地球一家がおじゃまします

トナミゲン

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第88話『大人の漫画』

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■ 大人の漫画

 地球一家6人がホストハウス近くの駅に向かう高速鉄道の中で、ミサは地球から持参した漫画本を楽しそうに読んでいた。ジュンが横でからかっている。
「ミサは12歳になっても漫画を読んでいるのか。幼いな」
「あら、ジュン。知らないの? これは大人にも大人気の漫画よ。ね、お父さん」
「その漫画は僕も大好きだ」
 父がそう言うと、母も同意した。
「お母さんも好きよ」
 ジュンは納得のいかない表情で肩をすくめた。
「全然知らなかった。漫画なんて子供向けのものだと僕は思うからね」
 父はミサに尋ねた。
「ミサは、漫画本をたくさん持ってきたのかい?」
「ううん、この一冊だけよ。私の特にお気に入りなの。でも悔しい一冊でもあるんだけどね」
「どういう意味かな?」
「この漫画が発表される前に、これと似たようなストーリーを私が思いついたことがあったのよ。私が先に発表したかった」
「ミサは絵がうまいんだから、今からでも発表すればいいのに」
「無理、無理。アイデアがほとんど同じなんだから、間違いなくこの作品の盗作だと思われるわ。世の中で称賛されるのは、最初の一人だけなのよ」
 ミサのこの一言には、父も母も同意した。ミサは、漫画本を高く掲げてみんなに示した。
「この漫画は確実に面白い。旅行中に機会があれば、地球の文化として紹介したいと思って持ってきたの」

 ホストハウスに到着すると、ホスト夫妻と二人の娘が出迎えた。長女は10歳、次女は8歳だ。二人は同じ寝室を共有しており、本棚には漫画本がずらりと並んでいた。
 ミサがさっそく興味を示した。
「漫画をちょっと見ていいですか」
 ミサは、一冊の本をパラパラとめくり、つぶやいた。
「これは子供向けの漫画ね」
 それを聞いて長女が首をかしげた。
「子供向けの漫画って……。漫画は子供向けに決まってますよね」
「地球には大人向けの漫画もあるのよ」
「へえ、そうなんですか」
「今、大人向けの漫画を一冊持ってるから、見せてあげるわ」
 ミサはバッグの中を探したが、見つからない。
「あら、どこに入れたかしら」
 ミサが慌てて持ち物を確認しているうちに、夕食の時間が始まった。
 夕食の席で次女がHF(ホストファーザー)に尋ねた。
「パパ、今日も夕飯の後、漫画を読んでいい?」
「何分間?」
「30分」
 すると、長女も次女に便乗するかのように言い出した。
「じゃあ、私も30分読みたい」
「ということは、コイン3枚だな」
 HFがそう言うと、長女は財布を取り出し、コイン3枚を次女に渡した。この行動の意味が地球一家の誰にもわからず、ミサはHFに確認した。
「30分だからコイン3枚ってどういうことですか? しかもお姉さんが妹さんにコインを渡すって」
「不思議に思えて当然です。ご説明しましょう。まずこの星では、漫画は子供向けのものであり、大人が漫画を読むことは恥ずかしいことです」
「この星では何歳から大人なんですか?」
「それは時と場合によります。選挙権が与えられるのは18歳ですが、漫画は子供向けだと言った場合の大人とは10歳からのことです。地球では、何歳から大人なんですか?」
「地球でも、時と場合によりますね」
「そうですか。さて、長女は今年10歳になりました。つまり、大人の仲間入りです。もう漫画を読む年齢ではありません。どの親も漫画を読むことを禁止するのは当たり前です。ところが、長女は漫画が大好きでどうしても読みたいというので、漫画を読んだら10分ごとに罰金としてコイン一枚と決めました。それでもかまわないと言うので、漫画を読むたびに、私は長女から罰金を徴収しているんです」
「まあ、かわいそう」
「そして、下の娘はまだ8歳です。彼女の問題は、読書が大嫌いで本を全く読まないということなんです。私の願いとしては、漫画本でもいいから活字を読む習慣をつけてほしい。すると娘は、ご褒美をくれるなら漫画本を読むと言いました。そこで、私は漫画本10分読むたびにコインを一枚あげることにしたんです」
「まあ。お姉さんと正反対ですね」
「罰金とご褒美が毎日のことなので、私は財布を出すのがだんだん面倒になって、今では長女が次女にコインを渡すということでやり取りしてもらっています」
「そういうことだったんですね。さっきのコイン3枚はやっと理解できました」
「ところで、娘たちの本棚にあった漫画は、全部僕が描いた物なんです。僕、実は漫画家なんです」
「それは驚きました。それにしても驚いたのは、漫画とは完全に子供向けの物だということです。大人向けの漫画は本当にないんですか?」
「そんなの存在しませんよ」
「地球にはあるんですよ。今お見せしますね」
 ミサは客間に戻り、リュックサックや手提げの中身を再度確認したが、やはり漫画本が見つからなかった。ミサは諦めて一同の集まるリビングに戻った。
「ない。私の漫画本がどこにもないのよ。列車の中で落としたのかもしれない」
「駅か警察に連絡しましょうか。大人向けの漫画なんてこの星にはありませんから、案外すぐに見つかるかもしれません」
 HM(ホストマザー)は電話を提案したが、母が部屋の隅にあるコンピューター端末を見つけて尋ねた。
「あそこにあるコンピューターを使って、ネットワークで情報を呼びかけることはできないんですか?」
「できません。この星のコンピューターはネットワークでつながっていないんです。そこは地球より遅れているかもしれません」
 HFはそう言って説明したが、HMがそれに反論した。
「私が聞いた話によると、コンピューターのネットワークの技術は既に進んでいるらしいわよ。一部の人がその技術を握っていて、まだ公開されていないだけらしいわ」

 翌朝、地球一家が目覚めてリビングに入ると、ホストの一家4人がコンピューター画面を驚きながら見つめていた。
「まさか、信じられない」
 HFが悲鳴をあげた。
「外部の誰かが、このコンピューターにアクセスして、ファイルを保存したようだ……。ん?いや、違う。このコンピューターが突然ネットワークでつながったんだ」
「怪しいファイルじゃないですか?」
 母はそう言って警戒したが、HFは首を横に振った。
「大丈夫です。この星には悪質なことをする人は絶対にいませんから。開いてみよう」
 ファイルを開いて画像を確認し、真っ先に驚いたのはミサだった。映っていたのは、ミサがなくした漫画本を見開いたページだったのだ。
「これです。私が探していた大人向けの地球の漫画……」
 HFが画像をクリックすると、次々に見開きのページが現れた。
「誰かが全ページコピーして、ここに載せたんだろう」
 HMものぞき込んだ。HFはページをめくりながら、感激の声をあげた。
「面白い! 確かにこれは大人向け漫画だ」
「でも、誰がネットワーク上にこんなことを?」
 ミサがつぶやくと、HFは答えた。
「それはわかりません。これは匿名のファイルです」
 そしてHFは、地球一家のほうを向いて説明した。
「大人向けの漫画を描いたところで、大人は漫画を読んではいけないという風潮がある限り、絶対に売れません。だから、正式に出回ることはないのです。でも、既に描かれた物があるならば、こうやってネットワーク上に載せたくなるのも不思議ではないでしょう」
 HMは、この漫画が開かれた状態で印刷ボタンを押した。
「ミサさん、紙に印刷した物を持っていって。次の星で必要かもしれないでしょ」
「はい、ありがとうございます」

 するとしばらくして、驚いたことに端末の画面に2つ目のファイルが現れた。中を開いてみると、やはり大人向けの漫画だった。そして今度は署名されており、この星の著名な漫画家によるものらしい。
「これはいったい、どういうことかしら。有名な先生が大人向けの漫画を描いているわ」
 HMが驚くと、HFは目を閉じながら推理した。
「きっと、この地球の漫画を見て、将来この星でも大人向けの漫画が解禁になり、そして大ブームになると予想し、あらかじめネットワークに載せたんだろう」
「ここに載せても利益にならないのに」
「利益よりも大事なことがある。それは、同じアイデアならば早い者勝ちで、世間から認められるのは最初の一人だけということだ。誰かに先に同じ似たようなアイデアの作品を発表されてはどうにもならないからな……。そうだ! 私もこうしてはいられない」
 HFはコンピューター上の一つのファイルを開いた。
「実を言うと、僕も大人向けの漫画を描いたことがあるんだ。難しい話ではない。この星には、大人向けの小説だって映画だって、テレビドラマもたくさんある。単に表現方法の違いだけだ。漫画による表現が一番ふさわしいと思ったら、内容が大人向けの物があっても何の不思議でもない。20年以上前から、大ヒットすると温めていた作品なんだ」
 ホスト一家が驚く中、HFが自作の漫画をネットワーク上に載せようとした時、画面上に次々にファイルが現れた。
「うわ。もうこんなにたくさん」
 HFは、たくさん現れたファイルのうちの一つのタイトルを見て、何かにとりつかれたようにしてファイルを開いた。そして、漫画を読み進めると、みるみるうちに表情を険しくしていった。
「なんだ、これは。僕の作品とほとんど同じアイデアじゃないか。一歩遅かった」
 HFが落胆の声を出した。HMがそばで顔をのぞき込みながら尋ねた。
「あなたのほうが先に描いたんでしょ?」
「20年以上前に描いたのだから、僕が先だと信じたい。しかし、それを証明する方法がどこにもないよ。あくまでここにアップロードした順番で決まる。世の中に名前を残せるのは、最初の一人だけなんだ。僕が今さら載せても、盗作だと思われる。悔しいが、仕方がない」
 その時、ホストの長女が大量の印刷物をミサに手渡した。
「プリンターに出力されていましたよ」
「あ、私の漫画本。ありがとう」
 ミサは紙の束を受け取ると、あらためて中身をパラパラと確認し、最後のページを見た瞬間に驚きの声をあげた。
「あ、手書きのメモが加えられているわ!」
 HMが横からのぞきこみ、書き込まれた文を読み上げた。
「『この本の落とし主の方へ。私は、コンピューターネットワークに詳しい技術者です。昨日、あなた方ご家族と同じ列車に乗っており、これが大切な本であるとの話を聞いていました。この本が落ちているのに気付いた時、あなたは既に下車していました。私は漫画には興味がないので中身は見ていませんが、あなたにどうしてもこの本を届けたくて、全ページをネットワークに載せました。そして、もし時間が許せば、下記の住所までこの本を取りにお越しください。お待ちしています』」
 さらに、住所を読み上げたHMは、ミサの肩を軽くたたいた。
「その紙よりも、本で持っていたいでしょ。空港までの帰り道に寄れば間に合うわよ」
「はい」
 ミサは、印刷物の束をHFに譲り渡した。HFは地球の漫画をもう一度読み直し、少しだけ笑顔を見せた。
「僕の漫画は、この作品にはかなわない。地球の漫画はいかに高水準であるかがわかる。きっとおおぜいの優秀な漫画家たちが、切さたく磨して活躍しているのだろう。この星も近い将来、どうなるかわからない。僕もへこまずにがんばっていこう」
 HFがそう言うと、HMは笑顔で夫の肩を強くたたいた。
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