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幻を信じる者
しおりを挟む「あのー明星亜依羅君だよねぇ? ちょっと良いかなぁ?」
「えっと......君は誰?」
「あーごめんごめん私は笛吹瑠衣子。よろしくねぇ」
「よろしく、それで何の用?」
瑠衣子は大きな胸の下に腕を組み、茶髪に染めた髪を手でクルクルしながら気怠そうに俺に近づいてくる。
「君って転校初日から有名だったからさ、ちょっと挨拶しとこうと思ってねぇ」
富田といいコイツといい連中は何故懇切丁寧に1人ずつ俺の前に現れるんだ?
なんかゲームのボスキャラみたいだな━━。
「それは御丁寧にありがとう。ミヨセアイラ、ミヨセアイラをよろしくお願いします。じゃあまた」
俺は早歩きで笛吹の元から去ろうとすると腕を掴んで引き留められた。
「ちょっと待ってよぉ......この私に対して選挙カーみたいな挨拶だけで良いと思ってるの? 少しで良いから私の話聞いてよぉ」
俺は掴まれた腕を振り解いて再び歩き出そうとするが笛吹はなかなか離してくれない。
しかし相変わらず喋り方腹立つなコイツは......。
「悪いけど君がヒロインだろうと悪役令嬢だろうと今は構ってる暇が無いんだ、舞踏会のお誘いならまた今度」
「えー、私生まれて初めて人に誘いを断られたかも。周りの人間は私をチヤホヤしてくれるのになぁ......」
「ふーん、君の初めてになれて良かったよ」
「ふふ......そういえばアイラ君て最近ゆーちんと仲良いよね? 動画出たりしてアイラ君自身も人気になってるから羨ましいなぁ」
「人気かどうかはわからないけどゆーちんにはお世話になってるのは間違い無いね」
「そう......ならゆーちんの秘密ももちろん知ってるよね?」
秘密? もしやこいつはゆーちんの弱みを何か握ってるのか?
だが......俺がここで下手に感情的になると俺に対し何かを企んでいるコイツを更に付け上がらせる事になる、ここは冷静に━━。
「秘密か......僕達はビジネスライクな関係だから血液型も知らないくらい互いのプライベートには干渉しないんだ」
「ふーん、あんなに仲良さそうなのは動画の中だけなんだね意外。でも彼女......今は人気という仮面で繕ってるけどそろそろそれも剥がれるかも━━」
「......それは穏やかじゃないね」
「ふふ......まあ真実を知りたいなら彼女の動向をしっかり見ている事だよイケメン君」
「ああ、どっかの首相並みに注視していくよ。教えてくれてありがとう」
「いえいえ、じゃあまたねー」
瑠衣子は不気味な笑みを浮かべて教室へと帰っていった。
「クソ女が......今に見てろ。その薄汚れたツラを文字通りひん剥いてやるさ」
「ふふ...あの女iTuberはもう......後はアイラ君をモノにできれば私の地位は━━」
* * *
昼休みを迎え俺はゆーちんと一緒に屋上でお弁当を食べていた━━。
「アイラまたオムライスじゃん、どんだけ好きなのよ。偏った物ばっかり食べてるとその綺麗な肌が肌荒れ起こすよ? しっかり他の物も食べなさい」
ゆーちんは少し口を尖らせて俺の弁当におかずが無いことに文句を言っていた。
「カーチャンみたいな事言うなよ。家帰ったらお菓子・汁・エビをローテで摂取してるからしっかり栄養取ってるさ」
「アンタはあ○ちゃんか!? そんな不摂生してるアイラの為に今度ご飯作りに行ってあげようか?」
「それはめっちゃ嬉しいけど俺今は作られるより作りたい派なんだよね、追われるより追いたい的な━━」
「何それ、でも一回アイラの家に行ったみたかったんだけどなぁ。私は今家に......」
何かを言いかけたゆーちんの顔が少し曇る。
やはりクソ女の言う通り何かあるようだな......少し踏み込んでみるか。
「家が......どうした?」
「ううん......なんでもない大丈夫だよ」
「......嘘はよくないよ家で何かあった? これからタッグを組んでライブ配信とかしていくんだし俺をもっと頼ってよ。僕達は仲間でしょ?」
さっきまで曇っていた顔が少しだけ晴れたように見えたが━━。
「うん.....でもごめん、これは私の問題だから私がなんとかしないといけないの。私の事よりアイラは今度ウチの社長と会う時に失礼がないようマナーの心配をしてて」
「言ってくれるねぇ、印鑑をお辞儀してるみたいに押す練習でもしとくさ。とにかく悩みを1人で抱え込むのは絶対ダメだよ、人っていうのは自分が思ってる以上に脆い生き物だからね━━」
「ありがとう......本当に辛くなったら相談するね。よし! こんな話ばっかりしてたらお弁当不味くなっちゃうからもうやめよう! アスパラベーコン巻きあげるから野菜取るんだ少年!」
ニコリと笑ったゆーちんは自分の弁当にあったアスパラベーコン巻きを俺の口に無理やり突っ込んだ。
「少年って僕達は同い年だろ......ん! 美味い! 僕はアスパラそんな得意じゃないんだけどコレはイケる!」
胡椒をまぶしたスパイスにベーコンのしょっぱさと香りがアスパラの青臭さを消している事と繊維があまり残らない食感でとても食べやすく感じた。
ゆーちんは日頃から料理に凝っているんだろう......俺には真似出来ないな━━。
「ホント!? 良かった! 私が料理作っても褒めてくれる人今は居ないから嬉しいなぁ」
「マジか、料理もできて人気iTuberとして頑張ってるなら親にとっては自慢の娘だと思うけどなぁ。僕が親なら溺愛してすぐおもちゃとか買い与えちゃうね」
「ははは...確かにアイラがもしお父さんになったら子どもめっちゃ甘やかしそう。私もお父さんが居たらな━━」
「......ゆーちんもお父さんが━━」
「うん、お母さんは居るんだけどね......。あ、もうそろそろお昼休み終わるから教室戻ろっか」
「やべぇ......次の授業音楽だから早めに戻らないと殺される!」
俺達はそれぞれの教室に戻り午後の授業を受けて一日を終えた。
* * *
「ただいま......」
私は今日も帰りたくない家に戻ってきた。
暮らしているリビングはかつてあった清潔さが微塵も無くなり、変な文字が書かれたお札や置物がそこらじゅうに置かれて日用品は散乱している。
そして祭壇に向かって正座をしている母がこちらに振り向いた。
「おかえり由美、今月もきちんと振り込まれていたけどあなたにはもっと有名になって稼いでもらわないと......。ただお金は汚い物だからあなたが触らないように私からお願いしていつも通り彼らに浄化してもらうわね」
「うん......」
母はめちゃくちゃな事を言いながら私名義の通帳をパラパラとめくりながらにんまりとしていた。
こんな光景を見るのはもう何度目だろう━━。
「嗚呼なんと微笑ましい事でしょう、これで今月も我が家が1番の信仰心を持つ者になれる。そしてあなたも近々洗礼の儀式を受けて正式に入信すれば我が家は更に幸せになれるわ。コレも全てあの方が持つ御加護のおかげね━━」
どこか目の焦点が合っていない母は通帳を置き、その意味不明な祭壇に向かって一心不乱に手を合わせていた。
その姿を毎日見ている私はもう昔の母が2度と戻ってこないような気がして悲しみの余り涙が溢れる━━。
「お母さん......貴女の目に私は本当に映ってるの......」
私は自分の部屋に戻り現実という悪夢から逃げるように布団へくるまった。
「もうこんな生活嫌......! 儀式なんて受けたくないしあんなイカれた連中の一員になんてなりたくない! 私はただお母さんに振り向いて欲しい一心で動画を頑張ってきただけなのに......なんでこんな事に......ううっ......」
ぐしゃぐしゃになった頭の中の整理が出来ないまま私は知らぬ間に布団の中で眠りについてしまった━━。
「なるほど......そういうことか━━」
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