サンタの願いと贈り物

紅茶風味

文字の大きさ
上 下
51 / 53

【葵編】6話-1

しおりを挟む

「……えーと、これって、どういう状況?」

 片づけられたリビングのテーブルで、目の前に座る三上を見て言った。

 今日、兄の家に呼ばれたのは、建築現場での一件について話をする為だ。

 あれから数日が過ぎ、警察署で散々事の詳細を話した。里美先生が関係していることに気づいていたのは、兄も同じだったようだ。あの日、あの現場に駆け付けたのは、里美先生から俺の倒れている写真と共に脅迫メールが届いたかららしい。

 はじめから捕まるつもりだったのだろう。刃物を出しながらも乱暴なことをしなかったのは、もしかしたら、俺に手を下させる目的があったのかもしれない。

 長い間警察署にいた割に、兄と二人きりで話す機会は無かった。十二年前のことを絡めれば、二人でしか話せないこともある。だから今日、日曜の朝からわざわざ電車に乗ってやってきたのだ。なのに、何故、学校の教師がいるのだろう。

「三上先生とも、話をしなきゃいけないと思ってさ」

 兄が急須と湯呑を三つ、持ってきた。そんな物がこの家にあったのか、と心のどこかで関心する。

「え、なんで? 先生関係なくない?」
「お前のこと、ずっと心配してたんだぞ」
「分かった。これあれだろ、三者面談だろ。また怒られるんだ俺」

 なぜ父ではなく兄なのかという疑問があるが、自分の進路希望について、二人が話をしていたことは記憶に新しい。今回も、また勝手に行動をして危ない目に遭った、などと言って咎められるのかもしれない。

「違うって。ええと、どこから話せばいいのかな」

 言いながら、急須に入った緑茶を丁寧に湯呑に淹れていく。すぐに横から手を伸ばして取れば、「コラ」と怒られた。

「私から言おう」

 三上が兄に目配せして言うのを、お茶を啜りながら聞いた。程よく温かい液体が唇に触れ、口の中を潤して喉を通っていく。

「篠原……、いや、葵君。私は、サンタクロースだ」

 ゲフッと喉につかえ、お茶が口から垂れた。何度もむせ返る俺の背中を、兄が薄ら笑いを浮かべながら擦る。え、今、なんて言った?

「先生、急すぎます」
「そうか」
「葵、大丈夫か?」
「大丈夫か」

 全然大丈夫じゃない。そう言ってやりたかったが、咳が止まらずにただ睨みつけることしか出来ない。

「ごめんな、ずっと黙ってて」
「……ずっと?」

 ようやく絞り出した声は、少し掠れていた。

「日野が亡くなってから、ご両親と連絡とってただろ、あれ、本当は間に先生に入ってもらってたんだ」
「それって、つまり十二年前からってこと……?」
「うん、そう」

 思わず鋭い視線を向けると、さすっていた手が背中から離れ、待てとばかりに両手の平を見せた。

「私が君には黙っているよう、彼に言ったんだ」

 三上が表情を変えずに言う。

「俺だって、むやみに人に言いふらしたりしないですよ」
「いや、そうじゃない。君が知れば、私を頼ってくるだろうと思った」
「頼る?」
「……容易に、サンタクロースへの道を選ぶだろうと、思った」

 その言葉に、はっと息を吸った。隣に座っている兄が、三上の前に湯呑を差し出す。

「先生はもともと、日野の試験官だったんだ」
「彼女の、というより、この地域一帯の担当だ。他に見習いがいなかったから、彼女一人の担当になってしまっていたが」
「あぁ、そうでしたね」

 当たり前のように日野の話をする二人を呆けて見つめた。

「葵君に力が現れたことは、すぐにお兄さんから聞いた。幼少期から発現することは異例であったし、時期的に見ても、日野りんから継承されたものだと分かった」

 三上の目が、まっすぐ俺に向けられる。

「通常であれば、発現したタイミングで試験官がその者を訪ねるのだが、君においては止めた」
「なんで……」
「当時の君に聞いても、サンタクロースにならない、という選択をすることは難しかっただろう。ほぼレールを敷いてしまうようなものだ。だから、試験を受けられる年齢になるまで誤魔化してもらうよう、お兄さんと相談してお願いしたんだ」

 兄に視線を向けると、困ったような笑顔を見せた。

「それでもお前は、サンタになりたいって言った。ずっと思ってたんだよな? 僕の顔色を見て、言わなかっただけで」
「……兄ちゃんは、なってほしくないんだろ」

 そう聞くと、少し迷ったように視線を下げ、いや、と口を開く。

「誤解してただけだ。日野のことを気にして、代わりに夢を背負おうとしてるんだと思った。あの時はごめんな」
「ううん、俺も、ごめん」
「本気でなりたいんなら、応援するよ」

 手探りでしかなかった将来の夢が、現実となって今、目の前に存在している。三上の言葉からして、俺はまだ試験を受けられる年齢にはなっていない。すぐにどうこうという状況ではない。それでも、心の中で何が開けたような感覚がした。

「とまぁ、ここまでは前段なわけだが」
「え」

 驚いて声を上げたのは兄だ。ちょうど一息ついて湯呑を手にしたところで、そのまま固まっている。

「他に話、ありましたっけ?」
「すまないが、今から時間をもらえないか」
「一応、今日はずっと空けてますけど……」

 そう言いながら俺を見るので、同意するように頷いた。

「ならすぐに外出の準備をしてくれ。君達に会わせたい人がいる」

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

すれ違ってしまった恋

秋風 爽籟
恋愛
別れてから何年も経って大切だと気が付いた… それでも、いつか戻れると思っていた… でも現実は厳しく、すれ違ってばかり…

お飾りの侯爵夫人

悠木矢彩
恋愛
今宵もあの方は帰ってきてくださらない… フリーアイコン あままつ様のを使用させて頂いています。

"わたし"が死んで、"私"が生まれた日。

青花美来
ライト文芸
目が覚めたら、病院のベッドの上だった。 大怪我を負っていた私は、その時全ての記憶を失っていた。 私はどうしてこんな怪我をしているのだろう。 私は一体、どんな人生を歩んできたのだろう。 忘れたままなんて、怖いから。 それがどんなに辛い記憶だったとしても、全てを思い出したい。 第5回ライト文芸大賞にて奨励賞を受賞しました。ありがとうございました。

【完結】愛も信頼も壊れて消えた

miniko
恋愛
「悪女だって噂はどうやら本当だったようね」 王女殿下は私の婚約者の腕にベッタリと絡み付き、嘲笑を浮かべながら私を貶めた。 無表情で吊り目がちな私は、子供の頃から他人に誤解される事が多かった。 だからと言って、悪女呼ばわりされる筋合いなどないのだが・・・。 婚約者は私を庇う事も、王女殿下を振り払うこともせず、困った様な顔をしている。 私は彼の事が好きだった。 優しい人だと思っていた。 だけど───。 彼の態度を見ている内に、私の心の奥で何か大切な物が音を立てて壊れた気がした。 ※感想欄はネタバレ配慮しておりません。ご注意下さい。

もう一度あなたに会うために

秋風 爽籟
ライト文芸
2024年。再婚したあの人と暮らす生活はすごく幸せだった…。それなのに突然過去に戻ってしまった私は、もう一度あの人に会うために、忠実に人生をやり直すと決めた… 他サイトにも掲載しています。

【完結】その約束は果たされる事はなく

かずきりり
恋愛
貴方を愛していました。 森の中で倒れていた青年を献身的に看病をした。 私は貴方を愛してしまいました。 貴方は迎えに来ると言っていたのに…叶わないだろうと思いながらも期待してしまって… 貴方を諦めることは出来そうもありません。 …さようなら… ------- ※ハッピーエンドではありません ※3話完結となります ※こちらの作品はカクヨムにも掲載しています

とある女房たちの物語

ariya
ライト文芸
時は平安時代。 留衣子は弘徽殿女御に仕える女房であった。 宮仕えに戸惑う最中慣れつつあった日々、彼女の隣の部屋の女房にて殿方が訪れて……彼女は男女の別れ話の現場を見聞きしてしまう。 ------------------ 平安時代を舞台にしていますが、カタカナ文字が出てきたり時代考証をしっかりとはしていません。 ------------------ 小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

処理中です...