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【淳平編】5話-1
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十二月半ばになり寒さが増してくると、街の雰囲気が冬一色に変わる。コートに包まった人々は皆、白い息を吐きながら背を丸めて歩き、その陰鬱な雰囲気とは対照的に、電飾が大量に飾り付けられる。
「それじゃあ、葵さんに説明ができたんですね」
隣を歩く日野が、弾んだ声で言った。素肌に触れる空気は冷たいのに、その手には手袋がない。きっと、数字が増えた時にすぐに分かるようにしているのだろう。その数字は、未だ九十九のままだ。
「でも、ちゃんと分かってるのかどうか分からない。泣いて起きた後、けろっとしてたし」
「大丈夫ですよ。泣いちゃったのは、びっくりして混乱しちゃったせいです。つまり、ちゃんと受け止めようとしたってことですから。これからゆっくり、分かっていきます」
ここ数日、日野は僕と一緒に葵を迎えに行くのが日課となっていた。以前、学校まで来た時に三上に怒られたことを気にしているのか、わざわざカバの公園の入り口で僕が通るのを待っているのだ。電話してくれればいい、と言うと、もじもじして俯いてしまうので、それ以上は言っていない。
「葵さんのお願いを聞くのは、もうちょっと気持ちが落ち着いてからにしましょう」
それはいったい、いつになるのだろう。葵が母の死を受け入れるのを待っていたら、百人達成までどれだけ待たなければならないのか分からない。
「もう来週にはクリスマスだけど、それまでに叶えなくていいのか?」
「期限はありませんから。まぁ、来週までに間に合えば、今年のクリスマスからお仕事ができるんだとは思いますけど。私、妥協したくありませんので!」
勝気な顔で拳を握って見せるが、正直そこにこだわる理由が分からない。とりあえず誰でもいいから願いを叶えてしまって、葵に構うのはそれからでいいではないか。べつに、サンタクロースになったらお別れというわけでもあるまいし。
保育園に着き、正門で日野を待たせて中に入った。数分後、葵の手をひいて戻ってくると、いつものように子供向けの踊りを小さい身振りで踊っていた。
ふと、日野の立つ道路の先に、こちらを見ている人影があった。見覚えのあるその男は、数学教師の三上だった。僕の視線に気づいたのか、すぐに脇道に入って見えなくなってしまった。先ほどホームルームで一緒だった三上がここにいるということは、僕と同時かすぐ後には学校を出たということだ。
「あのさ、今」
「わっ、びっくりした」
踊りに夢中になっていたようで、こちらを振り向くと赤い顔をして俯いた。三上には気づいていなかったようだ。
「今日は、保育園でなにをしたんですか?」
三人で帰路を歩きながら、葵に保育園での出来事を聞く。今まで二人きりだった会話が三人になったことによって、すこし豊かになったような気がする。
「もうすぐでクリスマスだからね、星のかざりとか、プレゼントとかをつくったよ」
そう言った直後に、はっとしたように固まるので、僕は気づいていないフリをして遠くを見た。
「プレゼント? あ、お友達と交換するんですか?」
「ひのりん、しゃがんで」
歩道で立ち止まり、中腰になった日野に耳打ちをしている。僕は数歩先で黙って二人を待った。日野の目が輝き、僕を見る。
「えっ、そうなんですか」
今度は葵の耳に日野が手をあて、こちらに聞こえないように話す。何度かそれを繰り返し、二人で笑みを向け合うと、やっと歩き出した。
「なんだよ」
「なんでもないですよ」
聞かなくても何を話していたのか分かるが、そのにやにやとした笑い方が居心地の悪さを感じさせる。できれば、知られないまま当日を迎えたかった。
翌日、日野から携帯にメッセージが届いた。内容は、今日は用事があるので葵を迎えに行けない、というものだった。それを見たは昼休みだったが、受信時間は一時間ほど前だった。了解、とだけ返事を送り、昼ご飯のパンをかじる。
今日、日野に会えないのは誤算だった。明日からはじまる三連休のどこかで、遊びに行かないかと誘うつもりだったのだ。葵が横にいれば、気軽に誘える気がした。そういえば休みだね、などといった感じで。どうにも、女性を休日に誘うというのは気が張ってしまっていけない。
学校を終え、保育園に行くと里美先生が笑顔で近づいてきた。葵はいない。
「ねぇねぇ、来週の水曜日って、少しだけ時間とれる? 迎えに来たとき、十分くらいだけ」
来週の水曜日は、二十四日だ。里美先生はわざと日にちを言うのを避けたのだろう。僕は眉を寄せ、低い声で答える。
「いや、大丈夫です。気を使わないでください」
「察しのいい子は可愛くないよぉ。いいじゃない、葵君も、お兄ちゃんを驚かせようって今からはりきってるんだから」
「でも……、どう反応したらいいのか」
里美先生は虚をつかれたように目を丸くすると、途端に笑い出した。肩を軽快に叩かれる。
「なに言ってるのよ。素直に喜べばいいじゃない。あんな可愛い弟に祝われて、嬉しくないわけじゃないでしょう?」
葵が、荷物を持った福本先生と共にやってきた。里美先生の笑い声が聞こえていたのか、彼女を見上げている。
「それじゃあ、よろしく」
葵の背中を僕の方へと押して、笑顔で言う。どうやら拒否権はないらしい。
正門を出てすぐに、葵が周囲を見回した。
「今日は、ひのりんはいないんだよ。用事があるんだって」
「あー、うん。そうだった」
「え?」
「あっ、なんでもない!」
慌ててそう言うと、さっさと歩き出してしまった。なんのことだと聞いても、強い口調でなんでもないと繰り返すだけなので、それ以上は聞かないことにした。
「それじゃあ、葵さんに説明ができたんですね」
隣を歩く日野が、弾んだ声で言った。素肌に触れる空気は冷たいのに、その手には手袋がない。きっと、数字が増えた時にすぐに分かるようにしているのだろう。その数字は、未だ九十九のままだ。
「でも、ちゃんと分かってるのかどうか分からない。泣いて起きた後、けろっとしてたし」
「大丈夫ですよ。泣いちゃったのは、びっくりして混乱しちゃったせいです。つまり、ちゃんと受け止めようとしたってことですから。これからゆっくり、分かっていきます」
ここ数日、日野は僕と一緒に葵を迎えに行くのが日課となっていた。以前、学校まで来た時に三上に怒られたことを気にしているのか、わざわざカバの公園の入り口で僕が通るのを待っているのだ。電話してくれればいい、と言うと、もじもじして俯いてしまうので、それ以上は言っていない。
「葵さんのお願いを聞くのは、もうちょっと気持ちが落ち着いてからにしましょう」
それはいったい、いつになるのだろう。葵が母の死を受け入れるのを待っていたら、百人達成までどれだけ待たなければならないのか分からない。
「もう来週にはクリスマスだけど、それまでに叶えなくていいのか?」
「期限はありませんから。まぁ、来週までに間に合えば、今年のクリスマスからお仕事ができるんだとは思いますけど。私、妥協したくありませんので!」
勝気な顔で拳を握って見せるが、正直そこにこだわる理由が分からない。とりあえず誰でもいいから願いを叶えてしまって、葵に構うのはそれからでいいではないか。べつに、サンタクロースになったらお別れというわけでもあるまいし。
保育園に着き、正門で日野を待たせて中に入った。数分後、葵の手をひいて戻ってくると、いつものように子供向けの踊りを小さい身振りで踊っていた。
ふと、日野の立つ道路の先に、こちらを見ている人影があった。見覚えのあるその男は、数学教師の三上だった。僕の視線に気づいたのか、すぐに脇道に入って見えなくなってしまった。先ほどホームルームで一緒だった三上がここにいるということは、僕と同時かすぐ後には学校を出たということだ。
「あのさ、今」
「わっ、びっくりした」
踊りに夢中になっていたようで、こちらを振り向くと赤い顔をして俯いた。三上には気づいていなかったようだ。
「今日は、保育園でなにをしたんですか?」
三人で帰路を歩きながら、葵に保育園での出来事を聞く。今まで二人きりだった会話が三人になったことによって、すこし豊かになったような気がする。
「もうすぐでクリスマスだからね、星のかざりとか、プレゼントとかをつくったよ」
そう言った直後に、はっとしたように固まるので、僕は気づいていないフリをして遠くを見た。
「プレゼント? あ、お友達と交換するんですか?」
「ひのりん、しゃがんで」
歩道で立ち止まり、中腰になった日野に耳打ちをしている。僕は数歩先で黙って二人を待った。日野の目が輝き、僕を見る。
「えっ、そうなんですか」
今度は葵の耳に日野が手をあて、こちらに聞こえないように話す。何度かそれを繰り返し、二人で笑みを向け合うと、やっと歩き出した。
「なんだよ」
「なんでもないですよ」
聞かなくても何を話していたのか分かるが、そのにやにやとした笑い方が居心地の悪さを感じさせる。できれば、知られないまま当日を迎えたかった。
翌日、日野から携帯にメッセージが届いた。内容は、今日は用事があるので葵を迎えに行けない、というものだった。それを見たは昼休みだったが、受信時間は一時間ほど前だった。了解、とだけ返事を送り、昼ご飯のパンをかじる。
今日、日野に会えないのは誤算だった。明日からはじまる三連休のどこかで、遊びに行かないかと誘うつもりだったのだ。葵が横にいれば、気軽に誘える気がした。そういえば休みだね、などといった感じで。どうにも、女性を休日に誘うというのは気が張ってしまっていけない。
学校を終え、保育園に行くと里美先生が笑顔で近づいてきた。葵はいない。
「ねぇねぇ、来週の水曜日って、少しだけ時間とれる? 迎えに来たとき、十分くらいだけ」
来週の水曜日は、二十四日だ。里美先生はわざと日にちを言うのを避けたのだろう。僕は眉を寄せ、低い声で答える。
「いや、大丈夫です。気を使わないでください」
「察しのいい子は可愛くないよぉ。いいじゃない、葵君も、お兄ちゃんを驚かせようって今からはりきってるんだから」
「でも……、どう反応したらいいのか」
里美先生は虚をつかれたように目を丸くすると、途端に笑い出した。肩を軽快に叩かれる。
「なに言ってるのよ。素直に喜べばいいじゃない。あんな可愛い弟に祝われて、嬉しくないわけじゃないでしょう?」
葵が、荷物を持った福本先生と共にやってきた。里美先生の笑い声が聞こえていたのか、彼女を見上げている。
「それじゃあ、よろしく」
葵の背中を僕の方へと押して、笑顔で言う。どうやら拒否権はないらしい。
正門を出てすぐに、葵が周囲を見回した。
「今日は、ひのりんはいないんだよ。用事があるんだって」
「あー、うん。そうだった」
「え?」
「あっ、なんでもない!」
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