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第54話『幻の渡り鳥』

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■ 幻の渡り鳥

 地球一家6人が地図を頼りに到着した所は、何かのミュージアムのようだった。通りを挟んだ所には、小規模な公園が見える。うろうろしていると、高齢の男性が話しかけてきた。
「地球の皆さん、お待ちしておりました。ここは、私が個人で経営している『幻の渡り鳥記念館』です」
 この高齢男性が記念館の館長ということだ。そして、幻の渡り鳥とは?
「この星では、一年にたった一度だけ、虹色の羽を持つ鳥が20羽ほど降り立つのです。幻の渡り鳥と呼ばれています。百聞は一見にしかずと言いますから、記念館の中をご覧いただきましょう」
 館長はそう言って、地球一家を大きな部屋に案内した。部屋には、額縁に入れて飾られた大きな写真が数十点ほど壁にかけられており、それ以外に目に入る物は何もなかった。

 館長を先頭に、6人は写真を見ながらゆっくり歩き始めた。写真に添えられている年号を見ると、地球の年号とは違うが、一年に一枚ずつの写真であることは理解できた。どの写真も、虹色の羽を持つ鳥たちが被写体となっている。

 写真好きの父がまるで取材の聞き役のように、館長への質問を始めた。
「記念館はこの部屋だけですか?」
「はい、この狭い部屋一つだけです。展示物は一年に一枚の写真だけですから」
「これが幻の渡り鳥か。確かに、この虹色の羽がとても美しいですね。これらの写真は、誰が撮ったのですか?」
「渡り鳥の姿を写真に撮った人たちが応募して、その中から最高傑作を選びます。その写真を拡大した物を順番に展示しているのです」
「この幻の渡り鳥は、今年はもう現れたのですか? そもそも何月に現れるとか、決まっているんでしょうか?」
「夏至の日の太陽が真南に来る頃に地上に降り立つという習性があります。そして、今日がまさにその日なんです」
「今日これから、この渡り鳥が地上に降り立つのですか。楽しみですね。どこに降り立つかということは決まっているんですか?」
「いや、場所は毎年違います。写真でおわかりのように、どこかの公園であることは間違いないのですが、その公園は毎年違います」
「星の中で一番気温の高い公園というわけではないんですか?」
「それだったら話は簡単なんですがね。温度とか湿度とか気圧とか、いろいろな要素を組み合わせて、鳥たちが本能で決めているようで、どの公園に来るかを毎年予想する人が現れるのですが、なかなか予想が的中しません。だから、写真を撮りたい人は、ヤマを張ってどこかの公園で待つんです。渡り鳥は3分ほど地上に降り立った後、すぐ飛び立ってしまうので、ヤマが当たった人以外が写真を撮ることはまず不可能です。違う公園で待ち構えていた人がその公園に急いで行っても、間に合わないんです」

 ひととおり写真を見終わったのを見計らったかのように、外でガヤガヤと話し声が聞こえてきた。外を見ると、記念館の向かいにある公園にかなり大勢の人が所狭しと集まっている。ミサが館長に言った。
「すごい人だかりができていますね」
「毎年のことですよ。この公園に渡り鳥が来るとヤマを張った人が集まっているのです。でも、この記念館の前にある公園には、奇しくも一度も渡り鳥が来たことがありません。それでも、記念館前公園だからということで、験を担いで毎年来る人もいますね。それにしても、今年はやけに人が多いな。例年はこんなに集まらないのに、なぜか満員状態だ」

 首をかしげていた館長は、密集する人々の輪の中に入っていった。
「ちょっと聞いてみましょうか。すみません。今年はどうしてこの公園にこんなに集まっているんでしょうね?」
 話しかけられた男性は、逆に驚いた様子で答えた。
「おや、館長さん。テレビのニュースを見ていないんですか? ある科学者が、渡り鳥の法則をついに見つけ出したそうなんです」
「ニュースですか?」

 館長は、地球一家が待っていた記念館の建物に戻り、部屋の前にあるテレビのスイッチを入れた。
 テレビ画面には、興奮気味に話す女性キャスターの顔が映し出された。
「さあ、大変なニュースが入ってきました。渡り鳥の法則がついに解明されたのです。そして、今日のお昼に渡り鳥が来る公園は、渡り鳥記念館前公園であることに間違いないと発表されました」
 公園に人が詰め寄せた理由はこれでわかった。ジュンが館長に言った。
「それで、ニュースを見た人がみんなここに押し寄せてきたというわけですね。うれしいことじゃないですか」
「もっと早く発表されていれば、飲み物でも仕入れて、ここで一商売できたのにな。さあ、地球の皆さん。今日ここにいられるのは本当に奇遇なことですから、ぜひともカメラを持って公園に行ってみてください」

 しかし、公園に近づいてみると、人が多すぎて身動きがとれないのは明らかだった。みんな、今年の写真大賞を目指して必死に写真を撮ろうとするのだろう。
 館長と地球一家6人は、公園に入ることをいったん諦めて、記念館の前に立って公園の様子を眺めた。

 公園にいる人々が、口々に話しているのが聞こえてきた。
「おかしいな。そろそろ南中の時刻だ。渡り鳥が来てもいい頃なのに。その科学者の発表がでたらめだったのでは? 別の公園にもう来ているんじゃないか?」
「いや、ほかの公園に来たという連絡もないぞ」
「それじゃ、渡り鳥はどこにいるんだ?」
「見てください、上空を」
 この一言に、公園の人々はいっせいに空を見上げた。館長と地球一家も、上空を見た。すると、小さくて見えにくいものの、虹色の鳥が20羽ほどいることが辛うじてわかった。
「もう渡り鳥たちが来ているぞ」
「本当だ。なぜ降りてこないんだ?」

 その時、公園のスピーカーから緊急放送が流れた。
「こちらは公園の管理人です。ただいま政府から、公園に集まっている皆さんへの警告が入りましたので、おつなぎします」
 次に、別の女性の声が流れた。
「私は自然環境大臣です。先ほど、渡り鳥の法則を解明した科学者から、公園にお集まりの皆さんへの要請が出ました。公園にいる人数を今すぐ減らしてください。渡り鳥の写真をどうしても撮りたい人以外は、公園から退去してください。そうしないと、渡り鳥が降りてこられません。渡り鳥はもう上空まで来ているのです。それなのになぜ降りてこられないのか。それは、人が集まりすぎているからなのです。渡り鳥が恐怖を感じています。このままでは渡り鳥は、地上に降り立つことなく去ってしまいます」
 自然環境大臣の説明を聞いて、公園の人々の間に大きなどよめきが起こった。
「それは困る。今までそんなことなかったのに」

 その時、一人の高齢男性が館長のもとに近づいた。
「私は、研究成果を発表した科学者です。館長さん、お願いします。この公園の人数を減らしてください」
「わかりました」

 館長は、マイクを持って公園のほうを向いた。
「公園にお集まりの皆さん。全員とは言いません。半数くらいの方は、公園から出てください。そうしないと、渡り鳥の写真が撮れません。前代未聞の事態になってしまいます」
 すると、公園に集まった人々は、口々に不満を言い始めた。
「人数を減らせと言われてもな。せっかくここまで来たのに」
「僕たちみたいに2時間もかけてはるばる来た人は、このまま残っていいでしょ? この近所に住んでいる人が出ていけばいいんですよ」
「いや、そんなの不公平だ。半分に減らしたいなら、公平にくじ引きにすべきだ」

 そこで、館長は一つの提案を示した。
「では、こうしましょう。今から私が一桁の数字を決めます。住民番号の末尾がその数字の人は、残ってください。それ以外の人は公園から出てください」
「いや、それも不公平だ。住民カードを持っていない人もいるんだから」
「そういえば、そうだった。じゃあどうすればいいんだ。みんなが納得する公平な方法なんて」

 すると、公園のスピーカーから再びアナウンスがあった。
「自然環境大臣です。皆さん、よく聞いてください。もう時間がありません。写真を誰が撮るかは、私が決めます。そこのカメラを持った女の子。イチゴのシャツを着た女の子です」
 指名されたのは、リコだった。自分のシャツに描かれたイチゴの絵を見て、きょとんとしていた。
「そう、あなたです。あなたが写真を撮ってください。それ以外の人は、公園から離れてください。さあ、早く、早く。渡り鳥が行ってしまいます。時間がありません」
 すると、公園にいた人たちはそそくさと四方八方に散っていった。

「リコ、頼んだぞ」
 父がリコに声をかけると、地球一家の残り5人も公園から離れた。ミサが不思議そうに父に尋ねた。
「どういうことかしら? あれほどみんな文句を言っていたのに、こんな不公平で強引な決め方に誰も文句を言わず、すぐに公園から立ち去るなんて」
「不公平すぎるところが良かったんだろうな。当選者は子供一人だけと言われたら諦めがつくだろう」

 公園の中は、リコ一人だけになった。すると、空で待機していた渡り鳥20羽は、スーッと舞い降りてきた。
「来た! 来ましたよ! 今年も無事に渡り鳥が着陸しました」
 館長がそう叫ぶと、父が道を挟んだ向かい側からリコを激励した。
「さあ、リコ。写真を撮るんだ。早く!」
 リコは、不器用な様子で渡り鳥に向かってシャッターを切った。

 渡り鳥たちが飛び立つと、リコは記念館に向かって歩き出した。
「大丈夫かな。リコ、写真撮れたかな?」とミサ。
「一枚しか撮れなかったように見えたけど、出来栄えはどうだろう?」とジュン。
 リコが館長にカメラを手渡すと、写真はすぐに現像され、拡大された写真が記念館に飾られた。残念なことに、虹色の鳥たちの写真には、大きなブレが生じていた。
「申し訳ありません。今年はこんな写真になってしまって」
 地球一家を代表して父が頭を下げると、館長は笑いながら言った。
「とんでもない。むしろ、すごいですよ、この写真。ブレてしまったのが逆に幸いして、虹色がとても美しい動きを出しています。こんなに躍動感のある鳥の写真は初めて見ました」
 本心なのかお世辞なのかわからない館長の発言に、リコは終始照れくさそうにしていた。
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