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第50話『おかしな水筒』
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■ おかしな水筒
地球一家6人が今から訪れる星は、ちょうど季節が乾期で暑いらしい。かなり喉が渇くだろう。脱水症状や熱中症にならないよう気を付けたい。やはり地球から水筒を持ってくるべきだったか。飲み物が売っているといいのだが……。
6人が空港を出ると、ワゴン車が近づいて止まった。窓からHM(ホストマザー)が顔を出す。
「どうぞ、乗ってください。近くにある砂漠までご案内しますよ」
砂漠という言葉に驚きながら、6人は車に乗り込んだ。HMは、運転席でアクセルを踏みながら話した。
「砂漠といっても、世界一小さな砂漠です。あ、世界一というのは、この星の中でという意味です。地球にはもっと小さな砂漠があるのかもしれませんが……」
「いや、砂漠には縁がないもので、地球にどんな大きさの砂漠があるのかよく知らないのです」
普段は博学な母がそう言い、地球の砂漠については誰も語ることができなかった。
「さあ、砂漠の入口に着きましたよ」
道の反対側には、見渡す限り一面の砂が広がっていた。
HMは地球一家を下ろすと、すぐに車に戻った。
「私は近くで用事がありますので、ここから先は皆さんだけでどうぞ。あとですぐ迎えに来ますのでご安心ください。あ、そうだわ。皆さん、水筒をお持ちでないようですね。人数分の水筒がありますので、どうぞお持ちください」
HMは車の奥から6個の水筒を取り出し、6人に配った。
「ひもを首から下げてください。地球にも水筒はあるんですよね」
地球一家はうなずいた。
「じゃあ、水筒の使い方はご存じですね。では、行ってらっしゃい」
車が走り去った後、6人はゆっくりと歩き始めた。
まだ一時間も歩かないうちに、タクが疲れを見せ始めた。
「僕、喉が渇いたよ。ここでちょっと水を飲んでおこう」
全員が立ち止まってタクを待った。ところが、タクは水を出すのに手間取っている。
水筒のコップを取り外すと水の注ぎ口があったが、振っても水は出なかった。水筒の頭の部分に透明のボタンが付いていた。おそらくこのボタンを押せば、水筒を傾けなくてもポットのように注ぎ口から水が出る仕組みなのだろう。そこで、コップを水筒に押し当て、水を受ける準備をしてボタンを押したのだが、水が出てこないのだ。ボタン自体は押せるのだが、何の反応もない。
ミサも自分の首から下げた水筒を確認した。
「開ける所もないみたいね。どうやって飲むのかしら。ちゃんと聞いておけばよかった」
「えー、どうしよう」
タクが泣きそうな顔をした時、リコが叫んだ。
「あ、光った」
確かにリコの水筒だけ、透明のボタンが青く光っている。今ならば水が出るのではないか。リコがコップを持って青いボタンを押すと、期待どおり水がちょうどコップ一杯分出て、自然に止まった。水の出し方がわかって、とりあえずほっとした。
「私、まだいらない。飲んでいいよ」
リコは、タクに水の入ったコップを手渡した。
「ほんと? リコ、ありがとう」
タクはうれしそうに水を飲み干し、生き返ったような表情を見せた。
「ほかの5個の水筒は、ボタンが光らないな。壊れてるのかな?」
ジュンが不思議そうに言うと、父がリコの水筒を見て叫んだ。
「お、またリコのが青く光った」
「じゃ、もう一杯もらおうかな」
タクがリコに手を差し出したので、ミサがタクの手の甲を軽くたたいた。
「タク、何言ってんの? まだ飲んでない人がいるんだから、順番よ。タクを見てたら、私も飲みたくなってきた」
ジュンと父母も、同じように喉が渇き始めていた。
「じゃあ、じゃんけんで順番を決めるか」
父がそう言ってじゃんけんのかけ声を発した時、ジュンが自分の水筒の青い光に気付いた。
「あ、待って。ボタンが光った。水が出るぞ」
ジュンだけでなく父も母もミサも、同じように自分のボタンが青く光ったことに気付いた。
「僕のだけ、光らないよ」
タクのつぶやきに、ミサが笑った。
「一番飲みたがっているタクのだけが最後まで光らないなんて、皮肉ね」
「じゃあ、みんなそれぞれ、自分の水筒を使って水を出して飲もう」
父がそう言って水を出すと、母、ジュン、ミサも水を出して飲み干した。
「私はまだいらないから、もう一回あげる」
リコは、二杯目の水をタクに差し出した。
「助かるよ」
みんなで喉を潤した後、誰からともなく、水筒の底が鏡になっていると言い出した。普通の鏡のように見えたが、タクとリコが異変を訴えた。ジュンが二人の鏡を横からのぞき込む。
「鏡に映ったタクの顔が青いぞ。それから、鏡に映ったリコの顔は赤いな。どうしてだろう?」
みんなが不思議がっている中、タクがまたリコに催促した。
「リコ、お願いだからもう一杯飲ませて。また光ってるよね」
タクは、再度リコから水をもらって飲んだ。それにしても、リコの水筒は不思議だ。それほど重くないのに、タクが3杯飲んでもまだ中身が入っているようだ。
その直後、タクが青ざめた顔で腹を抱え、激しい腹痛を訴えた。
「痛い! おなかが痛い!」
母が心配そうにタクの腹をさすった。
「水の飲みすぎじゃないかしら。地球の飲料水でさえ、硬度が高いとおなかを壊しやすくなるもの。ここは地球の外だから、ますます何が起きるかわからないわ」
すると、今度はリコが顔を赤くして足をふらつかせながら、バタリと倒れた。
「リコ、大丈夫か! タクとは逆に、リコには水を飲ませたほうがいいんじゃないか」
父がそう言ってリコの水筒を見ると、また青く光っていた。
水を飲んだリコは、ようやく落ち着いた。その時、砂漠に着いたHMが声をかけた。
「皆さん、大丈夫ですか?」
HMは、タクの具合が悪いことがわかると、バッグから錠剤を取り出してすぐに飲ませた。腹痛に効く薬だという。タクはあっという間に元気を取り戻した。
「ごめんなさい。地球にも水筒があると聞いて、何も説明していなかったんですけど、地球の水筒とは全然違いましたか?」
HMの質問に母が答えた。
「ええ、全く違いますね。そもそも、私たちの受け取った水筒、壊れていませんか?」
地球一家は、水筒に関するこれまでのいきさつを洗いざらい話した。
「なるほど、事情はわかりました。どの水筒も壊れていませんよ。全部、正常です」
HMは断言した。本当に正常? タクの水筒からは水が一滴も出ないのだが……。
「この水筒は、皆さんの首を通じて、体が水分を欲しているかどうかを判断します。水筒の中の水は、空気中の水分を瞬時に取り出して作られるので無限に出てきますが、あくまで体が欲している時に限って出てくるのです。タク君は、先にリコちゃんの水筒から水分補給してしまったので、自分の水筒からは水が出なかったんですよ」
ジュンは、まだ納得がいかない。
「僕は今でも水が飲みたいのに、一杯飲んだだけで出てこなくなったんですよ」
「それは、体がまだ水を必要としていない証拠です。脳が欲していても、体は欲していないことがあるんですよ。普通の人は、一杯飲めば一時間は体がもちますから」
リコの水筒をしげしげと見ながら、ミサが言った。
「リコの水筒が一番先に光ったということは、リコの体が一番水分を必要としていたんですね。でも、辛抱強いリコは、全く飲もうとしなかった。だから、水筒から水が出続けたというわけなのね」
「あるいは、リコちゃんは単に鈍感なだけかもしれません」
HMがそう答えるのを聞いて、リコはほおを膨らませた。HMは話し続ける。
「体が水分を必要としているのに脳でそれを感知できない人が、一番危険なんですよ。脱水症状や熱中症のリスクが高いんです。だから私たちは、この水筒に常に注意を払って、青いランプが光ったら必ずすぐに水を出して飲むようにしています」
タクが得意げな顔で言った。
「じゃあ僕は、家族の中では一番敏感で、水分の不足をすぐに脳で感じ取れるということですね」
「あるいは、一番我慢強さが足りない性格なのかもしれません」
HMはそう答え、それを聞いたタクは、わざとリコのまねをしてほおを膨らませ、リコに顔を見せた。リコはそれを見て、ぐすっと笑った。
「あれ、さっきまでこの鏡が僕の顔を青く映していたのに、今は普通の顔になってる」
タクが水筒の底を見てそう叫ぶと、リコも水筒の底を見た。
「あ、リコも。赤い顔だったのに、今は普通だ」
それを聞いて、HMが説明した。
「その鏡は、未来の自分を映してくれるらしいですよ。放っておくと病気になることを知らせてくれるんです。もっとも私たちは、水筒の指示どおりに水を飲むので、試したことがありませんでした」
地球一家は、ようやく安心した。それでも、不安な時間を過ごしたせいですっかり疲れてしまった。砂漠を後にして、車に乗ってみんなでホストハウスに向かった。
家に入ってダイニングに着席すると、HMは別の水筒を6人分用意し、地球一家に配った。
「お疲れでしょう。甘いケーキをどうぞ。今度はこちらの水筒を首から下げてください。赤いランプが光っている時にボタンを押せば、飲むケーキが出てきますよ」
6人は指示どおり水筒を首にかけ、めいめいコップを取り外し、赤くランプの光ったボタンを押した。甘い匂いと同時に、コロイド状のケーキがドロドロと一杯ずつ出てきた。
「本当だ。飲むケーキなんて初めて」とミサ。
「おいしい!」とリコ。
「リコの好きなイチゴ味ね。砂糖をたくさん入れて甘くしているのね」と母。
「ごゆっくりどうぞ」
HMは部屋を出ていった。みんな一杯ずつ飲んだので、赤いランプはもう光っていない。
父のコップだけが、ケーキで満たされたままである。
「あれ、お父さん、飲まないの?」と母。
「匂いを嗅いだだけでこれは強烈に甘いとわかるからね。僕は普段甘い物をあまり口にしないから、これはちょっと無理だな」
「でも、残したら失礼かも」とミサ。
「じゃあ、リコ、お父さんの分も飲むかい?」
父はリコにコップを勧め、リコは笑顔で飲み干した。すると、父のランプがまた赤く光った。
「私もおかわりが欲しい」とミサ。
「じゃあ、その次は私」と母。
地球一家の女性3人は甘党だ。父の出すケーキをもらい続け、気が付けばつい何杯もおかわりしていた。
「お父さんの水筒だけ、ずっとランプが光り続けてるね。おかげで永久に飲めるわ」
ミサがそう言った時、HMが慌てて部屋に戻ってきた。
「ちょっと! 何杯も飲んだら駄目ですよ。自分の水筒から出てくる分だけを飲むんです。地球の人は、経験から学習しないんですか?」
HMは、父の水筒をさっと取り上げた。
「体が必要とする糖分は、一日に一杯分だけです。そんなに飲んでしまったら……」
え、もしかして……。母、ミサ、リコの3人が各自の水筒を逆さにして鏡を見ると、まるで横方向に引き伸ばされた写真のように太った自分の顔が映っていた。
3人は、ギャーッと悲鳴をあげた。HMは冷たく言い放つ。
「残念ながら、ダイエットに効く薬はありません。皆さんで努力して痩せてくださいね」
地球一家6人が今から訪れる星は、ちょうど季節が乾期で暑いらしい。かなり喉が渇くだろう。脱水症状や熱中症にならないよう気を付けたい。やはり地球から水筒を持ってくるべきだったか。飲み物が売っているといいのだが……。
6人が空港を出ると、ワゴン車が近づいて止まった。窓からHM(ホストマザー)が顔を出す。
「どうぞ、乗ってください。近くにある砂漠までご案内しますよ」
砂漠という言葉に驚きながら、6人は車に乗り込んだ。HMは、運転席でアクセルを踏みながら話した。
「砂漠といっても、世界一小さな砂漠です。あ、世界一というのは、この星の中でという意味です。地球にはもっと小さな砂漠があるのかもしれませんが……」
「いや、砂漠には縁がないもので、地球にどんな大きさの砂漠があるのかよく知らないのです」
普段は博学な母がそう言い、地球の砂漠については誰も語ることができなかった。
「さあ、砂漠の入口に着きましたよ」
道の反対側には、見渡す限り一面の砂が広がっていた。
HMは地球一家を下ろすと、すぐに車に戻った。
「私は近くで用事がありますので、ここから先は皆さんだけでどうぞ。あとですぐ迎えに来ますのでご安心ください。あ、そうだわ。皆さん、水筒をお持ちでないようですね。人数分の水筒がありますので、どうぞお持ちください」
HMは車の奥から6個の水筒を取り出し、6人に配った。
「ひもを首から下げてください。地球にも水筒はあるんですよね」
地球一家はうなずいた。
「じゃあ、水筒の使い方はご存じですね。では、行ってらっしゃい」
車が走り去った後、6人はゆっくりと歩き始めた。
まだ一時間も歩かないうちに、タクが疲れを見せ始めた。
「僕、喉が渇いたよ。ここでちょっと水を飲んでおこう」
全員が立ち止まってタクを待った。ところが、タクは水を出すのに手間取っている。
水筒のコップを取り外すと水の注ぎ口があったが、振っても水は出なかった。水筒の頭の部分に透明のボタンが付いていた。おそらくこのボタンを押せば、水筒を傾けなくてもポットのように注ぎ口から水が出る仕組みなのだろう。そこで、コップを水筒に押し当て、水を受ける準備をしてボタンを押したのだが、水が出てこないのだ。ボタン自体は押せるのだが、何の反応もない。
ミサも自分の首から下げた水筒を確認した。
「開ける所もないみたいね。どうやって飲むのかしら。ちゃんと聞いておけばよかった」
「えー、どうしよう」
タクが泣きそうな顔をした時、リコが叫んだ。
「あ、光った」
確かにリコの水筒だけ、透明のボタンが青く光っている。今ならば水が出るのではないか。リコがコップを持って青いボタンを押すと、期待どおり水がちょうどコップ一杯分出て、自然に止まった。水の出し方がわかって、とりあえずほっとした。
「私、まだいらない。飲んでいいよ」
リコは、タクに水の入ったコップを手渡した。
「ほんと? リコ、ありがとう」
タクはうれしそうに水を飲み干し、生き返ったような表情を見せた。
「ほかの5個の水筒は、ボタンが光らないな。壊れてるのかな?」
ジュンが不思議そうに言うと、父がリコの水筒を見て叫んだ。
「お、またリコのが青く光った」
「じゃ、もう一杯もらおうかな」
タクがリコに手を差し出したので、ミサがタクの手の甲を軽くたたいた。
「タク、何言ってんの? まだ飲んでない人がいるんだから、順番よ。タクを見てたら、私も飲みたくなってきた」
ジュンと父母も、同じように喉が渇き始めていた。
「じゃあ、じゃんけんで順番を決めるか」
父がそう言ってじゃんけんのかけ声を発した時、ジュンが自分の水筒の青い光に気付いた。
「あ、待って。ボタンが光った。水が出るぞ」
ジュンだけでなく父も母もミサも、同じように自分のボタンが青く光ったことに気付いた。
「僕のだけ、光らないよ」
タクのつぶやきに、ミサが笑った。
「一番飲みたがっているタクのだけが最後まで光らないなんて、皮肉ね」
「じゃあ、みんなそれぞれ、自分の水筒を使って水を出して飲もう」
父がそう言って水を出すと、母、ジュン、ミサも水を出して飲み干した。
「私はまだいらないから、もう一回あげる」
リコは、二杯目の水をタクに差し出した。
「助かるよ」
みんなで喉を潤した後、誰からともなく、水筒の底が鏡になっていると言い出した。普通の鏡のように見えたが、タクとリコが異変を訴えた。ジュンが二人の鏡を横からのぞき込む。
「鏡に映ったタクの顔が青いぞ。それから、鏡に映ったリコの顔は赤いな。どうしてだろう?」
みんなが不思議がっている中、タクがまたリコに催促した。
「リコ、お願いだからもう一杯飲ませて。また光ってるよね」
タクは、再度リコから水をもらって飲んだ。それにしても、リコの水筒は不思議だ。それほど重くないのに、タクが3杯飲んでもまだ中身が入っているようだ。
その直後、タクが青ざめた顔で腹を抱え、激しい腹痛を訴えた。
「痛い! おなかが痛い!」
母が心配そうにタクの腹をさすった。
「水の飲みすぎじゃないかしら。地球の飲料水でさえ、硬度が高いとおなかを壊しやすくなるもの。ここは地球の外だから、ますます何が起きるかわからないわ」
すると、今度はリコが顔を赤くして足をふらつかせながら、バタリと倒れた。
「リコ、大丈夫か! タクとは逆に、リコには水を飲ませたほうがいいんじゃないか」
父がそう言ってリコの水筒を見ると、また青く光っていた。
水を飲んだリコは、ようやく落ち着いた。その時、砂漠に着いたHMが声をかけた。
「皆さん、大丈夫ですか?」
HMは、タクの具合が悪いことがわかると、バッグから錠剤を取り出してすぐに飲ませた。腹痛に効く薬だという。タクはあっという間に元気を取り戻した。
「ごめんなさい。地球にも水筒があると聞いて、何も説明していなかったんですけど、地球の水筒とは全然違いましたか?」
HMの質問に母が答えた。
「ええ、全く違いますね。そもそも、私たちの受け取った水筒、壊れていませんか?」
地球一家は、水筒に関するこれまでのいきさつを洗いざらい話した。
「なるほど、事情はわかりました。どの水筒も壊れていませんよ。全部、正常です」
HMは断言した。本当に正常? タクの水筒からは水が一滴も出ないのだが……。
「この水筒は、皆さんの首を通じて、体が水分を欲しているかどうかを判断します。水筒の中の水は、空気中の水分を瞬時に取り出して作られるので無限に出てきますが、あくまで体が欲している時に限って出てくるのです。タク君は、先にリコちゃんの水筒から水分補給してしまったので、自分の水筒からは水が出なかったんですよ」
ジュンは、まだ納得がいかない。
「僕は今でも水が飲みたいのに、一杯飲んだだけで出てこなくなったんですよ」
「それは、体がまだ水を必要としていない証拠です。脳が欲していても、体は欲していないことがあるんですよ。普通の人は、一杯飲めば一時間は体がもちますから」
リコの水筒をしげしげと見ながら、ミサが言った。
「リコの水筒が一番先に光ったということは、リコの体が一番水分を必要としていたんですね。でも、辛抱強いリコは、全く飲もうとしなかった。だから、水筒から水が出続けたというわけなのね」
「あるいは、リコちゃんは単に鈍感なだけかもしれません」
HMがそう答えるのを聞いて、リコはほおを膨らませた。HMは話し続ける。
「体が水分を必要としているのに脳でそれを感知できない人が、一番危険なんですよ。脱水症状や熱中症のリスクが高いんです。だから私たちは、この水筒に常に注意を払って、青いランプが光ったら必ずすぐに水を出して飲むようにしています」
タクが得意げな顔で言った。
「じゃあ僕は、家族の中では一番敏感で、水分の不足をすぐに脳で感じ取れるということですね」
「あるいは、一番我慢強さが足りない性格なのかもしれません」
HMはそう答え、それを聞いたタクは、わざとリコのまねをしてほおを膨らませ、リコに顔を見せた。リコはそれを見て、ぐすっと笑った。
「あれ、さっきまでこの鏡が僕の顔を青く映していたのに、今は普通の顔になってる」
タクが水筒の底を見てそう叫ぶと、リコも水筒の底を見た。
「あ、リコも。赤い顔だったのに、今は普通だ」
それを聞いて、HMが説明した。
「その鏡は、未来の自分を映してくれるらしいですよ。放っておくと病気になることを知らせてくれるんです。もっとも私たちは、水筒の指示どおりに水を飲むので、試したことがありませんでした」
地球一家は、ようやく安心した。それでも、不安な時間を過ごしたせいですっかり疲れてしまった。砂漠を後にして、車に乗ってみんなでホストハウスに向かった。
家に入ってダイニングに着席すると、HMは別の水筒を6人分用意し、地球一家に配った。
「お疲れでしょう。甘いケーキをどうぞ。今度はこちらの水筒を首から下げてください。赤いランプが光っている時にボタンを押せば、飲むケーキが出てきますよ」
6人は指示どおり水筒を首にかけ、めいめいコップを取り外し、赤くランプの光ったボタンを押した。甘い匂いと同時に、コロイド状のケーキがドロドロと一杯ずつ出てきた。
「本当だ。飲むケーキなんて初めて」とミサ。
「おいしい!」とリコ。
「リコの好きなイチゴ味ね。砂糖をたくさん入れて甘くしているのね」と母。
「ごゆっくりどうぞ」
HMは部屋を出ていった。みんな一杯ずつ飲んだので、赤いランプはもう光っていない。
父のコップだけが、ケーキで満たされたままである。
「あれ、お父さん、飲まないの?」と母。
「匂いを嗅いだだけでこれは強烈に甘いとわかるからね。僕は普段甘い物をあまり口にしないから、これはちょっと無理だな」
「でも、残したら失礼かも」とミサ。
「じゃあ、リコ、お父さんの分も飲むかい?」
父はリコにコップを勧め、リコは笑顔で飲み干した。すると、父のランプがまた赤く光った。
「私もおかわりが欲しい」とミサ。
「じゃあ、その次は私」と母。
地球一家の女性3人は甘党だ。父の出すケーキをもらい続け、気が付けばつい何杯もおかわりしていた。
「お父さんの水筒だけ、ずっとランプが光り続けてるね。おかげで永久に飲めるわ」
ミサがそう言った時、HMが慌てて部屋に戻ってきた。
「ちょっと! 何杯も飲んだら駄目ですよ。自分の水筒から出てくる分だけを飲むんです。地球の人は、経験から学習しないんですか?」
HMは、父の水筒をさっと取り上げた。
「体が必要とする糖分は、一日に一杯分だけです。そんなに飲んでしまったら……」
え、もしかして……。母、ミサ、リコの3人が各自の水筒を逆さにして鏡を見ると、まるで横方向に引き伸ばされた写真のように太った自分の顔が映っていた。
3人は、ギャーッと悲鳴をあげた。HMは冷たく言い放つ。
「残念ながら、ダイエットに効く薬はありません。皆さんで努力して痩せてくださいね」
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