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第5話 現役サラリーマンの突然死

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 居間にひとりでいた父は食パンにマーガリンとイチゴ・ジャムを大盛りに塗りたくり、さらにはホット・コーヒーにも砂糖をスプーンで5~6杯分入れた。食らう前に片付けられる物は片付けてから食する。その結果、食い主を失ったパンとコーヒーがお膳の上に手付かずで残されたままになっていたが、マーガリンもジャムの瓶もキチンと冷蔵庫の中に置かれていた。

 ジャムとマーガリンを冷蔵庫まで運び、仕舞い込んだ父はここで倒れた。2階のベランダで洗濯物を干していた母は大きな物音に「何が落ちたのだろう?」と訝しげに思い、居間に降りていった。

 冷蔵庫の横にある台所のガラス戸は割れて、破片を被ったまま大イビキをかいて倒れている父がいた。一瞬、状況が把握できないでいた母だったが、父の大イビキに続く失禁に事の重大さを悟った。

 すぐに救急車を呼んだが肥満の父の身体を運び出すにも相当な労力が必要であったし、秒単位で刻々と容態が最悪の状態に近づいていくのを目にしながら、搬送先まで探し出さなければならない救急隊員の叫び声はご近所にも聞こえていた。

「レベル300 バイタルチェック、血圧測れません。血管確保できますか?」

 救急車の中で父は逝ってしまったが救急隊員が死亡宣告する事はできないから、1番近い厚生病院に運ばれて死んでいるにもかかわらず頭部CT撮影を受けて「12:15 ご臨終です。」の言葉をもらった。

 わずか30分にも満たない時間の中での出来事だった。

 56歳という年齢の現役サラリーマンが突然死すると葬儀が大変なことになるとは思っていなかった。当初、お悔やみの参列者数を200人くらいだろうと予測し、お清めの塩と日本酒のセットを250しか発注していなかった。

 父が突然死したのは日曜日のお昼を少しだけ過ぎた時間であり、どういった連絡経路で伝わったのか、さっぱりわからないのだが葬儀場として借りた街の集会場は翌日の夕刻過ぎには長蛇の列を作ってしまっていた。

 「おととい、会ったばかりだよ。」とか「人の運命って分からんものだなぁ。一生現役を続けるって言っていたのになぁ。」という言葉が否応なく耳に飛び込んできて「駐車場がないぞ。」になり、予想を大きく上回る参列の人数に驚いている暇なんてなかった。

「遼平、お清めが足りなくなりそうだよ。すぐに追加しないと、持ってきてくれるかしら。」

 母の心配事に私は「わかった。電話して持ってきてもらう。どれくらい追加すればいいの?」

「あと200セットもあればいいと思うけれど、それと親戚の何人かは泊まっていくみたいだから貸しふとん屋も調べて電話しておいて。」

 私にとっても初めての体験だったが母は私以上に慌てていた。ご近所の奥さん連中につかまってはことの真相を説明させられる。他人にとっては話のネタになっている。

 追加したお清めも「あっ」という間に無くなってしまい、再度200セットを追加してようやく最後であろう参列者が焼香を済ませた頃には曜日が変わろうとしていた。

 残された者は私を含めた家族と親戚、親族だけになっていた。
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