地球一家がおじゃまします

トナミゲン

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第90話『幸福のUFO』

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■ 幸福のUFO

 今日の地球一家は、ホストハウスに行く前にこの星の外務省に寄って手続きを取らなければいけないそうだ。地図を頼りに歩いていると、外務省が入っている建物が見えてきた。
 歩きながら周囲を見ると、人々が小さな公園に集まって同じ方角を見ているのがわかった。
「もうすぐ午後2時14分。南西の方角。あっちで間違いないわ。あと2分ね」
 友達にそう言って確認している女子がいたので、ジュンが近づいて尋ねた。
「あと2分で何が始まるの?」
「知らないんですか? 幸福のUFOですよ」
「幸福のUFO?」
「人工的に作られたしん気楼ですよ。本物のUFOではありません。時刻と方角が公表されていて、空に本物そっくりのUFOが見えるんです」
 UFOのしん気楼とは興味深い。いや、それに熱中している住民たちを見るのが興味をそそる。あと2分だ。せっかくだから見ていこう。少しくらい遅刻してもかまわないだろう。
「あと5秒。4、3、2、1」
 住民たちは声をそろえてカウントダウンの掛け声を発した。すると、本物と見間違うようなUFOが現れ、5秒ほどで姿を消した。ミサが近くにいる人に話しかけた。
「幸福のUFOということは、それを見ると幸せになれるんですね」
「はい、そういうふうに言い伝えられていますよ。そして私も実際に、幸せな気分になっています。さあ、次は3時45分、南東の空です」

 地球一家は、人々の声を聞きながら外務省までの道を急いだ。窓口に到着すると、外務省の男性職員が応対して父に尋ねた。
「遅かったですね。道に迷いましたか?」
「いいえ、すみません。途中で立ち止まって、幸福のUFOというのを見ていたものですから」
「UFOをご覧になったんですね。せっかくの機会だから、ちょうどよかったです」
「政府主導で、UFOのしん気楼を人工的に作っているとのことですが」
「はい、外務省でやっているんですよ」
「それは外務省の仕事なんですか?」
「本来の仕事ではありませんが、外務省に30年勤めている女性が若い頃に思いついて一人でやっているプロジェクトです。本人もここまで続くとは思っていなかったでしょう。長年、UFOお姉さんと呼ばれる有名人ですよ」
 事務手続きが終わると、係員は提案した。
「ついでですから、UFOお姉さんに会っていきますか?」
 職員の勧めに従って地球一家が応接室でしばらく待機していると、ノックの音とともに女性職員が入室した。
「初めまして。私が、幸運のUFOのしん気楼を毎日作っているUFOお姉さんです……って、自分で言うのも変ですね。もうおばさんの年齢ですから」
 自己紹介が済むと、ジュンが興味深く質問した。
「UFOはどうやって映し出すんですか?」
 UFOお姉さんは、ダイヤルとボタンのついた小型端末を見せた。
「単にこのダイヤルで方角を指定して、このボタンを押すだけなんです。ただし、問題が一つあります。仮に今ここでボタンを押しても、この機械は作動しません。私が働いている小さな事務室じゃないと駄目なんですよ」
「なぜ、そんなことになっているのですか?」
「詳しいことはわかりません。当時このボタンを作ってくれたエンジニアがそのように設計したというだけです。私はそれ以来、機械のことはわからずにボタンを押し続けています」
 ジュンは、念押しして尋ねた。
「ということは、UFOお姉さん自身はUFOを見たことがないんですね?」
「はい。残念ながら、幸運のUFOを私自身は一度も見ていません。でも、この星の住民たちが喜んでくれればそれで私は幸せですから」
「働いていらっしゃるお部屋を見てみたいものですよ」
「それは駄目です。部屋には私だけの極秘情報があるんです。この星の住民さえ一度も部屋に入れたことはありません」

 UFOお姉さんとの話を終えた地球一家は、外務省の建物を出てホストハウスに向かった。まもなく到着しようかという時、またしても一つの同じ方角を見続ける人々の会話が聞こえてきた。
「あと2分だぞ」
「北東の方角だから、こっちに間違いないね」
 UFOが現れる時刻なのだ。地球一家も立ち止まってUFOの出現を待ち構えた。そして、UFOは予定の時刻どおりに現れ、すぐに消えた。

 ホストハウスに到着すると、HM(ホストマザー)にすぐに出迎えられ、リビングに案内された。
「思ったよりも到着が遅かったですね。この星には幸福のUFOという人工的なしん気楼があります。皆さんと一緒に見るのを楽しみにしていたのですが、たった今終わってしまったばかりです」
「我々も、今歩いている途中で見てきたんですよ」と父。
「そうですか。それはよかった。次のUFOは、ぜひ一緒に見ましょう。次は何時何分かな。さっそくコンピューターで見てみましょう」
 HMは、リビングの隅に置いてあったコンピューター端末を、全員が見やすいように中央のテーブルの上に移動させた。
「このコンピューターは、どの家にもあります」
 HMはそう言って、政府のページのメニューの中から、一つのページを選んで開いた。メニュー画面には3つの項目があり、上から順番に『幸運のUFOとは』、『UFOお姉さんとは』、そして『UFOが出現する時刻と方角』と書かれていた。『幸運のUFOとは』というメニューのボタンを押すと、UFOに関する歴史を簡単にまとめた文章が書かれていた。『UFOお姉さんとは』というボタンを押すと、UFOお姉さんの顔写真と自己紹介の文章が現れた。
「この二つの中身はかなり以前から変わっていませんから、毎日見るようなものではありません。私たち住民が毎日見ているのは、一番下の『UFOが出現する時刻と方角』です」
 ボタンを押すと、時刻と方角が書かれた一覧表が現れた。
「さっき見たのは、3時45分です。次は、これですよ。4時58分、南西の方角です」
 やがてその時刻になり、地球一家はHMと一緒に外に出た。そして、近所の人たちと一緒に南西の方角を眺め、無事にUFOの出現を目撃した。HMは6人を連れて部屋に戻った。
「今日はこれで見納めです。UFOお姉さんは有名人でこそあれ、普通の公務員です。残業や休日出勤はしないので、平日の日中にしかUFOは現れないんです」
「こうやってUFOを眺めるのが、何だか癖になりそうですね」とミサ。
「まさにそのとおりです。何時何分にどの方角に現れるかがあらかじめわかっているのですから、まるで事務作業を行っているような感覚です。でもその積み重ねが人々の幸福につながるんですよ」
 HMは机の引き出しを開け、ホッチキス止めされた資料を取り出した。
「私は、住民にアンケートをとって幸福度を調査する仕事をしています。このグラフをご覧ください。ある時点を境に、人々が幸福だと感じる割合が急激に増えているでしょう。ちょうど 7年前からなんですよ」
 7年前に何かあったということか?
「7年前というのは、幸福のUFOが現れる時刻と方角の公表が始まったタイミングです。UFOのしん気楼自体は30年の歴史がありますが、途中までは時刻と方角が公表されていなかったんです。つまり、ずっと空を見上げていない限り、ごく一部の運のいい人しか見ることができませんでした。7年前のある日に、何の予告もなくリストが公表され始めたことによって、がんばれば誰でも幸福になれるようになったんです」
 それはいいことだ。地球一家は納得してうなずいた。

 そして翌朝、地球一家はHMと最後の挨拶を交わした。HMは、コンピューターの画面を見せ、UFOのリストを指し示した。
「皆さんが飛行機に乗る前に、最後のUFOがきっと見られますよ。10時15分、北東の方角です。メモをとりますか?」
「大丈夫です。リコが覚えてくれました」
 父がそう言うと、リコはほほえんでうなずいた。

 地球一家は別れを告げた後、出国の手続きのため再び外務省のある建物内を訪れた。手続きを終えて出かけようとすると、女性の声に呼び止められた。振り返ると、UFOお姉さんが立っていた。
「地球の皆さん。またお会いできてよかったわ。少しだけお時間ありますか? せっかくですので、今日はぜひ私の事務室までお入りください」
 UFOお姉さんは、地球一家を先導して歩きながら話し続けた。
「皆さんにだけ、特別にUFOの極秘情報をお見せしたいんです。昨日申し上げたでしょ。この星の住民誰一人知らない情報があるって」
 地球一家が事務室に案内されて入ると、テーブルの上にはコンピューターが一台あり、ホストハウスで見たのと同じく『幸運のUFO』と書かれた画面が開かれていた。
「あ、これ、一晩泊めていただいた家にもありましたよ」とジュン。
「ご覧になったんですね。でも、そこで見たメニュー画面と違うでしょ」
 地球一家は目を凝らしてよく見たが、前日に見た3つのメニューと同じ文言が書かれているようにしか見えなかった。父が不思議そうに言った。
「昨日見たものと全く同じに見えますが」
「何をおっしゃっているんですか。ほら、よく見てください。一番下の『UFOが出現する時刻と方角』というメニューボタンが、お泊りになった家にはなかったでしょ」
 UFOお姉さんはそう言ってボタンを押下し、時刻と方角のリストを示しながら話した。
「このリストは、UFOが出現する時刻や方角に偏りができないように、私が事前に作った物です。そして、住民の方々は見ることができないんです。私だけがこのコンピューターで見られます。UFOを出現させる作業用にこれを見ているんですよ」
 さらに、UFOお姉さんはリストの中にある一つの時刻を指し示した。
「これを見ていただきたかったんです。飛行機に乗る前に、皆さんにUFOを見ていただきたくて。時刻は10時15分、方角は……」
 父はこれを受けて、正直に話した。
「北東の方角ですよね。知っています。ホストの方にも教えてもらいましたから」
「ホストの方に? まさか、ご冗談でしょ」
 UFOお姉さんは、画面を切り替えて設定を確認すると、全身を硬直させた。
「信じられない! 公開設定が『全員に公開』になってる……」
 慌てて機械を操作すると、『全員に公開』は『非公開』に切り替わった。
「これでよし。皆さんのおかげでミスに気付くことができました。それにしても、いつからこうなっていたのかしら」
 ジュンがUFOお姉さんに答えた。
「7年前だと聞きました」
「7年前? その頃、確かに大規模なシステム障害がありました。きっと、その時に初期化されたんだわ。ちゃんと確認すべきだった」
「この星の住民はみんなこれを見ていますよ。そして、時間になったらその方角を見ています」
「それでは意味がありませんね。UFOを見ることが作業になってしまいます。幸運でも何でもないことに対して、毎回学校や職場を抜け出して見に行くことに何の意味があるでしょうか」
 その後、しばし歓談した後、父はUFOお姉さんに言った。
「そろそろ時間なので、失礼します」
「10時15分、北東の方角。見て行ってください。間に合いますよね」
 6人は、建物を出て空港に向かって歩き出した。
「そういえば、人々はみんな『幸福のUFO』と呼んでいた。UFOお姉さんだけが『幸運のUFO』と呼んでいたわ」
 ミサがそうつぶやくと、母が答えた。
「それは気付いていたわ。コンピューターの画面では『幸運』だったから、住民たちの言い間違いだと思っていた。幸運のUFOと捉えれば、UFOお姉さんの言うとおり。でも、幸福のUFOだと考えれば、この7年間にこの星の人たちが幸福になっていたことは事実なわけだし……」
「そうよ。このままこの星は幸福であり続けるべきよ」とミサ。
「UFOお姉さんに伝えに行こう。設定を元に戻してもらおう」とジュン。
 ジュンとミサは、外務省に向かって走り出すためにUターンした。
「あと2分でUFOを見る時間だけど」とタク。
「それよりも、我々の搭乗まであまり時間がないぞ。行くなら急いでくれ」と父。
「了解」
 ジュンとミサは声をそろえて応答し、全速力で駆け出した。
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