サンタの願いと贈り物

紅茶風味

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【淳平編】4話-7

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 食事を終え、三人で母の部屋に入った。葵がこの部屋に入るのは初めてだ。目を大きくして周囲を見上げ、せわしなく首を動かしている。父が葵を持ち上げて、目線を同じ高さに合わせた。ちょうど、位牌がよく見える高さだ。

「これなに」

 葵が箪笥の上を見て、言った。

「これは、お母さんがもう死んでしまったという、証だよ」
「あかしってなに」

 父が困ったように僕を見る。僕も内心で困る。どうやって説明したらいいのか、二人とも分かっていない。手探りで言葉を繋げるしかない。

「お母さんの、代わりみたいなものだよ」
「これはお母さんじゃないよ」
「そうなんだけど……」

 葵の顔がわずかに曇る。僕と父の言っていることが理解できず、困惑しているのだろう。

「お母さんが帰ってくるまでの、かわりなの?」

 父が息をのみ、俯いた。話はしていたが、直接聞いてショックを受けたのだろう。僕はそっと拳を握った。脳裏に日野の顔が浮かぶ。

「お母さんは、帰ってこないんだ」

 小さな瞳が揺れて、僕を見る。

「天国にいってるんでしょ」
「そうだよ。天国に行っちゃった人は、もうこっちには帰ってくることはできないんだ。お兄ちゃんにも、お父さんにも、……葵にも、もう絶対に会うことはできない。人が死ぬっていうのは、そういうことなんだ」

 口を薄く開いたまま、僕から視線を逸らして父の胸の辺りを見た。

「そんなのしらない」

 父がそっと頭を撫でる。

「ごめん、葵。お父さんがちゃんと伝えてあげられてなくて。急にこんな話をして、びっくりしたと思うけど……」
「しらない!」

 大声で言うと、父にしがみついた。押し付けられた顔から、表情は窺えない。やがて、すすり泣く声が聞こえてきた。声を上げて喚くでもなく、僕たちを罵るわけでもなく、ただ声を押し殺すようにして泣いている。

 もう、これ以上なにかを言うのはやめよう。僕と父は視線を合わせ、母の部屋から出た。しばらく泣き続けていた葵は、気づけば父の腕の中で眠っていた。

 あんな説明だけで、果たして分かってくれたのだろうか。死を正しく理解することはなくても、母にはもう会えない、という事だけは伝えられたはずだ。葵はまだ四歳だ。これから色々な経験をして、徐々に分かっていくだろう。その中で、母への感情が悪いものにならなければいい。



 父が寝室に葵を寝かせ、戻ってきた。

「さっき起きたばかりなのにな。夜、眠れなくなっちゃうかもなぁ」

 独り言のように言って、母の部屋へと消えていく。ほどなくして出てくると、手にアルバムを二冊持っていた。ダイニングテーブルで眺めはじめるので、なんとなく近寄って覗いた。まだ幼い頃の僕と、母の写真が並んでいる。

「写真を飾ろうかと思うんだ。お母さんだけの写真じゃなくて、家族みんなの写真を」

 父がページをめくる。

「四人の写真なんて無いよ」
「うん。だから、何枚か飾ろう。合わせて家族写真になるようにさ」

 再びページがめくられ、一枚の写真に目がいった。幼い頃、一度だけ多忙な父が休みをとって、母と三人でテーマパークに出かけたことがあった。その時のものだ。

「これがいい」
「ああ、懐かしいなぁ。夜、ホテルに泊まったんだよな。じゃあ、あとは葵が写ってるやつを……」

 もう一冊のアルバムを開くと、ポケットに収まっていなかった写真が一枚、滑り落ちた。床に落ちたそれを拾い、予想外の写真に心臓がはねる。そこに映っていたのは、ベッドに横になっている母と、まだ生まれて間もない赤ん坊だ。隣にいる誰かの手に支えられた赤ん坊を、力ない笑顔で母が見つめている。

「葵が産まれた時のだな」
「こんな写真、あったんだ……。てっきり、出産中に体調が悪くなったのかと思ってたんだけど」
「いや、出産直後は会話ができてたみたいだよ。立ち会えていればなぁ」
「そうなんだ、じゃあ……」

 言おうか言うまいか迷うと、父がすぐに気づいた。

「産まれたのが男の子だってことは、お母さんも知ってたよ。……ごめんな、俺がただ、心の整理ができていなかっただけだ。あの服も、全部捨てる」

 潔い言葉に、若干の負い目を感じる。女の子用の衣服は、父と母が葵の誕生を楽しみにして買ったものだ。父にとっては思い出の品だろう。何も捨てなくても、と思ったが、そういう感情も、乗り越えなければいけないのかもしれない。衣服を捨てたところで、母との思い出が消えるわけではない。

「淳平、いつもありがとう」
「何だよ急に」
「お前はいつも、文句も言わずに葵の面倒をみて、家のこともしてくれるから、頼りすぎてたんだ。でも、これからは何でも相談してくれよ。一応、父親だし。もう、逃げないからさ」

 父の手が、一枚の写真を取り出した。僕と父、葵の三人で公園で遊んだ時のものだ。カメラを持った父が無理やり三人を収めたもので、僕と葵の表情は笑顔ではなかった。
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