サンタの願いと贈り物

紅茶風味

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【葵編】6話-1

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「……えーと、これって、どういう状況?」

 片づけられたリビングのテーブルで、目の前に座る三上を見て言った。

 今日、兄の家に呼ばれたのは、建築現場での一件について話をする為だ。

 あれから数日が過ぎ、警察署で散々事の詳細を話した。里美先生が関係していることに気づいていたのは、兄も同じだったようだ。あの日、あの現場に駆け付けたのは、里美先生から俺の倒れている写真と共に脅迫メールが届いたかららしい。

 はじめから捕まるつもりだったのだろう。刃物を出しながらも乱暴なことをしなかったのは、もしかしたら、俺に手を下させる目的があったのかもしれない。

 長い間警察署にいた割に、兄と二人きりで話す機会は無かった。十二年前のことを絡めれば、二人でしか話せないこともある。だから今日、日曜の朝からわざわざ電車に乗ってやってきたのだ。なのに、何故、学校の教師がいるのだろう。

「三上先生とも、話をしなきゃいけないと思ってさ」

 兄が急須と湯呑を三つ、持ってきた。そんな物がこの家にあったのか、と心のどこかで関心する。

「え、なんで? 先生関係なくない?」
「お前のこと、ずっと心配してたんだぞ」
「分かった。これあれだろ、三者面談だろ。また怒られるんだ俺」

 なぜ父ではなく兄なのかという疑問があるが、自分の進路希望について、二人が話をしていたことは記憶に新しい。今回も、また勝手に行動をして危ない目に遭った、などと言って咎められるのかもしれない。

「違うって。ええと、どこから話せばいいのかな」

 言いながら、急須に入った緑茶を丁寧に湯呑に淹れていく。すぐに横から手を伸ばして取れば、「コラ」と怒られた。

「私から言おう」

 三上が兄に目配せして言うのを、お茶を啜りながら聞いた。程よく温かい液体が唇に触れ、口の中を潤して喉を通っていく。

「篠原……、いや、葵君。私は、サンタクロースだ」

 ゲフッと喉につかえ、お茶が口から垂れた。何度もむせ返る俺の背中を、兄が薄ら笑いを浮かべながら擦る。え、今、なんて言った?

「先生、急すぎます」
「そうか」
「葵、大丈夫か?」
「大丈夫か」

 全然大丈夫じゃない。そう言ってやりたかったが、咳が止まらずにただ睨みつけることしか出来ない。

「ごめんな、ずっと黙ってて」
「……ずっと?」

 ようやく絞り出した声は、少し掠れていた。

「日野が亡くなってから、ご両親と連絡とってただろ、あれ、本当は間に先生に入ってもらってたんだ」
「それって、つまり十二年前からってこと……?」
「うん、そう」

 思わず鋭い視線を向けると、さすっていた手が背中から離れ、待てとばかりに両手の平を見せた。

「私が君には黙っているよう、彼に言ったんだ」

 三上が表情を変えずに言う。

「俺だって、むやみに人に言いふらしたりしないですよ」
「いや、そうじゃない。君が知れば、私を頼ってくるだろうと思った」
「頼る?」
「……容易に、サンタクロースへの道を選ぶだろうと、思った」

 その言葉に、はっと息を吸った。隣に座っている兄が、三上の前に湯呑を差し出す。

「先生はもともと、日野の試験官だったんだ」
「彼女の、というより、この地域一帯の担当だ。他に見習いがいなかったから、彼女一人の担当になってしまっていたが」
「あぁ、そうでしたね」

 当たり前のように日野の話をする二人を呆けて見つめた。

「葵君に力が現れたことは、すぐにお兄さんから聞いた。幼少期から発現することは異例であったし、時期的に見ても、日野りんから継承されたものだと分かった」

 三上の目が、まっすぐ俺に向けられる。

「通常であれば、発現したタイミングで試験官がその者を訪ねるのだが、君においては止めた」
「なんで……」
「当時の君に聞いても、サンタクロースにならない、という選択をすることは難しかっただろう。ほぼレールを敷いてしまうようなものだ。だから、試験を受けられる年齢になるまで誤魔化してもらうよう、お兄さんと相談してお願いしたんだ」

 兄に視線を向けると、困ったような笑顔を見せた。

「それでもお前は、サンタになりたいって言った。ずっと思ってたんだよな? 僕の顔色を見て、言わなかっただけで」
「……兄ちゃんは、なってほしくないんだろ」

 そう聞くと、少し迷ったように視線を下げ、いや、と口を開く。

「誤解してただけだ。日野のことを気にして、代わりに夢を背負おうとしてるんだと思った。あの時はごめんな」
「ううん、俺も、ごめん」
「本気でなりたいんなら、応援するよ」

 手探りでしかなかった将来の夢が、現実となって今、目の前に存在している。三上の言葉からして、俺はまだ試験を受けられる年齢にはなっていない。すぐにどうこうという状況ではない。それでも、心の中で何が開けたような感覚がした。

「とまぁ、ここまでは前段なわけだが」
「え」

 驚いて声を上げたのは兄だ。ちょうど一息ついて湯呑を手にしたところで、そのまま固まっている。

「他に話、ありましたっけ?」
「すまないが、今から時間をもらえないか」
「一応、今日はずっと空けてますけど……」

 そう言いながら俺を見るので、同意するように頷いた。

「ならすぐに外出の準備をしてくれ。君達に会わせたい人がいる」

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