サンタの願いと贈り物

紅茶風味

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【淳平編】4話-5

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 身体が強く揺さぶられる。無理やり眠気を妨げられる不快感で、頭が目を覚ます。どうやら眠ってしまっていたらしい。

「淳平くん、起きて!」

 日野が耳元で大声を出した。

「大変なことになりました!」
「それは、あんたの驚異的な回復力のことか?」

 テーブルに放り出していた両手に力を入れ、身体を起こした。突っ伏して寝ていたせいか、首が痛い。日野は僕の目の前に可愛らしい置時計をかざして言った。

「四時です」

 時計の短針が、四の数字を指している。まるで時間が逆戻りしたかのような違和感を感じたが、現実を把握して青ざめた。

 携帯電話を取り出して画面を見ると、父からの着信とメッセージ受信が軽く二桁を超えていた。直近のメッセージを見て、予想通りの内容であることを確認するとそっと携帯をしまう。

「まぁ、いいか」
「良くないですよ! お父さんに連絡してあげてください!」

 血相を変えて日野が言うので、仕方なくメッセージを送っておいた。電話をかけてもすぐに出そうだが、そこから長くなることを考えると気が引けた。案の定、送信後にすぐ着信がきたので電源を切った。

「どうしよう、私、お父さんに謝罪に行ったほうがいいでしょうか。まだ未成年の男性を家に呼び込んだ挙句に朝帰りさせるなんて」
「何言ってんの?」

 昨日、あれだけ体調を崩していたのに、今はその余韻すら感じさせない。熱は測るまでもなく下がっているだろうし、何より、無駄に俊敏な動きとテンションの高さはいつも通りだ。五日も長引くような不調が、たった一晩で劇的に回復するのはちょっと普通ではない。

「無理してるわけじゃないよな」
「元気もりもりです。もしかしたら、回復するための条件があるのかもしれませんね。サンタさんになったら詳しく聞いてみよう」

 日野は冷蔵庫から飲みかけのペットボトルと、もう一つ買ってきていたお茶のペットボトルを出して持ってきた。渡されたお茶を飲むと、冷たい感触が喉を通って頭が冴える。少し寒くなって、身震いがした。暖房は付いているが、熱が高かったから設定温度も低くしてあるのだろう。

「これで淳平くんが風邪ひいたら、私はお父さんに責任を」
「やめろ」

 電車の始発まで、まだ随分と時間がある。歩くには距離があるし、タクシーで帰るほど切迫した状況でもない。今日は日曜だから、学校へ行く必要もない。電車が動くまでいてもいいかと聞くと、日野はいつも通りの笑顔で「もちろんです」と言った。


「ゲームでもしますか?」
「その回復ぶりを見ていると、僕の苦労は何だったんだろうと思うよ」
「す、すみません。すごく感謝しています」
「まぁ、元気になってよかったけどさ」

 昨夜の彼女を思い出すと、今でも心が苦しくなる。何故そこまで、という疑問は、サンタクロースを目指す彼女には愚問なのだろう。

「ごめん、それから、ありがとう」

 僕が出した神妙な空気に、日野が不思議そうな顔をする。

「何がですか?」
「葵のこと、気にかけてくれて。あんなに具合が悪くなるほどつらいことを、葵のためにしてくれて」

 それなのに僕は、まだ父と話せないでいる。葵の母に対する誤解を、まだ解決できていない。

「今日、帰ってすぐにでも父さんと話すよ、葵のこと。葵も家にいるから、早くちゃんと説明して、分かってもらうようにする。あいつにはちゃんとした大人になってほしいから」

 日野がペットボトルをテーブルの上に置き、座ったまま布団から移動した。僕の隣に落ち着くと、真っ直ぐな視線をこちらに向ける。

「淳平くんは、お母さんが大好きなんですね。昨日、お話を聞いていて、すごくよく伝わってきました」
「途中で寝てたけど」
「う、ごめんなさい……。でも、本当に気持ちが分かったんです。お母さんの話をしている時の淳平くんは、とても優しい顔をしていましたから」

 何だか真剣な表情の日野に気づいた。

「この間、公園で遊んだ日、葵さんは元気が無かったって言っていましたね。あの日、私には、淳平くんのほうが元気が無さそうに見えました。学校で会った時からずっと、どんよりとした空気を身にまとっていて、心配でした」
「そうかな」
「はい。きっと、家でもそうだったんじゃないですか? それが、葵さんに移っちゃったんだと思います。葵さんは、とても感受性の強い子です。服装の好みを聞いた時のこと、覚えていますか?」

 覚えている。そう答えるよりも前に、日野が続ける。

「女の子の服と男の子の服、どちらが好きか聞いたら、葵さんはこう答えたんです。『お父さんの選ぶ服も、お兄ちゃんの選ぶ服も、どちらも好き』と。きっと、いつもお父さんと淳平くんのことを見ているんです。二人が思っているよりもずっと、深く、色んなことを感じ取っているんですよ」

 心の中がざわついた。いつの間に、ここまで観察していたのだろう。日野には、子供の心を理解する特別な才能でもあるのだろうか。

「お二人の気持ちは、葵さんに伝染します」

 日野の手が僕の手に重なり、心臓が大きく跳ねる。

「淳平くん、葵さんの中に、お母さんはいません」

 時間が止まったように感じた。息ができず、身体が硬直して動かない。無理やり息を吸い込むと、全身に寒気のような感覚がはしる。ただ重ねられた手だけが、暖かい。

「僕は……」

 何か言わなければ。そう思って声を出すが、続く言葉が出てこない。何も言えない。言い当てられたから。自分自身ですら理解していなかった感情が、突然目の前に突きつけられたのだ。

「大丈夫です」

 力強く、手が握られる。

「大丈夫、大丈夫です!」
「なに、が……」
「何も怖いことなんてありません、つらく考える必要なんてないんです。淳平くんは、これから素敵な毎日を送ります。楽しいことを、いっぱいします。もし、お母さんに会いたくて寂しくなったら、昨日みたいに思い出してください。お母さんは必ず、笑顔で迎えてくれます。一緒に毎日を歩んでくれます」

 喉の奥が痛くなり、込み上げてくる感覚に顔を伏せた。どうしてここまで、見透かされてしまうのだろう。どうしてここまで、強く言い切ることができるのだろう。どうして、僕の手を握ってくれるのだろう。

「……もし、大丈夫じゃなかったら?」

 搾り出した声が、力なく宙を漂う。隣で大きく息を吸うのが聞こえた。

「私を殴ってください!」

 思わず気が抜け、笑ってしまった。目を細めた拍子に涙がこぼれ落ち、ズボンに染みこんだ。
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