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1章 旅立ちの日に

#2 道には出逢いが落ちている?

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「やっべ、完全に遅刻したぁ」
急いで聖堂のあるトレルへと向かう。

リオラが住む集落から森を抜けた先にトレルがあるが、リオラは一度も行ったことがなかった。
姉サテラからはマレラと違いお店がたくさんの店や人がいるという話くらいは聞いたことがあったが。


家を出てからずいぶん森の中を走った。
トレルの街に近づくにつれ、道が舗装されていて走りやすくなった。

(うん?なんだあれ?)

視線の先になにか黒いものがのそのそと動くのが見え、立ち止まる。
どうやら何かの動物のようだが。

 (ちょっといってみるか!)
見たことがない容姿に興味を惹かれ、様子を見に駆け寄る。

――と、そのときだった

『ヒヒィーン!!』

「あぶないっ!!」

一台の馬車がものすごいスピードで近づいてくる。
このままの方向で進めば黒い生き物を馬車と接触してしまう。

(くそっ!間に合えっ!!)

頭で考えるより先に身体が動いていた。
その生き物を覆うようにリオラは飛び込んだ。


ドカッ

『ヒヒィーン!』

「おわっ!なんだてめぇは!!」

「ふぅー、あぶないあぶない。」
どうやらリオラの背中にぶつかる寸前で馬車は止まったようだ。

「さすがに轢かれると思ったー。あっそういえばこいつは?」
自分の腕が抱えているものに目を向ける。

『キュルルルル…』

その生き物はよっぽど怖かったのか小さく丸くなり震えているが、どうやら大事には至らなかったみたいだ。

「よしよし、もう大丈夫だからなー」
優しくそいつを撫でてやる。
真っ黒な毛に覆われていて、触り心地が良い。

「おい!てめぇ死にてぇのかっ!」
馬の手綱を持っていた人相の悪い男がこちらに近づいてくる。

「そっちこそ気をつけろよ!あとちょっとでこいつを轢き殺すところだったんだぞ!」
そう言い返しながらリオラは立ち上がった。

「あぁん?てめぇ良い度胸してんじゃねえか。」
男は腰のサーベルを抜き、襲い掛かってきた。

(俺だってやってやるぞ!)
リオラは背中のロングソードに手をかける。


「一体何をしているんだ!ばか者っ!」
リオラが背中のロングソードを抜こうとした瞬間、停まっていた馬車の方から怒鳴る声が響く。
そして馬車の中から少年が現れ、戦闘態勢のまま固まったリオラ達に近寄る。

「今すぐその武器をしまえ!愚か者っ。お前はスタール家の名を汚す気か!!」
ものすごい剣幕で少年は男に言い放った。

(こっわ!)
朝のサテラとはまた違った迫力がある。

「チッ」
男は納得いかない様子だったが、サーベルを腰に戻し馬車へ戻っていった。

「何があったかは分からないが僕の使用人が悪かったね。」
少年は頭を下げ謝る。

「あ、お、おう…」
あまりにもその謝罪に気品が溢れていたためリオラは言葉に詰まってしまう。

「い、いいよ、別に。こっちはケガしてないしな。」
「いや、そういうわけにはいかないよ。どうだろう、迷惑をかけたお詫びとして目的地まで馬車で送らせてもらえないだろうか?」
少年はリオラに微笑みかける。

「いやいや、マジでいいから!てか、授与式に遅れちまう!じゃ、おれはもう行くから!」
「うん?授与式?もしかして君もゲイン授与式に参加するの?」
黒い生き物を抱えたまま走り出そうとするリオラを少年が呼び留める。

「そうそう、だから急がないと。…うん?『俺も』?ってことはもしかしてお前も授与式に参加するのか?」
「そうだよ、僕も今年で16だから。」
「ん…そかそか。んじゃ俺は先行くな。おまえも急いだほうがいいと思うぞ。授与式がもうはじまる時間だからな。」
そう言うと俺は再び走り出そうとする。

「ちょ、ちょっと待って!だったら尚更僕の馬車に乗ればいい。」
少年は後ろの馬車を指差しながら言う。

「……」
リオラはその馬車をじぃーと目を細めて見つめる。

「…なぜそんな目をしているんだ?ほらほら遠慮しないで。」
「…いやー、やめとくわ。だってどう見たってその馬車でも間に合わねぇし。それになんか……」
「なんか…?」

リオラは一呼吸開けてはっきりと告げた。

「ダサい!」

「っっ!?」

少年は驚いた表情で目を何度かパチクリし、突如噴き出し腹を抱えて笑い始めた。

「な、なんだよ、いきなり気持ちわりぃな…」
「いやいや、ごめんごめん。君があまりにもおかしなことを言うから。…いや、本当は今の君の言葉が正しいのかもしれないね。でも僕の周りの人間はこの馬車に乗りたいって言うやつらばかりだから。あははっそうだよね、どう見たってダサいよね。」
少年はなぜか嬉しそうに馬車を眺めうなずく。

「でももし僕とこの馬車で式場まで行けば、君の遅刻は取り消してもらえるかもしれないよ?」
少年は笑い涙を指でぬぐいながら俺に言う。

「はぁ!?取り消してくれるっていったいどういうことだよ!!」
リオラは少年の身体を揺らす。

「お、落ち着いて!えっとね、授与式では前半に平民が、後半に貴族の式が行われる。だから後半参加する僕が頼めば君も後半に受けれると思う。」

「………。」
リオラはポカンと口を開けたまま少年を見る。

「まぁどうするかは君次第だけど。」
「ん?なんかその馬車カッコよく見えてきたなー。」

リオラはその少年についていくことに決めた。


ガタッガタッゴトッ

「そんなにビビッて掴んでなくても、振り落とされたりしないよ?」
「べ、べつにビビッてるわけじゃねぇし!」
思っていた以上のスピードと揺れに俺は近くの手すりを強く握る。
一緒に連れてきてしまった黒い生き物もリオラの服をギューっと握って離さない。

「そういえば自己紹介をしてなかったね。僕はスタール家の長男、ルーク=スタール。ちなみに長男と言っても4つ上には姉がいて、あと6つ下の妹がいるけど。」
慣れているのかルークはすらすらと話し始め、その後リオラを見つめる。

「ん?あ、俺はリオラ=イグリード。俺にもねぇちゃんが一人いる。うーんと、あとは…。」
自己紹介なんてする機会がほとんどないリオラは何を話していいのかわからない。

「…イグリード?その名は確か…どこかで…。ところでリオラはどこ出身なの?」
「俺はこの先のマレラ生まれだよ。」
「マレラ?それはここから遠い街?」
「いや、この森を反対に抜けたらすぐだぞ。まあすんげぇちっちゃくて住んでる人より家畜の豚の方が多いけどな。」
「へー、そうなんだ。そんな街があるのは知らなかった。街というよりも集落ってとこかな。」
「そうそう、そんな感じ。」
ルークは「ふむふむ」とうなずく。

「この辺りのことはなんでも知っている気になっていたが、僕もまだまだだな。マレラか…、一度見てみたいな。」
「おっ、なら今度案内してやるよ!で、ルークはどこ出身なんだ?」
「僕はアスタシオン。この森の西に行ったところだよ。」
「ふーん、アスタシオンか…。なんかかっこいい名前だな!」
「まさかと思うがリオラはアスタシオンを知らないのか?」
「知らん!」
リオラは胸を張ってそう応える。

「そ、そうか。アスタシオンは一応このバレン地方では一番でかい街なんだけど。」
「そんなこと言われても俺が知ってるのはマレラとこれから行くトレルだけだし。まぁトレルもねぇちゃんに聞いたことがあるってだけなんだけどな。」
「…もしかして自分の集落から出たのは今日が初めて?」
「うん、そうだけど?森の入り口付近を除けば集落から出たことないな。」

ルークがなぜ驚いているのかリオラには理解ができなかった。

集落ではみんな自給自足、一緒に遊んで育った親友兼手下のポンタもマレラから出たことがないって言っていた。

(それが当たり前じゃないのか?)

「それじゃあアスタシオンを知らないのも無理ないか。それに僕の名前を聞いて驚かないのも…」
「うん?最後の方声が小さくて聞こえなかったんだけど?」
「いや、気にしなくていい。」
そういうとルークは黙って窓の外を眺める。

『キュィィイ』

腕の中で大人しくしていた黒い生き物が構って欲しいのかリオラの服を引っ張る。

「てか、連れてきちゃったけどこいつなんて生き物なんだ?」
「んー、色とサイズからしてマッドウルフの赤ん坊にも見えるけど、こんな角と羽が生えてるのは見たことがないな。それにしてもこの柔らかそうな毛並み…いてっ!!」

『キュイイイイ!』

ルークが触れようとするとその生き物は思いっきり指を噛んだ。

「へへっ、お前ずいぶん嫌われてんなぁ。俺が触ったって…いってぇぇぇ!」

『キュルルルルゥ』

ルークにどや顔を向けながらリオラが毛を撫でようとしたらより強く噛まれる。

「うん?僕にはリオラの方が嫌われてるように見えるんだけど?」
「な、なんでだよ!?さっきまであんなに大人しかったのに!」
リオラの叫びに対して『気安く触らないで』とでも言うようにプイッと顔を背ける。

――リオラの服は握られたままなのだが。

「でもマッドウルフならちょっとやっかいだな。」
ルークは眉間にしわを寄せる。

「なんで?」
「マッドウルフはウルフ族の中でも珍しい群れで行動する種族で、仲間意識が強いんだ。だからもし赤ん坊が盗まれたと勘違いしたら匂いをたどって追いかけてくる可能性が高い。」
「マッドウルフって強いのか?」
「いや。」
ルークは首を横に振る。

「一匹一匹の力はさほど強くないから単体ならどうにかなると思う。」
「なーんだ。なら安心じゃん!」
リオラは安心するが、ルークの表情は晴れない。

「…単体は弱いけどさっきも言ったとおり、マッドウルフたちは基本的に団体行動でだいたい8~30匹の群れのはず。一桁なら一般人でも対処は難しくないけどもしも30匹もいれば…。」
「…30匹もいれば?」

(ごくり…)
馬車の中に緊張が走る。

「一般人はおろか騎士団でも手を焼くかも。」
「騎士団が…。って騎士団ってどんくらい強いんだ?」
リオラの純粋な質問にルークは緊張の顔を緩める。

「ははっ、なんかリオラと話していると真面目に悩んでいるのがバカみたいに思えるよ。騎士団がどのくらいの強さなのかは見てからのお楽しみってことにしとこうかな。さぁ、トレルが見えてきたよ。」
ルークはそういうと窓の外を指さす。
その指の先にはマレラの集落とは比べ物にならないくらい大きな街並みが広がる。

「すっげぇ!あれがトレルか!」
リオラは興奮して窓から体を乗り出す。

「そんなに体乗り出すと落ちるよ?」
「だって見て見ろよ、ルーク!あんなに建物がいっぱいあるんだぞ!」
「トレルでこれだけ驚いていたらもしリオラがアスタシオンを見たら大変なことになるな。」
ルークの声は興奮しているリオラには聞こえていないようだった。


その後トレルの街に着き、馬車は一旦ルークが予約していた宿屋へと向かう。
…その道中何度も馬車から落ちそうになったことは言うまでもない。

「坊ちゃん着きましたぜ」
馬車が止まり、使用人の男が声をかけてきた。
ルークに続いてリオラも馬車から降り、使用人と一瞬目が合った。
さっきのことでなにか言われるかと思ったが、男はだるそうにあくびをし、そのまま馬を馬小屋に引く。

「なんなんだよ、あいつ…。」
「まぁ、そう気にしないで。父上が暇な人間を募集して雇ったただのお手伝いだからあまり礼儀が、ね。それよりそいつも連れて行くの?」
ルークはリオラの腕を指さす。
…正確にはその中でもぞもぞ動くものを、だが。

「んーここまでつれてきちまったしな。クロノスケの面倒は俺がみるよ。」
「……クロノスケって誰?」
「誰って…。こいつの名前だよ。なぁークロノスいてっ!!」
リオラは思いっきり腕を噛みつかれる。

「はぁー、さすがに可哀そうだと思うけど、その赤ちゃんが。クロノスケって…そもそもその子は雄なのか?」
「そりゃ、ウルフの赤ちゃんなんだから雄に決まってるじゃん!」
「……。なぜかを聞くのはやめておこう。じゃあクロンはどう?それなら雄でも雌でも大丈夫だし。」
「うわー、ネーミングセンスねぇのー。クロノスケの方がいいよギャァッ!」

――どうやらクロンが気に入ったようだった。
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