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第二幕
第43話 死者蘇生
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──死者蘇生。それこそSFや漫画の世界だ。
魔法は人智を越えたものだとしても、失った命を甦らせることは出来ない。それが僕たち魔法使いの常識。それが今、目の前で覆されようとは。
「アイラさん、あなたが本当に生前のアイラさんそのものだとして。オリバーさんはあなたの死者蘇生に成功したというんですか……」
僕はまだ真実を受け止めきれず、アイラさんへ疑問を投げかけた。僕の知る限りではオリバーさんは魔法使いでは無いはずだ。
アイラさんは胸の前で両手を握りしめ、祈るように目を閉じる。
「そうです。あの人が私を再び地に足をつけることを許してくれた。彼が命を宿してくれた。だからこうして娘にも会うことができたの。私はとても幸福に包まれている」
恍惚とした表情で彼女は天を仰ぐ。僕はそれを気持ちが悪いとしか思えなかった。
死者が蘇る? 馬鹿なことをいうな。死んだ人間は二度と地の底から顔を出すことなんてない。それがこの世の摂理であり、覆されることの無い事実だ。
母の姿が僕の脳裏に映し出される。あの人は戻ってこない。
父がよく口にしていた言葉があった。
『死んだ人間は星にならないし、風にもならない。死の先にあるのは“無”だ。なにも残らないんだよ』
それはまるで僕ではなく自分自身に言い聞かせるように父さんは言っていた。
「なぜオリバーにそのような芸当ができた。死者蘇生の方法をどこで知ったんだ」
鳥羽さんが警戒しながら問う。アイラさんは嘲笑うようにくすくすと笑った。
「そんなこと、どうだっていいじゃない。この事実を知ってあなた達は何をするの? オリバーや私を咎めるの? 罰するのかしら?」
「死者蘇生をすることは罪に問われないだろう。そもそも不可能とされていた事だからな。それに関して罪状は制定されていない。しかし事実を知った以上、私は魔法使いとして詳しく聞き出す権利ぐらいあるだろう」
「つまり、興味があると?」
鳥羽さんは口の端を上げてニヤリと笑みを浮かべる。
「一介の魔法使いとしての好奇心だよ」
「“ Curiosity killed the cat”(好奇心は猫を殺す)」
「……忠告のつもりか」
「地に骨を埋めたくなければね」
オリバーさんが死者蘇生できた経緯になにか隠したいことがあるのだろうか。
鳥羽さんが言うように恐らく罪に問われることはない。それでも僕たちに知られたくない事実があるとみた。
死者蘇生を成功させる方法を独占するつもりか?
それとも僕たちがまだ辿り着けていない真実が隠されているのだろうか。
そもそも、目の前にいるアイラさんは“本物のアイラさん”だと言えるのかも疑問だ。それを証明するものはなく、僕たちはアイラさんから口頭で聞いただけで、確証できるものは何も見ていない。
「そこのお友達はまだ納得してないようね」
思考を見透かしたようにアイラさんは僕を指さす。ここで僕は口を開いた。
「……死者蘇生というのなら、そう単純な魔法では無いはずです。人工妖精でさえ事前の準備と儀式を的確に行わなければなりません。禁忌とされている人体の製造に関しても同じ。時間と手間、それから儀式を行うための場所の確保も必要だ。死者蘇生にも同等かそれ以上に何かしらの準備と場所がいるでしょう。それだけの事をオリバーさんが出来るとは僕には思えません」
「それは貴方から見た彼でしょう。人は何者にもなれる欲深さを持っているもの。私がこの場に立っていられるのも、彼の愛の証だと思わない?」
「オリバーさんが今のあなたにご執心でも、娘のエリザベスは違う」
『あの人は、本当のお母様ではないの!』 エリザベスは確かに僕たちへそう言った。
「今のあの子には目がない。私の姿を見れないから疑っていてもおかしくないわよね。一緒にいればわかるわ。まだ私のことを信用してないんだってね。哀しいわ」
アイラさんは眉を下げ、髪を耳にかきあげる。光のない瞳では彼女の本心で悲しんでいるのかわからない。僕には“哀しい”と記号化された仮面を顔に貼り付けたかのようにさえ思えた。
「たとえ目が見えなくとも、彼女には心で人を見ることができる。エリザベスがあなたに感じた違和感を僕は信じます。アイラさん。あなたは本当のアイラさん──エリザベスのお母さんではないですよね。エリザベスが一緒に過ごしたあの頃のアイラさんじゃない」
「なんてことを言うの、オズの子」
「?!」
アイラさんの口から「オズの子」と聞いた僕と鳥羽さんは目を丸くする。
「オズの子」と呼ぶのは魔法使いや妖精くらいだ。アイラさんが生前のアイラさんと変わらぬならオズの子という名前すら出てこないはずなのに──
「きゃーーー!!」
叫び声。それはエリザベスのものだった。僕がエリザベスと再会したあの部屋のところから声は聞こえていた。
「エリザベス!!」
僕は迷わず駆け出していた。
なんだこの不安感は。心臓が激しく脈を打ち、緊張が走る。走っているはずなのに踏み込む足は重りを着けているかのようだ。
「エリザベス!」
もう一度、彼女の名前を叫ぶ。
開かれている部屋の扉。駆けつけた僕と鳥羽さんが最初に見たのはオリバーさんの背中だった。そしてその先には杖を構えて臨戦態勢になっている春鈴さんと、背後で車椅子から転がり落ち床に倒れ込んでいるエリザベスの姿だ。
「オリバーさん!」
名前を呼ぶも僕の声に耳を傾ける素振りさえしない。オリバーさんの右手には斧が握られている。なぜこんな状況になっているのかわからないが、危機的状況にあることは確かだ。
「退けっ! 早く!」
人柄が変わったように怒鳴り声をあげるオリバーさん。紳士的な立ち振る舞いで柔らかな声色をしていた彼とは似ても似つかない。
「何をしているの! あなたが斧を向けようとしているのはあなたの娘なのよ?!」
春鈴さんはエリザベスを守るために結界の魔法陣を生み出し、気が昂っている様子のオリバーさんから距離をとっている。
「かんぺきじゃない……かんぺきじゃない……まだ……まだ……」
まるで悪魔にでも取り憑かれたかのようだ。誰の言葉も聞こえないのか、ひとりで何かを呟いている。
そしてオリバーさんは右手に持つ斧を振り上げた。
「春鈴さん!!」
僕が駆けつけるより、斧が振り落とされる方が速かった。
春鈴さんは結界魔法陣で斧を受け止める。彼女が杖を横に降れば、斧を握る手を振り払い、バランスを崩したオリバーさんはよろめく。
その瞬間。春鈴さんが片脚を蹴り上げてオリバーさんの脇腹を直撃する。足蹴りを受けた身体は鈍い音とともに床に勢いよく倒れ込んだ。斧は床を滑って部屋の脇へ飛んでいく。
僕はこの数秒間の出来事に口をあんぐりと開けて見ていた。
「オリバーさん?!」
慌てて彼のもとへ行き、顔を覗き込んだ。どうやら気絶しているようだ。
「危なかったわね」
冷静に話す春鈴さんに僕は恐ろしくなる……鳥羽さんが素直に彼女の言うことを聞く理由が少しわかった気がした。
「何があった春鈴」
僕はまだ動揺しているのに、鳥羽さんは春鈴さんと同じく冷静そのものだった。
「この部屋にオリバーさんが来たと思ったら、斧を持っていたの。随分と気が荒れていて様子がおかしかったわ。エリザベスに襲いかかろうとしていたところに2人が来たってわけ。わたしにも何がどうなってるのか状況は理解してない」
「面倒なことに巻き込まれたかもしれないな」
2人が話している間に僕はエリザベスの傍へ寄る。彼女は床に倒れ込み、両腕で自分の体を抱いていた。
「怖かったね。もう大丈夫だよ」
声をかけてやればエリザベスは上半身を起こして僕に抱きついた。僕は震える少女の背中を優しく撫でる。
こんなにも身体が細く小さな子が、足も動かず目も見えず、状況がわからないままに居たのは恐ろしかっただろう。
エリザベスだけでも守らなければ──
*****
「死者蘇生?! 本気で信じてるの?!」
春鈴さんの声が部屋に響く。春鈴さんの足元で鳥羽さんはオリバーさんの両手首と両足を紐で縛っているところだった。
「人工妖精の可能性もあるんじゃないですか」
「その線も考えたが、人型の人工妖精であれだけ性能が良いとなれば、人間の新生仔が必要になる。動物ならいざ知れず、人間となれば入手は困難のはず。それにあれは過去の記憶を保持していた。記憶の移植は死人では不可能だ」
「待ってください。死者蘇生だとして……イギリスは火葬が主流でしょう? 死者蘇生には──」
ここで春鈴さんは言葉を切った。僕とエリザベスの方を横目で様子を伺いながら口をとざす。エリザベスの前で言うのをはばかったのだろう。
死者蘇生には蘇生したい人間の体が必要だ。アイラさんが本当に蘇生されたのだとしたら、亡くなったアイラさんの遺体がいることになる。火葬したのなら灰になってしまうため使えないはず。
「確かめるのなら墓を暴くしかないだろうな」
「馬鹿言わないでください。墓荒らしなんて犯罪ですよ」
僕の服の袖をエリザベスはギュッと掴む。
「……どうしたの」
僕が戸惑ってしまっては彼女を余計に不安にさせてしまう。悟られないように、優しく声をかける。
「ごめんなさい……私の……私が悪いの……マホにお願いしたから……」
「エリザベス……」
「私がこんな子だからいけないのよ。何もかも……」
「駄目だよ、そんなこと言わないで」
エリザベスは首を横に振る。
「事故でお母様が死んで、私だけが生きて。でも娘の私はこんな体と目。お父様はたくさん我慢してきた。辛い思いをしてきた。それに私は甘えていたのよ。彼と会ったのも間違いだったのね……」
「彼……黒いペガサス……」
そういえば僕はまだ直接会っていないが、鳥羽さんから聞いた話では、この家にナニかが“混じっている”と言ったらしい。
僕ら人間より妖精の方が敏感で魔力を感じる能力が遥かに高い。高潔な妖精と言われるペガサスなら尚のこと、さらに敏感なのではないだろうか。
妖精は強い魔力を感じるだけではなく、不純な魔力も感じ取れるのだ。魔鉱石で自身の魔力をかさ増ししている鳥羽さんの魔力を感じとっているのと同じように。
「エリザベス。僕が黒いペガサスに会うことはできるかな」
「え? わからない……彼とは夜にしか会わないもの。彼の方からいつも私のもとにやってくるわ」
「それなら君がどこにいたって同じだろうね。ペガサスならきっと見つけられる」
僕はエリザベスを抱きかかえて立ち上がった。
「ま、マホ?!」
自分が僕に抱えられていることがわかるのだろう。エリザベスは戸惑いながらも僕の首に腕を合わす。
「仔犬くん。君はなにを考えているんだ」
僕はエリザベスを抱えたまま体を鳥羽さんに向ける。
「黒いペガサスと会います。エリザベスもオリバーさんも……そしてアイラさんのことも必ず助けます」
このままでは、悲しみの連鎖を生むだけだ。どこかで食い止めなければいけない。
僕が終止符を打つ。
魔法は人智を越えたものだとしても、失った命を甦らせることは出来ない。それが僕たち魔法使いの常識。それが今、目の前で覆されようとは。
「アイラさん、あなたが本当に生前のアイラさんそのものだとして。オリバーさんはあなたの死者蘇生に成功したというんですか……」
僕はまだ真実を受け止めきれず、アイラさんへ疑問を投げかけた。僕の知る限りではオリバーさんは魔法使いでは無いはずだ。
アイラさんは胸の前で両手を握りしめ、祈るように目を閉じる。
「そうです。あの人が私を再び地に足をつけることを許してくれた。彼が命を宿してくれた。だからこうして娘にも会うことができたの。私はとても幸福に包まれている」
恍惚とした表情で彼女は天を仰ぐ。僕はそれを気持ちが悪いとしか思えなかった。
死者が蘇る? 馬鹿なことをいうな。死んだ人間は二度と地の底から顔を出すことなんてない。それがこの世の摂理であり、覆されることの無い事実だ。
母の姿が僕の脳裏に映し出される。あの人は戻ってこない。
父がよく口にしていた言葉があった。
『死んだ人間は星にならないし、風にもならない。死の先にあるのは“無”だ。なにも残らないんだよ』
それはまるで僕ではなく自分自身に言い聞かせるように父さんは言っていた。
「なぜオリバーにそのような芸当ができた。死者蘇生の方法をどこで知ったんだ」
鳥羽さんが警戒しながら問う。アイラさんは嘲笑うようにくすくすと笑った。
「そんなこと、どうだっていいじゃない。この事実を知ってあなた達は何をするの? オリバーや私を咎めるの? 罰するのかしら?」
「死者蘇生をすることは罪に問われないだろう。そもそも不可能とされていた事だからな。それに関して罪状は制定されていない。しかし事実を知った以上、私は魔法使いとして詳しく聞き出す権利ぐらいあるだろう」
「つまり、興味があると?」
鳥羽さんは口の端を上げてニヤリと笑みを浮かべる。
「一介の魔法使いとしての好奇心だよ」
「“ Curiosity killed the cat”(好奇心は猫を殺す)」
「……忠告のつもりか」
「地に骨を埋めたくなければね」
オリバーさんが死者蘇生できた経緯になにか隠したいことがあるのだろうか。
鳥羽さんが言うように恐らく罪に問われることはない。それでも僕たちに知られたくない事実があるとみた。
死者蘇生を成功させる方法を独占するつもりか?
それとも僕たちがまだ辿り着けていない真実が隠されているのだろうか。
そもそも、目の前にいるアイラさんは“本物のアイラさん”だと言えるのかも疑問だ。それを証明するものはなく、僕たちはアイラさんから口頭で聞いただけで、確証できるものは何も見ていない。
「そこのお友達はまだ納得してないようね」
思考を見透かしたようにアイラさんは僕を指さす。ここで僕は口を開いた。
「……死者蘇生というのなら、そう単純な魔法では無いはずです。人工妖精でさえ事前の準備と儀式を的確に行わなければなりません。禁忌とされている人体の製造に関しても同じ。時間と手間、それから儀式を行うための場所の確保も必要だ。死者蘇生にも同等かそれ以上に何かしらの準備と場所がいるでしょう。それだけの事をオリバーさんが出来るとは僕には思えません」
「それは貴方から見た彼でしょう。人は何者にもなれる欲深さを持っているもの。私がこの場に立っていられるのも、彼の愛の証だと思わない?」
「オリバーさんが今のあなたにご執心でも、娘のエリザベスは違う」
『あの人は、本当のお母様ではないの!』 エリザベスは確かに僕たちへそう言った。
「今のあの子には目がない。私の姿を見れないから疑っていてもおかしくないわよね。一緒にいればわかるわ。まだ私のことを信用してないんだってね。哀しいわ」
アイラさんは眉を下げ、髪を耳にかきあげる。光のない瞳では彼女の本心で悲しんでいるのかわからない。僕には“哀しい”と記号化された仮面を顔に貼り付けたかのようにさえ思えた。
「たとえ目が見えなくとも、彼女には心で人を見ることができる。エリザベスがあなたに感じた違和感を僕は信じます。アイラさん。あなたは本当のアイラさん──エリザベスのお母さんではないですよね。エリザベスが一緒に過ごしたあの頃のアイラさんじゃない」
「なんてことを言うの、オズの子」
「?!」
アイラさんの口から「オズの子」と聞いた僕と鳥羽さんは目を丸くする。
「オズの子」と呼ぶのは魔法使いや妖精くらいだ。アイラさんが生前のアイラさんと変わらぬならオズの子という名前すら出てこないはずなのに──
「きゃーーー!!」
叫び声。それはエリザベスのものだった。僕がエリザベスと再会したあの部屋のところから声は聞こえていた。
「エリザベス!!」
僕は迷わず駆け出していた。
なんだこの不安感は。心臓が激しく脈を打ち、緊張が走る。走っているはずなのに踏み込む足は重りを着けているかのようだ。
「エリザベス!」
もう一度、彼女の名前を叫ぶ。
開かれている部屋の扉。駆けつけた僕と鳥羽さんが最初に見たのはオリバーさんの背中だった。そしてその先には杖を構えて臨戦態勢になっている春鈴さんと、背後で車椅子から転がり落ち床に倒れ込んでいるエリザベスの姿だ。
「オリバーさん!」
名前を呼ぶも僕の声に耳を傾ける素振りさえしない。オリバーさんの右手には斧が握られている。なぜこんな状況になっているのかわからないが、危機的状況にあることは確かだ。
「退けっ! 早く!」
人柄が変わったように怒鳴り声をあげるオリバーさん。紳士的な立ち振る舞いで柔らかな声色をしていた彼とは似ても似つかない。
「何をしているの! あなたが斧を向けようとしているのはあなたの娘なのよ?!」
春鈴さんはエリザベスを守るために結界の魔法陣を生み出し、気が昂っている様子のオリバーさんから距離をとっている。
「かんぺきじゃない……かんぺきじゃない……まだ……まだ……」
まるで悪魔にでも取り憑かれたかのようだ。誰の言葉も聞こえないのか、ひとりで何かを呟いている。
そしてオリバーさんは右手に持つ斧を振り上げた。
「春鈴さん!!」
僕が駆けつけるより、斧が振り落とされる方が速かった。
春鈴さんは結界魔法陣で斧を受け止める。彼女が杖を横に降れば、斧を握る手を振り払い、バランスを崩したオリバーさんはよろめく。
その瞬間。春鈴さんが片脚を蹴り上げてオリバーさんの脇腹を直撃する。足蹴りを受けた身体は鈍い音とともに床に勢いよく倒れ込んだ。斧は床を滑って部屋の脇へ飛んでいく。
僕はこの数秒間の出来事に口をあんぐりと開けて見ていた。
「オリバーさん?!」
慌てて彼のもとへ行き、顔を覗き込んだ。どうやら気絶しているようだ。
「危なかったわね」
冷静に話す春鈴さんに僕は恐ろしくなる……鳥羽さんが素直に彼女の言うことを聞く理由が少しわかった気がした。
「何があった春鈴」
僕はまだ動揺しているのに、鳥羽さんは春鈴さんと同じく冷静そのものだった。
「この部屋にオリバーさんが来たと思ったら、斧を持っていたの。随分と気が荒れていて様子がおかしかったわ。エリザベスに襲いかかろうとしていたところに2人が来たってわけ。わたしにも何がどうなってるのか状況は理解してない」
「面倒なことに巻き込まれたかもしれないな」
2人が話している間に僕はエリザベスの傍へ寄る。彼女は床に倒れ込み、両腕で自分の体を抱いていた。
「怖かったね。もう大丈夫だよ」
声をかけてやればエリザベスは上半身を起こして僕に抱きついた。僕は震える少女の背中を優しく撫でる。
こんなにも身体が細く小さな子が、足も動かず目も見えず、状況がわからないままに居たのは恐ろしかっただろう。
エリザベスだけでも守らなければ──
*****
「死者蘇生?! 本気で信じてるの?!」
春鈴さんの声が部屋に響く。春鈴さんの足元で鳥羽さんはオリバーさんの両手首と両足を紐で縛っているところだった。
「人工妖精の可能性もあるんじゃないですか」
「その線も考えたが、人型の人工妖精であれだけ性能が良いとなれば、人間の新生仔が必要になる。動物ならいざ知れず、人間となれば入手は困難のはず。それにあれは過去の記憶を保持していた。記憶の移植は死人では不可能だ」
「待ってください。死者蘇生だとして……イギリスは火葬が主流でしょう? 死者蘇生には──」
ここで春鈴さんは言葉を切った。僕とエリザベスの方を横目で様子を伺いながら口をとざす。エリザベスの前で言うのをはばかったのだろう。
死者蘇生には蘇生したい人間の体が必要だ。アイラさんが本当に蘇生されたのだとしたら、亡くなったアイラさんの遺体がいることになる。火葬したのなら灰になってしまうため使えないはず。
「確かめるのなら墓を暴くしかないだろうな」
「馬鹿言わないでください。墓荒らしなんて犯罪ですよ」
僕の服の袖をエリザベスはギュッと掴む。
「……どうしたの」
僕が戸惑ってしまっては彼女を余計に不安にさせてしまう。悟られないように、優しく声をかける。
「ごめんなさい……私の……私が悪いの……マホにお願いしたから……」
「エリザベス……」
「私がこんな子だからいけないのよ。何もかも……」
「駄目だよ、そんなこと言わないで」
エリザベスは首を横に振る。
「事故でお母様が死んで、私だけが生きて。でも娘の私はこんな体と目。お父様はたくさん我慢してきた。辛い思いをしてきた。それに私は甘えていたのよ。彼と会ったのも間違いだったのね……」
「彼……黒いペガサス……」
そういえば僕はまだ直接会っていないが、鳥羽さんから聞いた話では、この家にナニかが“混じっている”と言ったらしい。
僕ら人間より妖精の方が敏感で魔力を感じる能力が遥かに高い。高潔な妖精と言われるペガサスなら尚のこと、さらに敏感なのではないだろうか。
妖精は強い魔力を感じるだけではなく、不純な魔力も感じ取れるのだ。魔鉱石で自身の魔力をかさ増ししている鳥羽さんの魔力を感じとっているのと同じように。
「エリザベス。僕が黒いペガサスに会うことはできるかな」
「え? わからない……彼とは夜にしか会わないもの。彼の方からいつも私のもとにやってくるわ」
「それなら君がどこにいたって同じだろうね。ペガサスならきっと見つけられる」
僕はエリザベスを抱きかかえて立ち上がった。
「ま、マホ?!」
自分が僕に抱えられていることがわかるのだろう。エリザベスは戸惑いながらも僕の首に腕を合わす。
「仔犬くん。君はなにを考えているんだ」
僕はエリザベスを抱えたまま体を鳥羽さんに向ける。
「黒いペガサスと会います。エリザベスもオリバーさんも……そしてアイラさんのことも必ず助けます」
このままでは、悲しみの連鎖を生むだけだ。どこかで食い止めなければいけない。
僕が終止符を打つ。
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