4 / 5
第4章 - 蒼い霧
しおりを挟む
漆黒の闇。
健次は浮かび、漂っている。
完全な虚無の中で。
光り輝くリボンが暗闇に溢れ出でた。穏やかでありながら、眩まばゆく、まるで夜を照らす小さなライトのように。
どのくらいの時間が流れたのか、健次にはわからなかった。あるいは、自分がどこにいるのか。ただ、それが何であろうと、何かをつかまなければと思った瞬間、彼の指に何かが触れた。健次は残っていた全ての力を振り絞って、無我夢中でそれにしがみついた。
「捕めた!誰か! 」
叫び声がエコーとなって耳元で響いた。声が大きくなるに従い、やがて健次の意識もだんだんはっきりしてきた。まだだ。まだ生きていたい。
.突然、鼻腔の中を冷たい何かが溢れた。肺に何やら不可解なものが入って来たとき、彼の生存本能が彼をたたき起こしていた。目を開いて、起き上がり。
―― 水だ
「ぎゃああああああああああ!!」
彼の靴も、服も、口や耳でさえ、何もかも水浸しになっていた。彼は咳き込んで荒く息をしながら肺から水を追い出そうとし、手荒ながらも何とかそれをやり遂げたとき、何かがおかしいことに気が付いた。
彼は水の中に立っていた…。のではなく小川に立っていた。倒れたコンクリートの上ではなく。そして辺りを見回して、ビルの代わりに、高い樹々が取り囲んでいる場所であることを知った。足元を流れる水の音だけが聞こえている。
青い空が水面に映り、今が昼間であることがわかった。ついさっきまでは真夜中で、そんなに時間は経っていないはずだった。
さらに不可思議なことに、痛みはもう全く感じず、自由に動ける。車にぶち当たったことなど、まるでなかったかのように。
「あのぅ…人間ですか? 」
声がして、その方向へ健次がすぐに振り向くと、そこには健次とほぼ同じ年ぐらいの2人の少年が河岸に立っていた。
だが、日本人ではなかった。彼らの肌の色はずっと白く、髪と瞳の色はこげ茶だった。
右側の少年の方が背が低く、ややぽっちゃりしていて、そして彼の頬はプラムのように赤かった。反して彼の横に立っているもう一方の少年は葦のように細く、それに極端に背が高かった。少なくとも腕一本分の長さぐらいは差があるだろうか。
だが、そういったことよりも、もっと遥かに健次の目を引いたのは、彼らの身に着けていた衣類だった。農場で働く人のような出で立ちで、ポケットがなく、靴には靴紐もなかった。また普通のベルトの代わりに、紐のようなものを腰に巻いていた。
まるで、映画で見た中世ヨーロッパに出てくるような感じに見えた。
「黒い髪に黒い瞳…。ねえ、兄さん、彼はプライム人じゃないよ、きっと悪魔だ!」
(彼らが日本語をしゃべってる? これは何かの悪い冗談か?)
もうひとつの可能性が健次の頭をかすめた。…異世…、いや、まさか、そんなバカな。
「あのすみません、交番がどこにあるか教えてもらえますか。」
健次の問いに、少年たちは互いに顔を見合わせ、そして太めの方が用心深く言った。
「兄さん、彼は僕たちと同じ言葉をしゃべるよ。ってことは、彼は外国人じゃないのかな? 」
「僕は日本人です。ここは日本じゃないんですか? 」
その答えを聞くことはなく、代わりに健次を、少年たちが大いな好奇と困惑をあらわにして見つめた。
「彼、お金持ちそうだね、…兄さん。」
太めの方が感想を漏らした。
「だって、着ているシャツやズボン、高級な布で作ってるみたいだもん…。」
「ああ…。銀のコイン一枚ぐらいにはなるな。」
痩せた少年の方が言った。彼の声はずっと低く、鋭い響きがあった。
そして、二人が水に入って来た。捕食動物がその捕食対象を誘い込むのと同じように。太った方が、健次の周囲に回り込み、健次の肩を掴んだ。彼のその手はまるで鉄のようだった。
「おい、離せ!僕に触るなよ!」
健次の抗議は誰にも聞き届けられることはなく、痩せたほうが、すばやい動きで健次の脚を持ち上げ、健次のズボンをあっという間に脱がせた。
「離せ!何するんだよ、やめろ! 」
彼が叫ぶと、痩せた少年は健次のみぞおちにパンチを喰らわせた。突然の痛みが彼の腹部に広がる以外、健次にはなす術はなかった。激痛に耐えるために、すぐに彼はもがくのを放棄した。
「抵抗するなよ、お坊ちゃん。身なりがいいことを呪うんだな。」
「全部取っちまえ、兄さん! 」
一分も経たないうちに、彼は素っ裸にされていた。下着さえもこの悪ガキたちに脱がされていた。それから彼らは、不意打ちのパンチにうめいて腰まで水に浸かっている健次を川に残して、去っていった。
「絶対戻ってくるなよ、でないと殺すぞ! 」
兄弟たちは樹々の中へと向かって消えていった。健次は彼らを罵ののしりたかったが、この異常な状況の中で踏みとどまっていた。
蒼い霧…。浮かんでいる、いや、少年たちの周りを取り巻いている。だが彼らは、その霧を気にも留めていないようだった。それどころか、彼らの身体から出ているものに、まるで気が付いていないようにも見えた。
健次は、少年たちの周りで渦巻いている蒼い霧をただ見ていた。彼らが木の陰に隠れてしまうまで、彼は川の流れの中で裸のままで立ち、寒さとともに言葉を失っていた。
(何…何が起こってるんだ一体?)
健次は浮かび、漂っている。
完全な虚無の中で。
光り輝くリボンが暗闇に溢れ出でた。穏やかでありながら、眩まばゆく、まるで夜を照らす小さなライトのように。
どのくらいの時間が流れたのか、健次にはわからなかった。あるいは、自分がどこにいるのか。ただ、それが何であろうと、何かをつかまなければと思った瞬間、彼の指に何かが触れた。健次は残っていた全ての力を振り絞って、無我夢中でそれにしがみついた。
「捕めた!誰か! 」
叫び声がエコーとなって耳元で響いた。声が大きくなるに従い、やがて健次の意識もだんだんはっきりしてきた。まだだ。まだ生きていたい。
.突然、鼻腔の中を冷たい何かが溢れた。肺に何やら不可解なものが入って来たとき、彼の生存本能が彼をたたき起こしていた。目を開いて、起き上がり。
―― 水だ
「ぎゃああああああああああ!!」
彼の靴も、服も、口や耳でさえ、何もかも水浸しになっていた。彼は咳き込んで荒く息をしながら肺から水を追い出そうとし、手荒ながらも何とかそれをやり遂げたとき、何かがおかしいことに気が付いた。
彼は水の中に立っていた…。のではなく小川に立っていた。倒れたコンクリートの上ではなく。そして辺りを見回して、ビルの代わりに、高い樹々が取り囲んでいる場所であることを知った。足元を流れる水の音だけが聞こえている。
青い空が水面に映り、今が昼間であることがわかった。ついさっきまでは真夜中で、そんなに時間は経っていないはずだった。
さらに不可思議なことに、痛みはもう全く感じず、自由に動ける。車にぶち当たったことなど、まるでなかったかのように。
「あのぅ…人間ですか? 」
声がして、その方向へ健次がすぐに振り向くと、そこには健次とほぼ同じ年ぐらいの2人の少年が河岸に立っていた。
だが、日本人ではなかった。彼らの肌の色はずっと白く、髪と瞳の色はこげ茶だった。
右側の少年の方が背が低く、ややぽっちゃりしていて、そして彼の頬はプラムのように赤かった。反して彼の横に立っているもう一方の少年は葦のように細く、それに極端に背が高かった。少なくとも腕一本分の長さぐらいは差があるだろうか。
だが、そういったことよりも、もっと遥かに健次の目を引いたのは、彼らの身に着けていた衣類だった。農場で働く人のような出で立ちで、ポケットがなく、靴には靴紐もなかった。また普通のベルトの代わりに、紐のようなものを腰に巻いていた。
まるで、映画で見た中世ヨーロッパに出てくるような感じに見えた。
「黒い髪に黒い瞳…。ねえ、兄さん、彼はプライム人じゃないよ、きっと悪魔だ!」
(彼らが日本語をしゃべってる? これは何かの悪い冗談か?)
もうひとつの可能性が健次の頭をかすめた。…異世…、いや、まさか、そんなバカな。
「あのすみません、交番がどこにあるか教えてもらえますか。」
健次の問いに、少年たちは互いに顔を見合わせ、そして太めの方が用心深く言った。
「兄さん、彼は僕たちと同じ言葉をしゃべるよ。ってことは、彼は外国人じゃないのかな? 」
「僕は日本人です。ここは日本じゃないんですか? 」
その答えを聞くことはなく、代わりに健次を、少年たちが大いな好奇と困惑をあらわにして見つめた。
「彼、お金持ちそうだね、…兄さん。」
太めの方が感想を漏らした。
「だって、着ているシャツやズボン、高級な布で作ってるみたいだもん…。」
「ああ…。銀のコイン一枚ぐらいにはなるな。」
痩せた少年の方が言った。彼の声はずっと低く、鋭い響きがあった。
そして、二人が水に入って来た。捕食動物がその捕食対象を誘い込むのと同じように。太った方が、健次の周囲に回り込み、健次の肩を掴んだ。彼のその手はまるで鉄のようだった。
「おい、離せ!僕に触るなよ!」
健次の抗議は誰にも聞き届けられることはなく、痩せたほうが、すばやい動きで健次の脚を持ち上げ、健次のズボンをあっという間に脱がせた。
「離せ!何するんだよ、やめろ! 」
彼が叫ぶと、痩せた少年は健次のみぞおちにパンチを喰らわせた。突然の痛みが彼の腹部に広がる以外、健次にはなす術はなかった。激痛に耐えるために、すぐに彼はもがくのを放棄した。
「抵抗するなよ、お坊ちゃん。身なりがいいことを呪うんだな。」
「全部取っちまえ、兄さん! 」
一分も経たないうちに、彼は素っ裸にされていた。下着さえもこの悪ガキたちに脱がされていた。それから彼らは、不意打ちのパンチにうめいて腰まで水に浸かっている健次を川に残して、去っていった。
「絶対戻ってくるなよ、でないと殺すぞ! 」
兄弟たちは樹々の中へと向かって消えていった。健次は彼らを罵ののしりたかったが、この異常な状況の中で踏みとどまっていた。
蒼い霧…。浮かんでいる、いや、少年たちの周りを取り巻いている。だが彼らは、その霧を気にも留めていないようだった。それどころか、彼らの身体から出ているものに、まるで気が付いていないようにも見えた。
健次は、少年たちの周りで渦巻いている蒼い霧をただ見ていた。彼らが木の陰に隠れてしまうまで、彼は川の流れの中で裸のままで立ち、寒さとともに言葉を失っていた。
(何…何が起こってるんだ一体?)
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?
つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。
平民の我が家でいいのですか?
疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。
義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。
学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。
必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。
勉強嫌いの義妹。
この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。
両親に駄々をこねているようです。
私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。
しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。
なろう、カクヨム、にも公開中。
王が気づいたのはあれから十年後
基本二度寝
恋愛
王太子は妃の肩を抱き、反対の手には息子の手を握る。
妃はまだ小さい娘を抱えて、夫に寄り添っていた。
仲睦まじいその王族家族の姿は、国民にも評判がよかった。
側室を取ることもなく、子に恵まれた王家。
王太子は妃を優しく見つめ、妃も王太子を愛しく見つめ返す。
王太子は今日、父から王の座を譲り受けた。
新たな国王の誕生だった。
「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!
七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ?
俺はいったい、どうなっているんだ。
真実の愛を取り戻したいだけなのに。
伯爵様の子供を身篭ったの…子供を生むから奥様には消えてほしいと言う若い浮気相手の女には…消えてほしい
白崎アイド
ファンタジー
若い女は私の前にツカツカと歩いてくると、「わたくし、伯爵様の子供を身篭りましたの。だから、奥様には消えてほしいんです」
伯爵様の浮気相手の女は、迷いもなく私の前にくると、キッと私を睨みつけながらそう言った。
【完結】言いたいことがあるなら言ってみろ、と言われたので遠慮なく言ってみた
杜野秋人
ファンタジー
社交シーズン最後の大晩餐会と舞踏会。そのさなか、第三王子が突然、婚約者である伯爵家令嬢に婚約破棄を突き付けた。
なんでも、伯爵家令嬢が婚約者の地位を笠に着て、第三王子の寵愛する子爵家令嬢を虐めていたというのだ。
婚約者は否定するも、他にも次々と証言や証人が出てきて黙り込み俯いてしまう。
勝ち誇った王子は、最後にこう宣言した。
「そなたにも言い分はあろう。私は寛大だから弁明の機会をくれてやる。言いたいことがあるなら言ってみろ」
その一言が、自らの破滅を呼ぶことになるなど、この時彼はまだ気付いていなかった⸺!
◆例によって設定ナシの即興作品です。なので主人公の伯爵家令嬢以外に固有名詞はありません。頭カラッポにしてゆるっとお楽しみ下さい。
婚約破棄ものですが恋愛はありません。もちろん元サヤもナシです。
◆全6話、約15000字程度でサラッと読めます。1日1話ずつ更新。
◆この物語はアルファポリスのほか、小説家になろうでも公開します。
◆9/29、HOTランキング入り!お読み頂きありがとうございます!
10/1、HOTランキング最高6位、人気ランキング11位、ファンタジーランキング1位!24h.pt瞬間最大11万4000pt!いずれも自己ベスト!ありがとうございます!
愛していました。待っていました。でもさようなら。
彩柚月
ファンタジー
魔の森を挟んだ先の大きい街に出稼ぎに行った夫。待てども待てども帰らない夫を探しに妻は魔の森に脚を踏み入れた。
やっと辿り着いた先で見たあなたは、幸せそうでした。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる