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第70話『フォークダンスの法則』

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■ フォークダンスの法則

 地球一家6人がホストハウスに到着すると、HM(ホストマザー)は歓迎の言葉もそこそこに早口でまくし立てた。
「皆さん、急いでください。荷物を置いたらすぐに、近所の公園に出かけます。まもなくフォークダンス大会が始まるんですよ。みんなで踊りましょう」

 HMに連れられて地球一家が着いた先は、かなり広めの公園で、既に50人近くの男女が集まっていた。
 テントの中に主催者席と思われる椅子があり、主催者の女性が音響機器を操作しながら、フォークダンスの音楽の再生を試していた。
「この音楽に合わせて、今からフォークダンスを踊るんですね」と母。
「地球にも似たような音楽がありますよ」とミサ。
「うまく踊れるか心配だな」とタク。
「大丈夫。周りの人が踊っているのを見よう見まねで、すぐに踊れますよ」とHM。

 主催者の女性がマイクで全員に呼びかけた。
「さあ、それではフォークダンスを始めましょう。今数えてみたところ、ちょうど男女同数のようです」
 次に、女性は少し離れた場所にある手洗い場を指さした。
「ダンスを始める前に、皆さん、あちらで手を洗ってきてください。フォークダンスでは異性同士が手をつなぎます。手に細菌がついているといけませんから、必ず石けんでよく洗ってください」
 参加者全員はすぐに手を洗いに行き、戻ってくると、異性同士で手をつなげるように男女に別れてスタンバイした。
 タクの視線の先には、ピンクのワンピースを着た一人の女子がいた。タクとは相当離れた位置に立っている。タクは唾を飲み込んだ。
「あの子、かわいいな。手をつなげるといいな」

 ダンスの音楽が始まり、参加者は踊り始めた。地球一家にとっては初めて経験するダンスだったが、周囲を見ながらなんとかついていった。曲の4小節ごとに、手をつなぐ異性が一人ずつずれていく。
 タクは、ピンクの服の女子が少しずつ自分に近づいていることに気が付いた。
「あの子と手をつなげるかな。あと4人。あと3人……」
 そして、音楽が4分を超えた頃、この女子がタクの次の相手となった。よし、順番が回ってきたぞ。
 タクと女子の目が合った。タクが軽くほほえむと、女子は一瞬おびえたような表情を見せた。そして、タクが手を握ろうとした瞬間、音楽が突然ピタリとストップした。
 タクが驚いて主催者席の方向を見ると、主催者の女性は、何事もなかったかのようにマイクで話した。
「では、同じ曲をもう一度かけますので、もう一回やりましょう」
 このまま、この位置から続けられるといいな。タクがそう思った時、主催者は続けて言った。
「その前に、皆さん、もう一度手を洗ってきてください」
 えーっ? それじゃ、組み合わせが変わっちゃうよ。

 大勢の参加者が列をつくる手洗い場で、ミサがタクを見つけて声をかけた。
「タクの好みの女の子、わかっちゃった。あのピンクの服の子でしょ。ちょうどその子と手をつなぐ手前で、音楽が止まっちゃったでしょ」
「見てたのか。でも、どうして僕の好きなタイプだとわかったの?」
「すぐわかるわよ。しおらしくて、純真そうで。それに、音楽が止まって、タクがすごくがっかりした顔をしてたもの」
「そうなんだよ。よりによって、あそこで曲が止まるなんて」
 すると、いつの間にか近くで会話を聞いていたジュンがタクをからかった。
「タク、知らないのか? フォークダンスの法則っていうんだよ」
「フォークダンスの法則?」
「手を握りたいと思っている相手がいると、その手前で音楽が終わってしまって、手を握れないという法則さ。それを証明した数学者もいる」
「まさか」
「数学者の証明というのはさすがに冗談だけど。さあ、始まるぞ。行こう」

 戻るのに出遅れてしまったタクは、女子がどこにいるかを探せないままダンスの輪に加わった。音楽が再び流れ、タクは踊りながらピンクの服を探した。残念ながら、また離れた所にいるのがわかった。それでも、3分ほどたつとタクに近づいた。今回は手を握れるかな。来た、来た、あと3人。
 そして、タクと女子がパートナーになった。二人の目が合い、タクが少しほほえむと、女子は再び少しおびえたような表情をした。いや、タクの気のせいかもしれない。
 その時、またしても音楽がストップした。主催者の女性の声が響いた。
「はい、終わりです」
 フォークダンスの法則というのは、本当なのか。
「3回目を始める前に、また手を洗ってください」
 また? 手洗いさえなければ、この続きから始められるのに。

 参加者は手洗いを済ませ、再びフォークダンスを始める体勢に入った。音楽が鳴り、ダンスが始まった。
 二度あることは三度ある。タクと女子の目が合うと、今度は、タクはほほえむのをやめた。女子は相変わらず警戒したような表情でタクを見た。そして、手をつなごうとした瞬間、音楽はストップした。
「はい、また手を洗ってきてください」
 主催者が手洗いを命じた。タクはミサの所に行き、異変を訴えた。
「絶対におかしいよ。音楽が少しずつ短くなってる。さっきは5分近く続いていたのに、今回は3分くらいで止まった」
「確かにタクの言うとおり、何か変ね」
「ミサさんとタク君、どうかしたの?」
 振り向くと、HMが心配そうな顔で立っていた。ミサがタクの代わりに答えた。
「タクがいつも同じ女子と手をつなぐ直前に、音楽が止まってしまうんです。兄はフォークダンスの法則だと言っていたけど、偶然にしてはあまりにもおかしいです」
「私も変だと思っていたのよ。普段は最後まで止まらないのに、今日は3回とも途中で音楽が止まるから。タク君、ほかに何か気付いたことない?」
「そのピンクの服の子、僕と目が合った時にちょっとおびえたような気がしました。気のせいかもしれませんが……」
「もしかして……」
 HMは言葉を詰まらせながらも話し続けた。
「うちには子供がいないから正確なことはわからないけど、子供たちは非常ボタンを隠し持っているのかもしれないわ」
 非常ボタン?
「怖いと思った時にそのボタンを押すと、音楽が止まってフォークダンスが中止になる仕組みになっているのかもしれない。袖の下にでもボタンを隠しているのかしら」
 HMの憶測を聞き、タクは平常心ではいられなくなっていた。
「さあ、4回目を始めます。皆さん集まって」
 主催者のマイクの声が響いた。タクは、涙目でミサに訴えた。
「僕、もうやめるよ。非常ボタンを押されるほど警戒されているのに、フォークダンスなんて続けていられないよ」
 タクは、主催者席のあるテントの裏に隠れてしまった。
「どうしましょう。男性が一人足りなくなるわ」
 主催者がそう言った時、水色のシャツを着た、ミサより少し年上の少年が現れた。
「僕も入れてもらえますか?」
「ちょうどいいわ。入って。これで、また男女同人数になるわね」
 主催者はほっとした表情で、男子を輪の中に入れた。
 ミサは心の中でつぶやいた。
「かっこいい男の子……。あの人と手をつなぎたいな。音楽が途中で止まらなきゃいいけど」

 曲が始まって5分近くたった時、ミサと水色のシャツの男子がパートナーとなって目を合わせた。その時、男子がニヤリと笑った気がした。
「え? ちょっと怖いんだけど、その笑顔」
 ミサがひるんだ次の瞬間、音楽がピタッと止まった。ミサは信じられないという顔つきになった。
「はい、また手を洗ってきてください」
 主催者の指示の後、ミサはタクのいる所まで走って行き、困った表情を見せた。
「フォークダンスの法則が、私に乗り移っちゃったみたい」

 そして再び全員集合し、5回目のダンスが始まった。今度は、始まって2分もたたないうちにミサと水色シャツの男子は近づいた。
「今度は早いわね」
 ミサと男子の目が合った時、男子はまたもやミサにほほえみかけた。ちょっと怖い。ミサがたじろいだ瞬間、音楽が鳴り止んだ。
「まただわ」
 その時、とうとう参加者たちが騒ぎ出した。
「おいおい、今日はどうしたんだ? このダンスの曲は5分間のはずだろ。さっきから3分や4分で止まってしまって、ずっと気になっていたけど、今回は2分もたたないうちに止まったぞ」
 大勢に詰め寄られた主催者の女性は、落ち着いた口調で言った。
「今から原因を調査しますので、少々お待ちください」
 原因は自分に間違いない。そう思ったミサは、主催者のもとへ駆けつけた。

 主催者は、モニター画面を見ながら録画映像を見ているところだった。ミサが話しかける。
「今回と前回は、間違いなく私のせいです。私が同じ水色のシャツの男子と目が合って、ちょっと怖いなと思った瞬間に、音楽が止まったんです」
 主催者は、モニター画面の中に光る赤い箇所を指さし、ミサに見せた。
「この赤い光を見て。そこに原因があるという証拠ですから」
 赤い光を発している人影がミサであることは、一目瞭然だった。ミサは主催者に言った。
「やっぱり私だわ。でも、私は非常停止ボタンなんて持っていない。おそらく、怖いと思った私の脳に反応したんじゃないかしら」
「いいえ、あなたの脳ではありません。この赤い光をよく見てください。あなたの手から出ています」
「本当だ。私の手だ。どうして?」
「怖いと思った時、手に汗をかいたんですよ」
「私、汗なんてかいてませんけど」
「ほんの微量の汗でも、この機械は反応するんです。手の汗は雑菌の塊ですから、手と手をつなぐと相手に感染してしまう恐れがあります。だから、非常装置が作動して音楽が止まったというわけです」
「なるほど、恐怖心による汗が原因だったのか」

 その時、タクが来てモニター画面をのぞきこんだため、ミサは主催者に頼み込んだ。
「その前の3回分のダンスも確認していいですか? きっと、ピンクの服の女子がタクのことを怖いと感じたから止まったんだと思います」
 主催者は、慣れた手つきで画面を操作すると、タクに言った。
「動画を確認しましたが、原因はピンクの服の女子ではありません」
「違うんですか?」
「原因は、こっちの男子です」
 主催者は、映像の中のタクの姿を指し示した。
「え、僕?」
 確かに、赤い光の発信元はタクの手だった。
「本当だ。タクの手から赤い光が出てる」
 ミサが不思議そうに言うと、主催者は説明した。
「手に汗をかくのは、恐怖を感じた時だけとは限りません。例えば、好みのタイプの異性を前にして緊張したり興奮したりした時も、手から汗が出ます」
「タクは、その女子の手を握れると思って興奮して、少し汗をかいたんだわ」
「地球の方々は、我々よりも精神的なことで発汗しやすいのかもしれませんね」
 原因がわかってほっとした。ミサがタクの背中を押した。
「タクの恋心が音楽を止めたのよ。女子に非常ボタンを押されたんじゃないとわかって、よかったじゃない。さあ、もう一度ダンスに参加しましょう」
「嫌だよ。恋心が機械的にわかっちゃうなんて、恥ずかしいよ」
 タクは、顔を赤らめて逃げ出した。
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