28 / 53
【淳平編】5話-1
しおりを挟む
十二月半ばになり寒さが増してくると、街の雰囲気が冬一色に変わる。コートに包まった人々は皆、白い息を吐きながら背を丸めて歩き、その陰鬱な雰囲気とは対照的に、電飾が大量に飾り付けられる。
「それじゃあ、葵さんに説明ができたんですね」
隣を歩く日野が、弾んだ声で言った。素肌に触れる空気は冷たいのに、その手には手袋がない。きっと、数字が増えた時にすぐに分かるようにしているのだろう。その数字は、未だ九十九のままだ。
「でも、ちゃんと分かってるのかどうか分からない。泣いて起きた後、けろっとしてたし」
「大丈夫ですよ。泣いちゃったのは、びっくりして混乱しちゃったせいです。つまり、ちゃんと受け止めようとしたってことですから。これからゆっくり、分かっていきます」
ここ数日、日野は僕と一緒に葵を迎えに行くのが日課となっていた。以前、学校まで来た時に三上に怒られたことを気にしているのか、わざわざカバの公園の入り口で僕が通るのを待っているのだ。電話してくれればいい、と言うと、もじもじして俯いてしまうので、それ以上は言っていない。
「葵さんのお願いを聞くのは、もうちょっと気持ちが落ち着いてからにしましょう」
それはいったい、いつになるのだろう。葵が母の死を受け入れるのを待っていたら、百人達成までどれだけ待たなければならないのか分からない。
「もう来週にはクリスマスだけど、それまでに叶えなくていいのか?」
「期限はありませんから。まぁ、来週までに間に合えば、今年のクリスマスからお仕事ができるんだとは思いますけど。私、妥協したくありませんので!」
勝気な顔で拳を握って見せるが、正直そこにこだわる理由が分からない。とりあえず誰でもいいから願いを叶えてしまって、葵に構うのはそれからでいいではないか。べつに、サンタクロースになったらお別れというわけでもあるまいし。
保育園に着き、正門で日野を待たせて中に入った。数分後、葵の手をひいて戻ってくると、いつものように子供向けの踊りを小さい身振りで踊っていた。
ふと、日野の立つ道路の先に、こちらを見ている人影があった。見覚えのあるその男は、数学教師の三上だった。僕の視線に気づいたのか、すぐに脇道に入って見えなくなってしまった。先ほどホームルームで一緒だった三上がここにいるということは、僕と同時かすぐ後には学校を出たということだ。
「あのさ、今」
「わっ、びっくりした」
踊りに夢中になっていたようで、こちらを振り向くと赤い顔をして俯いた。三上には気づいていなかったようだ。
「今日は、保育園でなにをしたんですか?」
三人で帰路を歩きながら、葵に保育園での出来事を聞く。今まで二人きりだった会話が三人になったことによって、すこし豊かになったような気がする。
「もうすぐでクリスマスだからね、星のかざりとか、プレゼントとかをつくったよ」
そう言った直後に、はっとしたように固まるので、僕は気づいていないフリをして遠くを見た。
「プレゼント? あ、お友達と交換するんですか?」
「ひのりん、しゃがんで」
歩道で立ち止まり、中腰になった日野に耳打ちをしている。僕は数歩先で黙って二人を待った。日野の目が輝き、僕を見る。
「えっ、そうなんですか」
今度は葵の耳に日野が手をあて、こちらに聞こえないように話す。何度かそれを繰り返し、二人で笑みを向け合うと、やっと歩き出した。
「なんだよ」
「なんでもないですよ」
聞かなくても何を話していたのか分かるが、そのにやにやとした笑い方が居心地の悪さを感じさせる。できれば、知られないまま当日を迎えたかった。
翌日、日野から携帯にメッセージが届いた。内容は、今日は用事があるので葵を迎えに行けない、というものだった。それを見たは昼休みだったが、受信時間は一時間ほど前だった。了解、とだけ返事を送り、昼ご飯のパンをかじる。
今日、日野に会えないのは誤算だった。明日からはじまる三連休のどこかで、遊びに行かないかと誘うつもりだったのだ。葵が横にいれば、気軽に誘える気がした。そういえば休みだね、などといった感じで。どうにも、女性を休日に誘うというのは気が張ってしまっていけない。
学校を終え、保育園に行くと里美先生が笑顔で近づいてきた。葵はいない。
「ねぇねぇ、来週の水曜日って、少しだけ時間とれる? 迎えに来たとき、十分くらいだけ」
来週の水曜日は、二十四日だ。里美先生はわざと日にちを言うのを避けたのだろう。僕は眉を寄せ、低い声で答える。
「いや、大丈夫です。気を使わないでください」
「察しのいい子は可愛くないよぉ。いいじゃない、葵君も、お兄ちゃんを驚かせようって今からはりきってるんだから」
「でも……、どう反応したらいいのか」
里美先生は虚をつかれたように目を丸くすると、途端に笑い出した。肩を軽快に叩かれる。
「なに言ってるのよ。素直に喜べばいいじゃない。あんな可愛い弟に祝われて、嬉しくないわけじゃないでしょう?」
葵が、荷物を持った福本先生と共にやってきた。里美先生の笑い声が聞こえていたのか、彼女を見上げている。
「それじゃあ、よろしく」
葵の背中を僕の方へと押して、笑顔で言う。どうやら拒否権はないらしい。
正門を出てすぐに、葵が周囲を見回した。
「今日は、ひのりんはいないんだよ。用事があるんだって」
「あー、うん。そうだった」
「え?」
「あっ、なんでもない!」
慌ててそう言うと、さっさと歩き出してしまった。なんのことだと聞いても、強い口調でなんでもないと繰り返すだけなので、それ以上は聞かないことにした。
「それじゃあ、葵さんに説明ができたんですね」
隣を歩く日野が、弾んだ声で言った。素肌に触れる空気は冷たいのに、その手には手袋がない。きっと、数字が増えた時にすぐに分かるようにしているのだろう。その数字は、未だ九十九のままだ。
「でも、ちゃんと分かってるのかどうか分からない。泣いて起きた後、けろっとしてたし」
「大丈夫ですよ。泣いちゃったのは、びっくりして混乱しちゃったせいです。つまり、ちゃんと受け止めようとしたってことですから。これからゆっくり、分かっていきます」
ここ数日、日野は僕と一緒に葵を迎えに行くのが日課となっていた。以前、学校まで来た時に三上に怒られたことを気にしているのか、わざわざカバの公園の入り口で僕が通るのを待っているのだ。電話してくれればいい、と言うと、もじもじして俯いてしまうので、それ以上は言っていない。
「葵さんのお願いを聞くのは、もうちょっと気持ちが落ち着いてからにしましょう」
それはいったい、いつになるのだろう。葵が母の死を受け入れるのを待っていたら、百人達成までどれだけ待たなければならないのか分からない。
「もう来週にはクリスマスだけど、それまでに叶えなくていいのか?」
「期限はありませんから。まぁ、来週までに間に合えば、今年のクリスマスからお仕事ができるんだとは思いますけど。私、妥協したくありませんので!」
勝気な顔で拳を握って見せるが、正直そこにこだわる理由が分からない。とりあえず誰でもいいから願いを叶えてしまって、葵に構うのはそれからでいいではないか。べつに、サンタクロースになったらお別れというわけでもあるまいし。
保育園に着き、正門で日野を待たせて中に入った。数分後、葵の手をひいて戻ってくると、いつものように子供向けの踊りを小さい身振りで踊っていた。
ふと、日野の立つ道路の先に、こちらを見ている人影があった。見覚えのあるその男は、数学教師の三上だった。僕の視線に気づいたのか、すぐに脇道に入って見えなくなってしまった。先ほどホームルームで一緒だった三上がここにいるということは、僕と同時かすぐ後には学校を出たということだ。
「あのさ、今」
「わっ、びっくりした」
踊りに夢中になっていたようで、こちらを振り向くと赤い顔をして俯いた。三上には気づいていなかったようだ。
「今日は、保育園でなにをしたんですか?」
三人で帰路を歩きながら、葵に保育園での出来事を聞く。今まで二人きりだった会話が三人になったことによって、すこし豊かになったような気がする。
「もうすぐでクリスマスだからね、星のかざりとか、プレゼントとかをつくったよ」
そう言った直後に、はっとしたように固まるので、僕は気づいていないフリをして遠くを見た。
「プレゼント? あ、お友達と交換するんですか?」
「ひのりん、しゃがんで」
歩道で立ち止まり、中腰になった日野に耳打ちをしている。僕は数歩先で黙って二人を待った。日野の目が輝き、僕を見る。
「えっ、そうなんですか」
今度は葵の耳に日野が手をあて、こちらに聞こえないように話す。何度かそれを繰り返し、二人で笑みを向け合うと、やっと歩き出した。
「なんだよ」
「なんでもないですよ」
聞かなくても何を話していたのか分かるが、そのにやにやとした笑い方が居心地の悪さを感じさせる。できれば、知られないまま当日を迎えたかった。
翌日、日野から携帯にメッセージが届いた。内容は、今日は用事があるので葵を迎えに行けない、というものだった。それを見たは昼休みだったが、受信時間は一時間ほど前だった。了解、とだけ返事を送り、昼ご飯のパンをかじる。
今日、日野に会えないのは誤算だった。明日からはじまる三連休のどこかで、遊びに行かないかと誘うつもりだったのだ。葵が横にいれば、気軽に誘える気がした。そういえば休みだね、などといった感じで。どうにも、女性を休日に誘うというのは気が張ってしまっていけない。
学校を終え、保育園に行くと里美先生が笑顔で近づいてきた。葵はいない。
「ねぇねぇ、来週の水曜日って、少しだけ時間とれる? 迎えに来たとき、十分くらいだけ」
来週の水曜日は、二十四日だ。里美先生はわざと日にちを言うのを避けたのだろう。僕は眉を寄せ、低い声で答える。
「いや、大丈夫です。気を使わないでください」
「察しのいい子は可愛くないよぉ。いいじゃない、葵君も、お兄ちゃんを驚かせようって今からはりきってるんだから」
「でも……、どう反応したらいいのか」
里美先生は虚をつかれたように目を丸くすると、途端に笑い出した。肩を軽快に叩かれる。
「なに言ってるのよ。素直に喜べばいいじゃない。あんな可愛い弟に祝われて、嬉しくないわけじゃないでしょう?」
葵が、荷物を持った福本先生と共にやってきた。里美先生の笑い声が聞こえていたのか、彼女を見上げている。
「それじゃあ、よろしく」
葵の背中を僕の方へと押して、笑顔で言う。どうやら拒否権はないらしい。
正門を出てすぐに、葵が周囲を見回した。
「今日は、ひのりんはいないんだよ。用事があるんだって」
「あー、うん。そうだった」
「え?」
「あっ、なんでもない!」
慌ててそう言うと、さっさと歩き出してしまった。なんのことだと聞いても、強い口調でなんでもないと繰り返すだけなので、それ以上は聞かないことにした。
0
お気に入りに追加
0
あなたにおすすめの小説
独身寮のふるさとごはん まかないさんの美味しい献立
水縞しま
ライト文芸
旧題:独身寮のまかないさん ~おいしい故郷の味こしらえます~
第7回ライト文芸大賞【料理・グルメ賞】作品です。
◇◇◇◇
飛騨高山に本社を置く株式会社ワカミヤの独身寮『杉野館』。まかない担当として働く有村千影(ありむらちかげ)は、決まった予算の中で献立を考え、食材を調達し、調理してと日々奮闘していた。そんなある日、社員のひとりが失恋して落ち込んでしまう。食欲もないらしい。千影は彼の出身地、富山の郷土料理「ほたるいかの酢味噌和え」をこしらえて励まそうとする。
仕事に追われる社員には、熱々がおいしい「味噌煮込みうどん(愛知)」。
退職しようか思い悩む社員には、じんわりと出汁が沁みる「聖護院かぶと鯛の煮物(京都)」。
他にも飛騨高山の「赤かぶ漬け」「みだらしだんご」、大阪の「モダン焼き」など、故郷の味が盛りだくさん。
おいしい故郷の味に励まされたり、癒されたり、背中を押されたりするお話です。

愛する貴方の心から消えた私は…
矢野りと
恋愛
愛する夫が事故に巻き込まれ隣国で行方不明となったのは一年以上前のこと。
周りが諦めの言葉を口にしても、私は決して諦めなかった。
…彼は絶対に生きている。
そう信じて待ち続けていると、願いが天に通じたのか奇跡的に彼は戻って来た。
だが彼は妻である私のことを忘れてしまっていた。
「すまない、君を愛せない」
そう言った彼の目からは私に対する愛情はなくなっていて…。
*設定はゆるいです。
きみと最初で最後の奇妙な共同生活
美和優希
ライト文芸
クラスメイトで男友達の健太郎を亡くした数日後。中学二年生の千夏が自室の姿見を見ると、自分自身の姿でなく健太郎の姿が鏡に映っていることに気づく。
どうやら、どういうわけか健太郎の魂が千夏の身体に入り込んでしまっているようだった。
この日から千夏は千夏の身体を通して、健太郎と奇妙な共同生活を送ることになるが、苦労も生じる反面、健太郎と過ごすにつれてお互いに今まで気づかなかった大切なものに気づいていって……。
旧タイトル:『きみと過ごした最後の時間』
※この作品はフィクションです。実在の人物・団体とは一切関係ありません。
※初回公開・完結*2016.08.07(他サイト)
*表紙画像は写真AC(makieni様)のフリー素材に文字入れをして使わせていただいてます。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
心の落とし物
緋色刹那
ライト文芸
・完結済み(2024/10/12)。また書きたくなったら、番外編として投稿するかも
・第4回、第5回ライト文芸大賞にて奨励賞をいただきました!!✌︎('ω'✌︎ )✌︎('ω'✌︎ )
〈本作の楽しみ方〉
本作は読む喫茶店です。順に読んでもいいし、興味を持ったタイトルや季節から読んでもオッケーです。
知らない人、知らない設定が出てきて不安になるかもしれませんが、喫茶店の常連さんのようなものなので、雰囲気を楽しんでください(一応説明↓)。
〈あらすじ〉
〈心の落とし物〉はありませんか?
どこかに失くした物、ずっと探している人、過去の後悔、忘れていた夢。
あなたは忘れているつもりでも、心があなたの代わりに探し続けているかもしれません……。
喫茶店LAMP(ランプ)の店長、添野由良(そえのゆら)は、人の未練が具現化した幻〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉と、それを探す生き霊〈探し人(さがしびと)〉に気づきやすい体質。
ある夏の日、由良は店の前を何度も通る男性に目を止め、声をかける。男性は数年前に移転した古本屋を探していて……。
懐かしくも切ない、過去の未練に魅せられる。
〈主人公と作中用語〉
・添野由良(そえのゆら)
洋燈町にある喫茶店LAMP(ランプ)の店長。〈心の落とし物〉や〈探し人〉に気づきやすい体質。
・〈心の落とし物(こころのおとしもの)〉
人の未練が具現化した幻。あるいは、未練そのもの。
・〈探し人(さがしびと)〉
〈心の落とし物〉を探す生き霊で、落とし主。当人に代わって、〈心の落とし物〉を探している。
・〈未練溜まり(みれんだまり)〉
忘れられた〈心の落とし物〉が行き着く場所。
・〈分け御霊(わけみたま)〉
生者の後悔や未練が物に宿り、具現化した者。込められた念が強ければ強いほど、人のように自由意志を持つ。いわゆる付喪神に近い。
灰かぶり姫の落とした靴は
佐竹りふれ
ライト文芸
中谷茉里は、あまりにも優柔不断すぎて自分では物事を決められず、アプリに頼ってばかりいた。
親友の彩可から新しい恋を見つけるようにと焚きつけられても、過去の恋愛からその気にはなれずにいた。
職場の先輩社員である菊地玄也に惹かれつつも、その先には進めない。
そんな矢先、先輩に頼まれて仕方なく参加した合コンの店先で、末田皓人と運命的な出会いを果たす。
茉里の優柔不断さをすぐに受け入れてくれた彼と、茉里の関係はすぐに縮まっていく。すべてが順調に思えていたが、彼の本心を分かりきれず、茉里はモヤモヤを抱える。悩む茉里を菊地は気にかけてくれていて、だんだんと二人の距離も縮まっていき……。
茉里と末田、そして菊地の関係は、彼女が予想していなかった展開を迎える。
第1回ピッコマノベルズ大賞の落選作品に加筆修正を加えた作品となります。
とある女房たちの物語
ariya
ライト文芸
時は平安時代。
留衣子は弘徽殿女御に仕える女房であった。
宮仕えに戸惑う最中慣れつつあった日々、彼女の隣の部屋の女房にて殿方が訪れて……彼女は男女の別れ話の現場を見聞きしてしまう。
------------------
平安時代を舞台にしていますが、カタカナ文字が出てきたり時代考証をしっかりとはしていません。
------------------
小説家になろう、カクヨムにも掲載しています。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる