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第一幕
第6話 愛しの少女
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イギリス。イングランドにあるコッツウォルズ。大自然に囲まれた美しい田舎町だ。
そんなところに魔法使いが住む家があることは、現地の住民しか知らない。
「これがドライフラワー。カモミール、ラベンダー、ジャスミン、ローズ、ミント。これを細かく砕いて、不織布の小袋に入れるの。それがサシェよ」
テーブルには様々なドライフラワーが置かれていて、不織布の袋とリボンもいくつか種類がある。
僕は春鈴さんからサシェ(香り袋)の作り方を教えてもらっていた。
「本当に魔法を使わなくてもサシェに魔力が宿るんですか?」
「作業工程自体が儀式の一環になっているの。手作りのお菓子や料理にも微量ながら魔力が宿るのよ。だから手作りのものって魔除け効果があったりするとされているの」
「でも魔力は体内にあるから……そのための杖ですよね?」
魔法を行うには魔力が必要。だけど魔力は僕たちの体内にあるエネルギーだ。魔法使いは杖を使用することで体内の魔力を外へ放出し、魔法に変換することで魔法が成立する。
「んー。それはあくまでも魔法を行なうのものであって。今から作るサシェはおまじないなのよ」
「魔法とおまじないは違うってことですか」
「そうね。魔法は科学や物理法則に逆らって起こす事象で、おまじないはジンクスと言った方が伝わるかしら。ほら、消しゴムに好きな人の名前を書くってあるでしょう。あれもジンクスよね。日本風に言えば縁担ぎかしら」
「魔法は事象だけど、おまじないは事象ではなくて行動自体に意味を持つんですね」
「そうよ。魔法は事象であり結果なの」
僕は乳鉢にラベンダーを入れて砕いていく。
「ラベンダーはリラックス効果があるからストレスの軽減にもなるわ。サシェにすればその効果が得られるわね。魔力の資質が高いと、おまじないの効果も少し高くなるのよ。だから魔法使いが使ったサシェだとかは一般的な物より価値が高くなる。もちろん魔法ではないから、魔法薬より効果は薄いけど。気休めにはなるわ」
「魔法薬でも眠り薬やストレスを抑えるものがありましたね。サシェでもリラックス効果やストレス軽減になるなら効果は同じ?でもサシェはおまじないだから……えっと……」
頭を悩ませていると、隣の春鈴さんはくすくすと笑う。
「そんなに難しく考えなくていいの。魔法薬は睡眠剤や精神安定剤と同じね。化学薬品か魔法で作ってるかの違いよ」
「睡眠剤や精神安定剤と同様に、使用量は適切に摂取したほうがいいって、鳥羽さんから聞きました」
「そうね。いくら魔法だからといっても扱いには注意が必要だわ。とくに心と頭は大切でね。魔法薬を摂取し過ぎると───あぁ、脱線しちゃうわね。また別の機会に教えましょう。今はサシェ作りだから」
細かく砕いたドライフラワーは小袋に詰める。リボンをして口を閉じれば出来上がりだ。
「いい匂いですね」
淡い青色の袋にラベンダーを詰め、黄色のリボンを付けた。サシェからは甘く柔らかな匂いがする。
「今回はサシェを作ったけど。ドライフラワーはドライポプリやモイストポプリも作れるの。やってみる?」
「サシェってポプリのことじゃないんですか?」
「サシェは袋に入った物で、ポプリは瓶に入れるのよ。作り方も違うから別物ね」
「うーん……女の子は好きそうですけどね」
いい匂いではあるし、部屋にでも置いておけば香りが良さそうではあるが。趣味で作るほどではないと僕は思った。
「作り方を覚えれば好きな子にあげられるわよ。女の子は喜ぶんじゃないかしら」
「い、いやぁ……そんな相手はいないので」
「好きな子いないの?真帆くんはどんな子が好きなの?お付き合いしたことはある?」
質問攻めにしてくる春鈴さんに僕はたじたじだった。先程までは真面目に教えてくれていたのに、すっかり僕の恋愛の興味にうつり、好奇心を向けられている。
女性はこの手の話しが本当に好きなんだな。凄く活き活きしている。
*****************
春鈴さんとのサシェ作りを終えた僕は魔香堂へ行った。
魔香堂は鳥羽さんが経営する魔法薬店。家の客間から魔香堂に繋がる扉が1枚ある。
魔法って便利だよなと思いながら客間に入り、魔香堂へ繋がる扉を開いた。そこからカウンターに座る鳥羽さんの背中がみえる。
「ちょうどいい所に来たな……どうした、少しやつれてないか?」
僕をみた鳥羽さんは怪訝な顔をしている。
「春鈴さんに質問攻めにされてまして……」
「まぁいい。来たついでに魔法薬の瓶を棚に並べてくれるか」
カウンターに並べてある瓶を鳥羽さんは指さした。
「わかりました」
鳥羽さんの指示で棚に並べていく。 魔法薬はピンクとか青色とか、様々な色でカラフルだ。 眠り薬、惚れ薬、変身する薬。効果も色々。
魔法薬を作るには、水に魔法をかけて出来上がり。ではなくて。材料や調合が重要なんだという。魔法薬の効果や質も造り手によって変化する。春鈴さんはその点、優れた人だそうだ。「私よりも彼女の方が上手くやる」からと鳥羽さんは春鈴さんに任せてあるらしい。
瓶を並び終えたところで、カウンターに座って帳簿を見ている鳥羽さんに声をかけた。
「僕、このあと外出しますね」
「そうか。遅くなるなよ」
*****************
半袖にウエストポーチを斜め掛けし、ハーフパンツとスニーカーを履いた。
外に出れば日差しが強くあたる。 日本はイギリスとは気候や気温が異なり、この真夏は非常に暑い。
イギリスは夏季が1番気温が高い時期なのだが、最高気温でも20度前後だ。それに比べて日本の夏季の気温は25度から30度を越える。イギリスの気温になれてしまうと日本にやってきたときは気温差で倒れそうだ。
今は殆どをイギリスで過ごしていて、日本に来るのは買い物や友だちと遊ぶ時くらい。今日は気分転換がてらにやってきたのだけど──
人気のない町内の小さな神社。通りすがりに人の姿が見えた。 生い茂る木の下で女の子が立っている。その姿に僕は驚いた。
驚いたのは女の子が一人でいたからではない。彼女の周りにはピクシーが飛んでいたからだ。
ピクシーは小さな人の形をしていて、背中に羽根が生えている。市街地などでは滅多に姿を見ることがなく、自然に溢れた森に生息していることが多い。そのため僕も街中でピクシーを目にすることはほぼなかった。
女の子はなにか両手で持っているようで、周りのピクシーたちはそれを不安げに覗き込んでいる。
「なにしてるの」
そう後ろから声をかければ、女の子は驚いた顔でこちらを振り返る。僕は見覚えのある顔に目を丸くした。
「──八尾さん?」
すると彼女は訝しげな顔をする。
「誰?」
「同じ青葉北高校の1年。進堂だよ。僕は2組なんだけど。君は1組の八尾さんだよね」
「ごめん、あたし、あなたを知らないんだけど」
まぁ無理もない。僕らは直接対面したのは今が初めてだ。
八尾亜澄果。栗色の髪に緑の目をした女の子だ。活発な子で、1年生の間ではそこそこ名の知れた学生なのだ。つまり彼女は学校内でも目立つグループの一人。なので僕も一方的に彼女のことを知っている。
「八尾さんの同じクラスに東雲っているでしょう?僕の幼馴染なんだ。八尾さんのこと聞いたことがあったから」
「東雲くんの幼馴染……そうなんだ」
八尾さんはどこか警戒していた。その理由は彼女の手のひらを見て察する。 彼女が持っていたのはピクシーだった。横になって倒れている。
『あらぁ、オズの子だワ』
『ほんと、ほんと、あらびっくり。オズの子だわ』
『愛しの子。かわいいオズの子ね』
八尾さんに集まっていたピクシー達が僕の傍へやって来て、頭上をくるくると泳いでいる。
「こんにちは、良いお隣さん」
僕がピクシーに挨拶をすれば、八尾さんは目を丸くした。
「あなたも見えるの?!」
「八尾さんも見える人なんだね」
すると。先程まで距離をとっていた彼女が僕との間を詰めてくる。
「助けて!!この子、苦しそうなの!」
そう言って差し出してきたのは、手のひらにのるピクシーだ。随分と衰弱した様子だった。 彼女の手の中で横に倒れ、浅く呼吸をするように体が上下に動いている。
「この子はどうしたの?」
『いやらしいヤツ』
『そう!いやらしい奴が、鉄の網を張っていたの!』
『鉄の網に絡まったのよ』
鉄の網というのは、妖精を捕獲するための罠だ。妖精の弱点は鉄。自然から産まれる妖精は、人工物と相性が悪い。とくに冷えた鉄は触れると火傷をすることがある。それを利用して人間は罠を張り、捕獲するのだ。
「どうしよう。このままだと死んじゃうかもしれない」
「大丈夫だよ。僕の知り合いに聞いてみよう。妖精に詳しいから」
そうは言ったが、かなり衰弱した状態では魔香堂に着くまでに無事かわからない。
ウエストポーチから角砂糖ほどの水晶を取り出すと、弱ったフェアリーに持たせた。それを抱きしめるように言ってやると、小さな腕で蹲るように抱きしめた。 妖精は少しだけ顔色が和らいだようだ。
「なにをしたの?」
「この水晶は僕の魔力が宿ってるんだ。彼女たちなら持っているだけでも魔力を感じとれるからね。少しは回復と維持ができるんじゃないかと思って」
本当は魔法の失敗の産物だ。水晶を肥大化させる魔法をするはずだったが、僕は破壊してしまった。
どうやら僕の魔力が大きすぎて、水晶が耐えきれずに容量オーバーで破壊したらしい。鳥羽さんには自分の魔力の調節をちゃんとしろって怒られてしまった。その時の水晶の欠片だ。
『オズの子、あなたの魔力は美味しそう。どんな味がするのかしら』
『きっと花の蜜のように甘いのよ』
「ごめんね。今はこのひとつしかないんだ。今度あげるからね」
『残念だわぁ』
『約束よ。約束』
「八尾さん。僕がその子を預かって知り合いに診てもらってもいいんだけど……どうする?」
「……あたしも一緒に行く」
『アスカは優しいのね。わたし、そんなところが好きよ』
飛んでいたピクシーの一人が八尾さんの頬に口付けする。
「うん。行ってくるね」
『またクッキー持ってきてね』
八尾さんは妖精たちに手を振り返す。
ピクシーたちに見送られ。僕たちは魔香堂へ向かった。
そんなところに魔法使いが住む家があることは、現地の住民しか知らない。
「これがドライフラワー。カモミール、ラベンダー、ジャスミン、ローズ、ミント。これを細かく砕いて、不織布の小袋に入れるの。それがサシェよ」
テーブルには様々なドライフラワーが置かれていて、不織布の袋とリボンもいくつか種類がある。
僕は春鈴さんからサシェ(香り袋)の作り方を教えてもらっていた。
「本当に魔法を使わなくてもサシェに魔力が宿るんですか?」
「作業工程自体が儀式の一環になっているの。手作りのお菓子や料理にも微量ながら魔力が宿るのよ。だから手作りのものって魔除け効果があったりするとされているの」
「でも魔力は体内にあるから……そのための杖ですよね?」
魔法を行うには魔力が必要。だけど魔力は僕たちの体内にあるエネルギーだ。魔法使いは杖を使用することで体内の魔力を外へ放出し、魔法に変換することで魔法が成立する。
「んー。それはあくまでも魔法を行なうのものであって。今から作るサシェはおまじないなのよ」
「魔法とおまじないは違うってことですか」
「そうね。魔法は科学や物理法則に逆らって起こす事象で、おまじないはジンクスと言った方が伝わるかしら。ほら、消しゴムに好きな人の名前を書くってあるでしょう。あれもジンクスよね。日本風に言えば縁担ぎかしら」
「魔法は事象だけど、おまじないは事象ではなくて行動自体に意味を持つんですね」
「そうよ。魔法は事象であり結果なの」
僕は乳鉢にラベンダーを入れて砕いていく。
「ラベンダーはリラックス効果があるからストレスの軽減にもなるわ。サシェにすればその効果が得られるわね。魔力の資質が高いと、おまじないの効果も少し高くなるのよ。だから魔法使いが使ったサシェだとかは一般的な物より価値が高くなる。もちろん魔法ではないから、魔法薬より効果は薄いけど。気休めにはなるわ」
「魔法薬でも眠り薬やストレスを抑えるものがありましたね。サシェでもリラックス効果やストレス軽減になるなら効果は同じ?でもサシェはおまじないだから……えっと……」
頭を悩ませていると、隣の春鈴さんはくすくすと笑う。
「そんなに難しく考えなくていいの。魔法薬は睡眠剤や精神安定剤と同じね。化学薬品か魔法で作ってるかの違いよ」
「睡眠剤や精神安定剤と同様に、使用量は適切に摂取したほうがいいって、鳥羽さんから聞きました」
「そうね。いくら魔法だからといっても扱いには注意が必要だわ。とくに心と頭は大切でね。魔法薬を摂取し過ぎると───あぁ、脱線しちゃうわね。また別の機会に教えましょう。今はサシェ作りだから」
細かく砕いたドライフラワーは小袋に詰める。リボンをして口を閉じれば出来上がりだ。
「いい匂いですね」
淡い青色の袋にラベンダーを詰め、黄色のリボンを付けた。サシェからは甘く柔らかな匂いがする。
「今回はサシェを作ったけど。ドライフラワーはドライポプリやモイストポプリも作れるの。やってみる?」
「サシェってポプリのことじゃないんですか?」
「サシェは袋に入った物で、ポプリは瓶に入れるのよ。作り方も違うから別物ね」
「うーん……女の子は好きそうですけどね」
いい匂いではあるし、部屋にでも置いておけば香りが良さそうではあるが。趣味で作るほどではないと僕は思った。
「作り方を覚えれば好きな子にあげられるわよ。女の子は喜ぶんじゃないかしら」
「い、いやぁ……そんな相手はいないので」
「好きな子いないの?真帆くんはどんな子が好きなの?お付き合いしたことはある?」
質問攻めにしてくる春鈴さんに僕はたじたじだった。先程までは真面目に教えてくれていたのに、すっかり僕の恋愛の興味にうつり、好奇心を向けられている。
女性はこの手の話しが本当に好きなんだな。凄く活き活きしている。
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春鈴さんとのサシェ作りを終えた僕は魔香堂へ行った。
魔香堂は鳥羽さんが経営する魔法薬店。家の客間から魔香堂に繋がる扉が1枚ある。
魔法って便利だよなと思いながら客間に入り、魔香堂へ繋がる扉を開いた。そこからカウンターに座る鳥羽さんの背中がみえる。
「ちょうどいい所に来たな……どうした、少しやつれてないか?」
僕をみた鳥羽さんは怪訝な顔をしている。
「春鈴さんに質問攻めにされてまして……」
「まぁいい。来たついでに魔法薬の瓶を棚に並べてくれるか」
カウンターに並べてある瓶を鳥羽さんは指さした。
「わかりました」
鳥羽さんの指示で棚に並べていく。 魔法薬はピンクとか青色とか、様々な色でカラフルだ。 眠り薬、惚れ薬、変身する薬。効果も色々。
魔法薬を作るには、水に魔法をかけて出来上がり。ではなくて。材料や調合が重要なんだという。魔法薬の効果や質も造り手によって変化する。春鈴さんはその点、優れた人だそうだ。「私よりも彼女の方が上手くやる」からと鳥羽さんは春鈴さんに任せてあるらしい。
瓶を並び終えたところで、カウンターに座って帳簿を見ている鳥羽さんに声をかけた。
「僕、このあと外出しますね」
「そうか。遅くなるなよ」
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半袖にウエストポーチを斜め掛けし、ハーフパンツとスニーカーを履いた。
外に出れば日差しが強くあたる。 日本はイギリスとは気候や気温が異なり、この真夏は非常に暑い。
イギリスは夏季が1番気温が高い時期なのだが、最高気温でも20度前後だ。それに比べて日本の夏季の気温は25度から30度を越える。イギリスの気温になれてしまうと日本にやってきたときは気温差で倒れそうだ。
今は殆どをイギリスで過ごしていて、日本に来るのは買い物や友だちと遊ぶ時くらい。今日は気分転換がてらにやってきたのだけど──
人気のない町内の小さな神社。通りすがりに人の姿が見えた。 生い茂る木の下で女の子が立っている。その姿に僕は驚いた。
驚いたのは女の子が一人でいたからではない。彼女の周りにはピクシーが飛んでいたからだ。
ピクシーは小さな人の形をしていて、背中に羽根が生えている。市街地などでは滅多に姿を見ることがなく、自然に溢れた森に生息していることが多い。そのため僕も街中でピクシーを目にすることはほぼなかった。
女の子はなにか両手で持っているようで、周りのピクシーたちはそれを不安げに覗き込んでいる。
「なにしてるの」
そう後ろから声をかければ、女の子は驚いた顔でこちらを振り返る。僕は見覚えのある顔に目を丸くした。
「──八尾さん?」
すると彼女は訝しげな顔をする。
「誰?」
「同じ青葉北高校の1年。進堂だよ。僕は2組なんだけど。君は1組の八尾さんだよね」
「ごめん、あたし、あなたを知らないんだけど」
まぁ無理もない。僕らは直接対面したのは今が初めてだ。
八尾亜澄果。栗色の髪に緑の目をした女の子だ。活発な子で、1年生の間ではそこそこ名の知れた学生なのだ。つまり彼女は学校内でも目立つグループの一人。なので僕も一方的に彼女のことを知っている。
「八尾さんの同じクラスに東雲っているでしょう?僕の幼馴染なんだ。八尾さんのこと聞いたことがあったから」
「東雲くんの幼馴染……そうなんだ」
八尾さんはどこか警戒していた。その理由は彼女の手のひらを見て察する。 彼女が持っていたのはピクシーだった。横になって倒れている。
『あらぁ、オズの子だワ』
『ほんと、ほんと、あらびっくり。オズの子だわ』
『愛しの子。かわいいオズの子ね』
八尾さんに集まっていたピクシー達が僕の傍へやって来て、頭上をくるくると泳いでいる。
「こんにちは、良いお隣さん」
僕がピクシーに挨拶をすれば、八尾さんは目を丸くした。
「あなたも見えるの?!」
「八尾さんも見える人なんだね」
すると。先程まで距離をとっていた彼女が僕との間を詰めてくる。
「助けて!!この子、苦しそうなの!」
そう言って差し出してきたのは、手のひらにのるピクシーだ。随分と衰弱した様子だった。 彼女の手の中で横に倒れ、浅く呼吸をするように体が上下に動いている。
「この子はどうしたの?」
『いやらしいヤツ』
『そう!いやらしい奴が、鉄の網を張っていたの!』
『鉄の網に絡まったのよ』
鉄の網というのは、妖精を捕獲するための罠だ。妖精の弱点は鉄。自然から産まれる妖精は、人工物と相性が悪い。とくに冷えた鉄は触れると火傷をすることがある。それを利用して人間は罠を張り、捕獲するのだ。
「どうしよう。このままだと死んじゃうかもしれない」
「大丈夫だよ。僕の知り合いに聞いてみよう。妖精に詳しいから」
そうは言ったが、かなり衰弱した状態では魔香堂に着くまでに無事かわからない。
ウエストポーチから角砂糖ほどの水晶を取り出すと、弱ったフェアリーに持たせた。それを抱きしめるように言ってやると、小さな腕で蹲るように抱きしめた。 妖精は少しだけ顔色が和らいだようだ。
「なにをしたの?」
「この水晶は僕の魔力が宿ってるんだ。彼女たちなら持っているだけでも魔力を感じとれるからね。少しは回復と維持ができるんじゃないかと思って」
本当は魔法の失敗の産物だ。水晶を肥大化させる魔法をするはずだったが、僕は破壊してしまった。
どうやら僕の魔力が大きすぎて、水晶が耐えきれずに容量オーバーで破壊したらしい。鳥羽さんには自分の魔力の調節をちゃんとしろって怒られてしまった。その時の水晶の欠片だ。
『オズの子、あなたの魔力は美味しそう。どんな味がするのかしら』
『きっと花の蜜のように甘いのよ』
「ごめんね。今はこのひとつしかないんだ。今度あげるからね」
『残念だわぁ』
『約束よ。約束』
「八尾さん。僕がその子を預かって知り合いに診てもらってもいいんだけど……どうする?」
「……あたしも一緒に行く」
『アスカは優しいのね。わたし、そんなところが好きよ』
飛んでいたピクシーの一人が八尾さんの頬に口付けする。
「うん。行ってくるね」
『またクッキー持ってきてね』
八尾さんは妖精たちに手を振り返す。
ピクシーたちに見送られ。僕たちは魔香堂へ向かった。
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