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第75話『遠い親族』

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■ 遠い親族

 地球一家6人は、ホストハウスの近くにある小さなホテルに向かうよう指示された。到着すると、既に貸し切りのパーティーが始まっており、百人前後の人々が食事を楽しんでいた。
 初老のHF(ホストファーザー)が一家を出迎えた。
「地球の皆さん、ようこそ。今日のディナーは、ここのパーティーで召し上がってください。私は地元ではちょっとした資産家なので、年に一度くらいはこのような規模のパーティーを開くんですよ」
 母が興味深くHFに尋ねた。
「ここに集まっている方々は、お友達ですか?」
「全員、僕の親族です」
「親族? 人数から考えると、遠い親族も入っているのでしょうね」
「もしかすると、親族の考え方が地球と違うのかもしれません。この星では、10親等以内が親族とみなされます」
「へえ。地球では国によって違うかもしれませんが、だいたい6親等くらいまでを親族と呼びますよ」
「そうですか。では、この星のほうが親族の人数が桁違いに多くなりますね」
 地球一家の子供たちが、親等という言葉の意味がよくわからずに騒いでいる。母が紙の裏を使って家系図の例を描きながら説明した。
「家系図を描く時に、自分からスタートして一つ進むごとに一親等ずつ増えていくのよ。例えば、両親や子供は1親等。配偶者の両親、つまり夫や妻の両親も同じく1親等よ。祖父母、孫、兄弟姉妹は2親等。曽祖父母、ひ孫、伯父、伯母、おい、めいは3親等。いとこは4親等になるわね」
 子供たちは一とおり理解した。

 新しい客がさらに続々と入ってきた。HFは挨拶しながら指図した。
「こちらが受付になります。親族証明書をお願いします」
 受付に置いてあったケースの中に、家系図の描かれた書面が重ねて置かれていった。HFは地球一家に説明した。
「この紙が親族証明書です。例えば僕の親族が、市役所の受付にある機械に僕の名前を入力して、もし親族であれば、この証明書が発行されるんです。つまり、この証明書がこのパーティーに参加するためのチケットということです」
 なるほど。一枚ずつ違う家系図が描かれていて面白い。
 ジュンは、食事もろくに食べずに熱心に家系図を見比べていた。HFが見かねて声をかけた。
「ジュン君、冷めないうちにどんどん食べてよ。家系図、そんなに面白いかい?」
「はい。これを分析してみたくなりました。それで、もしわかったら教えてほしいんですけど。この星の平均寿命は何歳くらいですか? それから、合計特殊出生率と女性の平均出産年齢、それから……」
「合計特殊出生率って?」
「一人の女性が生涯に産む子供の数です。地球では、そう呼んでいます」
「調べてみないとわからないな。でも、それを聞いてどうするの?」
「10親等までが親族だとすると、普通は親族が何人くらいいるのかを計算してみたくて。このパーティーに参加している人って、百人くらいですよね。ちょっと少なすぎる気がするんです」
「よく気が付いたね。でもこれでいいんだよ。親族が全員来ているわけじゃないんだ。そもそも僕の親族の中には疎遠な人もいるし、そもそも僕と親族関係にあることを知らない人もまだ大勢いるはずなんだ」
「そうなんですか」
「例えば、僕が自分の親族一覧表が欲しいと思っても、市役所で手に入れることはできないんだ。できることといえば、市役所の機械に特定の人の名前を入力して、その人が親族かどうかを判定することだけだ。だから、興味本位で僕の親族かどうかを調べた人でないと、親族であることを自覚していないというわけだ」
「ややこしいですね」

 その時、テレビ局のカメラがパーティー会場に入ってきた。
「僕が呼んだんだ。地球の皆さんを紹介したくて」
 HFは、テレビ局員を会場の奥まで手招きした。司会者の女性は、カメラに向かって地球一家6人を紹介した。
「こちらのパーティーに地球からの旅行者がいらっしゃっています。お一人ずつインタビューしてみましょう」
 インタビューのマイクはまず父と母に向けられ、次にジュンが司会者に呼ばれた。
「さあ、次はジュンさんの番です。自己紹介をお願いします」
「ジュンです。僕の特技は機械いじりで、それから、数学も得意です」
「理数系に強いんですね。具体的に何か見せてもらえませんか」
「そうですね、例えば、今ちょうど、このパーティーのホストの方の親族が何人くらいいるかを、この家系図を見ながら計算して推測していたところです」
 テレビ局のカメラは、ジュンが持っていた家系図を映した。それを見て、HFが少し慌てた。
「あー、ちょっとジュン君、それ以上言わないで。その家系図、カメラに映しちゃ駄目!」
「あー、ごめんなさい」
 ジュンへのインタビューが終わった直後に、あらためてHFはジュンを呼び寄せた。
「テレビを見ていた人の中に、僕の親族であることに気付いてしまう人が現れるだろうな」
「そうですよね。このパーティーが混み合ってしまいますね」
「いや、パーティーに来るだけなら別にかまわないんだけど……」
 HFは、より一層深刻な表情を浮かべてジュンに話した。
「困るのは、何十年も先の話だけど、僕の遺産相続だ。この星の法律では、遺産は親族が等分して相続するんだ」
「え? 等分する? 大部分は奥様やお子さんに相続されるんじゃないんですか?」
「違うんだよ。この星の法律では、僕の親族だと名乗り出た人が千人いたとしたら、遺産は千分の一ずつに分けられるんだ。そうなると、親族が増えれば増えるほど、子供や孫の取り分が減ってしまう。僕の親族であることを知る人が少ないほうが有り難いんだ。僕は、わりと財産を持っているほうだから」

 それからまもなくして、大勢の人々が親族証明書を手に持ってパーティー会場に続々と入ってきた。
「テレビを見てきました。私も旦那様の親族です」
「僕もです」
 HFはやむを得ず彼らを会場内に通し、ジュンのもとへ戻ってきた。
「20人以上増えてしまったな」
「本当にすみません、僕のせいで。僕が描いた家系図は、破って捨てますよ」
「まあ、いつかはこうなるとは思っていたよ。僕は財産を持っているから、狙われやすい」
「羨ましいです」
「でも、僕の親族の中でもっと財産を持っている人がいるんだ。みんなから成金女神と呼ばれている心優しい女性で、直接会ったことはないが、資産家としてかなりの有名人だ」
「会ったことないのに、親族だとよくわかりましたね」
「以前、試しに市役所で成金女神の本名を入れてみたら、親族と出たんだよ。ただ、それも一方的な話だし、彼女ほどの大金持ちなら、僕の親族だと名乗り出ることはないだろう」

 その頃、テレビ局の司会者はタクにインタビューしていた。
「タク君、ありがとうございました。最後はリコちゃんですね。自己紹介をお願いします」
 リコにマイクが向けられた時、テレビ画面の向こうでニュースキャスターの女性がそれを遮った。
「ごめんなさい。ここで臨時ニュースが入りました。中継は中断します」
 一人だけ自己紹介できないまま中継が終了してしまい、リコはつくづく不運だ。
 パーティー会場の大きなスクリーンに、ニュースが映し出された。ニュースキャスターの声が会場に響き渡る。
「臨時ニュースを申し上げます。大会社の倒産のニュースです……」
 画面には、ある会社の本社の映像が大きく映し出された。
「倒産? うそだろ。つぶれる心配のない安全な会社だったはずなのに……」
 HFが衝撃を受ける様子を見て、ジュンが尋ねた。
「ご存じの会社ですか?」
「知っているも何も、僕の会社の最大の取引先だよ。おそらく、うちが投資したお金は戻ってこない。まるで悪夢だ。僕は資産家どころか、今日からばく大な借金を抱えることになる……」
「マイクのスイッチが入れっぱなしですよ」
 誰かの叫び声を聞いて、HFは慌てて自分の胸に手を当て、マイクのスイッチを切った。しかし、パーティー会場の人々がすぐに騒ぎ出した。
「借金だと?」
「大変だ!」
 HFは、近くにいたジュンとミサに声をかけた。
「まずい。ジュン君とミサさん、頼みがある。受付に置いてある、みんなから受け取った親族証明書を今すぐどこかに隠してほしい」
「わかりました」
 親族たちは親族証明書を取り返そうと、受付に詰め寄った。しかし、見つけることができずに彼らは不満げにパーティー会場を去っていった。
「みんな、行ってしまった」とHF。
「そうか。借金がある場合も、それを親族たちで均等に分けるんですね」とジュン。
「そのとおり」とHF。
「まだみんな、近くにいるかもしれません。追いかけましょうか?」とミサ。
「いや、大丈夫だ。この証明書があれば、誰が親族かがわかる。ジュン君、さっきは親族を増やしてくれてありがとう。親族が一人でも多くいれば、子供たちが負担する借金が少なくて済む」
 HFは、親族証明書の束を見せながら、ジュンに手を差し出した。
「さっきのジュン君の家系図分析表を僕にくれ」
「破いて捨ててしまいましたよ」
「すぐに復元しよう。明日の朝、旅立ってしまうんだよね。今から手伝ってくれないか」
 これを聞いて、父がHFに言った。
「家族全員で協力しますよ」
「皆さん、ありがとうございます」

 しばらくして、地球一家が会場の入口近くで親族証明書を整理する作業をしていると、一人の女性が現れた。
「すみません。パーティーはもう終わりですか? 親族証明書を持ってきたのですが」
「あ、少々お待ちください」
 ミサはそう返事をして会場の奥に早足で向かいながら、つぶやいた。
「よくよく運のない人ね。倒産のニュースを知らずに来たんだわ」
 ミサはHFを見つけて報告した。
「親族証明書を持った女性が一人、新しく来ました」
「それは助かる」
「でも優しそうな方だから、ちょっと気の毒です」
「かまわないよ。どうせ僕の遺産を目当てに来たんだから」
 HFは受付に向かい、女性の顔を見るなり叫んだ。
「あなたは、ひょっとして成金女神様ではありませんか? 雑誌などで何度もお顔を拝見しています」
「仰せのとおり、私が人呼んで成金女神です」
「どうしてここへ?」
「ニュース見ましたよ。倒産のニュースです。借金、私が肩代わりしてあげましょう」
「今、何とおっしゃいました?」
「親族のピンチとわかり、参上しました。私一人で借金を背負います。私にとって大した金額ではないですから」
「でも、そんなことできるんですか? 借金は親族で等分して負担するんですよね」
「違いますよ。借金を多く引き受けたいという親族がいれば、その意志に従います。もっとも、普通はそんな人はいないから、法律に従って親族で等分することが多いのです」
「そういうことか。女神様、ありがとうございます。ご恩は一生忘れません」
「一つ約束してください。これ以上借金を増やさないで。これからも、真面目に働いてください」
「もちろんですとも」
 無人のパーティー会場に女性を招き入れるHFを、地球一家は暖かい目で見守った。
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