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第87話『サブスクの船旅』
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■ サブスクの船旅
地球一家6人が空港の出口を出ると、そこは港の波止場になっていた。一隻の豪華客船が接岸すると係留ロープで固定され、しばらくして乗客の下船が始まった。
「すごい豪華客船だ。あんな船に乗れたらなあ」
タクが羨ましそうにつぶやくと、父が後ろから肩をもんだ。
「無理だろう。簡単には乗せてもらえないよ」
その時、地球一家の後を追ってきた空港係員が、父に携帯電話を手渡した。
「本日のホストの方からお電話が入っています。この電話機は、明日ここに戻るまでずっと持っていて結構です」
電話してきたのは、HF(ホストファーザー)のようだ。父は電話機のスピーカーボタンを押し、一家みんなに聞こえるように通話を始めた。
「地球の皆さん。ようこそ、我が星へ。お迎えに行けなくてすみません。3階建ての豪華客船が見えるでしょう。今すぐそれに乗ってください。私の家は離島にあるんです」
「乗っていいんですか? お金がかかるでしょうに」
「大丈夫です。私にお任せください。精算は船が島に着いた時に私がしますから」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて」
電話が切れた後、6人は気持ちを高ぶらせながら客船に乗り込んだ。ほかの乗客たちの様子を見ると、みんな乗る時に同じ種類のカードを機械に差し込んでいる。父は、すぐ前に並ぶ男性に聞いてみた。
「すみません。そのカードはどこで手に入れるんですか?」
「このカードをご存じないのですか?」
「我々、地球から来たばかりの旅行者なもので」
「あー、なるほど。これは乗船のサブスクのカードです」
「サブスク? サブスクリプション……。定額制ということですね」
「はい。このカードを買えば、この星のどの船も乗り放題なんです」
「なるほど。どの船でも使えるんですね。有効期限は?」
「有効期限はありません。一生使えます」
有効期限のないサブスクと聞いて地球一家が驚いた時、乗船の順番が回ってきた。カードを持っていないことを告げると、女性乗務員は6枚のカードを用意して6人に配った。
「これはサブスクのカードです。一回目の乗船の後、この星の通貨で5千万のお支払いが必要になります。二回目以降の乗船からは、支払はいっさい必要なくなります」
一生船に乗り放題になるサブスクだけあって、さすがに高額だ。下船の時に、本当に支払ってもらえるのだろうか。心配になりながら、6人は船に乗り込んだ。
「サブスクの費用は一回目から発生すると言っていたな。ますます意外だ」
父がそう言うと、ミサは訳がわからず聞き返した。
「どういうこと?」
「地球のサブスクでは、初回だけ無料になる場合があるんだよ。例えば、最初の一か月はお試し期間で、二か月目の利用から費用が発生するということがある。この星のサブスクもそれと同じなのかなと思っていたんだ。でも残念ながらそうではなく、初回から支払うようだ。ということは、やはりホストの方は大金持ちなのかな。5千万だぞ。一生分の乗船代としては妥当な金額だろうが、我々の場合、一回乗るだけのためにその金額を負担してくださるということだ」
地球一家は、有り難がりながらも、不思議な気持ちで黙り込んだ。
船が動き出した後、6人は船のあまりの立派さに感激しながら船内を行ったり来たりした。階段で一つ上の階に上がると、いい匂いが漂ってくるレストランがあることがわかった。ちょうどおなかがすいており、ぜひともここで食事をしたいが、値段のほうが心配だ。レストランから出てくる人たちを観察していると、出口付近のレジでみんな同じカードを機械に通している。
父は、カードを持ってレストランから出てきた男性に声をかけた。
「すみません。それはもしかして、レストランのサブスクのカードですか?」
「はい。このカードを買えば、この星のどのレストランでも一生食べ放題です」
またしても有効期限のないサブスクか。地球一家が驚いた時、再び電話機にHFからの着信があった。
「地球の皆さん、船に乗りましたね。どうぞ、船の中で食事をしてください。精算はお降りになる時に私がしますから、ご安心を。まずは、一階にあるレストランの入口で新しいサブスクのカードを人数分受け取ってください。この星には、一回分ずつ食事を支払うという習慣がないので、お手数ですが、皆さんもサブスクのカードが必要なのです」
電話を切った後、6人はあらためてレストランの入口に向かった。父が先頭をきってレストランのドアを開けると、案内係の男性が声をかけた。
「いらっしゃいませ。6名様ですね。サブスクのカードのご提示をお願いします」
「我々は地球から旅行に来ているので、まだカードがないんです」
「かしこまりました」
「ちなみに、サブスクの代金はいかほどですか?」
「レストランのサブスクは、この星の通貨で1億2千万になります」
案内係はカウンターに置いてあるカードの束から6枚抜き取り、6人に配った。
「ご存じかもしれませんが、一回目の食事をすると同時に代金の支払いが発生し、その後は永久に支払いが発生しません」
父はうなずきながら、電話での会話を思い出して言った。
「そういえば電話では、一階のレストランに入るように言われたな。ここは二階ですよね。入り直さないと」
「この船のレストランは、ここにしかありません。それに、ここは一階ですよ」
「あれ、そうでしたっけ。船に乗った後、階段を上って一つ上の階に来たはずですが」
「はい。だから、一階で合っていますよ」
案内係はそう言いながら、6人を個室のほうに案内した。
「どうぞ。手前から3番目の個室にお入りください」
6人は指示どおり3番目の個室に入り、扉を閉めた。
「ここは二階じゃなくて一階なんだね。不思議な星だな」
タクがそう言うと、母が答えた。
「不思議じゃないわ。地球にもそういう国があるのよ。地上から一つ上がると一階で、その上が二階。つまり地上階はゼロ階ということね」
「そうか、地球でも国によるのか」
「それより、食事の注文をとりに来るのが遅くない?」
ミサがそう言った時、個室の扉が開いて案内係の男性が顔を見せた。
「ここにいらっしゃったんですか。お客様の部屋は手前から3番目と申し上げました。ここは手前から2番目ですよ」
本当に? 数え間違えた? 6人が首をかしげながら個室から出てあらためて数えると、そこはやはり3番目の個室だった。ところが、案内係は個室をゆっくりと指しながら数えた。
「ほら、ゼロ番目、1番目、2番目。ここは2番目の個室でしょ」
6人はようやく納得し、一つ奥の個室へと移った。
「地上階はゼロ階というのと同じだね。これも地球では国によって違うの?」
タクが母に尋ねると、母は首を横に振った。
「いや、部屋がゼロ番目から始まるのは地球でも聞いたことがないわ」
地球一家は食事の注文を済ませ、豪華客船にふさわしい絶品料理をたん能した。
6人はレストランを出て、階段を上って最上階を訪れた。この星の呼び方では、ここは3階ではなく2階なのだろう。
階段付近に映画館があり、入館しようとする人はみんな手元にカードを用意している。父が受付係の女性に尋ねた。
「僕たち、地球から来たばかりで初めてなもので。映画を見るのも、やはりサブスクなのでしょうか?」
「はい。無期限のサブスク料金が、この星の通貨で8百万になります」
「わかりました。一生分の映画鑑賞代だな。さすがに無理だ。やめておこう」
父が一家にそう言った時、タイミングよくまたHFからの携帯電話が鳴った。
「食事はお済みですか? 言い忘れましたが、船内に映画館がありますから、到着までの間、ぜひ映画でも楽しんでください」
「でも、サブスクの高額の料金ですよね」
「太っ腹の私にお任せください。最後に精算する時にいくらでも払いますから、どうぞご心配なく」
電話を切った後、地球一家はHFが富豪であることを確信し、迷うことなく映画館に入館した。
「一時間の映画が一種類のみで、6時の回と7時の回がございます。どちらになさいますか?」
受付係の女性に尋ねられて時計を見ると、もうすぐ6時になる頃だ。6時に始まる回を選ぶと、受付係はサブスクのカードを6人に一枚ずつ手渡した。
「6名様分のカードです。料金は一回目の映画鑑賞から発生しますので、ご了承ください。皆さんのお席は、前から5列目の、左から順に6席となります」
指定された部屋に入ると、既に観客がまばらに入っていた。
「5列目には誰か座っているわ。あ、そうか。5列目ということは、6列目ね」とミサ。
「一番前はゼロ列目だからね。だんだん慣れてきたな」と父。
「でも僕たち、6名様って言われたよ。5名様とは言われなかったよ」とタク。
「数を数える時は地球と同じだよ。順序の時だけゼロ番目から始まるんだよ」とジュン。
映画が始まり、6人は一時間かけて鑑賞した。
映画館を出ると、ミサとタクが不服を言い出した。
「後半のストーリーがよくわからなかったわ」
「僕なんて、最初のほうからさっぱりわからなかったよ。リコも?」
リコもうなずくと、父は振り向いて映画館の入口に向かって引き返した。
「今から7時の回が始まる。みんなで同じ映画をもう一回見よう。どうせ一回見ているんだ。サブスクだから、二回見ても料金は変わらないよ。難解な映画は、理解できるまで何回でも見ればいい」
こうして6人は、もう一時間かけて同じ映画を見直した。子供たちも今回は理解でき、満足して映画館を後にした。
あと30分ほどで島に着くとのアナウンスがあり、ジュンが言い出した。
「レストランにもう一度行かない? どうせサブスクなんだから、何度食べてもいいよね。さっきの料理はおいしかったけど少なめだったから、もう小腹がすいちゃって」
父はうなずいたが、母は反対して言った。
「やめておきましょう。ホストの方に負担してもらう金額は同じでも、二回食べたという記録は残っちゃうでしょ。意地汚くて格好悪いわ」
母の意見にみんなは同意し、島に到着するまでぶらぶらと過ごした。
やがて船は島に着き、乗客たちは下船を始めた。地球一家が船内で待機していると、ポロシャツを着たHFが乗り込んできた。
「皆さん、島へようこそ。お疲れでしょう」
挨拶の後、父がHFに礼を述べた。
「おかげ様でこんな豪華な船に乗れて、食事と映画も楽しめました。本当にお金のほうは大丈夫なんですか?」
「そのことなんですけど、太っ腹な私に任せるようにと調子のいいことを言いましたが、実を言うと私、それほどお金を持っていないんですよ。ほら、身なりもこんな感じです」
HFは自分のラフなポロシャツを指さし、さらに説明を加えた。
「正直に言いましょう。といっても、もう皆さんわかっているのでは? 乗船、レストラン、映画館、どのサブスクも、支払いが発生するのは一回目の時なんですよ」
それは各所で説明されたので知っている。すると、HFは続けた。
「ゼロ回目、つまり初回は無料なんです。だから私は、いっさいお金を払う必要がないんです」
ゼロ回目が初回? そういうことか。地球一家が納得すると、HFは6人全員分の全てのサブスクカードを回収し、出口に向かって歩き始めた。
「まさかとは思いますが、皆さん夕食を二回食べたりしてないですよね?」
いやはや、危ないところだった。地球一家がほっとしていると、HFは出口の精算機にカードを通し、表示された結果を見て悲鳴をあげた。
「これはいったいどういうことですか? 地球の人って、同じ映画を続けて二回も見るんですか? 映画サブスク料金、8百万かける6人分の請求が来ていますぞ」
地球一家は、申し訳ない気持ちで頭を抱えるしかなかった。
地球一家6人が空港の出口を出ると、そこは港の波止場になっていた。一隻の豪華客船が接岸すると係留ロープで固定され、しばらくして乗客の下船が始まった。
「すごい豪華客船だ。あんな船に乗れたらなあ」
タクが羨ましそうにつぶやくと、父が後ろから肩をもんだ。
「無理だろう。簡単には乗せてもらえないよ」
その時、地球一家の後を追ってきた空港係員が、父に携帯電話を手渡した。
「本日のホストの方からお電話が入っています。この電話機は、明日ここに戻るまでずっと持っていて結構です」
電話してきたのは、HF(ホストファーザー)のようだ。父は電話機のスピーカーボタンを押し、一家みんなに聞こえるように通話を始めた。
「地球の皆さん。ようこそ、我が星へ。お迎えに行けなくてすみません。3階建ての豪華客船が見えるでしょう。今すぐそれに乗ってください。私の家は離島にあるんです」
「乗っていいんですか? お金がかかるでしょうに」
「大丈夫です。私にお任せください。精算は船が島に着いた時に私がしますから」
「ありがとうございます。ではお言葉に甘えて」
電話が切れた後、6人は気持ちを高ぶらせながら客船に乗り込んだ。ほかの乗客たちの様子を見ると、みんな乗る時に同じ種類のカードを機械に差し込んでいる。父は、すぐ前に並ぶ男性に聞いてみた。
「すみません。そのカードはどこで手に入れるんですか?」
「このカードをご存じないのですか?」
「我々、地球から来たばかりの旅行者なもので」
「あー、なるほど。これは乗船のサブスクのカードです」
「サブスク? サブスクリプション……。定額制ということですね」
「はい。このカードを買えば、この星のどの船も乗り放題なんです」
「なるほど。どの船でも使えるんですね。有効期限は?」
「有効期限はありません。一生使えます」
有効期限のないサブスクと聞いて地球一家が驚いた時、乗船の順番が回ってきた。カードを持っていないことを告げると、女性乗務員は6枚のカードを用意して6人に配った。
「これはサブスクのカードです。一回目の乗船の後、この星の通貨で5千万のお支払いが必要になります。二回目以降の乗船からは、支払はいっさい必要なくなります」
一生船に乗り放題になるサブスクだけあって、さすがに高額だ。下船の時に、本当に支払ってもらえるのだろうか。心配になりながら、6人は船に乗り込んだ。
「サブスクの費用は一回目から発生すると言っていたな。ますます意外だ」
父がそう言うと、ミサは訳がわからず聞き返した。
「どういうこと?」
「地球のサブスクでは、初回だけ無料になる場合があるんだよ。例えば、最初の一か月はお試し期間で、二か月目の利用から費用が発生するということがある。この星のサブスクもそれと同じなのかなと思っていたんだ。でも残念ながらそうではなく、初回から支払うようだ。ということは、やはりホストの方は大金持ちなのかな。5千万だぞ。一生分の乗船代としては妥当な金額だろうが、我々の場合、一回乗るだけのためにその金額を負担してくださるということだ」
地球一家は、有り難がりながらも、不思議な気持ちで黙り込んだ。
船が動き出した後、6人は船のあまりの立派さに感激しながら船内を行ったり来たりした。階段で一つ上の階に上がると、いい匂いが漂ってくるレストランがあることがわかった。ちょうどおなかがすいており、ぜひともここで食事をしたいが、値段のほうが心配だ。レストランから出てくる人たちを観察していると、出口付近のレジでみんな同じカードを機械に通している。
父は、カードを持ってレストランから出てきた男性に声をかけた。
「すみません。それはもしかして、レストランのサブスクのカードですか?」
「はい。このカードを買えば、この星のどのレストランでも一生食べ放題です」
またしても有効期限のないサブスクか。地球一家が驚いた時、再び電話機にHFからの着信があった。
「地球の皆さん、船に乗りましたね。どうぞ、船の中で食事をしてください。精算はお降りになる時に私がしますから、ご安心を。まずは、一階にあるレストランの入口で新しいサブスクのカードを人数分受け取ってください。この星には、一回分ずつ食事を支払うという習慣がないので、お手数ですが、皆さんもサブスクのカードが必要なのです」
電話を切った後、6人はあらためてレストランの入口に向かった。父が先頭をきってレストランのドアを開けると、案内係の男性が声をかけた。
「いらっしゃいませ。6名様ですね。サブスクのカードのご提示をお願いします」
「我々は地球から旅行に来ているので、まだカードがないんです」
「かしこまりました」
「ちなみに、サブスクの代金はいかほどですか?」
「レストランのサブスクは、この星の通貨で1億2千万になります」
案内係はカウンターに置いてあるカードの束から6枚抜き取り、6人に配った。
「ご存じかもしれませんが、一回目の食事をすると同時に代金の支払いが発生し、その後は永久に支払いが発生しません」
父はうなずきながら、電話での会話を思い出して言った。
「そういえば電話では、一階のレストランに入るように言われたな。ここは二階ですよね。入り直さないと」
「この船のレストランは、ここにしかありません。それに、ここは一階ですよ」
「あれ、そうでしたっけ。船に乗った後、階段を上って一つ上の階に来たはずですが」
「はい。だから、一階で合っていますよ」
案内係はそう言いながら、6人を個室のほうに案内した。
「どうぞ。手前から3番目の個室にお入りください」
6人は指示どおり3番目の個室に入り、扉を閉めた。
「ここは二階じゃなくて一階なんだね。不思議な星だな」
タクがそう言うと、母が答えた。
「不思議じゃないわ。地球にもそういう国があるのよ。地上から一つ上がると一階で、その上が二階。つまり地上階はゼロ階ということね」
「そうか、地球でも国によるのか」
「それより、食事の注文をとりに来るのが遅くない?」
ミサがそう言った時、個室の扉が開いて案内係の男性が顔を見せた。
「ここにいらっしゃったんですか。お客様の部屋は手前から3番目と申し上げました。ここは手前から2番目ですよ」
本当に? 数え間違えた? 6人が首をかしげながら個室から出てあらためて数えると、そこはやはり3番目の個室だった。ところが、案内係は個室をゆっくりと指しながら数えた。
「ほら、ゼロ番目、1番目、2番目。ここは2番目の個室でしょ」
6人はようやく納得し、一つ奥の個室へと移った。
「地上階はゼロ階というのと同じだね。これも地球では国によって違うの?」
タクが母に尋ねると、母は首を横に振った。
「いや、部屋がゼロ番目から始まるのは地球でも聞いたことがないわ」
地球一家は食事の注文を済ませ、豪華客船にふさわしい絶品料理をたん能した。
6人はレストランを出て、階段を上って最上階を訪れた。この星の呼び方では、ここは3階ではなく2階なのだろう。
階段付近に映画館があり、入館しようとする人はみんな手元にカードを用意している。父が受付係の女性に尋ねた。
「僕たち、地球から来たばかりで初めてなもので。映画を見るのも、やはりサブスクなのでしょうか?」
「はい。無期限のサブスク料金が、この星の通貨で8百万になります」
「わかりました。一生分の映画鑑賞代だな。さすがに無理だ。やめておこう」
父が一家にそう言った時、タイミングよくまたHFからの携帯電話が鳴った。
「食事はお済みですか? 言い忘れましたが、船内に映画館がありますから、到着までの間、ぜひ映画でも楽しんでください」
「でも、サブスクの高額の料金ですよね」
「太っ腹の私にお任せください。最後に精算する時にいくらでも払いますから、どうぞご心配なく」
電話を切った後、地球一家はHFが富豪であることを確信し、迷うことなく映画館に入館した。
「一時間の映画が一種類のみで、6時の回と7時の回がございます。どちらになさいますか?」
受付係の女性に尋ねられて時計を見ると、もうすぐ6時になる頃だ。6時に始まる回を選ぶと、受付係はサブスクのカードを6人に一枚ずつ手渡した。
「6名様分のカードです。料金は一回目の映画鑑賞から発生しますので、ご了承ください。皆さんのお席は、前から5列目の、左から順に6席となります」
指定された部屋に入ると、既に観客がまばらに入っていた。
「5列目には誰か座っているわ。あ、そうか。5列目ということは、6列目ね」とミサ。
「一番前はゼロ列目だからね。だんだん慣れてきたな」と父。
「でも僕たち、6名様って言われたよ。5名様とは言われなかったよ」とタク。
「数を数える時は地球と同じだよ。順序の時だけゼロ番目から始まるんだよ」とジュン。
映画が始まり、6人は一時間かけて鑑賞した。
映画館を出ると、ミサとタクが不服を言い出した。
「後半のストーリーがよくわからなかったわ」
「僕なんて、最初のほうからさっぱりわからなかったよ。リコも?」
リコもうなずくと、父は振り向いて映画館の入口に向かって引き返した。
「今から7時の回が始まる。みんなで同じ映画をもう一回見よう。どうせ一回見ているんだ。サブスクだから、二回見ても料金は変わらないよ。難解な映画は、理解できるまで何回でも見ればいい」
こうして6人は、もう一時間かけて同じ映画を見直した。子供たちも今回は理解でき、満足して映画館を後にした。
あと30分ほどで島に着くとのアナウンスがあり、ジュンが言い出した。
「レストランにもう一度行かない? どうせサブスクなんだから、何度食べてもいいよね。さっきの料理はおいしかったけど少なめだったから、もう小腹がすいちゃって」
父はうなずいたが、母は反対して言った。
「やめておきましょう。ホストの方に負担してもらう金額は同じでも、二回食べたという記録は残っちゃうでしょ。意地汚くて格好悪いわ」
母の意見にみんなは同意し、島に到着するまでぶらぶらと過ごした。
やがて船は島に着き、乗客たちは下船を始めた。地球一家が船内で待機していると、ポロシャツを着たHFが乗り込んできた。
「皆さん、島へようこそ。お疲れでしょう」
挨拶の後、父がHFに礼を述べた。
「おかげ様でこんな豪華な船に乗れて、食事と映画も楽しめました。本当にお金のほうは大丈夫なんですか?」
「そのことなんですけど、太っ腹な私に任せるようにと調子のいいことを言いましたが、実を言うと私、それほどお金を持っていないんですよ。ほら、身なりもこんな感じです」
HFは自分のラフなポロシャツを指さし、さらに説明を加えた。
「正直に言いましょう。といっても、もう皆さんわかっているのでは? 乗船、レストラン、映画館、どのサブスクも、支払いが発生するのは一回目の時なんですよ」
それは各所で説明されたので知っている。すると、HFは続けた。
「ゼロ回目、つまり初回は無料なんです。だから私は、いっさいお金を払う必要がないんです」
ゼロ回目が初回? そういうことか。地球一家が納得すると、HFは6人全員分の全てのサブスクカードを回収し、出口に向かって歩き始めた。
「まさかとは思いますが、皆さん夕食を二回食べたりしてないですよね?」
いやはや、危ないところだった。地球一家がほっとしていると、HFは出口の精算機にカードを通し、表示された結果を見て悲鳴をあげた。
「これはいったいどういうことですか? 地球の人って、同じ映画を続けて二回も見るんですか? 映画サブスク料金、8百万かける6人分の請求が来ていますぞ」
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