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第二幕
第45話 死者蘇生3
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様々な植物が生い茂る裏庭。僕たちの目の前に立ちはだかるのは、かつて人間だった化け物だ。
人間の原型はとどめていない。異常に肥大化した体に真っ黒な皮膚。うねうねと動く長く太い首。手足はなく、代わりに動物のような節を持つ脚が生えている。例えるならゲームに登場するクリーチャーのよう。不気味で気持ちが悪い。
化け物の隣に佇む銀髪の少年は平然と言う。
「やっぱり人間は脆いねぇ」
愛おしそうに化け物を撫でるとエリザベスを指差した。
「そうだ。その娘の血と魂を使おう。そうすれば、お父さんを人間に戻せるかもしれないよ」
エリザベスは真っ青な顔になると震える声で言うのだ。
「お父様はどうなってしまったの?」
「それは……」
僕は言い淀む。しかしルキフェルは気にも止めずに笑顔で言い張った。
「そうか目が見えないのだったね。キミの父親は神に背いた罰としてニンゲンでは無くなったんだよ。可哀想に、僕が目を治してあげよう」
ルキフェルが左腕を垂直に上げると、周囲に風が巻き上がる。僕たちは風に煽られ目を細めた。
青白く輝く蝶の群れがエリザベスを取り囲む。
「エリザベス!」
蝶々が消えるとエリザベスは両眼を手で抑えた。
「エリザベス!しっかり!」
彼女に呼びかける。だがエリザベスは苦しそうに嗚咽を漏らしていた。
「眩しい……目が痛いの」
その言葉にハッとした表情を浮かべた春鈴さんは彼女に駆け寄る。
「本当に視力が戻ったの?! 外の強い光を感じて痛がっているのかもしれないわね」
するとエリザベスは伏せていた顔をあげ、目を開くと碧眼を丸くする。
「うっ……あぁ……」
彼女の視界に映るのは変わり果てた父親の姿。
「いやぁぁぁぁあ!!」
怪物にエリザベスは絶叫し取り乱す。車椅子が大きく揺れ、彼女の体は車椅子から投げ出され地面へ転げ落ちた。
「エリザベス……」
半狂乱な彼女を春鈴さんは肩を抱くと落ち着かせようと背中を摩る。そして僕と鳥羽さんのほうへ顔をあげた。
「エリザベスのことは任せて。この場を離れる」
「そうだな。私たちは此奴に聞かなければならないことがある」
僕たちはルキフェルへ視線を向ける。彼は嘲笑うように僕たちの様子を伺っているようだ。
「残念。まぁいいや、やれることはやれたからね」
ルキフェルが隣の化け物を撫でるとソレは低く唸る。
「二人とも気をつけて」
春鈴さんはそう言い残してエリザベスと共にその場から消えた。おそらく鳥羽さんの家へ魔法を使い移動したのだろう。
「ルキフェル。僕はお前のことを知ってる。オズヴァルトが造った人工妖精なんだろ。お前は何のためにこんなことをしたんだ!」
ルキフェルは顔色を変えない。光のない真っ青な瞳が細くなる。
「ボクはオズヴァルトに会いたいんだよ。それだけさ」
鳥羽さんがこめかみに皺を寄せた。
「オズヴァルトはこの世にはいないだろう。どうやって会うつもりなんだ」
するとルキフェルは「バカなことを聞くな」とでもいうように鼻で笑う。
「どうやって?そんなの決まってるじゃないか。蘇らせるんだよ、この世にね」
僕は鳥羽さんと目を合わせた。お互いに「そんなことができるのか」と疑念を抱いている。
「そのためには死者蘇生の魔法を成功させないといけないからね。この人間たちで試したんだよ。結果はキミたちの知っての通り。血が足りなかったね。やっぱり娘の血肉が必要だったかぁ」
淡々と語るルキフェルは、かつてオリバーさんだった化け物を見上げる。
「さっさと娘を殺しておけば良かったのにね。母親をもう少し長生きできたかもしれないのに」
背筋が凍る。こいつは僕らと同じ感情も倫理観も持ち合わせていない怪物だ。おぞましさと同時に怒りが込み上げてくる。人の命をこんなに軽く扱うだなんて。
「お前にはオズヴァルトを生き返らせるなんて無理だ! 人の命を弄ぶ奴が蘇生なんかできやしない!!」
そう叫べば、ルキフェルはきょとんとした表情をこちらに向けた。僕の言っていることが理解できないとでも言いたげに。
「ボクは出来るさ。必ずね」
そしてルキフェルは隣の化け物を見上げる。
「あとは任せるよ。ボクのやることは終わったから」
「待てっ!」
僕の静止の声も聞かず少年は風と共に消え去った。
「くそっ、あいつ……」
「仔犬くん、今はルキフェルに気を取られている場合じゃないぞ」
鳥羽さんと同じく、裏庭に取り残されたソレを見た。化け物は小さく唸り続け、僕たちに話しかけているようにも思えてくる。
「オリバーさん、僕たちを襲って来ませんね」
「人間だった頃の記憶さえないのだろう。意思すらないバケモノだ」
「人間に戻すことはできないのでしょうか」
鳥羽さんは首を振る。
「魔法の失敗や度重なる実験によって体の一部や人間の身体が変化する事例がある。もとに戻す方法はないんだ。ましてや彼の場合はそういった事情とは異なるだろう。ルキフェルが言っていた、神に抗った人間の末路だと。私たちではどうすることも不可能だ」
「結局、僕はなにも出来なかった。全てが遅かったんだ」
拳を強く握りしめた。最初にエリザベスと会ったとき、違和感をそのままにせず追求するべきだった。もっと早くエリザベスに会いにくるべきだった。オリバーさんを説得すべきだった。
終わらない後悔と反省を頭の中で繰り返す。でも、どれだけ考えても現在を変えることはできない。悔しさに唇を噛み締めた。
「前を見ろ!!」
鳥羽さんが叫ぶ声が響く。
化け物に成り果てたオリバーさんの巨体から触手のようなものが伸び、僕の足首に絡まる。咄嗟に杖先で殴るも離れようとしない。そして強い力で引っ張られ、僕はバランスを崩し背中から倒れ込む。
「うわっ!」
そのまま触手は僕の足に絡みついたまま引き摺られてゆく。
「仔犬っ!」
返事をする事はできなかった。
気がついたときには真っ暗な空間にいて、そこで僕は化け物に呑み込まれたのだと理解する。
光がない闇なのに、自分の足や手は輪郭を捉えることができた。真っ暗な空間の中で不思議と暗視ができているようだ。
行くあてもなく、戻る手段もわからずに歩く。前に進んでいるのか斜めに歩いているのか方向感覚さえ鈍らせた。
「アイラ……アイラ……」
聞いたことのある声だ。僕は声がする方向へ向かう。
「オリバーさん?」
背中を丸めてしゃがみ込む男性に声をかけた。
「ここにはアイラもエリザベスもいない。私は全てを無くしてしまった」
化け物の中には、まだオリバーさんの意識が眠っていたのか。おそらくこの男性はオリバーさんで違いない。
「確かにあなたは大きな過ちを犯してしまった。なぜルキフェルに協力したんです? あいつはあなたを利用しただけだ」
オリバーさんは背を向けたまま言った。
「彼は突然現れたんだ。アイラを亡くし心に穴ができた私のもとへやって来た。自分なら妻を生き返らせることが出来ると言い、死者蘇生の方法を私に伝授してくれた。作業は全て地下で行われた。私は魔力を持ち合わせていないため、大半はあの少年がしてくれたがね。どうしても会いたかった。もう一度会いたかっただけなんだ。愛する人に」
「それは自分の娘に手をかけようとするほどに奥さんの方が大切だったんですか」
「違う!!」
こちらに振り返ったオリバーさんと目が合う。鋭い剣幕で彼は立ち上がる。
「そのつもりはなかった!母親が生き返ってエリザベスも喜んでくれると思った!でもエリザベスはそう思わなかったんだ。何故だ? あの子はアイラが嫌いだったのか?!」
この人は本当になにもわかっていなかったんだ。僕は憐れんだ。
「事故に遭って母親を亡くしたエリザベスは、自分だけが生き残ったことを悔やんでいたんです。目が見えなくなったことも、足が不自由になったことも自分だけが生き残ってしまった罰なのだと」
「いや……そんな……私はそんなことを思っていない!エリザベスが生きていただけでも奇跡だった!」
「でもエリザベスはそう思ってた!」
思わず大声で叫んだ。闇の中では声は反響せずに掻き消えてしまう。
「どうしてエリザベスがそう考えるようになってしまったのか。それは今を生きているエリザベスより、亡くなったアイラさんのことを強く想っていたからですよ。あなたが、父親が自分への愛情より妻への愛情の方が強すぎるのを感じたから。父親が自分を母親の姿と重ねているのを知っていたから。いつも父親の頭の中にあるのも心の中に住んでいるのも愛する妻。どこかに必ず母親の影がある。エリザベスは自分を見て欲しかったんです。寂しかったんですよ。父親からの愛情を受けたかった。あなたは娘への愛情を持っていたのかもしれない、あなたなりに愛情を示していたのかもしれない。でもエリザベスには伝わっていなかった。父親が自分を見てくれないと感じていたエリザベスは、姿の見えない妖精と心を通わせたんだ。彼は……黒いペガサスは彼女を心配して僕を探して、僕はここへ来た」
「私が悪かったのか……全ては私のせいか」
オリバーさんは自分自身を嘲笑った。
「わかりません。死者を悼むことは悪ではないし、あなたは娘を愛していた。それはエリザベスを見ればわかります。綺麗な車椅子に、綺麗な服、手入れされた髪。家も清潔で車椅子のエリザベスが生活しやすいような造りになっていた。どうすればよかったのか僕にもわからない。母親も父親も亡くしたエリザベスが、あなたのようになる可能性だってある」
「今更、悔やんでも全て無駄か」
「…………」
風の音さえも聞こえない静寂が漂う。
先に口を開いたのはオリバーさんだった。
「私はこの意思だけしか残っていない。しかし、これも時期に消えてしまう。妻のもとにさえ行けないだろう。オズの子、最期の頼みだ。勝手なことだが安らかに眠らせてほしい」
「いいんですか? 黒いペガサスはあの世と繋がりがある。あなたをアイラさんのもとへ送ってあげられるかもしれない」
オリバーさんは「いいや」と首を振る。
「私はアイラのもとへは行けない。私が向かう場所はアイラとは相反するものだろう」
「でも……」
「いいんだ。ありがとう、小さき魔法使い」
戸惑いながらも僕は杖を両手で握りしめた。闇に一つの光が宿る。次第に光は広がっていき、闇を照らす。暖かな光に僕らは瞼を伏せた──
人間の原型はとどめていない。異常に肥大化した体に真っ黒な皮膚。うねうねと動く長く太い首。手足はなく、代わりに動物のような節を持つ脚が生えている。例えるならゲームに登場するクリーチャーのよう。不気味で気持ちが悪い。
化け物の隣に佇む銀髪の少年は平然と言う。
「やっぱり人間は脆いねぇ」
愛おしそうに化け物を撫でるとエリザベスを指差した。
「そうだ。その娘の血と魂を使おう。そうすれば、お父さんを人間に戻せるかもしれないよ」
エリザベスは真っ青な顔になると震える声で言うのだ。
「お父様はどうなってしまったの?」
「それは……」
僕は言い淀む。しかしルキフェルは気にも止めずに笑顔で言い張った。
「そうか目が見えないのだったね。キミの父親は神に背いた罰としてニンゲンでは無くなったんだよ。可哀想に、僕が目を治してあげよう」
ルキフェルが左腕を垂直に上げると、周囲に風が巻き上がる。僕たちは風に煽られ目を細めた。
青白く輝く蝶の群れがエリザベスを取り囲む。
「エリザベス!」
蝶々が消えるとエリザベスは両眼を手で抑えた。
「エリザベス!しっかり!」
彼女に呼びかける。だがエリザベスは苦しそうに嗚咽を漏らしていた。
「眩しい……目が痛いの」
その言葉にハッとした表情を浮かべた春鈴さんは彼女に駆け寄る。
「本当に視力が戻ったの?! 外の強い光を感じて痛がっているのかもしれないわね」
するとエリザベスは伏せていた顔をあげ、目を開くと碧眼を丸くする。
「うっ……あぁ……」
彼女の視界に映るのは変わり果てた父親の姿。
「いやぁぁぁぁあ!!」
怪物にエリザベスは絶叫し取り乱す。車椅子が大きく揺れ、彼女の体は車椅子から投げ出され地面へ転げ落ちた。
「エリザベス……」
半狂乱な彼女を春鈴さんは肩を抱くと落ち着かせようと背中を摩る。そして僕と鳥羽さんのほうへ顔をあげた。
「エリザベスのことは任せて。この場を離れる」
「そうだな。私たちは此奴に聞かなければならないことがある」
僕たちはルキフェルへ視線を向ける。彼は嘲笑うように僕たちの様子を伺っているようだ。
「残念。まぁいいや、やれることはやれたからね」
ルキフェルが隣の化け物を撫でるとソレは低く唸る。
「二人とも気をつけて」
春鈴さんはそう言い残してエリザベスと共にその場から消えた。おそらく鳥羽さんの家へ魔法を使い移動したのだろう。
「ルキフェル。僕はお前のことを知ってる。オズヴァルトが造った人工妖精なんだろ。お前は何のためにこんなことをしたんだ!」
ルキフェルは顔色を変えない。光のない真っ青な瞳が細くなる。
「ボクはオズヴァルトに会いたいんだよ。それだけさ」
鳥羽さんがこめかみに皺を寄せた。
「オズヴァルトはこの世にはいないだろう。どうやって会うつもりなんだ」
するとルキフェルは「バカなことを聞くな」とでもいうように鼻で笑う。
「どうやって?そんなの決まってるじゃないか。蘇らせるんだよ、この世にね」
僕は鳥羽さんと目を合わせた。お互いに「そんなことができるのか」と疑念を抱いている。
「そのためには死者蘇生の魔法を成功させないといけないからね。この人間たちで試したんだよ。結果はキミたちの知っての通り。血が足りなかったね。やっぱり娘の血肉が必要だったかぁ」
淡々と語るルキフェルは、かつてオリバーさんだった化け物を見上げる。
「さっさと娘を殺しておけば良かったのにね。母親をもう少し長生きできたかもしれないのに」
背筋が凍る。こいつは僕らと同じ感情も倫理観も持ち合わせていない怪物だ。おぞましさと同時に怒りが込み上げてくる。人の命をこんなに軽く扱うだなんて。
「お前にはオズヴァルトを生き返らせるなんて無理だ! 人の命を弄ぶ奴が蘇生なんかできやしない!!」
そう叫べば、ルキフェルはきょとんとした表情をこちらに向けた。僕の言っていることが理解できないとでも言いたげに。
「ボクは出来るさ。必ずね」
そしてルキフェルは隣の化け物を見上げる。
「あとは任せるよ。ボクのやることは終わったから」
「待てっ!」
僕の静止の声も聞かず少年は風と共に消え去った。
「くそっ、あいつ……」
「仔犬くん、今はルキフェルに気を取られている場合じゃないぞ」
鳥羽さんと同じく、裏庭に取り残されたソレを見た。化け物は小さく唸り続け、僕たちに話しかけているようにも思えてくる。
「オリバーさん、僕たちを襲って来ませんね」
「人間だった頃の記憶さえないのだろう。意思すらないバケモノだ」
「人間に戻すことはできないのでしょうか」
鳥羽さんは首を振る。
「魔法の失敗や度重なる実験によって体の一部や人間の身体が変化する事例がある。もとに戻す方法はないんだ。ましてや彼の場合はそういった事情とは異なるだろう。ルキフェルが言っていた、神に抗った人間の末路だと。私たちではどうすることも不可能だ」
「結局、僕はなにも出来なかった。全てが遅かったんだ」
拳を強く握りしめた。最初にエリザベスと会ったとき、違和感をそのままにせず追求するべきだった。もっと早くエリザベスに会いにくるべきだった。オリバーさんを説得すべきだった。
終わらない後悔と反省を頭の中で繰り返す。でも、どれだけ考えても現在を変えることはできない。悔しさに唇を噛み締めた。
「前を見ろ!!」
鳥羽さんが叫ぶ声が響く。
化け物に成り果てたオリバーさんの巨体から触手のようなものが伸び、僕の足首に絡まる。咄嗟に杖先で殴るも離れようとしない。そして強い力で引っ張られ、僕はバランスを崩し背中から倒れ込む。
「うわっ!」
そのまま触手は僕の足に絡みついたまま引き摺られてゆく。
「仔犬っ!」
返事をする事はできなかった。
気がついたときには真っ暗な空間にいて、そこで僕は化け物に呑み込まれたのだと理解する。
光がない闇なのに、自分の足や手は輪郭を捉えることができた。真っ暗な空間の中で不思議と暗視ができているようだ。
行くあてもなく、戻る手段もわからずに歩く。前に進んでいるのか斜めに歩いているのか方向感覚さえ鈍らせた。
「アイラ……アイラ……」
聞いたことのある声だ。僕は声がする方向へ向かう。
「オリバーさん?」
背中を丸めてしゃがみ込む男性に声をかけた。
「ここにはアイラもエリザベスもいない。私は全てを無くしてしまった」
化け物の中には、まだオリバーさんの意識が眠っていたのか。おそらくこの男性はオリバーさんで違いない。
「確かにあなたは大きな過ちを犯してしまった。なぜルキフェルに協力したんです? あいつはあなたを利用しただけだ」
オリバーさんは背を向けたまま言った。
「彼は突然現れたんだ。アイラを亡くし心に穴ができた私のもとへやって来た。自分なら妻を生き返らせることが出来ると言い、死者蘇生の方法を私に伝授してくれた。作業は全て地下で行われた。私は魔力を持ち合わせていないため、大半はあの少年がしてくれたがね。どうしても会いたかった。もう一度会いたかっただけなんだ。愛する人に」
「それは自分の娘に手をかけようとするほどに奥さんの方が大切だったんですか」
「違う!!」
こちらに振り返ったオリバーさんと目が合う。鋭い剣幕で彼は立ち上がる。
「そのつもりはなかった!母親が生き返ってエリザベスも喜んでくれると思った!でもエリザベスはそう思わなかったんだ。何故だ? あの子はアイラが嫌いだったのか?!」
この人は本当になにもわかっていなかったんだ。僕は憐れんだ。
「事故に遭って母親を亡くしたエリザベスは、自分だけが生き残ったことを悔やんでいたんです。目が見えなくなったことも、足が不自由になったことも自分だけが生き残ってしまった罰なのだと」
「いや……そんな……私はそんなことを思っていない!エリザベスが生きていただけでも奇跡だった!」
「でもエリザベスはそう思ってた!」
思わず大声で叫んだ。闇の中では声は反響せずに掻き消えてしまう。
「どうしてエリザベスがそう考えるようになってしまったのか。それは今を生きているエリザベスより、亡くなったアイラさんのことを強く想っていたからですよ。あなたが、父親が自分への愛情より妻への愛情の方が強すぎるのを感じたから。父親が自分を母親の姿と重ねているのを知っていたから。いつも父親の頭の中にあるのも心の中に住んでいるのも愛する妻。どこかに必ず母親の影がある。エリザベスは自分を見て欲しかったんです。寂しかったんですよ。父親からの愛情を受けたかった。あなたは娘への愛情を持っていたのかもしれない、あなたなりに愛情を示していたのかもしれない。でもエリザベスには伝わっていなかった。父親が自分を見てくれないと感じていたエリザベスは、姿の見えない妖精と心を通わせたんだ。彼は……黒いペガサスは彼女を心配して僕を探して、僕はここへ来た」
「私が悪かったのか……全ては私のせいか」
オリバーさんは自分自身を嘲笑った。
「わかりません。死者を悼むことは悪ではないし、あなたは娘を愛していた。それはエリザベスを見ればわかります。綺麗な車椅子に、綺麗な服、手入れされた髪。家も清潔で車椅子のエリザベスが生活しやすいような造りになっていた。どうすればよかったのか僕にもわからない。母親も父親も亡くしたエリザベスが、あなたのようになる可能性だってある」
「今更、悔やんでも全て無駄か」
「…………」
風の音さえも聞こえない静寂が漂う。
先に口を開いたのはオリバーさんだった。
「私はこの意思だけしか残っていない。しかし、これも時期に消えてしまう。妻のもとにさえ行けないだろう。オズの子、最期の頼みだ。勝手なことだが安らかに眠らせてほしい」
「いいんですか? 黒いペガサスはあの世と繋がりがある。あなたをアイラさんのもとへ送ってあげられるかもしれない」
オリバーさんは「いいや」と首を振る。
「私はアイラのもとへは行けない。私が向かう場所はアイラとは相反するものだろう」
「でも……」
「いいんだ。ありがとう、小さき魔法使い」
戸惑いながらも僕は杖を両手で握りしめた。闇に一つの光が宿る。次第に光は広がっていき、闇を照らす。暖かな光に僕らは瞼を伏せた──
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