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第89話 覚悟はできています
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転院先の病院へ着くと救急搬送用の入り口から処置室に入り、まずはヘパリンを解除して身体の中まで通っているチューブが詰まっていないかをチェックした。それが終わると、すぐにナースステーション横の重病患者ばかりが横たわる病室に連れて行かれ、そのまま転院は終了した。
新たなる担当医に呼ばれて私と弟の二人で話を聞いた。
「明日、もう一度、頭部のMRI検査と胸部のCTをおこないます。承諾していただけますか。」
私は造影剤を使わない事を条件にして承諾した。さらに、一両日中にも急変は予想されるので、常に連絡が取れる状態で待機していてほしいとの事だった。
万が一、看取りに間に合わなくても一切、苦情は受け付けない。心臓が停止した場合でも蘇生はおこなわず、そのまま死を受け入れる、延命は一切しない。
転院は水曜日の午前中におこなわれた。医師の説明を聞き終えても午後には入っていなかったので一旦、病院を出て弟の自宅まで行き今後、起こるべき事に対処する段取りを決めてきた。
夕方には再び、私だけで病院に戻り、母の様子を見にいったが、母はぐっすり眠ってしまっていた。移動で疲れていたのだろうか、あるいは自宅に戻れると信じていたのに、病院への転送に過ぎなかった事を落胆してしまったのかのしれない。
今となってはわからない。
この夜、私は自宅近くの飲み屋に行っている。呑んで飲み明かして閉店時間の午前二時まで飲み屋にいた。どんなに飲んでも酔えなかった。金は幾らでもある。
『お見舞い』と印刷された、のし袋の中には五千円札や一万円札が入ったまま引き出しに仕舞いっぱなしになっている。正確に数えてはいないがその数は50や100ではなかったから、どんなに飲み屋につぎ込んでも、あとからあとから見舞金が増え続け、金に困る事は無くなっていた。
翌日の朝、頭痛を抱えながら起き上がると留守番電話にメッセージが記録された事を示す赤い点滅に気が付いた。
「お母さまが急変されました。至急、お越しください。」
昨日、転院したばかりの病棟ナースの音声が残されていた。
飲み屋で潰れるほど呑んで、眠ってしまったから枕元に置いておいた電話の呼び出し音にまったく気が付かなかったのである。
慌てて母のもとに駆けつけた時には午前十一時を廻っていた。
母は生きていた。
木曜日
母はナースステーション横の超という漢字が付く重篤入院者だけが集められた病室に移動していた。鼻と口には酸素マスクが付けられ、バイタルは二十四時間、監視モニターでチェックされていた。
心電計は正常波形、血中酸素濃度は98%から95%くらいをいったりきたりしている状態だった。
担当医に呼ばれた。見せられたのは昨日、撮影された頭部のMRI画像である。脳の前頭葉に4つの転移があった。そして別の場所にも、もう1つの転移を見つけた、脳幹部である。
国立病院で撮影した画像では脳転移は認められなかったのだが、たった二ヶ月のうちに5つの癌細胞が飛び散っていたのだ。
「改めて確認しておきますが、既に治療の効果は期待できません。延命処置もおこなわないという事でいきます。心臓が停止して蘇生をすると肋骨が折れてしまうでしょう。
医師の診断は正しいと思った。骨と皮だけになってしまった母に心臓マッサージをしたら肋骨の数本はへし折られてしまうだろうし、蘇生しても鼓動が戻ってくるとも思えない。万が一、鼓動が戻ったら苦しむ時間が長引くだけである。
「覚悟はできています。今夜か明日ではないでしょうか。」
私は歯をギュッと噛みしめて言い切った。
新たなる担当医に呼ばれて私と弟の二人で話を聞いた。
「明日、もう一度、頭部のMRI検査と胸部のCTをおこないます。承諾していただけますか。」
私は造影剤を使わない事を条件にして承諾した。さらに、一両日中にも急変は予想されるので、常に連絡が取れる状態で待機していてほしいとの事だった。
万が一、看取りに間に合わなくても一切、苦情は受け付けない。心臓が停止した場合でも蘇生はおこなわず、そのまま死を受け入れる、延命は一切しない。
転院は水曜日の午前中におこなわれた。医師の説明を聞き終えても午後には入っていなかったので一旦、病院を出て弟の自宅まで行き今後、起こるべき事に対処する段取りを決めてきた。
夕方には再び、私だけで病院に戻り、母の様子を見にいったが、母はぐっすり眠ってしまっていた。移動で疲れていたのだろうか、あるいは自宅に戻れると信じていたのに、病院への転送に過ぎなかった事を落胆してしまったのかのしれない。
今となってはわからない。
この夜、私は自宅近くの飲み屋に行っている。呑んで飲み明かして閉店時間の午前二時まで飲み屋にいた。どんなに飲んでも酔えなかった。金は幾らでもある。
『お見舞い』と印刷された、のし袋の中には五千円札や一万円札が入ったまま引き出しに仕舞いっぱなしになっている。正確に数えてはいないがその数は50や100ではなかったから、どんなに飲み屋につぎ込んでも、あとからあとから見舞金が増え続け、金に困る事は無くなっていた。
翌日の朝、頭痛を抱えながら起き上がると留守番電話にメッセージが記録された事を示す赤い点滅に気が付いた。
「お母さまが急変されました。至急、お越しください。」
昨日、転院したばかりの病棟ナースの音声が残されていた。
飲み屋で潰れるほど呑んで、眠ってしまったから枕元に置いておいた電話の呼び出し音にまったく気が付かなかったのである。
慌てて母のもとに駆けつけた時には午前十一時を廻っていた。
母は生きていた。
木曜日
母はナースステーション横の超という漢字が付く重篤入院者だけが集められた病室に移動していた。鼻と口には酸素マスクが付けられ、バイタルは二十四時間、監視モニターでチェックされていた。
心電計は正常波形、血中酸素濃度は98%から95%くらいをいったりきたりしている状態だった。
担当医に呼ばれた。見せられたのは昨日、撮影された頭部のMRI画像である。脳の前頭葉に4つの転移があった。そして別の場所にも、もう1つの転移を見つけた、脳幹部である。
国立病院で撮影した画像では脳転移は認められなかったのだが、たった二ヶ月のうちに5つの癌細胞が飛び散っていたのだ。
「改めて確認しておきますが、既に治療の効果は期待できません。延命処置もおこなわないという事でいきます。心臓が停止して蘇生をすると肋骨が折れてしまうでしょう。
医師の診断は正しいと思った。骨と皮だけになってしまった母に心臓マッサージをしたら肋骨の数本はへし折られてしまうだろうし、蘇生しても鼓動が戻ってくるとも思えない。万が一、鼓動が戻ったら苦しむ時間が長引くだけである。
「覚悟はできています。今夜か明日ではないでしょうか。」
私は歯をギュッと噛みしめて言い切った。
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