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第73話『アーケードゲームの日』

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■ アーケードゲームの日

 地球一家6人がホストハウスに到着すると、HF(ホストファーザー)と二人の子供が出迎えてくれた。息子のコクロは11歳、娘のコララは9歳だ。
 リビングに集合すると、HFは地球一家に説明した。
「今日は、我が家では子供たちがアーケードゲームを楽しむ日なんです。ぜひご一緒しましょう。クレーンゲームとか、競馬ゲームとか、ほかにもコンピューターを使ったいろいろなゲームがあって、どれもコイン一枚で一回できます。そして成功すれば、おもちゃを一つゲットできるんです」
 なるほど、楽しそうだ。地球一家の子供たちも話を聞いて大喜びだ。

 みんなで家から少し歩くと、地球にもよくあるゲームセンターらしき建物にたどり着いた。中に入ると、入口付近でゲームをしていた中年の男性が声をかけてきた。
「やあ、皆さん。こんにちは」
「あ、隣の家のおじさんだ。こんにちは」とコララ。
「ここに来ると、いつも会いますね」とコクロ。
 男性は、子供たちに向かって話した。
「僕は毎日ここに来ているよ。別におもちゃが欲しいわけじゃないんだけど、ゲームに勝っておもちゃを手に入れるのが快感でね。これがたまらなくて。今日もおもちゃを手に入れるまで帰らないつもりだよ」
 店の中を見渡した母が、HFに話しかけた。
「こうやって見ると、大人の人も結構いますね」
「そう。大人でもついつい、はまってしまうんですよ。そういう僕も、ここが大好きです。と言っても、子供たちと一緒に来る時だけで一人では来ませんけどね。よし、さっそく楽しむぞ」
 その時、HFは携帯電話が鳴ったのを受け、少し通話して電話を切ると、父に頼んだ。
「せっかくこれから遊ぼうという時に、仕事が入ってしまいました。すみませんが、しばらくの間、子供たちの面倒を見てやってくれませんか」
「お安い御用です」

 HFが退店した後、コクロがさっそく父に尋ねた。
「おじさん、ゲーム始めていい?」
「二人とも、お金持ってるの?」
「お小遣いの残りを、全部持ってきました」
「すごいな。でも、一度にそんなに使うのはよくないよ。一人コイン5枚までに決めよう」
「たったそれだけ?」
「また来ればいいだろう」
 タクが父に尋ねた。
「じゃあ僕たちも、コイン5枚まで遊んでいい?」
「いいよ」

 タクは、コインを握りしめて一台のゲームマシンの前に座り、通りかかったコクロに尋ねた。
「これはどうやって遊ぶのかな」
「簡単だよ。コンピューターを相手にじゃんけんをするだけだ。コインを入れたら5回じゃんけんできる。5回のうち3回勝てば、おもちゃが下から出てくるよ」
 確かに簡単だ。タクがコイン投入口にチャリンとコインを入れると、機械はしゃべり始めた。
「こんにちは。さあ、じゃんけんするよ。じゃんけんぽん」
 タクがグーのボタンを押すと、機械はパーを出し、笑い出した。
「あなたの負け。さあ、2回目だよ。じゃんけんぽん。あなたの負け」
 タクが悪戦苦闘していると、母がのぞき込んできた。
「タク、どう? おもちゃ、もらえそう?」
「全然駄目なんだ。2枚コインを入れてもう10回じゃんけんしたけど、一度も勝ててない。そんなことってある?」
「機械がインチキしてるんじゃないかしら」
「そうだよね。普通のじゃんけんで一回も勝てないなんて、怪しいよね」
「ほかのゲームにすれば?」
「いや、気になるから、もう少し続けてみるよ」

 母はタクのもとを離れ、次にミサに声をかけた。
「ミサ、調子はどう?」
「競馬ゲームをやってるんだけど、全然駄目。もう3枚コインを使ったけど、3回とも最下位で、全く勝てる気がしないわ」
「ミサも苦戦してるわね」

 父は、店の中央付近でみんなを見守った。しばらくすると、コクロとコララが近づいてきた。
「二人とも、もう終わったの?」
「コイン5枚使い切ったけど一度も勝てません」とコクロ。
「私もです」とコララ。
「どのゲームをやったの?」
 二人は、すぐそばにある数字合わせゲームを指し示した。
「同じのばっかりやらないで、いろんなゲームをやればいいのに」
 父がそう言うと、コクロが反論した。
「そんなの効率が悪いですよ」
「効率が悪い? そんなことないだろう。同じゲームを続けてやったって、そんなに上達するわけじゃあるまいし」
「お小遣いを使いますから、もっとやらせてください」
「いや、コイン5枚までだ。それが決まりだよ。やりすぎはよくない。悔しいのはわかるけど、勝つまでやっていたらきりがない」

 父は歩き出し、クレーンゲームのコーナーでジュンを見つけて声をかけた。
「ジュン、調子はどうだ?」
「残念。今使ったコインが最後の1枚だ。もう少しで落ちそうなのに。あと2回、いや、あと1回で成功するかも」
「どうしてわかるんだい?」
「一回やるたびに、少しずつおもちゃが穴に向かって傾いてきているんだ。もう少しで確実に落ちるよ。だから、コインをもう少しちょうだい」
「しょうがないな」
 父がジュンにコインを1枚渡すと、ジュンは再度トライした。
「よし。ああ、惜しい。次こそ確実に落ちるぞ。もう1枚コイン」
 父はコインを渡し、ジュンが再度挑むと、今度はおもちゃがうまく落下した。
「よし、成功だ。おもちゃ、ゲット!」
 ジュンが喜んだ時、コクロがいつの間にか見に来ていた。
「おめでとうございます。でも、ずるいですよ。ジュンさんだけコインを7枚も使って」
 コララもふてくされた顔をして近づいてきた。これを見て、父が頭をかいた。
「ごめん、ごめん。もう少しで取れそうだったから。君たちもあと2回ずつやっていいよ」
「もう遅いですよ。続けてやらなければ意味がありません」
 コクロの反応を聞き、父は首をかしげた。
「言っている意味がわからないよ」
 今度はタクが来て不平を言った。
「じゃんけん、もう少しで勝てそうだったのに。やればやるほど勝つ回数が増えてきて、最後は2回勝てたんだ。もう少し続けてやれば3回勝てそうな気がする」
「そんな不思議なことがあるのか?」
 父が目を丸くすると、ミサも近づいてきて言った。
「私の競馬ゲームも同じ。5回目は私が賭けた馬が2等だった。次は、きっと勝てそうだわ」
「よし。みんな、あと2回ずつやろう」と父。
「だから、何度も言ってるでしょ。今から2回やっても意味がありません」とコクロ。
「いつもパパと来る時は、勝つまでやり続けるんです。今日もそうしたい」とコララ。
 これを聞いて、父は腕を組んだ。
「おもちゃが取れるまでずっと続けるということか。それは認められないな。いくら使うのかを初めにちゃんと決めておかなきゃ、大変なことになるよ」
「でも、パパは勝つまでやらせてくれます」とコララ。
「本当かな。信じていいのかな」
 父が半信半疑になった時、HFが戻ってきた。
「すみません、遅くなっちゃって。あれ? みんなもう終わったの? おもちゃは?」
「ジュンさん以外は、誰も取れてないよ」とコクロ。
「何だって? 取れるまでやらなかったのか?」とHF。
 この会話を聞いて、父は驚いてHFに聞いた。
「普段はおもちゃが取れるまでずっとやり続けていいルールになっていたんですか?」
「そうですよ。ずっと続けてやっていれば、まず間違いなくおもちゃが取れますから。ここのアーケードゲームは全部そうです。続けてやれば勝つ確率がどんどん上がっていく。そういうふうにできているんですよ」
 HFの説明を聞いて、父はようやく納得した。
「そうだったんですか。地球でそのような現象が起きることはめったにないから、全くの想定外です」
「この星では、そうなんです。だから、同じゲームを続けることに意味があります。逆に言えば、毎日コイン一枚ずつで遊ぶなどというやり方は、一番非効率なんです。大抵の家では、一年に一回、アーケードゲームの日というのを決めて、その日だけ勝つまで思い切り遊ぶ。そういうルールにしています」
「そうか。この家にとっては、今日がその一年に一度のアーケードゲームの日だったんですね。みんな、申し訳ない。仕切り直しだ。今からお小遣いをいくら使ってもいいから、勝つまでやろう」
 この一言で、子供たちはやっと歓声をあげた。

「僕は飛行機操縦ゲームに参加しようかな」
 HFが腕をまくってゲームマシンの前に座った。父が横に立って話しかけた。
「あなたもお好きなんですね」
「大人になってもなかなかやめられません。勝てるまで続けて、勝った時のこの快感が忘れられないんです」
 HFはコインを入れてスタートさせ、わずか数分後に両手を挙げた。
「いきなり来た!」
 勝利すると、彼は手をたたいて喜んだ。横で見ていた父が不思議がった。
「まだ一回目じゃないですか」
「こういうこともあるんですよ。一回目に勝つことが絶対にないわけじゃありません。今日は最高にラッキーな日だ」
 こうして、一同はそれぞれ獲得したおもちゃを持って家路に向かった。

 そして翌朝、地球一家がホストファミリーと一緒に朝食をとりながらテレビのニュースを見ていると、番組の最後にアナウンサーが告げた。
「自己破産を宣告した人は、昨日は45人でした。では皆さん、今日も良い一日をお過ごしください」
「自己破産の宣告って、どういうことですか?」
 ミサが尋ねると、HFが当然のように解説した。
「ゲームをやり続けて、最後まで一度も勝てずに全財産を使い切ってしまった人が、昨日一日だけで45人いたということです。続けてやればまず間違いなく勝てると言いましたが、百パーセントとは言っていません。一度も勝てないまま散財してしまう人が、世の中には一定数いるのです。子供の場合は自分のお小遣いがなくなったらそこで終わりになりますが、大人の場合は本当に悲惨なことになります」
 まさか、信じられない。
 その時、玄関のドアが開いた。
「ごめんください」
 入ってきたのは、隣の家のおじさんと呼ばれている男性だった。
「結局、昨日はついに勝つことができず、自己破産してしまいました」
 みんなが驚く中、男性はHFに対して話し続けた。
「こんなにいい住宅街に住むことはもうできないので、皆さんとは今日でお別れです」
「これから、どちらへ?」
「政府が支給してくれる住宅に住んで、最低限の生活を保障してもらいます。ぜいたくはできません。当然のことながら、アーケードゲームもしばらくできないでしょう。僕の唯一の楽しみだったのに。これからせっせとお金を貯めて、また戻ってきますよ」
 笑って出ていく男性を見送りながら、父は子供たちに厳しい表情で諭した。
「やはり、この状況はいただけないな。みんな、ゲームのやりすぎには気をつけよう」
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