サンタの願いと贈り物

紅茶風味

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【淳平編】4話-1

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 土曜日の夕方、朝から降り続いていた雨は強さを増していた。大きな雨粒がアスファルトの地面を叩き、盛大な音が窓の外から聞こえてくる。夜には小雨になるという天気予報は、この調子だと外れそうだ。

 まな板の上でひたすら野菜を切り、大きな鍋に放り込む。長ネギ、大根、白菜、と次々に包丁で切る単調な作業は、僕の心を安定させてくれる。

 野菜を切り終わり、山盛りになった鍋に無理やり蓋をした。火を付けて湯気が立ち始めた頃、玄関の方が騒がしくなる。

「ただいまー」

 葵の少し興奮気味な声が聞こえ、父のはしゃいだような声が追いかけてくる。あらかじめ用意していたタオルを二枚持って玄関へ行くと、全身ずぶ濡れの二人がそこにいた。

「なんで傘さしてるのに頭が濡れてるんだよ」

 父を睨んで言うと、取り繕うような笑顔で弁解する。

「いや、あの、走っちゃったせいかな。うん、なんか楽しくて」
「お父さん、傘あんまりさしてなかった」

 子供用の傘を立てかけながら、葵が言った。全身ピンク色のレインコートは、父が着せたものだ。フードにはうさぎのような耳の飾りが付いている。細めた目で父を見ると、たじろいで視線を泳がせる。

「これ、アイス。チョコチップのやつ買ったぞ」

 僕のご機嫌を伺ってか、わざわざそう言ってコンビニの袋を渡してくる。あの日、父と話がこじれてしまった夜から、ずっとこの調子だ。もともと親としての威厳など皆無ではあったが、更に輪を掛けて酷くなった。常にこちらの顔色を伺い、少しでも異変を感じると笑顔を作って逃げ道を探る。

 今日は久しぶりに家族と過ごす時間がとれるのだと、朝から張り切っていた。ずっと働きづめだった父に、上司が丸一日の休みを与えてくれたらしい。さすがに疲労が溜まっていたのか午前中はずっとベッドの上にいたが、午後になって元気を取り戻し、葵と楽しそうに遊んでいた。

 夜ご飯は鍋がいい、という申し出があり、昨日から食材を用意していた。十七時前、少し早いが作り始めるか、と腰を上げた途端、食後のデザートが無いと喚き始め、葵を連れて意気揚々と出かけて行ったのだ。この、大雨の中を。

「とにかく風呂入って。お湯、沸かしてあるから」
「ありがとう淳平君!」

 大げさにそう言うと、父は葵を連れて脱衣所へと向かった。廊下に水の足跡ができる。アイスを冷凍庫にしまい、鍋の様子を見ながらリビングでくつろいだ。

 土曜は学校も保育園もないし、雨で外に遊びに行くこともないから、暇だ。父が葵の相手をしていたから、久しぶりに自分だけの時間ができた。何もすることがなかった。やることが無いと、人は余計な思考を働かせてしまう。

 日野と公園で遊んだ日から、五日が経った。あれ以来、彼女には会っていない。次の日、保育園の帰りに公園へ寄ったが、姿はなかった。その次の日も、更にまた次の日も、結局昨日までの毎日、公園に行ったけれど、会えていない。

 高校へ顔を出すこともなかったし、裏道の小さな公園も覗いてみたが、いなかった。葵はひどく残念がっていた。砂場で遊んだのが、よほど楽しかったらしい。土日に会う約束をしていたことを言わなくて良かった。

 あの時、公園での帰り際、彼女の様子が少しおかしかった。いつも真っ直ぐに人の目を見て話すのに、視線を逸らしたまま去ってしまったのだ。その仕草は、まるで何かを隠しているかのようだった。

 おかしいといえばもう一つ、あの雀だ。日野の手から飛び立ったあの雀は、本当に眠っていただけなのだろうか。鳥を飼ったことがないので、寝ている時の様子を詳しく知っているわけではないが、ぐったりとした様はたしかに死んでいるように見えた。
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