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3、カランド 和らいで
しおりを挟む三浦くんへのお礼の品は、お菓子の詰め合わせにした。
甘いものが好きかどうかわからないから、おせんべいやスナック菓子などなるべくいろんな種類のものを詰めたつもり。
なにかひとつでも気に入ってくれたらうれしいな…。
お昼休みも少し経って、みんながお弁当を食べ終わる頃。
私はお菓子の入った紙袋を持って、D組へと向かった。
音楽科のうちのクラスと違って、D組はとってもにぎやか。みんな楽しそうにおしゃべりをしている。
他クラスに行くことはほとんどなくて、知っている子もいないD組に行くのは、ちょっとだけ勇気がいった。
廊下からD組の教室をこっそりのぞくと、窓際の席に楽しそうにおしゃべりをする三浦くんの姿を見つけた。
仲良しグループなのかな?男子生徒、五、六人が集まっていて、ちょっと声がかけづらい…。
楽しそうにしているし、話しかけるタイミングがわからないよ…!
まごまごしながらも三浦くんを観察し続けていると、ひとりの女の子が三浦くんに声をかけた。
なにを話しているかまでは聞こえなかったけれど、三浦くんにノートを差しだしていて、三浦くんはなんだか申し訳なさそうにそのノートを受け取っていた。
あの子、だれだろう?仲良いのかな?
もちろんD組の子なんだろうけど、なんだか三浦くんとやたらと親しそうな感じがした。
「だれかに用事か?」
「ひっ」
急に後ろから声をかけられて、私の心臓は飛び上がった。
そこには見たことのない男子生徒が立っていて、私を見下ろしている。
つり目気味の目が特徴的な整った顔立ち。
こんな人、うちの学年にいたっけ…?
「あ…」
『D組って春に転入生来たよね?あの転入生もイケメンだった!』
先日クラスの女子がそんなことを言っていたのを思い出した。
この人が、うわさの転入生かな?
彼は私の見ていた方へと視線を向ける。
「だれ?佐藤?」
「え?」
私がきょとんとしてしまったことで、違う、と判断したのか、彼は次の候補を上げる。
「三浦か?」
その名前にどきんと心臓がはねた。
私のようすに目ざとく気がついた彼は、私の目的が三浦くんだと確信したようで、「呼んでくるけど」と言ってくれた。
「あ、いえ!出直します!!」
しかし三浦くんにお菓子を渡す勇気が引っこんでしまった私は、彼に一礼すると、あわてて自分の教室へと引き返した。
「はぁ、渡せなかった…」
三浦くんは人気者だ。友達もいっぱいいる。
そんなことはわかっていたけれど…。
「あのにぎやかな輪の中に入ってまで、渡す勇気はないよぉ…」
私は机に突っ伏した。
ピアノのコンクールや発表会で大勢の人の前に立つことに慣れてはいても、これはまったく別のこと。
大勢の前で好きなひとに話しかけられるほど、私の心臓は強くない。
恥ずかしくてきっとなにも言えなくなっちゃう。
「はぁ…」
私はまた大きくため息をつきながら、のそりと立ち上がった。
ひとまずこのお菓子はロッカーに閉まっておこう。
そう思い、廊下にある自分のロッカーにお菓子の紙袋を入れた。
「おい」
う、と思いながら、声のした方を振り返ると、案の定仏頂面の水原くんが立っていた。
「水原くん…なぁに?」
まさか今日も放課後音楽室に来るなんて言わないでしょうね…?
そう警戒しながら、水原くんの返答を待つ。
「今日の放課後、」
「う、うん…」
「レッスン室を借りられることになったから、音楽室には行かない。個人課題の練習もそろそろ進めなくちゃいけないからな」
「あ、うん!そうなんだ!」
思わず弾んだ声が出てしまった。
やった!今日は放課後ひとりだ!三浦くんの走ってる姿が見られるっ!
私が心の中でガッツポーズをしていると、水原くんが眉間にしわを寄せた。
「おい、俺がいなくて喜んでないか?」
「え!?いやいやそんなことないよ!?」
「俺が見ていないからといって中途半端な演奏をしていたら、」
「ちゃんと真面目に練習してるって!」
「だいたい愛華は、」
また水原くんのお小言がはじまる…。
うんざりした気持ちで聞き流そうとしていると、廊下の向こうからひときわにぎやかな声が聞こえてきた。
どこかのクラスが五限目は移動教室みたい。
教科書やノートを持った生徒たちが、おしゃべりをしながら階段を降りて行く。
水原くんの話を聞き流しながら、そのようすをぼーっとながめていると、さっきD組に行ったときに声をかけてくれた、転入生の男子を見つけた。
ということは…移動教室はD組!?
もしかしたら三浦くんが通るかもしれない。
私は集中して生徒たちを見つめる。
するとそこに、転入生の男子に駆け寄る女子生徒がいた。
あ、あの子、さっき三浦くんにノートを渡してた子だ。
ふわっとした髪をなびかせながら、駆け足でこちらにやってきて、私の目の前の階段を降りて行く。
「藤宮くんっ、待って!私も行く!」
そう転入生の男子に声をかけている。
転入生くんは藤宮くんって、お名前なんだ。
藤宮くんは彼女をちらっと見て、しかしそのまま階段を降りて行ってしまう。
ええー…クールにもほどがある…。
そう思いながらながめていると、私の大好きな声が聞こえてきた。
「おーい!美音!藤宮!おいて行くなよー!」
三浦くんだっ!
美音と呼ばれた女子生徒は、藤宮くんのあとを追うのをやめて立ち止った。
「ごめんね、椿」
申し訳なさそうに謝りながらも、三浦くんを笑顔で待っている。
めちゃめちゃかわいい子だ…!?
優しそうで天然そうな、おっとりとした雰囲気の女の子。
三浦くんのこと、下の名前で呼ぶんだ…!
男子が三浦くんを椿、と呼んでいるのを聞いたことはあった。
でも女の子が下の名前かつ呼び捨てだなんて、なんてハードルの高いことを…!
やっぱり、三浦くんと仲が良いのかな…?
三浦くんが美音さんのとなりに並んだ。
その三浦くんが、急にこちらに視線を向けた。
もしかしたら私がじーっと見ていたせいで、視線が気になったのかもしれない。
三浦くんと目が合ってしまって、私の心臓は飛び上がった。
三浦くんは私だと気がついてくれたみたいで、にっと笑って手を振ってくれた。
私はあわあわしながらも、あわてて手を振り返した。
胸がきゅーっとなるのを感じる。
そのままふたりが階段を降りて行くのを見送った。
とくとくと心地よいリズムを刻む胸に手をあてながら、私は笑顔で手を振ってくれた三浦くんを何度も脳内再生した。
幸せ……。
好きなひとに笑いかけてもらって、手を振ってもらえるだけで、どうしてこんなにもうれしいんだろう…!
しみじみと感動している横で、水原くんが不満そうに声を上げた。
「だれだ?愛華の知り合いか?」
「あ、うん!まぁ…」
「とにかく、俺がいなくても練習は、」
「水原くん!」
私は水原くんの言葉を途中でさえぎった。
「私、すっごくがんばるね!!」
「え?あ、おう…いつもその調子で頼む…?」
急にやる気満々の私に、水原くんは少し驚いたみたいだった。
よーしっ!今日もピアノの練習がんばるぞっ!
放課後、音楽室。
今日の練習はそれはそれははかどった。
お昼休みにもらった三浦くんパワーもあるけれど、こうして定期的に三浦くんが走っているのを見られるのも、やっぱり元気がもらえるんだよね!
私は音楽室のベランダから、校庭をながめる。
今日も陸上部には三浦くんの姿があって、走り込みをしているみたいだった。
一生懸命走っている姿が好きだけれど、走り終わってタオルで汗を拭く姿とか、スポーツドリンクをがぶがぶ飲んでいる姿とか、部員たちと笑い合っている姿とか。
そのどれもが私の心を温かくする。
恋をするって不思議だ。
ただ好きなひとが笑ってくれているだけで、こんなにもうれしくなる。
がんばって走る姿に、勇気をもらえる。
「よし!私ももう少しがんばろう!」
そうして私はまたピアノに向き合った。
水原くんとの演奏の練習もだけれど、今日は自分の課題曲の練習にも熱が入った。
もし、三浦くんが発表会を見に来てくれたら…。
そんな想像をしながら、会場にいる気持ちで演奏する。
私の課題曲は、フランツ・リスト作曲の「愛の夢 第三番」。
もともとは歌曲として作られた曲を、ピアノの独奏として編曲されたものみたい。
ピアノの独奏はとてもしっとりとした調べだけれど、歌曲はなかなか情熱的な愛の歌詞が付いていたんだって。
「愛の夢…かぁ…」
私の三浦くんを好き、って気持ちが少しでも演奏をよくしてくれたりするのかな…。
リストは、どんな気持ちでこの曲を作ったんだろう…?
楽譜と向き合いながら、私は演奏し続けた。
はっと気がつくと、辺りはすっかり薄暗くなっていた。
私はあわててベランダから校庭をのぞきこんだ。
そこには後片付けをするサッカー部員がいるだけで、陸上部の姿はなくなっていた。
「もう陸上部終わっちゃったんだ…」
今日は早めに切り上げて、昇降口で三浦くんを待つつもりでいた。
お昼休みに渡せなかったお礼、渡したかったのに…。
残念に思いながらも、私はまたピアノの前に戻ってきた。
しかたない、明日こそ渡そう!
最後にもう一曲だけ弾いて帰ろう。
「愛の夢 第三番」のピアノの独奏は、この夕暮れに聴くのにとてもしっくりくるような気がする。
夕焼けのオレンジが眩しく教室に反射する中、鍵盤から指を離した。
するとどこからともなく拍手が聞こえてくる。
私は驚いて立ち上がった。
すると音楽室の入口に、ひとりの生徒が立っていた。
「柏崎さん、すげーな!ピアノ弾けるんだ!」
「み、三浦くんっ!?」
そこに立っていたのは、制服姿の三浦くんだった。
「ど、どうしてここに?」
急な好きなひとの登場…!心臓に悪いよ…!心の準備がっ。
「部活終わりに教室に寄って、そしたらピアノの音が聞こえてさ、それがあまりに綺麗だったから見に来てみた」
「そ、そうだったんだ」
「弾いてたの、柏崎さんだったんだな」
「う、うん」
「もしかして、毎日ここでピアノ弾いてる?」
「え?あ、うん」
「そっか…あの時も柏崎さんだったんだ…」
「え?」
三浦くんが小さくなにか言った気がしたけれど、私の耳にはうまく届かなかった。
「柏崎さん、もう一曲聞かせてくれる?」
「あ、うん!もちろん!!」
三浦くんは手近な椅子を持ってくると、ピアノの近くに腰を降ろした。
「で、では、弾きます!」
三浦くんはうれしそうに手をぱちぱちと叩いた。
部活で疲れた三浦くんが、少しでもゆったりとした気持ちになれますように。
想いをこめてショパンの「夜想曲(ノクターン)第二番」を弾いた。
ゆったりとしたメロディに合わせるように、三浦くんはゆっくりと目をつむった。
演奏が終わると、三浦くんはうれしそうに拍手をしてくれた。
「柏崎さんのピアノって、なんていうか、すげー癒されるなー」
「ほ、本当?」
「ほんと、ほんと!部活で疲れてたけど、なんか疲れが消えて、心が穏やかになる、みたいな」
「…よかった!」
こめた気持ちを、三浦くんは感じとってくれた。
まさに少しでも疲れを癒せるようにと演奏していたので、その感想はすごくうれしかった。
「あ、み、三浦くん!」
「ん?」
またうっかり忘れるところだった!
私は鞄の横に置いていた小さな紙袋を、三浦くんに差しだした。
「これ!この前助けてもらったお礼に!」
「え?ほんとに持ってきてくれたの?」
「お口に合うものがあればいいんだけれど…」
三浦くんは紙袋をのぞいて、目をかがやかせた。
「お菓子だ!」
「お菓子、好き?」
「好き好き!チョコめっちゃ好きなんだ!ありがとう!柏崎さん!」
向けられた笑顔に、また胸がきゅーっと苦しくなる。
「喜んでもらえてよかった…」
「さっそく食べてもいい?」
「え!あ、うん、もちろん」
三浦くんはうれしそうに紙袋からひとつのチョコレートを取り出した。
四角くて小さな緑色のパッケージに包まれた、抹茶味のチョコレート。
私の大好きなお菓子。
「抹茶もち味、ってはじめてきいた!」
三浦くんは抹茶味のチョコレートをぱくっと口に放りこんだ。
私の大好きなチョコレート。
三浦くんはどう思うかな?
落ち着かない気持ちで見守っていると、「うん!」と三浦くんは顔をほころばせた。
「うまい!抹茶味ってこんなにおいしいんだ!」
私はほっと胸をなでおろす。
「よかったぁ…」
自分の好きなものを、好きなひとも好きになってくれるってすごくうれしいことなんだ。
私の心はまた、ぽかぽかと温かくなった。
「ありがとう!柏崎さん」
「お礼を言うのは私のほうだよ。あのとき助けてくれてありがとう!」
駅で危ないところを助けてくれてありがとう。
いつも私に元気をくれてありがとう。
私に笑いかけてくれてありがとう。
あふれだしてしまいそうになる好きをぐっとこらえて、私たちは一緒に帰路についた。
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