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続池田屋夢中

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先程まで聞こえなかった粽売りのわらべうたが鐘や太鼓のお囃子と共にはっきりと聞こえてくる。おそらく風向きが変わったんだろう。風に乗って河原町辺りから聞こえてくる。これで音に紛れて気配も足音も消せるかもしれない。

凛の左足が玄関間の板場に乗る。
ナイキのエアーズームに板の間の感触は少し違和感があるけど、一気に駆け上がって相手の中に飛び込んでいくアイテムとしてはこれほど心強いものはない。

「行きます」

今度は小さく心の中で呟くと、左足にぐいっと力を込めた。
キュキュッキュキュッ、小刻みなステップで小気味良い調べを刻みながら階段の下まで難なく到達。
ペタッとヤモリのように張り付いて顎だけを上げて上方の闇に目を凝らす。
人影は見えない。まだ部屋のなかでこちらの様子を伺っているのか
それとも気付いていないのか。
どちらにしてもコチラは正義の使徒の新撰組だから名乗りを上げてから飛び込まなくちゃいけない。
叫んでから階段を昇り切るまでが勝負の分かれ目になる
生きてまた壬生の屯所に帰れるかそれで決まるっていうこと

「よしっ」
大きく深呼吸して息を止める。そこから息を吐き出しながら一気に駆け昇る。

「御用改であぁるっ!!」

二段飛ばしで駆け上がると最後の二段を勢いをつけて飛び越え、カエルかバッタのようにひしゃげた姿勢でふわりと床に伏せる形で着地。
と同時に障子を開けて飛び出して来た数名を寝転がるようにして、刀を床に滑らせて、その足首を掻っ捌いてゆく。

「うぐぅ」 「うへっ」 「うぇえぇーーっ!!」

頭上で断末魔の叫びを聞き流しながら体制をいったん整えて再び身構える。
闇に慣れてきた目に映ったのは足の先を失くして悶絶する輩が三体。

どう見ても狂気の光景だけどやっぱり凛は平静。夢かゲームかリアルなのか、意識は第三者の俯瞰目線で事は進む。

ポタポタと滴り落ちる菊一文字則宗の血糊をそっと振り払い、膝を立て床をすりすりしながら再び前へと静々とにじり進む。

再びの静寂。
けれど血の臭いにざわつく人の気配は感じる。ジリジリと迫りくるその殺気に今一度身構える。

ちらりと振り返ってもまだ沖田や土方の姿は見えそうにもない。

「ちょっとぉ、どこまで死番やらすのよ」

その呟きが終わるか終わらぬうちに障子から突き出された刃が凛の鼻先寸前で止まる。
間髪を入れずに障子戸を蹴破りなだれ込んでくる無数の輩。一瞬怯んだために構えが遅れる凛。

「ヤ、ヤバッ!」

その瞬間、誠の大きな文字がひらりと凛の頭上を越えてゆく。闇に刃が鈍く光ったかと思うとその切っ先が水平に円を描き血しぶきが舞い天井を真っ赤に染める。


「総さん……」

「飛び込んでくるものはみんな斬れって言いましたよね、凛さん」


シュイーン、ブシュッ!!

背中合わせで凛と喋りながらも、もう一太刀二太刀、相手の首根っこを抑え、胸倉をつかみ的確に効率的に刃を相手に当て突き上げてゆく。

まるでそれは新撰組での人の斬り方マニュアルを凛に教えているようにも思えた。

死番は突きが基本。斬るときは刃は寝かす
天井も低く動きが制限される狭い京の町家では相手よりも速く少ない動きで立ち回る事が要求される。
そういう意味では京の市中で新撰組が無双出来たのは実戦剣法を得意とする天然理心流の手練が多かった為とも言える。頭では分かっていてもそのリアルを目のあたりにしないとイメージ通りに動くのは難しい。

私はこれでもっと強くなれる。
ツンと鼻につく血糊の海に漂いながら凛はその意を強くする。


「残りは逃げたぞ、逃すな、お凛!」

土方の叫びが階下で聞こえた。


「承知!」
踵を返して渡り廊下の奥へとつづく深い闇に目をやると蠢く黒い人影が見えた。
凛に三人、沖田に五人、僅かの間に仲間を瞬殺されて、もう勝ち目はないと悟ったんだろう。

「ふっ、言われなくても逃さへんわ」

そう嘯く今にも弾けて飛んでゆきそうな凛の肩に沖田の手が掛かる。



「凛さん、今宵はもうこの辺でいいでしょ」

池田屋は夢の中、周りの世界が溶けるようにまどろみのなかへと堕ちてゆく。













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