地球一家がおじゃまします

トナミゲン

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第9話『就職試験必勝法』

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■ 就職試験必勝法

 地球一家6人が今日お世話になるホストファミリーは、HM(ホストマザー)、HF(ホストファーザー)と息子のフルトだ。フルトは明日の会社の就職試験に向けて勉強中らしい。就職試験には筆記試験と面接試験があり、面接では差がつかないので、筆記試験の勉強を必死にしているそうだ。

 リビングに全員が集まると、フルトが分厚い本をテーブルの上に置いて見せた。
「これは就職試験の面接の必勝法です。座る時の姿勢から、質問に対する模範解答まで、全部書かれています」
 地球にもこのような本はあるが、これほど充実した物は見たことがない。
「この本は、みんな持っているんですよ。みんなこの本を読んで、このとおりに面接を受けるので、面接では差がつかない。それで僕は、筆記試験の勉強を一生懸命やったんです」
「明日の面接は、みんなで応援に行くから、がんばれよ」
 HFがそう言うと、HMは地球一家にも誘いかけた。
「皆さんも明日の午前中、私たちと一緒に見に行きませんか? 会社の面接は誰でも自由に見学できます。その場ですぐ合格不合格の結果も出ますから、面白いですよ」
 会社の面接を誰でも見学できるとは驚きである。一方、フルトは渋い表情だ。
「面白いって……。こっちは眠れないくらい緊張しているのに」

 ここでフルトは、就職試験の仕組みについて、地球一家のために説明を始めた。
 就職試験は、まず筆記試験から始まる。終わるとすぐに採点され、面接試験会場に移動する。面接試験では、10人の面接官が『合格』か『不合格』かの札を上げるのだが、そこで筆記試験の点数が良い人が有利になるシステムになっている。例えば、筆記試験が90点以上ならば、10人の面接官のうち一人でも『合格』の札を上げれば合格になる。筆記試験が80点台ならば、2人の面接官が『合格』を出さないと合格にならない。そして、筆記試験の点数が悪くなればなるほど、より多くの面接官に『合格』を出してもらわないといけない。筆記試験が0点の場合は、面接官全員が『合格』の札を上げることが条件になり、一人でも『不合格』を出すと合格にならない。つまり、筆記試験の点数がとても重要であり、フルトは、筆記試験で満点が取れるように、今日までしっかり勉強をがんばってきたという。

 その日の夜、全員が眠り始めた後、母とフルトが台所で鉢合わせした。
「あら、フルトさん、まだ眠れないの?」
「えー、なかなか寝付けなくて。お母さんも同じですか?」
「いいえ、私は今、喉が渇いて目が覚めたところ。のんきな性格で、悩み事がないから、毎晩ぐっすり眠れるんですよ」
「いいなあ。僕は、明日の就職試験がとにかく心配で。明日受ける会社は、どうしても入社したいんですよ」
「どうしても入社したいのなら、その気持ちを面接でしっかりとアピールすることが大切だわ。必勝法の本に書いてあったように、社会常識のあるような受け答えやマナーももちろん大切だけど、それよりも、面接官に対して、この人と一緒に仕事がしたいと思わせることのほうが大事なんじゃないかしら?」
「そうですね、おっしゃるとおりです。でも、そんなこと怖くてできません」
「怖い?」
「人と違うことをするのは、リスクがあるじゃないですか。ほかのみんなはきっと、必勝法の本のとおり面接で答えるんですよ。ほかのことをしゃべってうまくいけばいいですけど、もし失敗したらと思うと……。だから明日の面接では、必勝法の本のとおり無難に受け答えて、あくまで僕は筆記試験で勝負します。それじゃ、おやすみなさい」

 フルトは台所を出ていった。無難な受け答えか……。母が心の中でそうつぶやいた時、次にHFが台所に入ってきた。
「あら、お父さんも眠れないんですか」
「えー、明日の面接のことを考えると……」
「そうですよね。息子さんの一生を左右する問題ですからね」
「それもあるんですけど、明日は息子の面接を見た後、自分の会社で僕が面接官をやることになっているんですよ。そっちが心配で、眠れなくて」
「あら、そうだったんですか」
「昔は、どの学生も個性的で良かった。でも最近は、あの必勝法の本が売れているせいで、全く個性がありません。どの質問をしても、返ってくる答えはみんな同じです。これでは、どうやって合格不合格を決めていいのやら、全くわかりません。できれば面接官なんて引き受けたくなかった。面接官をやりたい人なんていないはずです。学生たちの人生を大きく左右するのは、とても荷が重いですよ」

 翌朝、フルトは筆記試験で満点を取ると意気込んで家を出ていった。フルトの両親は、筆記試験の後の面接に間に合うように出かける準備を始めた。地球一家も準備にとりかかったが、母がいない。先にどこかに出かけたらしい。

 ちょうどその頃、フルトを含め3人の学生が小さな部屋の前の椅子に座って筆記試験の時刻まで待機していた。そこへ、母が来てフルトの肩をたたいた。驚くフルトに対して、母は言った。
「フルトさん、この会社にどうしても入りたいんでしょ。必勝法を思い付いたのよ」
「必勝法?」

 そして筆記試験が終わり、面接会場では10人の面接官の前に3人の学生が着席した。フルトは3番の札を胸に付けている。離れた所に見学者の席が20個ほどあり、フルトの両親と地球一家が腰を下ろした。

「それでは、ただ今より就職試験の面接を始めます」
 司会者の男性がマイクを持って挨拶すると、拍手が起きた。これが就職試験の面接? まるでショーを見に来ているようだ。面接官が学生への質問を始める。
「質問しますので、順番にお答えください。この会社に入りたいと思った理由は何ですか?」
「はい、さまざまな分野に進出しており、若手にとっていろいろなチャンスが与えられていると思ったからです」
「この会社の一番の強みは何だと思いますか?」
「環境への配慮が行き届いており……」

 面接の問答が続く。みんな同じような答えばかりだ。HFの言うとおり、自分が面接官だったら、誰を採用すればいいか全く見当がつかない。

「それでは、これで面接は終わりになります。引き続き、結果の発表に移ります」
 司会者が言うと、ジングルが鳴り響いた。
「まずは、1番の男性です。果たして合格でしょうか、不合格でしょうか。初めに、先ほど行われた筆記試験の点数から見てみましょう」
 電光掲示板に『93』の数字が出た。
「93点です! 90点以上ですので、かなり有利になります。10人の面接官の判定で、一人でも『合格』の札が上がれば、その時点で合格が決まります。さあ、それでは面接官の皆さん、判定をお願いします」
 10人の面接官は、全員が『不合格』の札を上げた。
「残念。『合格』の札は一枚も上がらなかった! 不合格です!」
 会場内にどよめきが起こった。見学席にいた男性の両親が悲しい表情を見せた。

「次は、2番の女性です。合格でしょうか、不合格でしょうか。筆記試験の点数から見てみましょう」
 電光掲示板に『95』の数字が出る。
「95点です! またまた高得点です。90点以上ですので、同じく一人でも『合格』の札が上がれば、その時点で合格が決まります。面接官の皆さん、判定をお願いします」
 面接官は、10人とも『不合格』の札を上げた。それに続く司会者の声。
「残念! 不合格です!」
 またしても会場内が動揺してざわついた。いくらなんでも厳しすぎる。一人くらい合格を出す人がいてもいいのに。これでは、筆記試験で満点近く取れていたとしても、合格は難しいのでは……。HFは険しい表情で腕を組んだ。いよいよ最後はフルトの番だ。

「さあ、最後は3番の男性の判定です。まずは、筆記試験の点数を見てみましょう」
 司会者の声に、全員が電光掲示板に注目した。ジングルが鳴り響く。HMは目を閉じて祈った。百点満点は無理でも、ほかの学生より一点でも多く取れていれば印象が違うかもしれない、と信じながら。

 電光掲示板に出たのは、『0』の数字だった。司会者は興奮して叫んだ。
「なんと、0点です! 筆記試験の点数は、0点です」
 会場はますますどよめいた。あんなに勉強していたのに、とフルトの両親は目を疑った。司会者が進行を続けた。
「さあ、大変なことになりました。0点の場合は、10人の面接官全員が『合格』を出さなければなりません。一人でも『不合格』の札が上がれば、その時点で不合格が決まってしまいます。さあ、それでは面接官の皆さん、判定をお願いします」

「あー、もう無理だわ」
 HMが目を閉じる。しかし次の瞬間、面接官は10人とも『合格』の札を上げた。
 会場内に驚きの声が上がり、フルトは歓喜の表情で立ち上がった。頭上でくす玉が割れる。
「おめでとうございます! 見事にこの会社に就職することができました」
 司会者の声とともに、拍手の音が響いた。10人の面接官は無表情で拍手をしている。フルトの両親は、笑顔と涙で拍手をした。

 地球一家6人とホストファミリー3人は、会社のロビーに集まった。
「おめでとう。でも、ひやひやしたわ」とHM。
「0点を取るという必勝法は、お母さんに教わったんです。感謝します」とフルト。
「どうして0点を取ることが必勝法なんだい?」
 HFに尋ねられたフルトは答えられず、母が代わりに答えた。
「面接官の気持ちになってみたのよ。最初の二人の学生さんのように、筆記試験が90点以上の場合は、一人でも『合格』と言えば合格になります。自分が面接官だったら、どんな気持ちになるかしら、フルトさんのお父さん?」
「そうですね。学生さんの面接での受け答えは、全く個性がないので、『合格』とも『不合格』とも判定のしようがありません。でも、自分が『合格』の札を上げてしまえば、ほかの面接官がどちらの札を上げたとしても、合格が決まってしまいます。そんな責任重大なことは、自分ではしたくありません。だから、とりあえず『不合格』の札を上げておいて、ほかの9人に判断を任せたいと思うでしょうね」
「私も同じことを考えるわ。学生さんを判定する自信はないわ」
「きっと、10人の面接官は、全員がそのように感じて、結果的には、みんな『不合格』の札を出してしまったんですね」
「そう。逆にフルトさんの場合は0点だから、一人でも『不合格』と言えば不合格になります」
「この場合は、自分が面接官の立場だったら、『不合格』の札を上げればその時点で不合格が決まってしまうと思うと、そこまで決める自信がないから、とりあえず自分は『合格』にしておいて、ほかの面接官に判断を委ねたいと考えますね。なるほど、そうか。それで、フルトの時には、10人の面接官全員がそう感じて、みんな『合格』の札を上げたというわけか」
 0点を取ったことで逆に有利になったことについて、全員がなんとなく納得した。それにしても大胆な必勝法であり、はらはらさせられた。

 時計を見ると、HFが面接官をやるために出社しなければならない時刻が迫っていた。
 HFは立ち去りかけ、振り返ってみんなに言った。
「しかし、筆記試験の点数のいい人が入社できないのは、やっぱりどう考えてもおかしいですよ。僕は、ちゃんと自分の目で学生を選べるように、がんばってみます」
 HFは、みんなに後ろ姿を見送られながら小走りに去っていった。
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