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【葵編】2話-1
しおりを挟む授業後のホームルームで、進路希望の用紙が配られた。先週に担任教諭である三上が予告していたものだ。三上は兄が高校二年生の頃にも担任だったようで、たまに兄の口からその話題が出ることがある。
十二年以上もの間、同じ学校で同じ仕事を続けるというのは、どういう感覚なのだろう。本当に好きなことなら、それも楽しいと感じるのだろうか。そう思いながら、楽しさの欠片も感じさせない無表情な教師の顔を見た。
「来週までに各自、提出するように」
それだけ言うと、すぐにホームルームを終えた。
教室を出て行くクラスメイトを後目に、席に座ったまま用紙を見つめた。土曜日、兄に言われた言葉を思い出す。
やりたい事が無いわけではない。むしろ、強い意志をもってある。ただ、小さい頃になんとなくその話をした時、とても悲しそうな顔をした兄を見て、それ以上は言えなくなってしまった。
とりあえず、適当な大学名でも書いておけばいいだろう。ペンケースに手を伸ばし、すでに鞄の中にしまっていたことに気づいた。誰もいなくなった教室の中、手元に意識を集中させる。
ペンを持つようなポーズをとれば、そこにシンプルなシャーペンが現れた。何度も繰り返してきた、簡単な行為だ。
「篠原いた」
びくりと身体が震えた。慌てて見れば、廊下から顔を覗かせる女子生徒の姿があった。土曜日に会った女だ。制服を着ているのを見て、本当に同じ学校だったのだな、と思う。
「み、見た?」
俺の問いに、首を傾げる。
「何? あ、進路希望書いてんの? べつに興味ないって」
ていうか、そんなに視力よくないから、と笑いながら教室の中に入ってくる。中央辺りに座っている俺の席からは、数メートルほど離れている。どうやらシャーペンが現れた瞬間は見ていないらしい。危なかった。
女子生徒の手には鞄が持たれていた。どのクラスなのかは知らないが、同じようにホームルームを終えて帰宅するところなのだろう。何か用だろうか。ただじっと立っているだけの彼女を見ていると、その目が不思議そうに瞬きをし、周囲を見回しだした。
「あれ?」
声を上げてそこを離れ、廊下へと出て行く。
「ちょっと、なに隠れてんの」
再び教室の中に戻ってきたその後ろに、男子生徒がいた。気まずそうに歪めるその顔に、見覚えがある。「あ」と思わず声が出た俺を見て、更に眉間にしわを寄せた。
「謝りたいんだってさ」
女子生徒が言った。
「べつにいいよ。もう怒ってないし、忘れてた」
「いやいや、本人が謝る前に許しちゃったら駄目じゃん。怪我だってまだ治ってないでしょ」
「そっちのほうが重傷だと思うけど」
そう言いながらも、男子生徒の身体に包帯やガーゼの類は見られない。制服に隠れているだけだろうか。
対して、俺の口元には赤黒い傷がまだある。傷自体はそこまで酷いものではないのだが、頻繁に物を生み出しているせいか、治りが極端に遅いのだ。それは、サンタクロースの力を使う代償と言える。
「……悪かった」
男子生徒が、まっすぐに俺の目を見て言った。意志を伝えようとするその視線を受けて、悪い人ではないなのだろうと思った。うん、と頷けば、隣にいる女子生徒がほっと息を吐く。
「私が小木で、こいつが福本だよ。ちゃんと覚えてよ」
そう言って、小木と名乗った女子が笑った。
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