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沙羅陀と沙南無
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「で、それから動いたの?その彼は」
沙羅陀が姉の沙南無と会ったのはそんなこんなの音羽屋の騒動から二週間ほどの時が過ぎた頃、
三条木屋町の高瀬川の辺りにあるオープンカフェ。
せせらぎの音が程よいBGMになって
何も話さずぼーっとしていても時間は心地よく過ぎていく。
久しぶりにあってから30分ほど、
「元気?」「ぼちぼち」始めに交したそんな言葉以外二人は何も喋っていなかった。
「何か喋ってよ」って沙羅陀が言ったら、出てきたのが冒頭の言葉だった。
「いきなりそれかよ」
沙羅陀がもう冷めてしまって香りも抜けたシナモンティをぐびっとすする。
「だってそのことで会いに来たんでしょうよ」
季節は5月になったばかり、新緑の季節にはもう一つ早いけど沙南無のその出で立ちはもう夏のそれ。オフショルのひまわり柄のワンピに少しおしゃれ目のビーチサンダル。頭にはプリムを大きくとったリゾートスタイルの麦わら帽子。ぐるりにまかれた黄色いリボンが風に揺られてそよそよとそよいでいた。
彼女は足も長くて顔が小さくてスタイルもいいから、それなりに映えもするけど、普通なら自意識過剰の痛い系の人と思われても不思議じゃない。
「けど、寒ないのんその恰好。さっきからちらちらみんな見て行かはるで」
ふふんと笑けるような沙羅陀の語尾が気に入らなかったのか、
その言葉には応えず彼女は対岸の道行く人波を見るとはなしに見ていた。
「だからどうしようかって思って」
と沙南無の声を待たずに沙羅陀。
「どうしようって?」
「・・・・」
「処分するとか、そういうこと?」
「処分って・・・」
土蔵の中の暗がりの中、青い目だけを光らせて今もじっと動かないあの子を思った。
いやいや、そうじゃないのかもしれない。
わたしたちの見えないところでは動いてるのかもしれない。
小首をかしげ手を振り上げ立ち上がり一歩二歩と脚を動かす姿があるのかもしれない。
「ちゃんとしたいだけなんよ。怖がらずちゃんと向き合っていきたいだけなんや、うちは」
「沙羅陀・・」
「うん?」
沙南無は組んでいたその長くて白い脚をほどいて
少し目尻がつり上がった大きな目を真っ直ぐ沙羅陀に向けた。
「私もね実は見たことがあるのよ、一度だけ」
「見たって、何を?」
「だから、彼が動いてるところよ」
「ほんまに?」
小さく頷いたその沙南無の表情はいつもより化粧っ気が少なくて、すこし幼く見えた。
グラスに入ったミネラルウォーターで口を潤おすと、彼女は「うん」と聞こえるか聞こえないほどの
微かな咳払いをしてその濡れた唇を開いた。
「そうね。あれは私が中学の入学式を翌日に控えた春の日の夜のことだったかな・・・」
入学のお祝いで家族や親戚やらが音羽屋に集って宴の最中、
じっちゃんが「沙南無、今日は特別の日やから、土蔵の中に何か欲しいもんがあったら持っていってええで」
そう言っていつもは後生大事に肌見放さず身につけている土蔵の鍵をポイと沙南無に投げて寄こした。
春の宵、日頃は顔を合わすことのない遠方の親戚が集まってのその宴は元々欲の浅い物にこだわらないじっちゃんの素養をより朗らかなものに変えていたのかもしれない。
「ええのん?」
今でこそ廃れてしまった音羽屋。けれど当時はまだまだ土蔵にはお宝が溢れ、見るもの触るものが高価で貴重な物が多かった。
「沙南無、高いおべべとかキラキラの宝石とか簪とか、気に入ったもんがあったら遠慮のうもうてきいや」
母の冗談とも本音ともつかない言葉にも小学生の沙南無は戸惑いを覚えることもなく、
「うん、じゃあ行ってくるね」とまるで宝探しに行くみたいに目を輝かせ、ほっぺをぷくっと膨らませ飛び跳ねるように座を蹴った。
沙羅陀が姉の沙南無と会ったのはそんなこんなの音羽屋の騒動から二週間ほどの時が過ぎた頃、
三条木屋町の高瀬川の辺りにあるオープンカフェ。
せせらぎの音が程よいBGMになって
何も話さずぼーっとしていても時間は心地よく過ぎていく。
久しぶりにあってから30分ほど、
「元気?」「ぼちぼち」始めに交したそんな言葉以外二人は何も喋っていなかった。
「何か喋ってよ」って沙羅陀が言ったら、出てきたのが冒頭の言葉だった。
「いきなりそれかよ」
沙羅陀がもう冷めてしまって香りも抜けたシナモンティをぐびっとすする。
「だってそのことで会いに来たんでしょうよ」
季節は5月になったばかり、新緑の季節にはもう一つ早いけど沙南無のその出で立ちはもう夏のそれ。オフショルのひまわり柄のワンピに少しおしゃれ目のビーチサンダル。頭にはプリムを大きくとったリゾートスタイルの麦わら帽子。ぐるりにまかれた黄色いリボンが風に揺られてそよそよとそよいでいた。
彼女は足も長くて顔が小さくてスタイルもいいから、それなりに映えもするけど、普通なら自意識過剰の痛い系の人と思われても不思議じゃない。
「けど、寒ないのんその恰好。さっきからちらちらみんな見て行かはるで」
ふふんと笑けるような沙羅陀の語尾が気に入らなかったのか、
その言葉には応えず彼女は対岸の道行く人波を見るとはなしに見ていた。
「だからどうしようかって思って」
と沙南無の声を待たずに沙羅陀。
「どうしようって?」
「・・・・」
「処分するとか、そういうこと?」
「処分って・・・」
土蔵の中の暗がりの中、青い目だけを光らせて今もじっと動かないあの子を思った。
いやいや、そうじゃないのかもしれない。
わたしたちの見えないところでは動いてるのかもしれない。
小首をかしげ手を振り上げ立ち上がり一歩二歩と脚を動かす姿があるのかもしれない。
「ちゃんとしたいだけなんよ。怖がらずちゃんと向き合っていきたいだけなんや、うちは」
「沙羅陀・・」
「うん?」
沙南無は組んでいたその長くて白い脚をほどいて
少し目尻がつり上がった大きな目を真っ直ぐ沙羅陀に向けた。
「私もね実は見たことがあるのよ、一度だけ」
「見たって、何を?」
「だから、彼が動いてるところよ」
「ほんまに?」
小さく頷いたその沙南無の表情はいつもより化粧っ気が少なくて、すこし幼く見えた。
グラスに入ったミネラルウォーターで口を潤おすと、彼女は「うん」と聞こえるか聞こえないほどの
微かな咳払いをしてその濡れた唇を開いた。
「そうね。あれは私が中学の入学式を翌日に控えた春の日の夜のことだったかな・・・」
入学のお祝いで家族や親戚やらが音羽屋に集って宴の最中、
じっちゃんが「沙南無、今日は特別の日やから、土蔵の中に何か欲しいもんがあったら持っていってええで」
そう言っていつもは後生大事に肌見放さず身につけている土蔵の鍵をポイと沙南無に投げて寄こした。
春の宵、日頃は顔を合わすことのない遠方の親戚が集まってのその宴は元々欲の浅い物にこだわらないじっちゃんの素養をより朗らかなものに変えていたのかもしれない。
「ええのん?」
今でこそ廃れてしまった音羽屋。けれど当時はまだまだ土蔵にはお宝が溢れ、見るもの触るものが高価で貴重な物が多かった。
「沙南無、高いおべべとかキラキラの宝石とか簪とか、気に入ったもんがあったら遠慮のうもうてきいや」
母の冗談とも本音ともつかない言葉にも小学生の沙南無は戸惑いを覚えることもなく、
「うん、じゃあ行ってくるね」とまるで宝探しに行くみたいに目を輝かせ、ほっぺをぷくっと膨らませ飛び跳ねるように座を蹴った。
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