地球一家がおじゃまします

トナミゲン

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第82話『恐怖のローラースケート』

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■ 恐怖のローラースケート

 地球一家6人が新しい星に到着して道を歩いていると、目に映る人々はみんなローラーシューズを滑らせながら走っていた。普通に歩いている人など一人もいない。まさか、この星には全員がローラーシューズを履いて移動する習慣があるのか? ミサは心配そうに言った。
「大丈夫かしら。私やジュンはローラースケートができるけど、タクは経験がないよね」
「いきなり滑れって言われたら、どうにもならないよ。なあ、リコ」
 タクが問いかけると、リコが優しく答えた。
「大丈夫。私もできないから」
「ありがとう……、いや、大丈夫じゃないよ。僕とリコは、この星では生きていけないということだよ」

 ホストハウスに到着すると、HM(ホストマザー)がさっそく6人分のローラーシューズを持って出てきた。
「地球の皆さん、お待ちしていました。やはり皆さんは、ローラーシューズを持っていなくて、歩いて来たんですね。この星では、道を歩く時はローラーシューズを履くという決まりがあります。今すぐ履いてください。初めての人でも簡単に滑れますから、心配はいりません。はい、どうぞ」
 タクはローラーシューズを装着し、おそるおそる立ち上がると、全く転ぶ気配もなく滑り始めた。
「あ、滑れる、滑れる!」
 リコは、怖がる素振りさえなく、みんなと一緒に滑り始めた。
「皆さん、私についてきてください。ヘルメットにはイヤホンとマイクが付いていますから、万が一はぐれてもほかの人と会話ができます。さあ、公園まで行きましょう」
 HMの誘導に従い、地球一家6人はヘルメットをかぶって滑り、全く危なげなく公園までたどり着いた。
 ミサはHMに言った。
「途中、道に人が多すぎてぶつかりそうになって心配だったんですけど、うまく避けられました」
「ぶつかる心配はないんですよ。わざとぶつかろうなどと思わない限り、絶対にぶつからない仕組みになっていますから」
「そうなんですか。それはすごいわ」

 公園の休憩室に入ると、6人はローラーシューズを脱いで片隅に置いた。HMはみんなに声をかけた。
「二階のレストランで軽食が食べられます。少し早いですが、ここで夕食にしましょう」
 食事の後、ジュンとミサが一足先に一階に降りた。ミサは、置かれているローラーシューズを不思議そうに眺めながら、ジュンに言った。
「絶対にぶつからないのが不思議で仕方ないわ。このローラーシューズはどんな仕組みになっているのかしら」
 ジュンの右手には、既にドライバーが握られていた。ジュンはミサとの会話を続けながら、興味津々にミサのローラーシューズを分解し始めた。
「ぶつからないのも不思議だけど、もっと不思議なことがある。ローラースケートの経験が一度もないタクが、いとも簡単に滑ったことさ」
「リコもね」
「リコなら、まだわかる。リコは生まれつき運動神経がいいから、初めてでもすぐに滑れて不思議はない。しかしタクは、あれほど運動神経が鈍いのに、初めてローラーシューズを履いていきなり転ばずに滑れるなんて、あり得ない」
「ということは?」
「この星のローラーシューズは、地球では考えられない構造なのだろう。僕は今、その仕組みを解明して、地球に帰ったら同じ物を作りたいと思う」
「何のために?」
「タクにプレゼントするんだよ。タクは、地球にある普通のローラーシューズでは絶対に滑れない。でも、この星の技術を知ってそれと同じように作れば、きっと滑れる。僕は作ってみようと思う」
「とても弟思いの動機ね。でも、そのローラーシューズ、私が履いていた物よ」
「誰のでも同じだろ」
 そう言いながらジュンはシューズの内部の構造をのぞき込み、ミサに説明した。
「なるほど、わかったぞ。このシューズ自体には、うまく滑れるための機械が何も入っていない。その代わり、これは神経と結びついて脳の指令が伝わるような構造になっている。つまり、うまく滑れるようにイメージしながら滑れば誰でも滑れるということだ。しかも、ぶつからないようにと思えば人とぶつかることもない。すごい構造だ」
「じゃあ、同じ物を地球に帰ってから作れそう?」
「いや、これは無理だな。脳からシューズに命令を与えているというところまではわかるけど、どうしてそんなことが可能なのか、これを見ただけではわからないんだ。きっと、地球に存在しない金属が使われているんだろう」
 ジュンは、別のローラーシューズを手に取った。
「念のため、タクとリコのシューズも調べてみよう」
「ちゃんと元に戻してね。みんな、もうすぐ戻ってくるわよ」
「大丈夫。元どおりにして、ねじをきちんと閉めるから」
 3足のローラーシューズの構造がどれも同じであることをジュンが確認し、全て元に戻すと、その直後にみんなが二階から降りてきた。

 家に帰る身支度を終えると、一同は自分のローラーシューズを履いた。
 HMが滑り出すと、6人も滑り始めた。ところが、HMの後について滑ったのは父母とジュンの3人だけで、ミサ、タク、リコの3人はそれぞれバラバラの方向に向かった。
 3人が行方不明になったことに気付いたのは、家に着いてからだった。
「連絡をとってみよう」
 留守番をしていたHF(ホストファーザー)がそう言うと、みんなでヘッドホン付きヘルメットを装着した。父がまず叫んだ。
「ミサ! どうした? 今どこだ?」
「わからない。思いどおりに進まないのよ。考えてる方向と全然違う方向に進んでしまう」
 次に、タクの声が聞こえた。
「僕もだよ。行きはうまく滑れていたのに、帰りだけどうして駄目なんだろう」
「リコは?」
「私も」
 家の中で5人が顔を見合わせた。
「こんなことは初めてだ。考えにくいことだが、3人のシューズに不具合があったんだ」
 HFが動揺しながら言うと、ジュンが慌てて白状した。
「僕が分解したせいかもしれません。もちろん、中身を見てすぐに元に戻したんですけど」
「分解した?」
 HFがいっそう慌てた。
「一度分解したシューズを素人が組み立て直すなんて絶対に無理だ。あのシューズはとてもデリケートな精密機器なんだ。僕のようなプロしか分解してはならない。少しでもずれが生じると、脳からの指令がシューズに伝達しなくなるんだ」
「そうだったんですか。本当にすみません。どうすればいいんでしょう?」
「どうにもしようがない。3人は自分の意志に関係なく、どこかわからない場所を滑り続ける」
 家にいるメンバーはヘッドホンでしきりに3人に呼びかけ、励まし続けた。3人とも目印になる建物が見当たらないひっそりとした道を滑っており、心細い返答を繰り返した。

 そのうち、リコに問いかけても返事をしなくなった。ジュンが大声で叫ぶ。
「リコ、聞こえたら返事をしてくれ!」
 リコとの音信が途絶えた約一時間後、警察の車が家に到着した。車から運び出されたのは、眠った状態のリコだった。
「路上に倒れて眠っているところを発見されました」
 警察官がそのように報告するのを聞いて、HFは叫んだ。
「そうか、わかったぞ。眠ると意識がなくなるから、脳からの指令がシューズに届かなくなって停止するんだ。おーい、ミサさん、タク君、聞こえるかい? 二人とも眠るんだ。そうすればローラーシューズは止まる」
「そんな! この状態で眠るなんて」
 ミサが動揺してそう言うと、HFはミサを安心させるように呼びかけた。
「もうすぐ深夜になる。二人とも、普段は眠っている時間だろ。大丈夫。怖がらずに眠るんだ。ぶつかる心配はないから」
「や、やってみます」

 それからしばらくして、今度はパトカーがミサを運んで家に到着した。リコと同じように、倒れて眠っているところを発見されたという。
 残るはタクだ。HFはタクに呼びかけた。
「タク君は、まだ眠れないかな」
「全く眠れる気配がありません」
「大丈夫。もうすぐきっと眠くなるよ」
 HFは、ヘッドホンを外しながら父母とジュンに声をかけた。
「我々もベッドで休みましょう。きっと、警察が我が家に運んできてくれます」

 ところが、翌朝になってもタクは帰宅せず、目覚めた地球一家はタクに呼びかけた。
「タク、聞こえるか?」とジュン。
「タク、聞こえる?」とミサ。
「聞こえるよ。まだ眠れていないんだ」とタク。
「スケートで滑ったまま徹夜してしまったのか。眠らないと止まれないんだ。頼むよ。眠ってくれ」
 父がそう言うと、タクは頼りない返事をした。
「眠れ、眠れ、と自己暗示をかけているんだけど、全く眠れなくて」
 HFは、心配してタクに問いかけた。
「タク君、今どこにいるんだい?」
「わかりません。草原のような場所に入ってしまいました。何かの動物の群れが見えます。まさか、ライオン?」
「とんでもないことになってしまった。タク君。落ち着いて聞いてほしい。君は今、サファリパークの中にいる。ライオンが放し飼いにされている」
「えーっ!」
「ローラーシューズで滑っている限り、ライオンが追ってきたとしても、追いつかれることはない。ライオンにぶつかることもないので、襲われる心配はない。ただし、止まっては駄目だ。つまり今度は、眠ってはいけないということだ。眠ってその場に倒れ込んでしまうと、ライオンに襲われる危険がある。絶対に眠らないでくれ」
「そ、そんな。今度は眠っちゃいけないなんて」
「我慢するんだ。眠ったら危険だ。今すぐサファリパークの人と連絡をとるから、救助してもらえるまで辛抱してくれ」
 しかし、しばらくしてタクからの音信が途絶えた。まさか、眠ってしまったのでは? タクは、眠るなと言われると余計に眠くなってしまう性格かもしれない。
 その時、電話が鳴った。HMが応対し、電話を切ると父に言った。
「病院からです。タク君が救急搬送されました」
「何ですって」
「大丈夫。負傷はしていないそうです」
「よかった。今すぐ向かおう」

 全員が病室に到着すると、タクは目を閉じた状態で、ベッドで横になっていた。
 すぐ横に、サファリパークの制服と帽子を身に付けた女性が立っていた。
「私はサファリパークでライオンを担当している飼育員です。タク君は危ないところでした。私の目の前で倒れたんです」
「タクはちょうどあなたの目の前で睡魔が襲って、眠りに落ちたということですね」
 母が尋ねると、女性は首を横に振った。
「違います。彼は眠ったのではなく、ライオンへの恐怖のあまり、気絶したのです」
「気を失ったせいでローラーシューズが止まったのね。いずれにしても、本当にありがとうございました」
 その時、タクが目を覚ました。ジュンが泣きながらタクに抱きついた。
「タク、ごめんよ。僕のせいだ。こんなに怖い目に合わせてしまって」
「ううん、いいんだよ。イヤホンでずっと聞いてたよ。僕のためなんでしょ。僕にも滑れるローラーシューズを発明しようと考えてくれてたんだよね。とてもうれしいよ」
 それを聞き、地球一家とホスト夫妻が見守る中、ジュンはますます涙ぐんでタクを力強く抱きしめた。
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