69 / 90
第69話『逆さまの絵』
しおりを挟む
■ 逆さまの絵
地球一家6人がホストハウスに着くと、ホスト夫妻の息子のノルボと娘のソルアが出迎えた。二人とも年齢は20代だ。みんなで少しの間リビングで過ごした後、ノルボが話した。
「どなたか、今から一緒に絵画展に出かけませんか。展示即売会をやっていて、午後4時から6時までの時間帯には、僕たちの兄妹の絵も飾られる予定なんです」
そうか、二人とも画家の卵なのだな。
絵画展には、ジュンとミサが同行することに決まった。
「出かける前に、二人のアトリエを見せよう」
ノルボがそう言って廊下に出ると、ジュンとミサもソルアと一緒に後を追い、案内された部屋に入った。中は二つの区域に区切られており、二人の共同のアトリエだと一目でわかった。
まず、ノルボが片側に置かれた数々の絵を指して紹介した。
「こちら側が、僕の描いた絵だよ。人物画や植物の絵が多いんだ」
「大きな絵が多いですね。しかも、キャンバスが全て正方形だ」
ジュンの発言に対して、ノルボは感心した。
「よく気付いたね。どうして大きな正方形のキャンバスかというと、個展に出す絵は大きさの制限があって、縦も横も1メートルまでと決まっているんだ。そして、同じ絵柄ならば、大きいほうが高い値段で買ってもらえることが多い。だから僕は、必ずこの1メートル×1メートルのキャンバスに絵を描くことにしている」
ノルボの説明が終わり、次に妹のソルアがアトリエの反対側を指しながら説明を始めた。
「こっちにある絵は、私が描いた物です。全て抽象画です」
直線や曲線が組み合わされた図形が描かれており、言われなくても抽象画だとわかる。
「小さい絵が多いですね」
ミサがそう言うと、ソルアは持論を展開した。
「大きいほうが高い値段がついて有利だとは思わない。私は、自分の絵が最も引き立つと思う大きさで描いているの。それで評価してもらえれば、自分でも一番うれしいわ」
「考え方がとても対照的なお二人ね」
ミサはそう言って、二人の絵が描かれたキャンバスを見比べた。
ノルボが時計を見て言った。
「では、絵画展に出かけよう。二人とも2枚ずつの絵を出展していて、売れた値段を兄妹で競って、より高く売れたほうに美術学校の学費を出してくれるって、父さんが言っているんだ」
なるほど、それは真剣勝負になりそうだ。
ノルボ、ソルア、ジュン、ミサの4人は、絵画展が行われている建物まで歩いた。4時を少し過ぎているので、二人の絵はもう飾られているはずとのことだ。
自動ドアが開くと、高齢の男性が出てきた。絵画展を主宰している美術館の館長らしい。ノルボとソルアが同時に挨拶すると、館長は言った。
「待っていたよ。ソルアさんの絵を買いたいという画商が現れたんだ」
こんなに早く? ソルアは興奮気味に館長について行った。ほかの3人も後ろを歩いた。
館長に紹介された画商の男性とソルアは、立ったまま軽く会釈をした。画商はノートに『57000』と書き、ソルアに見せた。
「あなたの絵を、ぜひこの金額で買いたいと思います」
「こんなに高くご評価いただき、ありがとうございます」
「いやいや、この絵は実にすばらしい」
画商は手を大きく広げて、すぐ前に掲げられているソルアの描いた抽象画を指した。ソルアは、この時初めて自分の絵を目にして、はっと顔をこわばらせた。ミサもこの絵を見て、ソルアに尋ねた。
「素敵な絵ですね、ソルアさん。何かおかしいんですか?」
「はい。これ、上下逆さまです」
ミサが驚くと、館長はすぐに頭を下げた。
「申し訳ない。うちのスタッフのミスだ。直したほうがいいだろうね?」
「当然です。今すぐに直してください」
ソルアはきっぱりとそう頼み、問題の絵はスタッフによって正しい向きに直された。
ところが、これを見た画商はがっかりした声で言った。
「これが正しい向きですか。そうすると、買える金額は変わってきます」
彼はノートにあらためて『28000』と書いて見せた。
さっきの金額の半額以下? ソルアが問い正すと、画商は答えた。
「さっきのように逆さまの状態で飾らせてもらえるなら、元の金額をお支払いしますよ」
ソルアは、少し考えた末に答えた。
「すみません、半額以下でかまわないので、正しい向きでお願いします」
そばで一部始終を見聞きしていたノルボが、あきれた様子で口出しした。
「君は馬鹿正直だな。抽象画なんだから、どっちが上でも下でも別にいいじゃないか」
「たとえ抽象画でも、正しい向きは一つに決まっているの」
そこへ、別のスタッフが近づいてきて、慌てたように言った。
「今度は、ノルボさんの絵を買いたいという画商が現れましたよ」
一同は別の区画に入り、壁にかけられたノルボの大きな絵を見た。そして今度は、全員が目を疑った。部屋の中で子供二人が猫と戯れている絵だったが、またもや上下逆さまだったのだ。人物画なので、こちらは逆さまだということが誰にでもわかる。スタッフはどうして気付かなかったんだ? この星には重力がないのか? 天井を歩けるのか?
ノルボは小さな声で言った。
「あのー、この絵も上下逆さまで……」
その時、画商と思われる女性が、ノルボに『35000』と書かれたメモを見せた。
「ノルボさんですね。この絵をこの金額で買いたいのですが」
あまりの高額に、ノルボは驚いた。その時、館長がノルボに言った。
「この絵も逆さまですね。重ね重ね申し訳ありません。さっそく直しましょう」
ノルボは、館長の言葉にストップをかけ、画商に向かって尋ねた。
「参考までにお聞きしますが、もしもこれが上下逆だったら、いくらの値段になるでしょう」
「こうですか?」
画商は、自分の股の下からノルボの絵をのぞき込んだ。館長、ジュン、ミサも、同じように股の下から絵をのぞき込むポーズをとった。
「うーん、これだったらこの金額ですね」
画商は、メモに『17000』と書き直した。
やはり半額以下か。ノルボは自分の絵を前にして、首を左に傾けたり右に傾けたりし始めた。そして、画商に再び尋ねた。
「試しに、横向きでも見ていただけませんか?」
画商はうなずいて、首を左に右に傾けた。館長、ジュン、ミサも全く同じ行動をとった。
「うん。やはり、今かけられているこのままの向きが最高です」
画商にそう言われ、ノルボは笑顔で答えた。
「では、この向きが正しいということにしましょう。これでお願いします」
ジュンがすかさず画商に問いかけた。
「これが正しい向きって、明らかにおかしくありませんか?」
「そんなことはありません。絵の値段というのは、あくまでも印象で決まるんですよ。現実の世界で重力に逆らっていたとしても、この絵はこの向きの時に最も美しいと私が感じたんですから、これでいいんです」
閉館時間が近づいた。この日のうちに売れた兄妹の絵は、一枚ずつだ。ノルボは得意そうにソルアに言う。
「今日は僕の勝ちだな。君も、上下逆さまでいいと言っていれば勝っていたのに」
「私はそれじゃ納得できない」
ノルボは、頑固なソルアを鼻で笑いながら首を傾け、展示されている絵をいろいろな角度から眺めた。そして、ひらめいたように言い放った。
「いいことを思い付いた。絵を見る方向は、4方向だけじゃないぞ。角度は360度、無限にあるんだ」
ノルボは、館長に頼み込んだ。
「館長、お願いがあります。僕の絵のキャンバスを、回転させながら展示してください」
「回転とは?」
「機械でぐるぐる回しながら展示するんですよ」
「そんな展示、過去に例がないですよ」
「機械はこっちで用意しますから。僕たちの絵を逆さまに展示したおわびとして、それくらいやってくださいよ」
ノルボの絵は正しい向きだったと自分で主張していたので発言に一貫性がなかったが、ソルアの絵が逆さまだったこともあり、館長は最終的にこの要望を断れなかった。
その日の夜、ノルボはジュンに一つの依頼をした。
「機械工作が得意なんだってね。絵のキャンバスを回転させる機械を作ってくれないか?」
「なるほど。材料さえそろえば、明日の朝までには作れますよ」
「できれば、絵の価値が最も高まる向きで止まってくれるとありがたい」
「それはいくらなんでも無理です」
ジュンはもらった材料で工作を始め、翌朝、ノルボに出来上がった機械を見せた。ジュンが機械に絵を固定させて青いボタンを押すと、回転した。
「値段が高くなる所で自動的に止まるというのはどう考えても無理ですが、気に入った所でこの赤いボタンを押してもらえば、そこで止まります」
絵が斜めになった時にジュンは赤いボタンを押し、回転を止めた。ノルボは満足げな表情だ。
「わかった。これで十分だ。ありがとう。それにしても、でっかい機械だな」
「1メートル四方もある大きな絵なので、それを飾るためには仕方ありませんよ」
ジュンが作った機械は、車で会場まで運ばれた。
ノルボの描いたもう一枚の絵は、女性が乗馬している絵だ。その絵はスタッフによって回転装置に取り付けられた。
「僕の絵が飾られるのは、お昼の12時までだ。それまでに、どうか高値で売れますように」
しかし、絵は売れないまま、あと20分で12時という時間になった。
そこへ、男性の画商が現れ、回転するノルボの絵を眺めながら赤いボタンを押した。正方形の絵は45度傾き、ひし形と呼ばれるような状態で止まった。画商はノルボに言う。
「うん。この角度で見ると、とてもすばらしい。この絵をぜひ買いたいのですが」
画商は『80000』と書かれたメモをノルボに見せた。かなりの高額に、ノルボは信じられない様子だ。
そこへ、館長が現れて画商に礼を言った。
しかし、館長は絵をもう一度見直し、ノルボに言った。
「駄目だ。この絵は失格です。絵の大きさが制限をオーバーしています」
「いつもどおり、縦も横もちょうど1メートルの絵ですよ」
「まっすぐの向きならばね。しかし、このようなひし形の絵の場合は、縦と横の長さとは対角線の長さを意味し、どちらも1メートルを超えています」
館長は、傾いたキャンバスを垂直方向と水平方向に指でなぞることによって、対角線を示して見せた。
「もっと小さい絵を描いていればよかった。少しでも傾いていてはいけないのか」
ノルボはそう言いながら、キャンバスが傾かないような四つの方向でそれぞれ回転を止め、画商に見せた。画商は、上下逆さまの状態になった絵を見てノルボに言った。
「四つの中では、これが一番ですね」
画商が書き直した金額を見ると『8000』だった。売り値は10分の1になってしまった。
「もう時間がありません。その金額で結構です」
ノルボは契約を成立させ、画商と握手をした。
画商が去った後、ノルボはつぶやいた。
「そうだ。ソルアの絵ならば元々小さいから、回転させても上限を超えることはないぞ」
ソルアのもう一枚の絵はやはり抽象画で、まだ売れずに残っていた。ノルボは館長に頼んだ。
「次は、ソルアの絵をくるくる回転させてください」
ソルアは遠慮したが、ノルボは無理強いした。スタッフがソルアの絵を回転装置に取り付けて回転させていると、別の画商の男性が来て抽象画を斜めになった状態で止めた。
「この角度から見ると、実にすばらしい。ぜひ、この金額で買わせてください」
画商がメモに書いた数字は『100000』だった。あまりの高額にノルボは震えたが、当のソルアは冷静に言った。
「ごめんなさい。私が描いた絵は、この向きじゃないんです」
そして、ボタンの操作により正しい向きに修正された。
「これでは値段がつけられません。ゼロです」
画商が冷ややかにそう言うと、ソルアは、それならば結構というポーズをとり、画商のもとを去った。
地球一家6人がホストハウスに着くと、ホスト夫妻の息子のノルボと娘のソルアが出迎えた。二人とも年齢は20代だ。みんなで少しの間リビングで過ごした後、ノルボが話した。
「どなたか、今から一緒に絵画展に出かけませんか。展示即売会をやっていて、午後4時から6時までの時間帯には、僕たちの兄妹の絵も飾られる予定なんです」
そうか、二人とも画家の卵なのだな。
絵画展には、ジュンとミサが同行することに決まった。
「出かける前に、二人のアトリエを見せよう」
ノルボがそう言って廊下に出ると、ジュンとミサもソルアと一緒に後を追い、案内された部屋に入った。中は二つの区域に区切られており、二人の共同のアトリエだと一目でわかった。
まず、ノルボが片側に置かれた数々の絵を指して紹介した。
「こちら側が、僕の描いた絵だよ。人物画や植物の絵が多いんだ」
「大きな絵が多いですね。しかも、キャンバスが全て正方形だ」
ジュンの発言に対して、ノルボは感心した。
「よく気付いたね。どうして大きな正方形のキャンバスかというと、個展に出す絵は大きさの制限があって、縦も横も1メートルまでと決まっているんだ。そして、同じ絵柄ならば、大きいほうが高い値段で買ってもらえることが多い。だから僕は、必ずこの1メートル×1メートルのキャンバスに絵を描くことにしている」
ノルボの説明が終わり、次に妹のソルアがアトリエの反対側を指しながら説明を始めた。
「こっちにある絵は、私が描いた物です。全て抽象画です」
直線や曲線が組み合わされた図形が描かれており、言われなくても抽象画だとわかる。
「小さい絵が多いですね」
ミサがそう言うと、ソルアは持論を展開した。
「大きいほうが高い値段がついて有利だとは思わない。私は、自分の絵が最も引き立つと思う大きさで描いているの。それで評価してもらえれば、自分でも一番うれしいわ」
「考え方がとても対照的なお二人ね」
ミサはそう言って、二人の絵が描かれたキャンバスを見比べた。
ノルボが時計を見て言った。
「では、絵画展に出かけよう。二人とも2枚ずつの絵を出展していて、売れた値段を兄妹で競って、より高く売れたほうに美術学校の学費を出してくれるって、父さんが言っているんだ」
なるほど、それは真剣勝負になりそうだ。
ノルボ、ソルア、ジュン、ミサの4人は、絵画展が行われている建物まで歩いた。4時を少し過ぎているので、二人の絵はもう飾られているはずとのことだ。
自動ドアが開くと、高齢の男性が出てきた。絵画展を主宰している美術館の館長らしい。ノルボとソルアが同時に挨拶すると、館長は言った。
「待っていたよ。ソルアさんの絵を買いたいという画商が現れたんだ」
こんなに早く? ソルアは興奮気味に館長について行った。ほかの3人も後ろを歩いた。
館長に紹介された画商の男性とソルアは、立ったまま軽く会釈をした。画商はノートに『57000』と書き、ソルアに見せた。
「あなたの絵を、ぜひこの金額で買いたいと思います」
「こんなに高くご評価いただき、ありがとうございます」
「いやいや、この絵は実にすばらしい」
画商は手を大きく広げて、すぐ前に掲げられているソルアの描いた抽象画を指した。ソルアは、この時初めて自分の絵を目にして、はっと顔をこわばらせた。ミサもこの絵を見て、ソルアに尋ねた。
「素敵な絵ですね、ソルアさん。何かおかしいんですか?」
「はい。これ、上下逆さまです」
ミサが驚くと、館長はすぐに頭を下げた。
「申し訳ない。うちのスタッフのミスだ。直したほうがいいだろうね?」
「当然です。今すぐに直してください」
ソルアはきっぱりとそう頼み、問題の絵はスタッフによって正しい向きに直された。
ところが、これを見た画商はがっかりした声で言った。
「これが正しい向きですか。そうすると、買える金額は変わってきます」
彼はノートにあらためて『28000』と書いて見せた。
さっきの金額の半額以下? ソルアが問い正すと、画商は答えた。
「さっきのように逆さまの状態で飾らせてもらえるなら、元の金額をお支払いしますよ」
ソルアは、少し考えた末に答えた。
「すみません、半額以下でかまわないので、正しい向きでお願いします」
そばで一部始終を見聞きしていたノルボが、あきれた様子で口出しした。
「君は馬鹿正直だな。抽象画なんだから、どっちが上でも下でも別にいいじゃないか」
「たとえ抽象画でも、正しい向きは一つに決まっているの」
そこへ、別のスタッフが近づいてきて、慌てたように言った。
「今度は、ノルボさんの絵を買いたいという画商が現れましたよ」
一同は別の区画に入り、壁にかけられたノルボの大きな絵を見た。そして今度は、全員が目を疑った。部屋の中で子供二人が猫と戯れている絵だったが、またもや上下逆さまだったのだ。人物画なので、こちらは逆さまだということが誰にでもわかる。スタッフはどうして気付かなかったんだ? この星には重力がないのか? 天井を歩けるのか?
ノルボは小さな声で言った。
「あのー、この絵も上下逆さまで……」
その時、画商と思われる女性が、ノルボに『35000』と書かれたメモを見せた。
「ノルボさんですね。この絵をこの金額で買いたいのですが」
あまりの高額に、ノルボは驚いた。その時、館長がノルボに言った。
「この絵も逆さまですね。重ね重ね申し訳ありません。さっそく直しましょう」
ノルボは、館長の言葉にストップをかけ、画商に向かって尋ねた。
「参考までにお聞きしますが、もしもこれが上下逆だったら、いくらの値段になるでしょう」
「こうですか?」
画商は、自分の股の下からノルボの絵をのぞき込んだ。館長、ジュン、ミサも、同じように股の下から絵をのぞき込むポーズをとった。
「うーん、これだったらこの金額ですね」
画商は、メモに『17000』と書き直した。
やはり半額以下か。ノルボは自分の絵を前にして、首を左に傾けたり右に傾けたりし始めた。そして、画商に再び尋ねた。
「試しに、横向きでも見ていただけませんか?」
画商はうなずいて、首を左に右に傾けた。館長、ジュン、ミサも全く同じ行動をとった。
「うん。やはり、今かけられているこのままの向きが最高です」
画商にそう言われ、ノルボは笑顔で答えた。
「では、この向きが正しいということにしましょう。これでお願いします」
ジュンがすかさず画商に問いかけた。
「これが正しい向きって、明らかにおかしくありませんか?」
「そんなことはありません。絵の値段というのは、あくまでも印象で決まるんですよ。現実の世界で重力に逆らっていたとしても、この絵はこの向きの時に最も美しいと私が感じたんですから、これでいいんです」
閉館時間が近づいた。この日のうちに売れた兄妹の絵は、一枚ずつだ。ノルボは得意そうにソルアに言う。
「今日は僕の勝ちだな。君も、上下逆さまでいいと言っていれば勝っていたのに」
「私はそれじゃ納得できない」
ノルボは、頑固なソルアを鼻で笑いながら首を傾け、展示されている絵をいろいろな角度から眺めた。そして、ひらめいたように言い放った。
「いいことを思い付いた。絵を見る方向は、4方向だけじゃないぞ。角度は360度、無限にあるんだ」
ノルボは、館長に頼み込んだ。
「館長、お願いがあります。僕の絵のキャンバスを、回転させながら展示してください」
「回転とは?」
「機械でぐるぐる回しながら展示するんですよ」
「そんな展示、過去に例がないですよ」
「機械はこっちで用意しますから。僕たちの絵を逆さまに展示したおわびとして、それくらいやってくださいよ」
ノルボの絵は正しい向きだったと自分で主張していたので発言に一貫性がなかったが、ソルアの絵が逆さまだったこともあり、館長は最終的にこの要望を断れなかった。
その日の夜、ノルボはジュンに一つの依頼をした。
「機械工作が得意なんだってね。絵のキャンバスを回転させる機械を作ってくれないか?」
「なるほど。材料さえそろえば、明日の朝までには作れますよ」
「できれば、絵の価値が最も高まる向きで止まってくれるとありがたい」
「それはいくらなんでも無理です」
ジュンはもらった材料で工作を始め、翌朝、ノルボに出来上がった機械を見せた。ジュンが機械に絵を固定させて青いボタンを押すと、回転した。
「値段が高くなる所で自動的に止まるというのはどう考えても無理ですが、気に入った所でこの赤いボタンを押してもらえば、そこで止まります」
絵が斜めになった時にジュンは赤いボタンを押し、回転を止めた。ノルボは満足げな表情だ。
「わかった。これで十分だ。ありがとう。それにしても、でっかい機械だな」
「1メートル四方もある大きな絵なので、それを飾るためには仕方ありませんよ」
ジュンが作った機械は、車で会場まで運ばれた。
ノルボの描いたもう一枚の絵は、女性が乗馬している絵だ。その絵はスタッフによって回転装置に取り付けられた。
「僕の絵が飾られるのは、お昼の12時までだ。それまでに、どうか高値で売れますように」
しかし、絵は売れないまま、あと20分で12時という時間になった。
そこへ、男性の画商が現れ、回転するノルボの絵を眺めながら赤いボタンを押した。正方形の絵は45度傾き、ひし形と呼ばれるような状態で止まった。画商はノルボに言う。
「うん。この角度で見ると、とてもすばらしい。この絵をぜひ買いたいのですが」
画商は『80000』と書かれたメモをノルボに見せた。かなりの高額に、ノルボは信じられない様子だ。
そこへ、館長が現れて画商に礼を言った。
しかし、館長は絵をもう一度見直し、ノルボに言った。
「駄目だ。この絵は失格です。絵の大きさが制限をオーバーしています」
「いつもどおり、縦も横もちょうど1メートルの絵ですよ」
「まっすぐの向きならばね。しかし、このようなひし形の絵の場合は、縦と横の長さとは対角線の長さを意味し、どちらも1メートルを超えています」
館長は、傾いたキャンバスを垂直方向と水平方向に指でなぞることによって、対角線を示して見せた。
「もっと小さい絵を描いていればよかった。少しでも傾いていてはいけないのか」
ノルボはそう言いながら、キャンバスが傾かないような四つの方向でそれぞれ回転を止め、画商に見せた。画商は、上下逆さまの状態になった絵を見てノルボに言った。
「四つの中では、これが一番ですね」
画商が書き直した金額を見ると『8000』だった。売り値は10分の1になってしまった。
「もう時間がありません。その金額で結構です」
ノルボは契約を成立させ、画商と握手をした。
画商が去った後、ノルボはつぶやいた。
「そうだ。ソルアの絵ならば元々小さいから、回転させても上限を超えることはないぞ」
ソルアのもう一枚の絵はやはり抽象画で、まだ売れずに残っていた。ノルボは館長に頼んだ。
「次は、ソルアの絵をくるくる回転させてください」
ソルアは遠慮したが、ノルボは無理強いした。スタッフがソルアの絵を回転装置に取り付けて回転させていると、別の画商の男性が来て抽象画を斜めになった状態で止めた。
「この角度から見ると、実にすばらしい。ぜひ、この金額で買わせてください」
画商がメモに書いた数字は『100000』だった。あまりの高額にノルボは震えたが、当のソルアは冷静に言った。
「ごめんなさい。私が描いた絵は、この向きじゃないんです」
そして、ボタンの操作により正しい向きに修正された。
「これでは値段がつけられません。ゼロです」
画商が冷ややかにそう言うと、ソルアは、それならば結構というポーズをとり、画商のもとを去った。
0
お気に入りに追加
3
あなたにおすすめの小説
ぼくのなかのぼく
りょーまんポテト
絵本
主人公のぼくは、色々な感情が湧き、いつも思っていることと逆のことをしてしまう。もしもぼくのなかのぼくで、行動していたら…という子どもから大人まで、みんなが考える、みんなが体験することを絵本にあらわしました。
絵本に出てくる登場人物もたくさんいて、表情ひとつひとつにもこだわっています。こどもから大人まで読める絵本を心がけて描かせてもらいました。
川の者への土産
関シラズ
児童書・童話
須川の河童・京助はある日の見回り中に、川木拾いの小僧である正蔵と出会う。
正蔵は「川の者への土産」と叫びながら、須川へ何かを流す。
川を汚そうとしていると思った京助は、正蔵を始末することを決めるが……
*
群馬県の中之条町にあった旧六合村(クニムラ)をモチーフに構想した物語です。
あさがおと夏の夜
あさの紅茶
児童書・童話
夏休み、両親が共働きのため祖父母の家に預けられた小学六年生の真央。
代わり映えのない日々を過ごしているたが、ある夜のこと、困っているあさがおの妖精に出会う。
――――マンネリ化した夏休みを過ごしているあなたへ贈りたい、ちょっぴり不思議な気持ちになれる夏の夜のお話。
王女様は美しくわらいました
トネリコ
児童書・童話
無様であろうと出来る全てはやったと満足を抱き、王女様は美しくわらいました。
それはそれは美しい笑みでした。
「お前程の悪女はおるまいよ」
王子様は最後まで嘲笑う悪女を一刀で断罪しました。
きたいの悪女は処刑されました 解説版
お姫様の願い事
月詠世理
児童書・童話
赤子が生まれた時に母親は亡くなってしまった。赤子は実の父親から嫌われてしまう。そのため、赤子は血の繋がらない女に育てられた。 決められた期限は十年。十歳になった女の子は母親代わりに連れられて城に行くことになった。女の子の実の父親のもとへ——。女の子はさいごに何を願うのだろうか。
【怖い絵本】ママじゃない
るいのいろ
絵本
【怖い絵本】
大好きなママ。
いつもいつも優しくて、とっても暖かい。
一緒に遊んでくれるし、寝る時はいつも一緒。
でも、ママじゃない人が来ると、ママは隠れちゃう。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる