サンタの願いと贈り物

紅茶風味

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【淳平編】5話-4

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 外は暗く、空気がやけに冷たく感じる。鼻に冷気が染み、目の奥を刺激した。

 車に二人で乗り込んだ。仕事用の車だ。電車で二駅先の場所も、車だとすぐに着いた。途中、カバの公園の前を通った時、車が数台と青いビニールシートが見えた。

 車を置いて保育園へ行くと、里美先生が僕と父を見て顔を歪ませた。目が真っ赤だ。混乱した様子で言葉にならない声を繋ぐので、もう一人の担任の福本先生が代わりに説明してくれた。

 園内を探し回っているが未だに見つからず、やはり外にいる可能性が高いとのことだった。深く頭を下げる姿に、僕と父は何も言えなかった。

 しばらく保育園の周囲を探すことにした。父は僕が一人で探すことを嫌がったが、すでに警察が公園にいる状態で、犯人がうろついているとは思えない。ふた手に分かれて三十分ほど探し回ったが、葵はいなかった。手伝いに来てくれた刑事も、父に向かって首を横に振った。

 汗が頬を流れる。白い息とは反して、身体は暑くてたまらない。コートは脱いで車の中に置いてきたが、まだ脱ぎ足りないほどだ。木の根元に座る少年が脳裏に蘇り、葵の姿と重なった。

 携帯を取り出して日野に掛けた。あの後すぐに車で出た僕よりは遅いだろうが、もう着いている時間だ。何度かコールしたが、出ない。一度切って、再び掛けた。やはり、長いコールに反応はない。

 汗だくの父が、駆け寄ってきた。

「もうちょっと、離れたところを探そう」

 離れた場所といっても、どこを探せばいいのだ。あれから更に時間が経ち、葵が行動できる範囲も広くなっている。闇雲に探すことに、焦りと苛立ちを感じる。

「……なんで、今日なんだろうな」

 父が独り言のように言った。子供の死体を見つけ、葵がいなくなり、僕にとって最悪の誕生日になってしまった。できればこれ以上、悪いことは起こらないでほしい。

「そうだ、あいつ、僕を祝うつもりだったんだ」

 ふと、里美先生の言葉が蘇った。

「保育園で何か作って、今日、僕に渡すつもりだったんだよ。ほら、去年も貰っただろ。今日だって、予め時間が欲しいって言われてて……でも、あんなことになって行けなかったけど」
「まさか、高校に行ったのか?」

 なかなか来ない僕を待ちかねて、一人で行こうとしたのだろうか。まだ学校にいるのだと思って。だとしたら、探すべき場所は駅の方向だ。一度だけ、葵を連れて学校へ行ったことがある。

「一人で電車なんか乗れないだろ」
「駅の周辺にいるなら、人目についてるだろうから通報が入っているかも」

 父は急いで電話で確認したが、携帯電話を耳に当てたまま落胆の色を見せた。



 二人で駅へ向かった。カバの公園を通り過ぎ、駅に近づくにつれて街が明るくなっていく。店が増え、人も増える。駅に着いたところで再度、日野に電話を掛けたが、出なかった。今どこにいるのだと、短いメールを送っておいた。

 しばらく駅の周辺を探し回った。大きな駅ではないが、保育園の周辺よりも明るくて探しやすい。通行人にも声を掛けるが、皆、困惑した顔を作るだけだった。

 駅の反対側に行くと、近くの交番から父が出てくるところだった。肩を落とし、こちらに近づいてくる。

「なんの連絡もきてない。一応、駅員にも聞いたけど、やっぱり電車には乗ってないと思うって」

 携帯を見た。メールの返信はきていない。

「あのさ、友達と連絡がとれないんだ。一緒に葵を探してもらってるんだけど、電話に出ないしメールも返ってこない。何かあったのかもしれない」

 言葉にした途端、ずっとあった不安が大きくなった。警察署を出てから、一時間は経っている。葵に続いて、日野までいなくなってしまったのだろうか。

「携帯番号で、居場所が分からないかな。携帯って、位置情報が調べられるんだろ?」

 父が僕の提案に驚いた。

「出来ないわけじゃないけど」
「じゃあ頼むよ」

 携帯に日野の番号を表示させ、父に見せた。父が警察署の同僚に電話して、その番号を伝えている。通話を切らずに、そのまま回答を待った。

 上がった息が徐々に落ち着いていく。クリスマス色に染まった街が、違う色の僕達を包み込んでいる。家族連れやカップルが笑顔で行き交い、僕達の存在に気づかない。

「すぐに携帯に送ってくれ」

 父の言葉に顔を上げた。どうやら居場所が分かったようだ。

「保育園の方だ。戻ろう」

 通話を切り、携帯画面を見ながら歩き出すので、慌てて追った。
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