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第25話 スナック『愛』のホステス

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 スナック『愛』の茶色く薄汚れたドアを開けると、アルコールの匂いと一緒に私の身体をタバコの煙が覆った。天井に吊るされている赤や青、黄色い電飾も深く煙った霧の中で回転し続け、その中にホステスといわれる女たちがいる。

 当時、流行り始めたばかりの8トラックのカラオケセットも置いてある。私が運び入れた氷はアイスという名に変えられて、金の成る塊と化していくのだった。

 「遼ちゃんのダルマも入れておいてあげるね。」

 若作りして年齢を誤魔化そうと必死に化粧を塗っているが、どう見ても私より一回りは歳上だろうと思われるホステスの真由美が、自腹でウイスキー、サントリー・オールドを私用に入れてくれた。

 白色のマジック・ペンをテーブルまで持ってきて「はい、これに名前を書いておいてね。日付はいいや、減った分は、他のお客さんのを継ぎ足しておくからね。」

 言われるがままに、黒くて丸い形の瓶にアルファベットでRyohei と書き入れた。

 毎週末の土曜日、私はスナック『愛』の住人と化し、そのことを楽しむようになっていった。

大人たちだけの世界は私にとって隠微そのものであり、その場にいるすべての人間が、それぞれの欲望を渦としながら引き込むように私の身体にまとわりついた。

 製氷機が勝手に作る氷を運び入れるだけでウイスキーが飲める。いくら飲んでも瓶が空っぽになる事はない。

 ピンク色の薄地のワンピースから太ももを露わにしているオンナ達、胸の谷間をわざと覗かせるように身体をかがめて男たちの視線を引きつけている。

 刺激的な夜の中に溶け込みながら、自らの居場所を決めては頑なに、そして貪欲に欲しいものを要求し続ける。アルコールと露出させた肌を使ってオンナは金を求め、男は欲情の結末を求めているのが19歳の私にも読み取れる。

 そこにあるのは人間の原型だけである。

 真由美は歳を誤魔化すために無駄な努力を惜しまなかったが、スナック『愛』の店内は薄暗く、三十歳を少し過ぎたくらいに思っていた。

 「真由美って、実際の年齢は幾つなの?」

本来、女性には聞いてはいけない質問だし、ましてこういう商いが売りの女性にとって1番嫌われる質問だが、真由美は予想通りの言葉を単調な口ぶりで返してきた。

 「教えて・あ・げ・な・い」

 「いいよ、俺が勝手に想像して決めておくから。」

真由美の対応が楽しみになっていた。

 「教えてあげてもいいけれど、遼ちゃん、明日はお休みなの?」

 「仕事だけれども遅番だよ。午後から閉店までの勤務だよ。」

自分の中でも、何かを期待しているのがわかっていた。

 「ラストまでここにいられるんでしょう。2時を過ぎても客待ちしている飲み屋さんが近くにあるの。一緒についてきてくれたら本当の歳、教えてあげる。」

 きっと小一時程度、付き合って飲めばいいのだろう、と思い「いいよ、一緒に行くよ。」と返答した。別に真由美の年齢なんてどうでもよい事であり、週末のスナックのホステスという存在以上でも以下でもなかった。

ただ甘ったるい香水の匂いとその香りに包まれている体温を感じ、得体のしれない欲望が疼くのは確かだった。
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