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第66話『お土産とお返し』
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■ お土産とお返し
地球一家6人は、ホストハウスに行く前にショッピングセンターに立ち寄った。お菓子売り場を見ていると、ショーケースには『お土産に最適』との文字が目立つ。
「ホストファミリーの方に、お土産を買って行くか。何がいいかな」
父がそう言うと、ミサが手招きをした。
「このクッキーなんか、いいんじゃない?」
いかにもおいしそうだ。父はうなずいて一箱取り、レジカウンターへと向かった。
「もう少し慎重に、時間をかけて決めたほうが……」
ミサが心配すると、父は事もなげに言った。
「ミサの直感に任せたよ。こういう物は第一印象でさっと決めたほうがいい」
しかし、レジで店員に示された金額を見て、父は目を丸くした。
「しまった。値札をよく見ればよかった。こんなに高いのか……」
紙バッグを持って地球一家5人のもとに戻った父は、みんなに言った。
「ほかのお菓子に比べて10倍くらい高かったな。でも、一度決めたら後戻りはできなかった」
その時、ミサがクッキーのかけらをかじりながら、小さく叫んだ。
「うわ、硬い! 同じクッキーが試食の所に置いてあったから一個取ってきたんだけど、硬くてなかなか歯が立たないわ」
「お母さんにも食べさせて」
母は、ミサからクッキーのかけらの残りをもらい、口の中に放り込んだ。
「本当だ、硬い」
それを聞いて、父は不安そうな表情を見せた。
「この星のクッキーはこんなに硬いのか。今日のホストファミリーは一人暮らしでかなりの高齢の女性だ。こんなに硬い物、食べられるかな」
仕方がない。話をしてみて、食べられそうであれば渡そうと決めた。
ホストハウスに着くと、リコが元気よくドアを開けた。
「おじゃまします」
「地球の皆さん、いらっしゃい」
高齢のHM(ホストマザー)が6人をリビングに迎え入れた。HMは6人の姿を見回すと、まず一言言った。
「お土産はないのね」
あ然とする地球一家に対して、HMは話し続けた。
「いえ、全然かまわないんですよ。ただ一応、この星の習慣についてお話ししておいたほうがいいと思ってね。この星では、よその家に行く時はお土産を持って行くのが常識でありマナーなんです。もちろん、皆さんは地球の方ですから、そのとおりにしていただく必要はありませんし、地球にはそんな文化はないでしょうから……」
「いや、すみません。地球にもお土産の文化はあります。ただ、今日はちょっと……」
父が慌てて弁解すると、母が横から父の肩を突いた。
「お父さん、せっかくお菓子があるんだから、お渡ししましょうよ」
「それもそうだな」
「こちら、よろしければお召し上がりください。お口に合えばいいんですが」
母はそう言って、硬いクッキーが入った紙バッグを手渡した。すると、HMは笑顔で反応した。
「あら、あったのね。ありがとうございます。遠慮なく受け取ります」
さらに、HMは抑揚のない口調で長い説明を始めた。
「この星の習慣について、ひととおり話したほうがいいですよね。頂いたお土産は遠慮なく受け取るのがマナーです。それから、本当はお土産を催促しないのもマナーなんですが、さっき私がお土産について話したのは、この星の習慣を教えるためであって……」
ここで父が話を遮った。
「大丈夫です。わかっています。それから、催促しないのも、遠慮なく喜んで受け取るのも、地球の習慣とほとんど同じですよ」
「あら、そうなの? それは安心したわ。じゃあ、お土産をもらったらその場ですぐお返しするという習慣も、地球と同じかしら?」
「その場ですぐお返しするんですか? それは、地球とはちょっと違うような……」
話をしながら、HMは紙バッグを開け、クッキーを取り出した。
「あらまあ、硬いクッキー」
「硬すぎて食べられませんか?」
母が心配すると、HMは手を横に振った。
「いいえ、大丈夫ですよ。気にしないで。この星の習慣では、お土産が相手に必要としているかどうかとか、相手が好きかどうかは、一切気にする必要はないんですよ。でも、それにしてもこんなに高価なお土産を」
「この星のお菓子のことがよくわからなくて。でも、私たちはかまいませんので、どうか受け取ってください」
HMはクッキーの袋を開け、ポリポリと音を立てながら食べ始めた。
「こんなに高いお菓子だから、お返しは中古自転車だけじゃ足りなさそうね。足りない分を小麦粉でお渡ししましょう。ちょっと待ってください」
HMはそう言いながら立ち上がってキッチンに行き、小麦粉を量ってビニール袋に入れた。
地球一家のもとに戻ると、庭に置いてある古い自転車を指して言った。
「お菓子のお土産のお返しは、庭にある自転車です。でもあれは、使い古しで価値が下がっているから、お返しとしてはちょっと足りません。この星では必ず、頂いたお土産と同じ金額の分だけお返しすることがマナーなんです。過不足分があれば、小麦粉で調整します。これが、その足りない分の小麦粉です。これは地球の習慣と同じですか?」
この質問に、今度は父が回答した。
「いや、これは地球の習慣とは全く違いますよ。それはともかく、今ここで自転車を頂いても、私たちはこの星に一泊しかしませんし、どうしたものか……」
「この星のマナーでは、もらったお返しも遠慮せずに必ず受け取ります。それから、お返しもお土産と同じように、相手が必要としているかどうかや、気に入るかどうかは、一切気にする必要がないのです」
自転車をどうするべきか悩んでいると、HMはさらに付け加えた。
「この星のマナーでは、お土産をくれた相手にお土産をそのまま返すのはマナー違反です。つまり、その自転車を私が受け取るわけにはいかないということです」
地球一家がとまどいながらお互い顔を見合わせていると、HMが母の顔を見て提案した。
「近所に子供の多い家があります。今からそこに遊びに行ってはどうでしょう。自転車をお土産にして」
「この自転車をお土産に、初めての家に遊びに行くんですか?」
「全然かまいませんよ。この星では全く違和感ありません」
考え込んでいても、時間が過ぎてしまうばかりだ。地球一家6人はこの提案に従い、近所の家を訪問した。玄関先に男性がいたので、父が声をかけた。
「こんにちは。初めまして。ここの裏のおばあさんの家に泊まりに来ている、地球からの旅行者です」
「いらっしゃい。どうぞお上がりになってください」
「それで、そのお土産にこの自転車なんですが……」
「ありがとうございます。そこに置いておいてください」
男性はしげしげと自転車を眺め、値踏みをしている様子だった。
「では、今すぐお返しを用意します」
男性は、地球一家を外の物置に案内した。
「お返しは、あの新品の電気洗濯機です」
「新品の洗濯機? それは自転車よりはるかに高いんじゃないですか?」
「いいえ。かなり昔に買った物で、一度も使っていないとはいえ価値はかなり下がっています。それでも、中古自転車よりは少し高くなりますね。皆さん、小麦粉のお釣りはお持ちですか?」
母は、バッグから袋を取り出して見せた。
「小麦粉でしたら、さっきおばあさんからこれだけ……」
「それだけあれば十分ですよ。ちょっと量らせてください」
男性は台所に行って小麦粉を袋から少し取り出してはかりに乗せ、残りを母に返した。
「では小麦粉でお釣りをいただきましたので、あとは洗濯機をお渡しするだけですね。今、台車を用意しましょう」
「あ、待ってください。私たち、地球からの旅行者なので、洗濯機をいただいても……」
母がそう言い出したのを、父が遮って止めた。
「母さん、ちょっと待って。さっき聞いたとおり、お返しもお土産もそのまま受け取るのがこの星のマナーだ」
「でも、どうするの、洗濯機?」
「もう一軒、ほかの家に遊びに行こう。そこでまた交換してもらおう」
「もっと大きな物になったら?」
「小さな物に交換してもらえるまで交換し続けるんだ」
地球一家6人は、小一時間ほどその家の子供たちと遊んだ後、洗濯機を台車に乗せて押しながら、別の家に向かった。家は坂を上りきった所にある。
「家は見つかったけど、この坂道を登らなきゃ。台車を押せるかな」とタク。
「大丈夫。押せるよ」とジュン。
坂の上にたどり着くと、リコが一軒家のドアを開けた。
「おじゃまします」
家の奥から、3人の子供を連れた女性が出てきた。
「いらっしゃい」
「僕たち地球からの旅行者で、この近所に宿泊していまして、それで、あのお土産を……」
父がそう言いながら振り向くと、ジュンがうっかり台車を手放してしまい、台車が坂道を転げ落ちているところだった。
「まずい。洗濯機が」
坂を転がり落ちた台車はひっくり返り、洗濯機も横倒しになった。
「申し訳ありません。お土産はあの洗濯機だったんですが、故障したかもしれません。本体がへこんでしまっていますね」
ジュンが洗濯機の所まで駆け下りてスイッチを押したが、ランプはつかなかった。
「完全に故障していますね」
「かまいませんよ。修理すれば使えます。今すぐお返しを準備しますから、お待ちください」
女性はそう言って家の中に入っていった。
子供たち同士は庭で遊び、父と母がリビングで待っていると、女性が袋を持って戻ってきた。
「洗濯機のお返しに、硬いクッキーです。それから、小麦粉はお持ちですか?」
「ありがとうございます。はい、ここに」
「量ってきますね」
女性は小麦粉をはかりに乗せると、驚いたように叫んだ。
「まあ、ちょうどぴったり。お釣りとして、このまま頂きますね」
父は、受け取ったクッキーの袋の中身が少ないのを見てつぶやいた。
「これは食べかけだな。もしかして……」
すると、女性は言った。
「お土産を誰からもらったとか聞いたり話したりしないのがこの星のマナーなのですが、地球の方々ですから、お話しします。そのクッキーはさっき、近所のおばあさんに頂いた物で……」
やはり、そうか。お土産問題が一件落着したようだ。父が母にささやいた。
「洗濯機が故障したのが幸いだったな。故障しなかったら、お土産はもっと高価だっただろうから。それに、おばあさんにはクッキーは硬すぎて、お気に召さなかったのだろう。どれもこれも結果オーライだ。何はともあれ、面倒なことが起きないように、もうどこにも寄らずにこの星をあとにすることにしよう」
地球一家6人は、ホストハウスに行く前にショッピングセンターに立ち寄った。お菓子売り場を見ていると、ショーケースには『お土産に最適』との文字が目立つ。
「ホストファミリーの方に、お土産を買って行くか。何がいいかな」
父がそう言うと、ミサが手招きをした。
「このクッキーなんか、いいんじゃない?」
いかにもおいしそうだ。父はうなずいて一箱取り、レジカウンターへと向かった。
「もう少し慎重に、時間をかけて決めたほうが……」
ミサが心配すると、父は事もなげに言った。
「ミサの直感に任せたよ。こういう物は第一印象でさっと決めたほうがいい」
しかし、レジで店員に示された金額を見て、父は目を丸くした。
「しまった。値札をよく見ればよかった。こんなに高いのか……」
紙バッグを持って地球一家5人のもとに戻った父は、みんなに言った。
「ほかのお菓子に比べて10倍くらい高かったな。でも、一度決めたら後戻りはできなかった」
その時、ミサがクッキーのかけらをかじりながら、小さく叫んだ。
「うわ、硬い! 同じクッキーが試食の所に置いてあったから一個取ってきたんだけど、硬くてなかなか歯が立たないわ」
「お母さんにも食べさせて」
母は、ミサからクッキーのかけらの残りをもらい、口の中に放り込んだ。
「本当だ、硬い」
それを聞いて、父は不安そうな表情を見せた。
「この星のクッキーはこんなに硬いのか。今日のホストファミリーは一人暮らしでかなりの高齢の女性だ。こんなに硬い物、食べられるかな」
仕方がない。話をしてみて、食べられそうであれば渡そうと決めた。
ホストハウスに着くと、リコが元気よくドアを開けた。
「おじゃまします」
「地球の皆さん、いらっしゃい」
高齢のHM(ホストマザー)が6人をリビングに迎え入れた。HMは6人の姿を見回すと、まず一言言った。
「お土産はないのね」
あ然とする地球一家に対して、HMは話し続けた。
「いえ、全然かまわないんですよ。ただ一応、この星の習慣についてお話ししておいたほうがいいと思ってね。この星では、よその家に行く時はお土産を持って行くのが常識でありマナーなんです。もちろん、皆さんは地球の方ですから、そのとおりにしていただく必要はありませんし、地球にはそんな文化はないでしょうから……」
「いや、すみません。地球にもお土産の文化はあります。ただ、今日はちょっと……」
父が慌てて弁解すると、母が横から父の肩を突いた。
「お父さん、せっかくお菓子があるんだから、お渡ししましょうよ」
「それもそうだな」
「こちら、よろしければお召し上がりください。お口に合えばいいんですが」
母はそう言って、硬いクッキーが入った紙バッグを手渡した。すると、HMは笑顔で反応した。
「あら、あったのね。ありがとうございます。遠慮なく受け取ります」
さらに、HMは抑揚のない口調で長い説明を始めた。
「この星の習慣について、ひととおり話したほうがいいですよね。頂いたお土産は遠慮なく受け取るのがマナーです。それから、本当はお土産を催促しないのもマナーなんですが、さっき私がお土産について話したのは、この星の習慣を教えるためであって……」
ここで父が話を遮った。
「大丈夫です。わかっています。それから、催促しないのも、遠慮なく喜んで受け取るのも、地球の習慣とほとんど同じですよ」
「あら、そうなの? それは安心したわ。じゃあ、お土産をもらったらその場ですぐお返しするという習慣も、地球と同じかしら?」
「その場ですぐお返しするんですか? それは、地球とはちょっと違うような……」
話をしながら、HMは紙バッグを開け、クッキーを取り出した。
「あらまあ、硬いクッキー」
「硬すぎて食べられませんか?」
母が心配すると、HMは手を横に振った。
「いいえ、大丈夫ですよ。気にしないで。この星の習慣では、お土産が相手に必要としているかどうかとか、相手が好きかどうかは、一切気にする必要はないんですよ。でも、それにしてもこんなに高価なお土産を」
「この星のお菓子のことがよくわからなくて。でも、私たちはかまいませんので、どうか受け取ってください」
HMはクッキーの袋を開け、ポリポリと音を立てながら食べ始めた。
「こんなに高いお菓子だから、お返しは中古自転車だけじゃ足りなさそうね。足りない分を小麦粉でお渡ししましょう。ちょっと待ってください」
HMはそう言いながら立ち上がってキッチンに行き、小麦粉を量ってビニール袋に入れた。
地球一家のもとに戻ると、庭に置いてある古い自転車を指して言った。
「お菓子のお土産のお返しは、庭にある自転車です。でもあれは、使い古しで価値が下がっているから、お返しとしてはちょっと足りません。この星では必ず、頂いたお土産と同じ金額の分だけお返しすることがマナーなんです。過不足分があれば、小麦粉で調整します。これが、その足りない分の小麦粉です。これは地球の習慣と同じですか?」
この質問に、今度は父が回答した。
「いや、これは地球の習慣とは全く違いますよ。それはともかく、今ここで自転車を頂いても、私たちはこの星に一泊しかしませんし、どうしたものか……」
「この星のマナーでは、もらったお返しも遠慮せずに必ず受け取ります。それから、お返しもお土産と同じように、相手が必要としているかどうかや、気に入るかどうかは、一切気にする必要がないのです」
自転車をどうするべきか悩んでいると、HMはさらに付け加えた。
「この星のマナーでは、お土産をくれた相手にお土産をそのまま返すのはマナー違反です。つまり、その自転車を私が受け取るわけにはいかないということです」
地球一家がとまどいながらお互い顔を見合わせていると、HMが母の顔を見て提案した。
「近所に子供の多い家があります。今からそこに遊びに行ってはどうでしょう。自転車をお土産にして」
「この自転車をお土産に、初めての家に遊びに行くんですか?」
「全然かまいませんよ。この星では全く違和感ありません」
考え込んでいても、時間が過ぎてしまうばかりだ。地球一家6人はこの提案に従い、近所の家を訪問した。玄関先に男性がいたので、父が声をかけた。
「こんにちは。初めまして。ここの裏のおばあさんの家に泊まりに来ている、地球からの旅行者です」
「いらっしゃい。どうぞお上がりになってください」
「それで、そのお土産にこの自転車なんですが……」
「ありがとうございます。そこに置いておいてください」
男性はしげしげと自転車を眺め、値踏みをしている様子だった。
「では、今すぐお返しを用意します」
男性は、地球一家を外の物置に案内した。
「お返しは、あの新品の電気洗濯機です」
「新品の洗濯機? それは自転車よりはるかに高いんじゃないですか?」
「いいえ。かなり昔に買った物で、一度も使っていないとはいえ価値はかなり下がっています。それでも、中古自転車よりは少し高くなりますね。皆さん、小麦粉のお釣りはお持ちですか?」
母は、バッグから袋を取り出して見せた。
「小麦粉でしたら、さっきおばあさんからこれだけ……」
「それだけあれば十分ですよ。ちょっと量らせてください」
男性は台所に行って小麦粉を袋から少し取り出してはかりに乗せ、残りを母に返した。
「では小麦粉でお釣りをいただきましたので、あとは洗濯機をお渡しするだけですね。今、台車を用意しましょう」
「あ、待ってください。私たち、地球からの旅行者なので、洗濯機をいただいても……」
母がそう言い出したのを、父が遮って止めた。
「母さん、ちょっと待って。さっき聞いたとおり、お返しもお土産もそのまま受け取るのがこの星のマナーだ」
「でも、どうするの、洗濯機?」
「もう一軒、ほかの家に遊びに行こう。そこでまた交換してもらおう」
「もっと大きな物になったら?」
「小さな物に交換してもらえるまで交換し続けるんだ」
地球一家6人は、小一時間ほどその家の子供たちと遊んだ後、洗濯機を台車に乗せて押しながら、別の家に向かった。家は坂を上りきった所にある。
「家は見つかったけど、この坂道を登らなきゃ。台車を押せるかな」とタク。
「大丈夫。押せるよ」とジュン。
坂の上にたどり着くと、リコが一軒家のドアを開けた。
「おじゃまします」
家の奥から、3人の子供を連れた女性が出てきた。
「いらっしゃい」
「僕たち地球からの旅行者で、この近所に宿泊していまして、それで、あのお土産を……」
父がそう言いながら振り向くと、ジュンがうっかり台車を手放してしまい、台車が坂道を転げ落ちているところだった。
「まずい。洗濯機が」
坂を転がり落ちた台車はひっくり返り、洗濯機も横倒しになった。
「申し訳ありません。お土産はあの洗濯機だったんですが、故障したかもしれません。本体がへこんでしまっていますね」
ジュンが洗濯機の所まで駆け下りてスイッチを押したが、ランプはつかなかった。
「完全に故障していますね」
「かまいませんよ。修理すれば使えます。今すぐお返しを準備しますから、お待ちください」
女性はそう言って家の中に入っていった。
子供たち同士は庭で遊び、父と母がリビングで待っていると、女性が袋を持って戻ってきた。
「洗濯機のお返しに、硬いクッキーです。それから、小麦粉はお持ちですか?」
「ありがとうございます。はい、ここに」
「量ってきますね」
女性は小麦粉をはかりに乗せると、驚いたように叫んだ。
「まあ、ちょうどぴったり。お釣りとして、このまま頂きますね」
父は、受け取ったクッキーの袋の中身が少ないのを見てつぶやいた。
「これは食べかけだな。もしかして……」
すると、女性は言った。
「お土産を誰からもらったとか聞いたり話したりしないのがこの星のマナーなのですが、地球の方々ですから、お話しします。そのクッキーはさっき、近所のおばあさんに頂いた物で……」
やはり、そうか。お土産問題が一件落着したようだ。父が母にささやいた。
「洗濯機が故障したのが幸いだったな。故障しなかったら、お土産はもっと高価だっただろうから。それに、おばあさんにはクッキーは硬すぎて、お気に召さなかったのだろう。どれもこれも結果オーライだ。何はともあれ、面倒なことが起きないように、もうどこにも寄らずにこの星をあとにすることにしよう」
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