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【淳平編】4話-4
しおりを挟む「私は、ものを生み出す時、体力を消耗するんです。生成に対する、代償のようなものです。これは、サンタさんは皆同じです」
「でも、ジュースを出した時も、遊具を出した時も、元気そうだったよ」
その時を思い出しながら言った。
「はい、あれくらいなら、大丈夫です。疲労の度合いは、生み出したものの貴重さに比例するんです」
貴重さ、とは、どれだけ珍しいものかどうか、ということだろうか。紙パックのジュースや遊具のように、どこでも買えるようなものなら、疲労も少なくて済むのだろう。
「生み出すものの条件は色々とあるのですが、例えば、誰かにもらった思い出の品や、特注品などの唯一無二のもの以外であれば、基本的には何でも生み出せるんです」
部屋の中に溢れているおもちゃを見た。どれも、大量生産されているような品ばかりだ。日野の言っていることは理解できるが、それが今の状態とどう結びつくのか分からない。
困って次の言葉を待っていると、日野の唇が薄く開いた。
「雀を……」
まさか、と頭の中に五日前の光景を蘇らせる。土の上に横たわる雀を日野が拾い上げ、両手のひらに置くと、やがて空高く飛び立っていった。最初は死んでいると思っていた雀が飛んで驚いたが、もしかしたら。
「やっぱり、本当に死んでたのか」
日野の目がゆっくりと瞬きをした。
「はい」
「……嘘だろ」
それはつまり、日野が死んだ雀を生き返らせたことを意味している。
「あの時、私が生み出したのは、雀の『命』です。命は皆平等ですから、唯一無二というものではありません。そこに、まだ生きる余力のある身体さえあれば、命を吹き込むことができる。そう、教わっていました……。でも、ここまで反動があるとは思っていませんでした。私はまだまだ甘いですね」
困ったように笑う姿を、呆然と見つめた。
ものを生み出す体質などという便利で夢のような現実を、どこか他人事のように感じていた。彼女がサンタクロースとして成功しようがしまいが、僕の人生には何の影響もない。ただ、おかしな人と知り合ってしまった、くらいにしか思っていなかった。
けれど、ものを生み出す行為に代償があると知った今、他人事ではなくなってしまった。
あの時、雀を蘇らせようとしたのは、葵に死に対する歪んだ知識を植えつけない為だ。雀の死骸から母を連想させてはいけない。そう思った日野は、想像し難い代償を受け入れ、行為に挑んだ。
言いようのない感情が、心の奥からじわじわと込み上げてくる。
「なんだか少し楽になってきました。それ、頂いてもいいですか?」
買い物袋から取り出して床に並べていたものの中から、プリンを選んで指さした。プラスチックのスプーンと一緒に差し出すと、ゆっくりと起き上がって受け取る。
「大丈夫なのか?」
「ちょっと眩暈はしますが、平気です。それより、お腹のすき具合のほうが大変なことになってます」
蓋を開けてプリンをすくい、口に運ぶ。熱っぽい顔が嬉しそうに微笑むのを見て、少し安堵した。目の前でプリンが減っていくのを見ていると、空腹感を感じてくる。そういえば、これから夕飯というタイミングで出かけてきたのだった。
時刻はすでに七時をまわっていた。大量に買っていた食べ物の中から、菓子パンを選んで食べた。急いで帰ったところで夕飯は済んでいるだろうし、今、日野をおいて帰るわけにもいかない。
日野はプリンを全て食べた。買ってきたペットボトルの水を少しだけ飲み、再び布団の中に入った。残った飲み物やデザートは、冷やしておいたほうがいいと思い、一言ことわって冷蔵庫を開けた。中にはあまり物が入っておらず、扉側の上段のケースに、見覚えのある紙パックのジュースがぽつりと置かれていた。
「寝ていれば良くなるものなのか?」
「そう聞いています。もう、大丈夫ですよ。あまり遅くならないうちに帰ってください。お父さんも葵さんも、心配します」
「……もうちょっとしてから、帰るよ」
再び横になった日野が、僕を見て微笑んだ。
「じゃあ、お母さんのお話を聞かせてください」
「なんだ、突然」
「嫌ならいいんです。ただ、淳平くんと葵さんのお母さんは、どんな人だったのかなって、気になったんです」
嫌な気持ちはないが、話をしろと言われても何を話せばいいのか思いつかない。適当に、思いついた昔の出来事を話した。他愛もない日常の出来事だったが、日野が嬉しそうに聞くので、また次に浮かんだ事を話した。
そうしているうちに、次から次へと母との思い出が蘇ってきた。僕が幼い頃のことや、中学生になってからのこと、更に、葵が生まれた時のこと。それらを思いつくままに話し続け、気づけば、母が亡くなった後のことや、父に対する不満まで口にしていた。
最近の父の態度について少し熱くなって話しながら、我に返った。自分は弱っている日野に何を聞かせているのだと。脱線するにも程がある。
しかし、そんな僕の気持ちをよそに、日野は小さな寝息をたてて眠っていた。いつ眠りについたのか分からないほど、熱弁していたようだ。目を閉じて静かに眠る顔を見て、胸が締め付けられる思いがした。
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