37 / 53
【葵編】1話-2
しおりを挟む「何か変?」
「いや、何でも。ただ僕らの時と違って、カダンは随分優しいなと思ってね。僕たちの時は、ちょっとずつじゃなんて配慮はなかった」
カウルとルイは、自分がどれだけの衝撃を受けたか孝宏に言い聞かせた。
孝宏の体験よりも悲惨だったと。身内だからか遠慮がない分、激しい魔力の圧に死ぬかと思ったと、自身の体験を力いっぱいに語った。
「初めての時、俺は手を握った事しか覚えてなかったぞ。気がついても脳が揺すぶられているみたいでその日は飯が食えなかったな」
「僕は意識はあったけど即効で立てなくなった。あの後熱が出てね、しばらく寝込んだな。まあ、何回か繰り返せばなれるんだけどね」
「ルイは俺よりも長い事特訓してたよな」
「僕はカウルより繊細だからね」
(あれで、優しくされていたのか?そいつは……驚きだ)
三人の勇者の中でも、一番の落ちこぼれで魔術も満足に使えない。
彼の落胆ぶりは肌で感じ取っていたし、期待が大きかった分その落差も大きい。
孝宏ずっと、ひょっとすると、カダンに嫌われてるのかもしれないと思っていた。
「そう意外そうな顔しないでよ。カダンは素直じゃないだけだから」
孝宏が、もしかすると勘違いかもしれないと僅かに持っていた希望を、皮肉にもルイのフォローが否定した。
少なくとも自分に対してよそよそしい態度であったのは間違いないようだ、と孝宏は思った。
「苦しかったのはわかる。僕らもそうだった。でもその分、効果は抜群だよ。魔力が濃い分はっきりと感じ取れるからわかりやすいんだよ」
「へ、へぇ。まあ確かに解り易かったかも。ルイの杖で火柱で出したのあの後すぐだし」
(でもあの後も制御をできてない俺って、もしかして不器用なんじゃ)
「待てよルイ。うっかり聞き流す所だったが、お前タカヒロにこれをしていないのか?マリーにはやっていただろう?」
孝宏にとっては随分と不公平で、寝耳に水な情報だ。孝宏が批難の目を向けると、ルイは顔面に貼り付けた笑顔でこちらを見ていた。
「あ、いや?たまたまタイミングが合わなくて、する機会がなかったんだ。………………ゴメンネ」
「鈴木さんには?」
孝宏のルイを見る目は厳しい。
マリーが特別扱いなのか、それとも自分だけが特別なのか、その差は大きい。出来れば前者であって欲しい。後者だったらきっとしばらく立ち直れないだろう。
「そう考えるとこの三人の中で、一番すごいのは自力で魔法を会得したスズキだね」
ルイは胸の前で腕を組んで、したり顔で何度も頷いた。孝宏はほっと胸をなで下ろしたが、冗談めかして何とか誤魔化したいルイに、ちょっと意地悪をしてやろうとにやりと笑った。
「ルイってさ、いやらしいのな。訓練建前にして、マリーに触りたかっただけだろ?」
ルイの表情が引きつり固まった。肯定したも同然だ。ルイは孝宏の胸ぐらに掴みかかり凄んだ。
「タタカヒロ!?なな、何、根も葉もないことを言ってるのかな!?僕はただマリーの訓練になればって」
「す、け、べ」
「てめっ、その口削いでや……」
「そういや、なんでマリーは静かなんだ?」
荷物の影に隠れて見えなかったが、マリーは自分のバッグを枕に規則的に寝息を立てていた。
これほど騒いでも起きてこない所を見るに、寝入っているようだ。
ルイは気が抜けて浮いた腰を下ろした。どうやらマリーから助平呼ばわりされるのは回避でき、安堵したようだった。
「おい、マリーを起こせ」
外のカウルが言った。声の調子が嫌に重いのは気のせいだろうか。
「ソコトラが見えてきた」
遂にソコトラに着いてしまった。ルイにも緊張の色が浮かぶ。孝宏はますます腹の奥がズンと重くなった。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。

【完結】仰る通り、貴方の子ではありません
ユユ
恋愛
辛い悪阻と難産を経て産まれたのは
私に似た待望の男児だった。
なのに認められず、
不貞の濡れ衣を着せられ、
追い出されてしまった。
実家からも勘当され
息子と2人で生きていくことにした。
* 作り話です
* 暇つぶしにどうぞ
* 4万文字未満
* 完結保証付き
* 少し大人表現あり

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?
gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。
そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて
「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」
もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね?
3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。
4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。
1章が書籍になりました。

ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる