに子供達以外の惚ける面々は食べる手を止めて見入っていた。

「全くもって恐れ入りました。何もかもが初めての物ばかりです。
 しかも、こんなに身近に全てあったのに我々は気づかなかった・・・。」

 少々悔しそうにカイ・グラトニーか口にした。

「それを知ってくださいって言う会なので、これから一緒に守ってもらいたいんです。
 流石に一家で全てをと言うのは限界がきます。

 何故衰退したのかと言うと、手間がかかるからです。
 鰹節も、昆布も、ヒジキも、寒天も、塩だってニガリもそうです。
 
 街をあげて守ってくれたらなって、僕の我が儘です。」

 イオリの言葉にオーウェンはエナばあちゃん達に向かって立って頭を下げた。

「素晴らしい技術を守ってもらい感謝します。
 今、我々はイオリさんの話を聞いて自力で塩を生成する道を模索しています。
 岩塩は政治に関わる貴重品です。これから、誰にも利用されない為に塩は大切な物です。
 塩の生成は貧しい市民の仕事先として彼らの食い扶持の一つとして考えています。
 是非とも乾物の生成も同じ枠の中に入れさせて頂きたい。
 その代わり、技術は街の宝とし皆さんには毎月決まった金額を支払いましょう。」

 エナばあちゃんの家族は驚いた様に領主であるオーウェンを見ていた。
 侯爵が自分達に頭を下げている・・・。これは大それた事だ!

「そんな!やめて下さい!なんて事だ・・・。」

 テンは慌てて席を立とうとした。

「それではいつの日か技術だけが取られて、エナばあちゃんの一族は放出されてしまいませんか?」

 イオリの意見に賛成したのはカイだった。

「確かに・・・。聞こえは良いがオーウェン様から後の時代に同じ様な条件で契約できるかは不確かです。
 では、これでどうでしょう?」

 カイの提案は次の通りだった。

 塩の生成は侯爵家を主とした公共事業に、乾物などの技術の保護としてエナばあちゃん達に新たに商店を作ってもらうという提案だ。
 現世で言うと、会社を作れと言っているのだ。
 
「えっ・・・俺たちが商店を?でも、俺たちは漁師です。そんな大それた事した事ないですよ・・・。」

 テンは不安そうに言った。

「商店を作り、漁師も続けたらいいです。難しい事は我々グラトニーにお任せください。
 商店は商人ギルドで管理されているので変なことはできません。
 それに、私の息子は時期に王都で修行に入りますが数年で戻ってきます。あなた方の力になるでしょう。」

 カイはしっかりとテンの息子であるディスを見つめた。

「親父・・・。俺はやってみたい。朝は漁師、昼から乾物屋・・・できるんじゃないか?
 今だって材料は自分達で獲ってきてるし人を雇うくらいになったら、もっとスムーズにいく。

 ・・・・。何も知ろうとしないで文句ばかり垂れてた俺だけど、今日初めて自分の先祖が凄い人だって実感した。
 俺はこの技術を守りたいよ。」

 息子の目を見てテンは本気なんだと理解しエナばあちゃんに視線を送った。

「私は商売の事はわからないから好きにしたらいい。
 乾物の技術を守っていってくれるなら、そんな嬉しい事はないよ。」

 腹を決めたのかテンは目に力を入れてオーウェンとカイに頭を下げた。

「俺たちは全くもって何にも知らねーバカだけど、今日イオリの旦那の示してくれた道を歩いていきたいと思います。
 どうか力を貸して下さい。」

「あぁ。こちらこそ宜しく頼みます。」

「お任せ下さい。これは貴方達の問題だけではありません。街の問題です。」

 オーウェンとカイ、そしてテオが握手しているのをイオリは嬉しそうにニコニコとしていた。
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