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第二幕
第29話 すれ違い
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2階の一角に設けられた作業部屋。そこは魔法を使うための場所だ。春鈴さんや鳥羽さんが魔法薬を作ったり、僕が魔法の修行をしている。
修行────といっても大層な鍛錬をしているわけじゃなく。地道に魔法に慣れる訓練をこなしていた。
この日は久しぶりに鳥羽さんの付き添いだ。僕たちは宙に浮かぶそれを見あげている。
「いいぞ。そのまま形状を保つんだ」
鳥羽さんの頭上に浮かぶそれは大きな水の球体。僕の魔法で作りだしたものだ。杖の頭を向けながら落とさないように集中する。
「次は熱魔法で蒸発させろ。それから雲に変える。簡単だろ」
僕は水が沸騰し蒸発してゆくのをイメージした。綺麗な球体をした水には気泡が立ち、輪郭が歪になってゆく。徐々に水の中は沸騰し始め、形を保てなかった水は生き物のように蠢きだした。
大きく蠢く水は次第に膨張し、それから─────
「馬鹿っ!待て────」
何かを察した鳥羽さんは僕に手を伸ばした。が、その手が届くことはなかった。
鳥羽さんの焦った声を聞き、水から目を離した途端。宙に浮く水は土砂降りの雨のように真下にいた鳥羽さんへ降りかかる。
「鳥羽さん!?」
幸いにも僕は距離をとっていたから水を被ることはなかった。しかし目の前には全ての水を被って頭から足先まで水浸しの鳥羽さんが立っている。不味いことになった。
「あの……大丈夫ですか……」
近付いて恐る恐る声をかける。濡れてカラスの羽のように艷めく前髪を鳥羽さんは指で掻き分けた。赤い目がぎょろりと僕を睨む。
「ひぃっ!!」
僕は悲鳴をあげた。
腕を組んだ鳥羽さんの表情が険しくなる。
「お前ってやつは」
「ごめんなさい。反省しております………」
蒸発させるつもりが、飛散させてしまったようだ。
「タオル持ってきますね」
僕が急いでその場を離れようとするのを鳥羽さんは止めた。
「必要ない」と言って杖を取り出し、一瞬にして全身を乾かしたのだ。
傍にあった椅子に腰掛けるとテーブルに肩肘をついて僕に怪訝な表情をむけた。
「集中力が散漫しているな。まだ1時間も経っていないぞ」
「すみません………」
気まずさから目線を逸らし謝罪すると鳥羽さんは大きく息を吐く。
「私のもとで魔法を習うのが嫌になったか」
僕は慌てて否定する。
「違います!ごめんなさい、今日は上手くいかない日みたいで」
先日の榎本先生の件。僕はずっと鳥羽さんや春鈴さんへ話せずにいた。まだ動揺しているんだ。
あれから先生はいつもと変わらず僕に接してくるし、資料室でのことが嘘のよう。
───鳥羽眞人と暮らしているんだろう。早いうちに彼の傍から離れた方がいい。進堂のためにもな。
榎本先生はそう言っていた。先生がどういう人物なのかわかっていない今は、まだ鳥羽さんに話すべきじゃないかもしれない。
「いや、私も悪かった。今日はここまでにしておこう。せっかくの休日だ。君もゆっくり休んでいるといい」
そう言って立ち上がった鳥羽さんは僕の横を通り過ぎ、バルコニーへ出て行く。
僕は部屋を出ていこうとした足をドアの前で止め、振り返ってバルコニーの方へ歩いていった。バルコニーの扉を開ければ秋風が頬を撫でる。
外の景色を眺める鳥羽さんの隣へ、僕も習うように景色を見つめた。青かった木々は葉を散らし、空気は乾燥している。
どうやって話を切り出そうか僕は悩んでいた。静かな沈黙が続く。
しばらくして僕は意を決して沈黙を破った。
「鳥羽さんはいつから父さんと知り合いに?」
親子ほど歳の離れた二人が、どうして知り合ったのかは前々から疑問だったのだ。これといった接点も見当たらない。
鳥羽さんは目の前に広がる景色を眺めながら「そうだな」と語りだした。
「君が産まれる少し前のことだ。お父さんが今の職に就く前は、家庭教師をしていたのは知っているか?」
僕は頷く。現在の父の仕事はITエンジニアだ。僕が小学生の頃は家庭教師をしていた。家庭教師をしながらエンジニアの勉強に励んでいたそうだ。
「私は君のように学校へ行って同級生と青春を過ごしたりはしていない。外部との接触を徹底的に遮断されていたが、家庭教師として晴政さんがやって来た。私が10歳のときだ。仔犬くんが産まれるほんの数ヶ月前だな」
僕は驚いて目を見開いた。二人の接点はそこにあったのか。
「知らなかった。父さんは仕事の話をしないから。鳥羽さんのことも全く………」
「それもそうだろう。私のことは口外しないように口止めしていたようだからな。その代わりに金額を増して支払っていたらしい」
「そんな………九十九家はそこまでして鳥羽さんを隠したかったんですね。それに父さんは鳥羽さんの現状を知っていて、お金を受け取っていたんだ………」
やり場のない怒りに僕は拳を握った。そんな僕の肩に鳥羽さんの手が置かれる。
「晴政さんのことは責めないでやってくれ。あの人は優しい大人だ。私は大人に期待も願望も抱けなかった。けれど君のお父さんだけは………晴政さんだけは違う。血統のしがらみなんてあの人の前では関係ない。私はただの子どもでいられた。それこそ本当に………父親の────」
途中で鳥羽さんは言葉を切る。それ以上は口にすることをやめてしまった。
でも彼が言わんとすることはわかる。鳥羽さんにとっては実の両親以上に僕の父さんと親しかったんだ。まるで自分の父親のように思っていた。
肉親からは疎まれ、外部から隔たれた部屋に一人過ごした日々はどれ程に孤独だっただろう。手を差し伸べてくれる大人は居らず、鳥羽さんが唯一信頼していた大人が父さんだった。
「君のことも、よく話していたよ。私は人の子どもの話を聞いても退屈だったがね。それでも、どれだけ君に愛情を持って接していたのかは伝わった。父の日に貰った似顔絵を自慢したり、君への誕生日プレゼントに頭を悩ませたり、やっと嫌いな野菜を克服できたと報告してきたり………全く、退屈な話さ」
悲しそうに笑う鳥羽さんは、僕を見つめつつも違う誰かを見ているのだろう。
「晴政さんが家庭教師を辞めて、私が九十九家と縁を切り家を出て………再会したのは魔香堂をオープンしてから間もない頃だったかな。恐らく雪から私のことを聞きつけたんだろう。息子がオズの子だと知らされたのはその時だ。最初は何の冗談かと思っていたが………正直、仔犬くんと直接会うまでは疑っていた」
そう言って鳥羽さんは笑った。
「鳥羽さんは父さんのことを大切に思っているんですね。父さんが、あんたに僕を預けた理由は昔から親交があったからだ。それに九十九家とは縁を切っていて魔法協会とは関わりがない。父さんは九十九や魔法協会から僕を遠ざけたかったから都合が良かったのかも。それじゃぁ、鳥羽さんが僕を弟子にしたのは父さんがそうお願いしたから?父さんのため?あんたは前に言った。僕を弟子にしたのは、オズの子が弟子であることで自分に箔が付くって。でも実際はそうはいかなかった。逆に周りの魔法使いから疎まれる存在になってる。こうなることは、わかっていたんでしょう。そこまでして父さんの為に何かしたかったんですか」
鳥羽さんの表情が曇ったのを見て、僕は言いすぎたのだと後悔した。
父さんのことも鳥羽さんのことも責めたいわけじゃない。でも鳥羽さんが僕越しに見ているのは父さんの姿で────僕自身じゃないだろう。
九十九や魔法協会が僕を僕としてではなく、オズの子として価値を見いだしているように。鳥羽さんにとっての僕はオズの子であり、親しいあの人の子でしかない。
「春鈴さんは僕のことを本当の弟のようだって。僕も春鈴さんのことを姉のように慕っているし、鳥羽さんのことだって………僕は………」
家族のように思えたら────
喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。言ってしまえば彼は離れていきそうな気がして。そんなことを鳥羽さんが望んでいるのかわからない。答え合わせをするのが怖かった。
鳥羽さんが父さんに父性を求めたように。春鈴さんの優しさに母性と似たものを感じているのだろう。
でも僕は?
ただの頼りない子どもだ。僕では鳥羽さんの何かになることは出来ないかもしれない。そう考えてしまうと先程の言ったことを後悔した。
「私たちは師と弟子だろう。それ以外に関係を表す必要があるか?君が言ったように、私は晴政さんから頼まれたから君をここにおいているだけ。しかしそれで仔犬くんは守られている。私にとっての利益は晴政さんからの信頼。損害は周りから忌み嫌われること、それは大したことはない。慣れたことだ。君の利益は保護されていること。損害といえば私の弟子になって魔法を熟知せねばならんことか」
「…………利害関係ってことですか」
「事実を言ったまでだろう」
まただ。この人は僕と一線を置いて突き放そうとする。僕が近付こうとする度に一歩下がってゆく。
前の僕なら怒っただろう。利害関係だけの関係なんて、そんなものは師弟でもなんでもない。利とするものが無くなれば、もしくはどちらかに不利益が大きくなれば、その関係は終わる。天秤にかけられた脆いもの。僕は損得で人間関係を築きたいとは思わない。だから「そんな理由で一緒にいたくない」と言っただろう。
だけど今は────怒りよりも、ただ悲しかった。心のどこかで、僕が欲する答えを言ってくれるのではないかと期待したのだ。
着信音が鳴り響く。テーブルの上の携帯端末。鳥羽さんの物だ。僕たちはバルコニーから室内へ戻り、鳥羽さんは携帯端末の表示を確認している。嘆息をつきながら電話にでた。
「私だが、休日になんのよう────」
携帯端末を耳にあてている鳥羽さんの顔つきが次第に険しくなる。「わかった、すぐに行く」と言って通話を切った。
「何があったんですか」
そう聞けば鳥羽さんは「急用だ」とだけ返し、忙しくなく部屋を出ていくのだ。その背中を僕は立ち尽くして見ているしかなかった。
修行────といっても大層な鍛錬をしているわけじゃなく。地道に魔法に慣れる訓練をこなしていた。
この日は久しぶりに鳥羽さんの付き添いだ。僕たちは宙に浮かぶそれを見あげている。
「いいぞ。そのまま形状を保つんだ」
鳥羽さんの頭上に浮かぶそれは大きな水の球体。僕の魔法で作りだしたものだ。杖の頭を向けながら落とさないように集中する。
「次は熱魔法で蒸発させろ。それから雲に変える。簡単だろ」
僕は水が沸騰し蒸発してゆくのをイメージした。綺麗な球体をした水には気泡が立ち、輪郭が歪になってゆく。徐々に水の中は沸騰し始め、形を保てなかった水は生き物のように蠢きだした。
大きく蠢く水は次第に膨張し、それから─────
「馬鹿っ!待て────」
何かを察した鳥羽さんは僕に手を伸ばした。が、その手が届くことはなかった。
鳥羽さんの焦った声を聞き、水から目を離した途端。宙に浮く水は土砂降りの雨のように真下にいた鳥羽さんへ降りかかる。
「鳥羽さん!?」
幸いにも僕は距離をとっていたから水を被ることはなかった。しかし目の前には全ての水を被って頭から足先まで水浸しの鳥羽さんが立っている。不味いことになった。
「あの……大丈夫ですか……」
近付いて恐る恐る声をかける。濡れてカラスの羽のように艷めく前髪を鳥羽さんは指で掻き分けた。赤い目がぎょろりと僕を睨む。
「ひぃっ!!」
僕は悲鳴をあげた。
腕を組んだ鳥羽さんの表情が険しくなる。
「お前ってやつは」
「ごめんなさい。反省しております………」
蒸発させるつもりが、飛散させてしまったようだ。
「タオル持ってきますね」
僕が急いでその場を離れようとするのを鳥羽さんは止めた。
「必要ない」と言って杖を取り出し、一瞬にして全身を乾かしたのだ。
傍にあった椅子に腰掛けるとテーブルに肩肘をついて僕に怪訝な表情をむけた。
「集中力が散漫しているな。まだ1時間も経っていないぞ」
「すみません………」
気まずさから目線を逸らし謝罪すると鳥羽さんは大きく息を吐く。
「私のもとで魔法を習うのが嫌になったか」
僕は慌てて否定する。
「違います!ごめんなさい、今日は上手くいかない日みたいで」
先日の榎本先生の件。僕はずっと鳥羽さんや春鈴さんへ話せずにいた。まだ動揺しているんだ。
あれから先生はいつもと変わらず僕に接してくるし、資料室でのことが嘘のよう。
───鳥羽眞人と暮らしているんだろう。早いうちに彼の傍から離れた方がいい。進堂のためにもな。
榎本先生はそう言っていた。先生がどういう人物なのかわかっていない今は、まだ鳥羽さんに話すべきじゃないかもしれない。
「いや、私も悪かった。今日はここまでにしておこう。せっかくの休日だ。君もゆっくり休んでいるといい」
そう言って立ち上がった鳥羽さんは僕の横を通り過ぎ、バルコニーへ出て行く。
僕は部屋を出ていこうとした足をドアの前で止め、振り返ってバルコニーの方へ歩いていった。バルコニーの扉を開ければ秋風が頬を撫でる。
外の景色を眺める鳥羽さんの隣へ、僕も習うように景色を見つめた。青かった木々は葉を散らし、空気は乾燥している。
どうやって話を切り出そうか僕は悩んでいた。静かな沈黙が続く。
しばらくして僕は意を決して沈黙を破った。
「鳥羽さんはいつから父さんと知り合いに?」
親子ほど歳の離れた二人が、どうして知り合ったのかは前々から疑問だったのだ。これといった接点も見当たらない。
鳥羽さんは目の前に広がる景色を眺めながら「そうだな」と語りだした。
「君が産まれる少し前のことだ。お父さんが今の職に就く前は、家庭教師をしていたのは知っているか?」
僕は頷く。現在の父の仕事はITエンジニアだ。僕が小学生の頃は家庭教師をしていた。家庭教師をしながらエンジニアの勉強に励んでいたそうだ。
「私は君のように学校へ行って同級生と青春を過ごしたりはしていない。外部との接触を徹底的に遮断されていたが、家庭教師として晴政さんがやって来た。私が10歳のときだ。仔犬くんが産まれるほんの数ヶ月前だな」
僕は驚いて目を見開いた。二人の接点はそこにあったのか。
「知らなかった。父さんは仕事の話をしないから。鳥羽さんのことも全く………」
「それもそうだろう。私のことは口外しないように口止めしていたようだからな。その代わりに金額を増して支払っていたらしい」
「そんな………九十九家はそこまでして鳥羽さんを隠したかったんですね。それに父さんは鳥羽さんの現状を知っていて、お金を受け取っていたんだ………」
やり場のない怒りに僕は拳を握った。そんな僕の肩に鳥羽さんの手が置かれる。
「晴政さんのことは責めないでやってくれ。あの人は優しい大人だ。私は大人に期待も願望も抱けなかった。けれど君のお父さんだけは………晴政さんだけは違う。血統のしがらみなんてあの人の前では関係ない。私はただの子どもでいられた。それこそ本当に………父親の────」
途中で鳥羽さんは言葉を切る。それ以上は口にすることをやめてしまった。
でも彼が言わんとすることはわかる。鳥羽さんにとっては実の両親以上に僕の父さんと親しかったんだ。まるで自分の父親のように思っていた。
肉親からは疎まれ、外部から隔たれた部屋に一人過ごした日々はどれ程に孤独だっただろう。手を差し伸べてくれる大人は居らず、鳥羽さんが唯一信頼していた大人が父さんだった。
「君のことも、よく話していたよ。私は人の子どもの話を聞いても退屈だったがね。それでも、どれだけ君に愛情を持って接していたのかは伝わった。父の日に貰った似顔絵を自慢したり、君への誕生日プレゼントに頭を悩ませたり、やっと嫌いな野菜を克服できたと報告してきたり………全く、退屈な話さ」
悲しそうに笑う鳥羽さんは、僕を見つめつつも違う誰かを見ているのだろう。
「晴政さんが家庭教師を辞めて、私が九十九家と縁を切り家を出て………再会したのは魔香堂をオープンしてから間もない頃だったかな。恐らく雪から私のことを聞きつけたんだろう。息子がオズの子だと知らされたのはその時だ。最初は何の冗談かと思っていたが………正直、仔犬くんと直接会うまでは疑っていた」
そう言って鳥羽さんは笑った。
「鳥羽さんは父さんのことを大切に思っているんですね。父さんが、あんたに僕を預けた理由は昔から親交があったからだ。それに九十九家とは縁を切っていて魔法協会とは関わりがない。父さんは九十九や魔法協会から僕を遠ざけたかったから都合が良かったのかも。それじゃぁ、鳥羽さんが僕を弟子にしたのは父さんがそうお願いしたから?父さんのため?あんたは前に言った。僕を弟子にしたのは、オズの子が弟子であることで自分に箔が付くって。でも実際はそうはいかなかった。逆に周りの魔法使いから疎まれる存在になってる。こうなることは、わかっていたんでしょう。そこまでして父さんの為に何かしたかったんですか」
鳥羽さんの表情が曇ったのを見て、僕は言いすぎたのだと後悔した。
父さんのことも鳥羽さんのことも責めたいわけじゃない。でも鳥羽さんが僕越しに見ているのは父さんの姿で────僕自身じゃないだろう。
九十九や魔法協会が僕を僕としてではなく、オズの子として価値を見いだしているように。鳥羽さんにとっての僕はオズの子であり、親しいあの人の子でしかない。
「春鈴さんは僕のことを本当の弟のようだって。僕も春鈴さんのことを姉のように慕っているし、鳥羽さんのことだって………僕は………」
家族のように思えたら────
喉まで出かかった言葉を飲み込んだ。言ってしまえば彼は離れていきそうな気がして。そんなことを鳥羽さんが望んでいるのかわからない。答え合わせをするのが怖かった。
鳥羽さんが父さんに父性を求めたように。春鈴さんの優しさに母性と似たものを感じているのだろう。
でも僕は?
ただの頼りない子どもだ。僕では鳥羽さんの何かになることは出来ないかもしれない。そう考えてしまうと先程の言ったことを後悔した。
「私たちは師と弟子だろう。それ以外に関係を表す必要があるか?君が言ったように、私は晴政さんから頼まれたから君をここにおいているだけ。しかしそれで仔犬くんは守られている。私にとっての利益は晴政さんからの信頼。損害は周りから忌み嫌われること、それは大したことはない。慣れたことだ。君の利益は保護されていること。損害といえば私の弟子になって魔法を熟知せねばならんことか」
「…………利害関係ってことですか」
「事実を言ったまでだろう」
まただ。この人は僕と一線を置いて突き放そうとする。僕が近付こうとする度に一歩下がってゆく。
前の僕なら怒っただろう。利害関係だけの関係なんて、そんなものは師弟でもなんでもない。利とするものが無くなれば、もしくはどちらかに不利益が大きくなれば、その関係は終わる。天秤にかけられた脆いもの。僕は損得で人間関係を築きたいとは思わない。だから「そんな理由で一緒にいたくない」と言っただろう。
だけど今は────怒りよりも、ただ悲しかった。心のどこかで、僕が欲する答えを言ってくれるのではないかと期待したのだ。
着信音が鳴り響く。テーブルの上の携帯端末。鳥羽さんの物だ。僕たちはバルコニーから室内へ戻り、鳥羽さんは携帯端末の表示を確認している。嘆息をつきながら電話にでた。
「私だが、休日になんのよう────」
携帯端末を耳にあてている鳥羽さんの顔つきが次第に険しくなる。「わかった、すぐに行く」と言って通話を切った。
「何があったんですか」
そう聞けば鳥羽さんは「急用だ」とだけ返し、忙しくなく部屋を出ていくのだ。その背中を僕は立ち尽くして見ているしかなかった。
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