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鎮静魔法薬
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【事務室】
「…っていう事くらいしか分かりません」
「そうか…昨日の今日でありがとうございます。なるべく早く職場に案内するから、それまでゆっくりしててください」
ここは、イチが普段働いている所である、城内部謁見の間奥の事務室。
ここで、このセント・クリヌゥス王国の王であるイチは、昨日蘇生させたばかりの乗組員の一人である、魔物の種族で言えば亜人間に属する『首無し騎士』に該当する見た目となった、短髪で右頬に大きく傷跡のある女性『クローバー』に、イチ一人で、アンフェール帝国の内情等を聞いていた。
のだが、やはり船長を蘇生出来なかったからか、その内情を聞き出すのも難航し、知らないものもいればあまり役に立たない情報を持っている者しかいなかった。
「分かりました。では、失礼致します」
「……ふぅ。やっぱり船長蘇生出来なかったのが痛いか…ここぞと言う時に悪い方向に行く…。はぁ、運が悪い」
「イッチさーん。昼休憩の準備が出来たぜー」
クローバーが出ていった後、イチはふぅっとため息をついた。
そこに扉を開け入ってきたのは、イチ専属のメイドであり、この城内部で起きた事件・事故・ミスの全てを把握している人物であり、無敵双子と呼ばれる存在の姉である『王国直属メイド部隊』のメイド長をしている『侍』Lv92の『桜』だった。
「…あれ、桜は?。何かそっちに特別な仕事出した覚えないけど」
「ん?あれだよ、メイドの一人が風邪で休んでるって言ったろ?看病しに行きたいから入れ替わってって言われたんだよ」
先程からの台詞でも、まぁ大体の人は察している通り、勿論この桜は桜では無い。
身体は桜本人なのだが、中身が違う、全く別な人間なのだ。
そして、その正体とは、無敵双子の弟であり、その明るさで多くの執事や使用人、はたまたメイド達をささえている城直属で働いている執事や使用人達。メイド以外の者たちに指示を出している『王国直属執事部隊』の執事長である『糸杉』だった。
「にしても…本当に奇跡の子…だよねぇ君達」
「またその話かよイッチー。ほら、今日の昼休憩はセイの所だろ?」
「そうだそうだ…確か新しい魔法薬の完成品を見に行くんだっけか。じゃあ、行こうか」
「おう!じゃなくて…ゴホン…はい。分かりました」
イチは、座っている椅子から立ち上がり、急に声色を変えた糸杉と共に魔術魔法薬研究開発局のあるセイの部屋へと向かった。
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【魔術魔法薬研究開発局】
「だぁかぁらぁぁ!!それだとスキルの影響がより強く反映されますからしてこちらの反魔法術式を元に作った方が良いのですよ!!」
「しかしそれでは一定の空間に張り巡らされたスキルは弱体化は出来ても相手にしか効果が無いスキルには影響出来ない!だからこそそれを止めるためにこの細胞増大粉を吸わせスキルの暴走を意図的に仕向けるべきです!」
「あぁぁあ!この世界に相手のスキル奪えるとか無効化できるのスキルがあったらどんなに楽だったか!!」
イチと桜に扮したイトスギは、報告された完成したと言われる魔法薬の見学という名目で昼休憩に、魔術魔法薬研究開発局に来ていた。
そこでは、相変わらずの怒声や意見の食い違いなどが出ており、研究員達が資料や魔法薬を手に取り言い合いしていた。
そこに、奥から長い白色のローブと白色の魔法薬を持った魔術魔法薬研究開発局副局長である『コレール』が現れた。
「イチ様、それに桜さんも。狭いですがどうぞ、奥まで」
「相変わらず凄い事になってるね、使ってない部屋もあるんだ、そっちに移る気は無いの?セイ」
「無い。ここ俺の部屋そして仕事場。態々移動して疲れるなんてごめんだね」
と、また奥からは、身体中に爆発出できたと思われる焦げ跡が出来ている下着姿の魔術魔法薬研究開発局局長『セイ』が万歳しながら歩いて来た。
すると、コレールは持っている白のローブに白色の魔法薬を数的垂らし、セイに着せたのだった。
「コレール様、セイ様。何度も申し上げました通り、ここは九天神様方の個人部屋であって本来の魔術魔法薬研究開発局部屋では無いのです。いい加減移動してください」
(…いくらスキルが内緒とはいえ…本当に凄いなぁ糸杉は…声色も何もかも桜本人じゃないか)
「で、ですが桜様…。ここだと色々都合が…その」
「何言われても、俺はここが仕事場じゃないとやる気出ない。つまり移動しない」
頑固として移動しないセイの心に呆れたのか、糸杉はやれやれとため息をつく。
すると、セイの着させられたローブが何かを吸って白色から黒色に変色しているのが確認できた。
「セイ、ローブの色が段々黒になってるのは一体…」
「ん?…あぁ、これはコレールが実験段階で試作している魔法洗剤って言う魔法薬で、数的この白色のローブにかけると魔法薬の元になっている聖職者の汚れを落とす魔法、汚れ落としと予め編んでおいた特殊ローブが反応し、身体の汚れをこのローブが吸ってくれるんだ。しかもフローラルな香り付き」
そう言うと、セイは部屋の奥からそのローブを取り、コレールの持っている魔法洗剤を数滴たらして、この中で一番汗をかいている研究員の一人『ラッフレドーレ』に渡して着替え始めた。
着替え終わり、そのローブが白色から黒色に変わると、ラッフレドーレはその服を脱ぎ、フローラルな香りを漂わせながらまた研究に戻った。
「凄いじゃないかセイ!うん、この服もしっかりした素材で出来てるし、国民に配ってもいいね」
「あぁ、しかもその服は他の洗濯物とわけて洗濯する必要があるが、洗濯さえすれば何回でもきれる優れものだ!」
セイの発明に、驚きと褒めるイチとその服と魔法薬がどれ程素晴らしいものなのかを説明するセイ。
だが、その一つの発明に疑問を覚えたの一人のメイド長基執事長がいた。
「…これ、普通に洗濯魔法薬でいいのでは?」
まさに、その一言が魔術魔法薬研究開発局にいる者たちに衝撃を走らせた。
そう、実はこの魔法洗剤の上位互換にあたる、特別なローブを着なくても特別な魔法薬を使わなくても良い、飲むだけで表面上の皮膚を急速的に新しいのに変えることにより、身体中の汚れが落ちる仕組みとなっている洗濯魔法薬というものが存在しているのだ。
ここだけ聞くと、自主的に皮膚を剥がさないといけないのか、とか落ちた皮膚が汚いという意見もあるが、この魔法薬の凄さは、飲んだ時まず最初に表面上の皮膚に気化する成分を送り込み、その気化する表面と新しい皮膚の間に薄い膜で覆われるように調整され、掃除や面倒くささにも対応出来る優れものなのだ。
因みに、汚れを落としているときは流石にグロいので使用の際は人目がつかない場所でこっそり使おう!
「あ、あれ…確かに。既にあるのに…私達はどうして」
そう言いながら、膝から崩れ落ちたのは、この魔法薬の第一責任者であるコレールだった。
何故この薬を作り、なぜここまで喜べたのか理解できなかったが、一つだけその時の彼女にはあってはならない事をしていた。
徹夜だった。
この国の南西部に住んでいる計六人の弟妹達が不自由無く暮らす為にはお金がいる。が、ここでの給料は年収900万だが、新薬を作ればもっとお金も入ってくる。
判断を見誤ったコレールは夢を見過ぎて、既にある洗剤の改良型魔法薬に手を出し、自滅したのだった。
「コレール!気をしっかり保て!これはラッフレドーレの些細なミスなんだ!」
「え?」
「そうですよコレールさん!全てはラッフレドーレさんが催眠なんかにかかったせいですよ!」
「え?催眠にかかってたの君もじゃ」
「そうだ!全ての元凶は新薬を完成させたラッフレドーレさんが悪いんだ」
「え?成功したんだから喜んでよ…」
数々の言われように、ラッフレドーレは部屋の隅っこで丸くなってしまった。
そんな丸くなってしまったラッフレドーレを、流石に言い過ぎたと他の研究員達が慰めに近くによる。
「あぁ、そうそう。新しい魔法薬が完成したと聞いたから来たんだった。セイ、その新薬を完成させた研究員と一緒に見せてくれるかい?」
「あぁ、勿論だ。ドーレと他研究員は新薬の準備してから中庭に。俺達はイチに開発計画過程説明しとく」
「了解ですセイ様!ふっふっふ、ついに私の新薬が世の中に広がる時が来ましたぞ!」
そして、セイとそのセイに引っ付きながら泣いているコレール。イチと糸杉はいつかの日エムパトが泣いた中庭へと向かった。
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【向かう途中の廊下】
その新薬を開発するのにかかった年月は、ラッフレドーレが手を出して既に十年は経っていた。
元々、戦争の絶えない別の国の診療所の次男として暮らしていたラッフレドーレは、戦争に行かない代わりに、育ての母である母方の祖母を守る為に、両親と兄が戦争に行くのを見送り、一人負傷した国民の為に回復薬を作成していた。
だが、日に日に戦争が肥大化。そして最後には国にまで押し寄せてきた大軍にラッフレドーレの国が滅ぼされ、数百万といた国民で生き残ったのは僅か120人。
そこから流行病やらでまた減り、86人。
国を捨て他国に移動する為に歩くが、その移動のさなか、件の敵国の兵に見つかり逃げ延びた人数は13人。
いくつかの山を越え、やっとの思いで国に着くが、奴隷商人や盗賊と治安の悪い国で、更なる非道に巻き込まれ、残った人数は5人。
そして一人。また一人と倒れ、最終的に3人になり、そして、ラッフレドーレ達は次の国に辿り着けないまま、深い森にて倒れたのだった。
数日後、ラッフレドーレが目が覚めると、傍らにいた生き残りの2人が寄り添いながら死んでるのが確認できた。
そして、それを奪い合う2匹の動物系の魔物がラッフレドーレの前で争っていたのだ。
ラッフレドーレは、この2人をただただ埋葬させてあげたい一心で、必死に抵抗。そして魔物を追い払い、その2人を埋葬したのだった。
そしてまた、ラッフレドーレは国を目指し歩くと、信じられない光景を目にしたのだ。それは、先程の魔物達が仲良く死んだ動物の肉を分け合っていたのだ。
先程まで餌のために争っていた魔物達が、目の前で仲良く餌を食べている。
ラッフレドーレは疑問しか浮かばなかった。醜く争い無駄に血を流すのはどの生物も同じであり、だからこそ自分達の国は滅んだ。
なのに何故目の前の魔物は餌を分け合えているのか。
そして、ラッフレドーレの頭の中に、一つの疑問がまた生まれた。それは、もし人間達が目の前の魔物みたいに分け与えることが出来たら。戦争は無くなるのでは?と。
そして、その疑問は段々とラッフレドーレの心にエンジンをかけ、新たなる魔法薬の開発という形で実現させようと思いついたのだ。
次に行く国。他国との貿易など一切していないと言われているセント・クリヌゥス王国に行き、何とかしてこの魔法薬を作りたい。最低でも材料を買いたい!
「そして、ラッフレドーレはこの国に来て、見事俺のいる魔術魔法薬研究開発局で研究出来るようになって、十年間その魔法薬を作ってたって訳」
「十年前に滅んだ国…。ウチ以外どの国も戦争はしてたけど…滅んだ国は一つしか無かった…確かマリネ帝国だったっけ」
廊下を歩くイチと糸杉に説明するセイ。
薬が作られるきっかけとなった経緯を説明しながら歩いて中庭に向かうと、ガラガラとデカい機械を荷台に乗せて走っていくラッフレドーレと他研究員が資料を持ってイチ達の隣を過ぎ去って行った。
「…はは、どんだけはしゃいでんだかドーレのやつ…。コレール、いつまで引っ付いてんだ歩きづらい」
「お金…お金ぇ…この国学費だけ他と比べて高いんですよォ」
「あっはは…あまり教職員になりたいって人もいないからね。人手不足なんだよ」
この国では、幼小中一貫校が複数存在しており、その数は100を超えている。
国で学業に励んでいる子供達の数は平均は735人で、多いところだと1000人に登る生徒が通っている。
一般教養や歴史。魔物や他国家についての勉強を主に教えており、他にも数多くある部活動や個性豊かなサークル活動にも力を入れている…のだが
それに比べ、教員の数が平均80人しかおらず、教員不足による影響も出始めている。
「上の二人が働いてくれてるから助かってるけど…もうちょっと安くなんないんですか~」
「はいはい、これでもギリギリまで削ってるんだから。ほら目的地である、中庭だ」
廊下を進んだ先にある1000人は入れそうな程の広い中庭にて、ラッフレドーレ達が先程持っていた機械と液体の入った2m程の円柱状の透明なタンクがあり、それをラッフレドーレ達が整備していた。
そして、その機械の目の前には2匹の巨大な魔物が檻の中で暴れていた。
1匹は、胴体が細長く、両先端が蛇の頭になっている、動物系の魔物『両頭蛇』。
体の両端が頭になっている蛇で、全長10mにもなる個体もおり、体内で生成している毒を、自慢の牙や皮膚などから任意で出すことができ、他の魔物や動物などに噛み付いたり締め付けたりする時に、分泌することができ、遅効性の毒で弱らせた相手を2つに裂きゆっくりと両の頭で捕食する。
気性の荒い生物で有名な魔物である。
もう1匹は、普段は四足歩行で歩いているが、1度暴れると二足歩行になりその剛腕で殴り潰す亜人間系の魔物『森の賢者』と呼ばれる魔物。
普段は温厚な性格で森に迷った人を助けるなど、人間とも友好的な関係を築いているように見られるのだが、1度暴れだすと見境無く攻撃し、生物地形ありとあらゆるものを破壊しまくる程の怪力を持った魔物であり、暴れる時間が長ければ長いほどその力も増していき、最終的に伝説級の力に匹敵するのでは?とも言われている。
現在、その2匹が1つの檻の中で、互いに争っているのだ。
「こ、これは…お下がりくださいイチ様」
「…セイ…。これはいったい」
糸杉は、イチを自身の後ろに立たせ、腰にあるナイフを取り出し、臨戦態勢を整えた。
イチもその魔物達が争っているの姿を見て、怒りが湧いて出てきたのだが、それをセイが目の前に来て沈める。
「まぁ落ち着いてくれイチ、桜。今回の主役ドーレで俺達は見守り人。手ぇだすんじゃねーぞ」
すると、機会のそばにいるラッフレドーレが、手をぶんぶんと振り、セイに合図をする。
セイはその合図を確認すると、コレールに2つのガスマスクを渡し、イチと桜に装着させた。
「セイ…これは?」
「魔法耐性にあまり特化してない騎乗者が吸うと面倒だからな、桜は侍だから魔法耐性は高いけど対策してるから、念の為な…ドーレ!始めろ!」
「行きますぞ!我が10年の…故郷の無念を晴らす魔法薬!鎮静魔法薬!散布!」
ラッフレドーレが機械に着いているレバーを下に引き、ゴウゴウという音とともに機械を動かし始める。
すると、その機械から大量の霧が魔物に向けて噴出され、あっという間に中庭中に広がっていった。
やがて霧が晴れ中庭を見ると、そこには、先程まで争っていた魔物2匹が、争いを止め、仲良くしているのが確認できた。
その光景を見たイチは、思わずその2匹に駆け寄り、魔物達をじっくりと見ていた。
「自身以外誰も寄せ付けない両頭蛇と暴れたら手の付きようがない森の賢者が争いを止めた!?いったいこれはどういう」
「はい…これこそが。10年の歳月をかけ完成させた鎮静魔法薬ですぞ!」
この魔法薬は、言うところの一種の催眠術に近い効果を発揮する魔法薬なのである。
この国に来て、様々な失敗を繰り返し、最終的に辿り着いたのが先日ラッフレドーレがかかったエムパトの催眠のスキルだった。
催眠のスキルを軸に、これまで失敗してきた物の中から、使える材料や研究結果をまとめ、魔法薬を霧状に散布させ、吸わせれば催眠による思考力低下と他に調合した薬のおかげで吸った物は思考力が鈍り、戦闘意識を著しく低下させ、これ以上の争いを止めさせる。
「そして、この魔法薬を戦争に投入し両軍に吸わせれば戦争を止めることは出来なくとも、少なくとも話し合いの場には持って行けるという魔法薬ですぞ!」
これを聞いたイチは、思わず腰を抜かし座り込んでしまった。
「凄い…これは凄い…は、はは。あれ、腰抜かしちゃった…」
「イチ様!次の貿易でこの魔法薬を売りに出す許可をください!この魔法薬さえあれば、私の故郷のように滅びる国もありません。私の仲間たちのように死ぬ人々もきっといなくなります!この世から戦争を無くすことが出来るかもしれないんです!だからお願いします!この魔法薬を貿易で売りに出す許可をください!」
ラッフレドーレは、腰を抜かしたイチの目の前で、涙を流しながら土下座をした。
信じて待っていた家族を失い、流行病で倒れた祖母を失い、敵国の兵士の手によって殺された仲間たちや奴隷商人によって捕まった仲間たちの無念を晴らしたい。
自分の傍で死んでいったあの2人に、この魔法薬で平和になった世界を天国から見せたい。
その思いが強まり、ラッフレドーレは土下座し、大和との貿易で世界に売り出したいと、そう頼んだのだった。
「ラッフレドーレ…」
「…イチ様…わ、私からもお願いします」
「俺からも、この魔法薬はドーレの10年そのものなんです」
すると、セイとコレール以外の中庭にいる魔術魔法薬研究開発局の者たちがその場で土下座したのだった。
「…みんな……ありがどうございますありがどうございまず!」
「……分かった。この魔法薬を貿易に出すことを許可しよう」
「イチ様!」
「だが!…だが、それは経過観察という事で、1回の貿易で出せる本数は2本だ!」
「に、2本!?た、確かに魔法薬自体この円柱状のタンク量ないと効果は少ないですが、2本というのは流石に」
すると、ラッフレドーレの前に1本のナイフが刺さった。
思わず、セイに抱きつき、逃げるラッフレドーレ。
そして、イチの後ろからそのナイフを投げた本人である糸杉が出てきた。
「確かにこの魔法薬は世界を変える画期的なアイテムとなりえるでしょう」
「な、ななならいいじゃ」
「だからこそ、デメリットもある…。やっぱりそういうことも考えちまうよな…イチ」
「…うん。やっぱりセイも…考えてたんだね」
そのデメリットと言うのは、大きくわけて2つある。
1つ目は、この魔法薬が戦争をしている片方の国にしか渡らなかった場合。その国が魔法薬を悪用し、敵の戦意を削ぎながら圧倒、蹂躙する可能性がゼロでは無い点と
2つ目が、この魔法薬を使用するのは、真に戦争を止めたいと思う戦争撲滅団体…所謂抵抗派などの組織じゃなければ1の使い道をしてしまうから。
他にも様々な悪用方法があるが、このセント・クリヌゥス王国にもら及ぼすデメリットを上げるとするならこの2点である。
「これらの点を考慮して、信用ある抵抗派達に売りに出せれば良いのですが…。航路や抵抗派が襲われ奪われるという可能性もあるのです。私個人的な見解を申していいのであれば…この魔法薬は売りに出さず我らセント・クリヌゥス王国で所有するべきです」
「違う!私は!…私は!!この魔法薬をそんな事の為に作ったんじゃない!戦争を無くすために」
セイに抱きついていたラッフレドーレは、セイを離れ糸杉に反論する。
「分かってる…そんなのこの場の全員が分かってるんだ。だけどな、この世界にお前みたいな優しい心を持った奴はそういないんだよ…ラッフレドーレ」
セイがラッフレドーレの肩を叩き、コレールがその望まぬ絶望を聞かされたラッフレドーレを慰めた。
そして、セイとコレールが立ち、イチの方に向いて、答えを聞いた。
「イチ。本当に貿易に出すのか?本当だったら俺魔術魔法薬研究開発局局長でドーレは俺の部下。部下の10年の思いをこんな形で終わらせたくねーが…リスクしかないぞ」
「それは…」
確かに、その貿易で出るこの国のメリットはその画期的な魔法薬がかなりの高値で売れる事や戦争に巻き込まれる心配も無くなるが
デメリットが、その魔法薬の悪用でこの国が攻められることや他の国同士で潰し合い、1つの国がさらなる驚異になる可能性。
それらを考慮したら、やはり売らないのが正しい判断なのだろう。
「だからこそ、魔術魔法薬研究開発局局長でてるセイ様と私、魔術魔法薬研究開発局副局長であるコレールが、この魔法薬の個人的所有権を認めて頂きたい」
「個人的所有権…ですか」
その言葉を聞いた糸杉は考えた。
この国では、個人的所有権という制度があり、それはその者が国からその物の所有権を得られた場合、どのような違法物でも持ち歩くことが出来、それの保護が出来る特殊な部屋の使用許可が降りる制度である。
これをする事によって、万が一盗まれた場合でも、それをら保護できる特殊な部屋に行きさへすれば、その盗まれた物は必ず特殊な部屋に戻せるという魔術魔法薬研究開発局と工業地帯が共同で開発した特殊な部屋の所有許可が出るのだ。
「そして、その所有物は許可を与えられた者しか使用することが出来ない…確かそのような制度でしたね…イチ様」
「うん。そうだけど、セイとコレールは大丈夫なの?維持費もあるけど…」
「あぁ、ドーレが俺達の行動を許してさえくれれば、その維持費は俺が出す」
セイとコレールは、糸杉のほうに寄っていたラッフレドーレを見る。
ラッフレドーレはその状況に確かに絶望した。本来の使い方から大きく外れた使い道を聞かされ、希望の為に作ったはずの魔法薬をもしかしたら絶望の為に使われるかもしれない。
だが、目の前の2人。九天神の一角であり魔術魔法薬研究開発局局長である『セイ』とそのセイを支える魔術魔法薬研究開発局副局長である『コレール』
まさにこの2人は、自身の希望の薬を守ってくれるのだ。
「…いいのですか…私の…魔法薬を」
「いいんだよ。金なら余ってる…大丈夫だ、安心してくれ。お前の魔法薬は俺達で守る」
「……分かりました…だけど、私はこの世界から戦争を無くすその日まで絶対に諦めないですぞ」
ラッフレドーレは、目の前に立っているセイとコレールを見つめ、決意している。
そうして魔法薬の研究発表は、セイとコレールが鎮静魔法薬の個人的所有権を手にし、終わった。
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『事務室』
その後、事務室に戻ったイチは、セイとコレールに与える為の個人的所有権の申請処理を行っていた。
カリカリとイチが書類にペンを走らせていると、扉から先程まで一緒だった、桜の姿をした糸杉と、桜と同じ身長でラフな格好をした男がティーセットとスパゲティを持って入ってきた。
「ただいま帰りました、イチ様」
「うん。お帰り、桜。その子は大丈夫だったの?」
男の方が喋り出すと、イチはその男に向けて桜と呼んだ。
そう、この男こそ糸杉の本当の身体であり、無敵双子の弟でもある『騎乗者』Lv90の糸杉の身体だった。
「はい、お陰様で、ちょうど魔法薬がきれた時に、持病が出たそうだったので、弟の身体を借りて出ていました。申し訳ございません」
「大丈夫だよ。今日は面白いものも見れたし…」
「そうだぜ姉さん。あ、そうそう、今日は歩いたし昼もちゃんと食えてないから紅茶とスパゲティ持ってきたぜ」
そう言いながら、糸杉は桜の持っていたティーセットを机の上に置き、イチが食べる準備をし始めた。
すると、イチは座っている椅子に、改めて深く座り直すと、ジッ…と桜の方を見つめた。
「…イチ様…なにか」
「ん?あぁ…桜達はさ、もしさっきの魔法薬を自分が手にしたらどうしてた?」
「先程の魔法薬…あぁ、糸杉が言っていた擬似平和薬ですね」
桜は、辛辣にその魔法薬に対して言い放った。
その場にあるかのように、一点だけを見つめて、親の仇のように睨んでいた。
そして、2人は顔を合わせ同時に、その言葉を発した。
「「復讐」」
2人の表情は、先程の桜の表情とは正反対に明るく、元気に遊んでいる子供のように笑っていた。
そしてイチは、その2人の表情を見て、静かに
だよね
と、言い放った。
【事務室】
「…っていう事くらいしか分かりません」
「そうか…昨日の今日でありがとうございます。なるべく早く職場に案内するから、それまでゆっくりしててください」
ここは、イチが普段働いている所である、城内部謁見の間奥の事務室。
ここで、このセント・クリヌゥス王国の王であるイチは、昨日蘇生させたばかりの乗組員の一人である、魔物の種族で言えば亜人間に属する『首無し騎士』に該当する見た目となった、短髪で右頬に大きく傷跡のある女性『クローバー』に、イチ一人で、アンフェール帝国の内情等を聞いていた。
のだが、やはり船長を蘇生出来なかったからか、その内情を聞き出すのも難航し、知らないものもいればあまり役に立たない情報を持っている者しかいなかった。
「分かりました。では、失礼致します」
「……ふぅ。やっぱり船長蘇生出来なかったのが痛いか…ここぞと言う時に悪い方向に行く…。はぁ、運が悪い」
「イッチさーん。昼休憩の準備が出来たぜー」
クローバーが出ていった後、イチはふぅっとため息をついた。
そこに扉を開け入ってきたのは、イチ専属のメイドであり、この城内部で起きた事件・事故・ミスの全てを把握している人物であり、無敵双子と呼ばれる存在の姉である『王国直属メイド部隊』のメイド長をしている『侍』Lv92の『桜』だった。
「…あれ、桜は?。何かそっちに特別な仕事出した覚えないけど」
「ん?あれだよ、メイドの一人が風邪で休んでるって言ったろ?看病しに行きたいから入れ替わってって言われたんだよ」
先程からの台詞でも、まぁ大体の人は察している通り、勿論この桜は桜では無い。
身体は桜本人なのだが、中身が違う、全く別な人間なのだ。
そして、その正体とは、無敵双子の弟であり、その明るさで多くの執事や使用人、はたまたメイド達をささえている城直属で働いている執事や使用人達。メイド以外の者たちに指示を出している『王国直属執事部隊』の執事長である『糸杉』だった。
「にしても…本当に奇跡の子…だよねぇ君達」
「またその話かよイッチー。ほら、今日の昼休憩はセイの所だろ?」
「そうだそうだ…確か新しい魔法薬の完成品を見に行くんだっけか。じゃあ、行こうか」
「おう!じゃなくて…ゴホン…はい。分かりました」
イチは、座っている椅子から立ち上がり、急に声色を変えた糸杉と共に魔術魔法薬研究開発局のあるセイの部屋へと向かった。
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【魔術魔法薬研究開発局】
「だぁかぁらぁぁ!!それだとスキルの影響がより強く反映されますからしてこちらの反魔法術式を元に作った方が良いのですよ!!」
「しかしそれでは一定の空間に張り巡らされたスキルは弱体化は出来ても相手にしか効果が無いスキルには影響出来ない!だからこそそれを止めるためにこの細胞増大粉を吸わせスキルの暴走を意図的に仕向けるべきです!」
「あぁぁあ!この世界に相手のスキル奪えるとか無効化できるのスキルがあったらどんなに楽だったか!!」
イチと桜に扮したイトスギは、報告された完成したと言われる魔法薬の見学という名目で昼休憩に、魔術魔法薬研究開発局に来ていた。
そこでは、相変わらずの怒声や意見の食い違いなどが出ており、研究員達が資料や魔法薬を手に取り言い合いしていた。
そこに、奥から長い白色のローブと白色の魔法薬を持った魔術魔法薬研究開発局副局長である『コレール』が現れた。
「イチ様、それに桜さんも。狭いですがどうぞ、奥まで」
「相変わらず凄い事になってるね、使ってない部屋もあるんだ、そっちに移る気は無いの?セイ」
「無い。ここ俺の部屋そして仕事場。態々移動して疲れるなんてごめんだね」
と、また奥からは、身体中に爆発出できたと思われる焦げ跡が出来ている下着姿の魔術魔法薬研究開発局局長『セイ』が万歳しながら歩いて来た。
すると、コレールは持っている白のローブに白色の魔法薬を数的垂らし、セイに着せたのだった。
「コレール様、セイ様。何度も申し上げました通り、ここは九天神様方の個人部屋であって本来の魔術魔法薬研究開発局部屋では無いのです。いい加減移動してください」
(…いくらスキルが内緒とはいえ…本当に凄いなぁ糸杉は…声色も何もかも桜本人じゃないか)
「で、ですが桜様…。ここだと色々都合が…その」
「何言われても、俺はここが仕事場じゃないとやる気出ない。つまり移動しない」
頑固として移動しないセイの心に呆れたのか、糸杉はやれやれとため息をつく。
すると、セイの着させられたローブが何かを吸って白色から黒色に変色しているのが確認できた。
「セイ、ローブの色が段々黒になってるのは一体…」
「ん?…あぁ、これはコレールが実験段階で試作している魔法洗剤って言う魔法薬で、数的この白色のローブにかけると魔法薬の元になっている聖職者の汚れを落とす魔法、汚れ落としと予め編んでおいた特殊ローブが反応し、身体の汚れをこのローブが吸ってくれるんだ。しかもフローラルな香り付き」
そう言うと、セイは部屋の奥からそのローブを取り、コレールの持っている魔法洗剤を数滴たらして、この中で一番汗をかいている研究員の一人『ラッフレドーレ』に渡して着替え始めた。
着替え終わり、そのローブが白色から黒色に変わると、ラッフレドーレはその服を脱ぎ、フローラルな香りを漂わせながらまた研究に戻った。
「凄いじゃないかセイ!うん、この服もしっかりした素材で出来てるし、国民に配ってもいいね」
「あぁ、しかもその服は他の洗濯物とわけて洗濯する必要があるが、洗濯さえすれば何回でもきれる優れものだ!」
セイの発明に、驚きと褒めるイチとその服と魔法薬がどれ程素晴らしいものなのかを説明するセイ。
だが、その一つの発明に疑問を覚えたの一人のメイド長基執事長がいた。
「…これ、普通に洗濯魔法薬でいいのでは?」
まさに、その一言が魔術魔法薬研究開発局にいる者たちに衝撃を走らせた。
そう、実はこの魔法洗剤の上位互換にあたる、特別なローブを着なくても特別な魔法薬を使わなくても良い、飲むだけで表面上の皮膚を急速的に新しいのに変えることにより、身体中の汚れが落ちる仕組みとなっている洗濯魔法薬というものが存在しているのだ。
ここだけ聞くと、自主的に皮膚を剥がさないといけないのか、とか落ちた皮膚が汚いという意見もあるが、この魔法薬の凄さは、飲んだ時まず最初に表面上の皮膚に気化する成分を送り込み、その気化する表面と新しい皮膚の間に薄い膜で覆われるように調整され、掃除や面倒くささにも対応出来る優れものなのだ。
因みに、汚れを落としているときは流石にグロいので使用の際は人目がつかない場所でこっそり使おう!
「あ、あれ…確かに。既にあるのに…私達はどうして」
そう言いながら、膝から崩れ落ちたのは、この魔法薬の第一責任者であるコレールだった。
何故この薬を作り、なぜここまで喜べたのか理解できなかったが、一つだけその時の彼女にはあってはならない事をしていた。
徹夜だった。
この国の南西部に住んでいる計六人の弟妹達が不自由無く暮らす為にはお金がいる。が、ここでの給料は年収900万だが、新薬を作ればもっとお金も入ってくる。
判断を見誤ったコレールは夢を見過ぎて、既にある洗剤の改良型魔法薬に手を出し、自滅したのだった。
「コレール!気をしっかり保て!これはラッフレドーレの些細なミスなんだ!」
「え?」
「そうですよコレールさん!全てはラッフレドーレさんが催眠なんかにかかったせいですよ!」
「え?催眠にかかってたの君もじゃ」
「そうだ!全ての元凶は新薬を完成させたラッフレドーレさんが悪いんだ」
「え?成功したんだから喜んでよ…」
数々の言われように、ラッフレドーレは部屋の隅っこで丸くなってしまった。
そんな丸くなってしまったラッフレドーレを、流石に言い過ぎたと他の研究員達が慰めに近くによる。
「あぁ、そうそう。新しい魔法薬が完成したと聞いたから来たんだった。セイ、その新薬を完成させた研究員と一緒に見せてくれるかい?」
「あぁ、勿論だ。ドーレと他研究員は新薬の準備してから中庭に。俺達はイチに開発計画過程説明しとく」
「了解ですセイ様!ふっふっふ、ついに私の新薬が世の中に広がる時が来ましたぞ!」
そして、セイとそのセイに引っ付きながら泣いているコレール。イチと糸杉はいつかの日エムパトが泣いた中庭へと向かった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
【向かう途中の廊下】
その新薬を開発するのにかかった年月は、ラッフレドーレが手を出して既に十年は経っていた。
元々、戦争の絶えない別の国の診療所の次男として暮らしていたラッフレドーレは、戦争に行かない代わりに、育ての母である母方の祖母を守る為に、両親と兄が戦争に行くのを見送り、一人負傷した国民の為に回復薬を作成していた。
だが、日に日に戦争が肥大化。そして最後には国にまで押し寄せてきた大軍にラッフレドーレの国が滅ぼされ、数百万といた国民で生き残ったのは僅か120人。
そこから流行病やらでまた減り、86人。
国を捨て他国に移動する為に歩くが、その移動のさなか、件の敵国の兵に見つかり逃げ延びた人数は13人。
いくつかの山を越え、やっとの思いで国に着くが、奴隷商人や盗賊と治安の悪い国で、更なる非道に巻き込まれ、残った人数は5人。
そして一人。また一人と倒れ、最終的に3人になり、そして、ラッフレドーレ達は次の国に辿り着けないまま、深い森にて倒れたのだった。
数日後、ラッフレドーレが目が覚めると、傍らにいた生き残りの2人が寄り添いながら死んでるのが確認できた。
そして、それを奪い合う2匹の動物系の魔物がラッフレドーレの前で争っていたのだ。
ラッフレドーレは、この2人をただただ埋葬させてあげたい一心で、必死に抵抗。そして魔物を追い払い、その2人を埋葬したのだった。
そしてまた、ラッフレドーレは国を目指し歩くと、信じられない光景を目にしたのだ。それは、先程の魔物達が仲良く死んだ動物の肉を分け合っていたのだ。
先程まで餌のために争っていた魔物達が、目の前で仲良く餌を食べている。
ラッフレドーレは疑問しか浮かばなかった。醜く争い無駄に血を流すのはどの生物も同じであり、だからこそ自分達の国は滅んだ。
なのに何故目の前の魔物は餌を分け合えているのか。
そして、ラッフレドーレの頭の中に、一つの疑問がまた生まれた。それは、もし人間達が目の前の魔物みたいに分け与えることが出来たら。戦争は無くなるのでは?と。
そして、その疑問は段々とラッフレドーレの心にエンジンをかけ、新たなる魔法薬の開発という形で実現させようと思いついたのだ。
次に行く国。他国との貿易など一切していないと言われているセント・クリヌゥス王国に行き、何とかしてこの魔法薬を作りたい。最低でも材料を買いたい!
「そして、ラッフレドーレはこの国に来て、見事俺のいる魔術魔法薬研究開発局で研究出来るようになって、十年間その魔法薬を作ってたって訳」
「十年前に滅んだ国…。ウチ以外どの国も戦争はしてたけど…滅んだ国は一つしか無かった…確かマリネ帝国だったっけ」
廊下を歩くイチと糸杉に説明するセイ。
薬が作られるきっかけとなった経緯を説明しながら歩いて中庭に向かうと、ガラガラとデカい機械を荷台に乗せて走っていくラッフレドーレと他研究員が資料を持ってイチ達の隣を過ぎ去って行った。
「…はは、どんだけはしゃいでんだかドーレのやつ…。コレール、いつまで引っ付いてんだ歩きづらい」
「お金…お金ぇ…この国学費だけ他と比べて高いんですよォ」
「あっはは…あまり教職員になりたいって人もいないからね。人手不足なんだよ」
この国では、幼小中一貫校が複数存在しており、その数は100を超えている。
国で学業に励んでいる子供達の数は平均は735人で、多いところだと1000人に登る生徒が通っている。
一般教養や歴史。魔物や他国家についての勉強を主に教えており、他にも数多くある部活動や個性豊かなサークル活動にも力を入れている…のだが
それに比べ、教員の数が平均80人しかおらず、教員不足による影響も出始めている。
「上の二人が働いてくれてるから助かってるけど…もうちょっと安くなんないんですか~」
「はいはい、これでもギリギリまで削ってるんだから。ほら目的地である、中庭だ」
廊下を進んだ先にある1000人は入れそうな程の広い中庭にて、ラッフレドーレ達が先程持っていた機械と液体の入った2m程の円柱状の透明なタンクがあり、それをラッフレドーレ達が整備していた。
そして、その機械の目の前には2匹の巨大な魔物が檻の中で暴れていた。
1匹は、胴体が細長く、両先端が蛇の頭になっている、動物系の魔物『両頭蛇』。
体の両端が頭になっている蛇で、全長10mにもなる個体もおり、体内で生成している毒を、自慢の牙や皮膚などから任意で出すことができ、他の魔物や動物などに噛み付いたり締め付けたりする時に、分泌することができ、遅効性の毒で弱らせた相手を2つに裂きゆっくりと両の頭で捕食する。
気性の荒い生物で有名な魔物である。
もう1匹は、普段は四足歩行で歩いているが、1度暴れると二足歩行になりその剛腕で殴り潰す亜人間系の魔物『森の賢者』と呼ばれる魔物。
普段は温厚な性格で森に迷った人を助けるなど、人間とも友好的な関係を築いているように見られるのだが、1度暴れだすと見境無く攻撃し、生物地形ありとあらゆるものを破壊しまくる程の怪力を持った魔物であり、暴れる時間が長ければ長いほどその力も増していき、最終的に伝説級の力に匹敵するのでは?とも言われている。
現在、その2匹が1つの檻の中で、互いに争っているのだ。
「こ、これは…お下がりくださいイチ様」
「…セイ…。これはいったい」
糸杉は、イチを自身の後ろに立たせ、腰にあるナイフを取り出し、臨戦態勢を整えた。
イチもその魔物達が争っているの姿を見て、怒りが湧いて出てきたのだが、それをセイが目の前に来て沈める。
「まぁ落ち着いてくれイチ、桜。今回の主役ドーレで俺達は見守り人。手ぇだすんじゃねーぞ」
すると、機会のそばにいるラッフレドーレが、手をぶんぶんと振り、セイに合図をする。
セイはその合図を確認すると、コレールに2つのガスマスクを渡し、イチと桜に装着させた。
「セイ…これは?」
「魔法耐性にあまり特化してない騎乗者が吸うと面倒だからな、桜は侍だから魔法耐性は高いけど対策してるから、念の為な…ドーレ!始めろ!」
「行きますぞ!我が10年の…故郷の無念を晴らす魔法薬!鎮静魔法薬!散布!」
ラッフレドーレが機械に着いているレバーを下に引き、ゴウゴウという音とともに機械を動かし始める。
すると、その機械から大量の霧が魔物に向けて噴出され、あっという間に中庭中に広がっていった。
やがて霧が晴れ中庭を見ると、そこには、先程まで争っていた魔物2匹が、争いを止め、仲良くしているのが確認できた。
その光景を見たイチは、思わずその2匹に駆け寄り、魔物達をじっくりと見ていた。
「自身以外誰も寄せ付けない両頭蛇と暴れたら手の付きようがない森の賢者が争いを止めた!?いったいこれはどういう」
「はい…これこそが。10年の歳月をかけ完成させた鎮静魔法薬ですぞ!」
この魔法薬は、言うところの一種の催眠術に近い効果を発揮する魔法薬なのである。
この国に来て、様々な失敗を繰り返し、最終的に辿り着いたのが先日ラッフレドーレがかかったエムパトの催眠のスキルだった。
催眠のスキルを軸に、これまで失敗してきた物の中から、使える材料や研究結果をまとめ、魔法薬を霧状に散布させ、吸わせれば催眠による思考力低下と他に調合した薬のおかげで吸った物は思考力が鈍り、戦闘意識を著しく低下させ、これ以上の争いを止めさせる。
「そして、この魔法薬を戦争に投入し両軍に吸わせれば戦争を止めることは出来なくとも、少なくとも話し合いの場には持って行けるという魔法薬ですぞ!」
これを聞いたイチは、思わず腰を抜かし座り込んでしまった。
「凄い…これは凄い…は、はは。あれ、腰抜かしちゃった…」
「イチ様!次の貿易でこの魔法薬を売りに出す許可をください!この魔法薬さえあれば、私の故郷のように滅びる国もありません。私の仲間たちのように死ぬ人々もきっといなくなります!この世から戦争を無くすことが出来るかもしれないんです!だからお願いします!この魔法薬を貿易で売りに出す許可をください!」
ラッフレドーレは、腰を抜かしたイチの目の前で、涙を流しながら土下座をした。
信じて待っていた家族を失い、流行病で倒れた祖母を失い、敵国の兵士の手によって殺された仲間たちや奴隷商人によって捕まった仲間たちの無念を晴らしたい。
自分の傍で死んでいったあの2人に、この魔法薬で平和になった世界を天国から見せたい。
その思いが強まり、ラッフレドーレは土下座し、大和との貿易で世界に売り出したいと、そう頼んだのだった。
「ラッフレドーレ…」
「…イチ様…わ、私からもお願いします」
「俺からも、この魔法薬はドーレの10年そのものなんです」
すると、セイとコレール以外の中庭にいる魔術魔法薬研究開発局の者たちがその場で土下座したのだった。
「…みんな……ありがどうございますありがどうございまず!」
「……分かった。この魔法薬を貿易に出すことを許可しよう」
「イチ様!」
「だが!…だが、それは経過観察という事で、1回の貿易で出せる本数は2本だ!」
「に、2本!?た、確かに魔法薬自体この円柱状のタンク量ないと効果は少ないですが、2本というのは流石に」
すると、ラッフレドーレの前に1本のナイフが刺さった。
思わず、セイに抱きつき、逃げるラッフレドーレ。
そして、イチの後ろからそのナイフを投げた本人である糸杉が出てきた。
「確かにこの魔法薬は世界を変える画期的なアイテムとなりえるでしょう」
「な、ななならいいじゃ」
「だからこそ、デメリットもある…。やっぱりそういうことも考えちまうよな…イチ」
「…うん。やっぱりセイも…考えてたんだね」
そのデメリットと言うのは、大きくわけて2つある。
1つ目は、この魔法薬が戦争をしている片方の国にしか渡らなかった場合。その国が魔法薬を悪用し、敵の戦意を削ぎながら圧倒、蹂躙する可能性がゼロでは無い点と
2つ目が、この魔法薬を使用するのは、真に戦争を止めたいと思う戦争撲滅団体…所謂抵抗派などの組織じゃなければ1の使い道をしてしまうから。
他にも様々な悪用方法があるが、このセント・クリヌゥス王国にもら及ぼすデメリットを上げるとするならこの2点である。
「これらの点を考慮して、信用ある抵抗派達に売りに出せれば良いのですが…。航路や抵抗派が襲われ奪われるという可能性もあるのです。私個人的な見解を申していいのであれば…この魔法薬は売りに出さず我らセント・クリヌゥス王国で所有するべきです」
「違う!私は!…私は!!この魔法薬をそんな事の為に作ったんじゃない!戦争を無くすために」
セイに抱きついていたラッフレドーレは、セイを離れ糸杉に反論する。
「分かってる…そんなのこの場の全員が分かってるんだ。だけどな、この世界にお前みたいな優しい心を持った奴はそういないんだよ…ラッフレドーレ」
セイがラッフレドーレの肩を叩き、コレールがその望まぬ絶望を聞かされたラッフレドーレを慰めた。
そして、セイとコレールが立ち、イチの方に向いて、答えを聞いた。
「イチ。本当に貿易に出すのか?本当だったら俺魔術魔法薬研究開発局局長でドーレは俺の部下。部下の10年の思いをこんな形で終わらせたくねーが…リスクしかないぞ」
「それは…」
確かに、その貿易で出るこの国のメリットはその画期的な魔法薬がかなりの高値で売れる事や戦争に巻き込まれる心配も無くなるが
デメリットが、その魔法薬の悪用でこの国が攻められることや他の国同士で潰し合い、1つの国がさらなる驚異になる可能性。
それらを考慮したら、やはり売らないのが正しい判断なのだろう。
「だからこそ、魔術魔法薬研究開発局局長でてるセイ様と私、魔術魔法薬研究開発局副局長であるコレールが、この魔法薬の個人的所有権を認めて頂きたい」
「個人的所有権…ですか」
その言葉を聞いた糸杉は考えた。
この国では、個人的所有権という制度があり、それはその者が国からその物の所有権を得られた場合、どのような違法物でも持ち歩くことが出来、それの保護が出来る特殊な部屋の使用許可が降りる制度である。
これをする事によって、万が一盗まれた場合でも、それをら保護できる特殊な部屋に行きさへすれば、その盗まれた物は必ず特殊な部屋に戻せるという魔術魔法薬研究開発局と工業地帯が共同で開発した特殊な部屋の所有許可が出るのだ。
「そして、その所有物は許可を与えられた者しか使用することが出来ない…確かそのような制度でしたね…イチ様」
「うん。そうだけど、セイとコレールは大丈夫なの?維持費もあるけど…」
「あぁ、ドーレが俺達の行動を許してさえくれれば、その維持費は俺が出す」
セイとコレールは、糸杉のほうに寄っていたラッフレドーレを見る。
ラッフレドーレはその状況に確かに絶望した。本来の使い方から大きく外れた使い道を聞かされ、希望の為に作ったはずの魔法薬をもしかしたら絶望の為に使われるかもしれない。
だが、目の前の2人。九天神の一角であり魔術魔法薬研究開発局局長である『セイ』とそのセイを支える魔術魔法薬研究開発局副局長である『コレール』
まさにこの2人は、自身の希望の薬を守ってくれるのだ。
「…いいのですか…私の…魔法薬を」
「いいんだよ。金なら余ってる…大丈夫だ、安心してくれ。お前の魔法薬は俺達で守る」
「……分かりました…だけど、私はこの世界から戦争を無くすその日まで絶対に諦めないですぞ」
ラッフレドーレは、目の前に立っているセイとコレールを見つめ、決意している。
そうして魔法薬の研究発表は、セイとコレールが鎮静魔法薬の個人的所有権を手にし、終わった。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
『事務室』
その後、事務室に戻ったイチは、セイとコレールに与える為の個人的所有権の申請処理を行っていた。
カリカリとイチが書類にペンを走らせていると、扉から先程まで一緒だった、桜の姿をした糸杉と、桜と同じ身長でラフな格好をした男がティーセットとスパゲティを持って入ってきた。
「ただいま帰りました、イチ様」
「うん。お帰り、桜。その子は大丈夫だったの?」
男の方が喋り出すと、イチはその男に向けて桜と呼んだ。
そう、この男こそ糸杉の本当の身体であり、無敵双子の弟でもある『騎乗者』Lv90の糸杉の身体だった。
「はい、お陰様で、ちょうど魔法薬がきれた時に、持病が出たそうだったので、弟の身体を借りて出ていました。申し訳ございません」
「大丈夫だよ。今日は面白いものも見れたし…」
「そうだぜ姉さん。あ、そうそう、今日は歩いたし昼もちゃんと食えてないから紅茶とスパゲティ持ってきたぜ」
そう言いながら、糸杉は桜の持っていたティーセットを机の上に置き、イチが食べる準備をし始めた。
すると、イチは座っている椅子に、改めて深く座り直すと、ジッ…と桜の方を見つめた。
「…イチ様…なにか」
「ん?あぁ…桜達はさ、もしさっきの魔法薬を自分が手にしたらどうしてた?」
「先程の魔法薬…あぁ、糸杉が言っていた擬似平和薬ですね」
桜は、辛辣にその魔法薬に対して言い放った。
その場にあるかのように、一点だけを見つめて、親の仇のように睨んでいた。
そして、2人は顔を合わせ同時に、その言葉を発した。
「「復讐」」
2人の表情は、先程の桜の表情とは正反対に明るく、元気に遊んでいる子供のように笑っていた。
そしてイチは、その2人の表情を見て、静かに
だよね
と、言い放った。
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