サンタの願いと贈り物

紅茶風味

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【淳平編】3話-5

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 学校裏の道に出ると、そのまま真っ直ぐ進み、細い緑道へと向かう。幸い生徒は一人もおらず、静かな住宅地に二人の足音だけが聞こえている。左手に公園が見えてくると、日野が嬉しそうな声を出した。

「ここ、葵さんと淳平くんに初めて会ったところです」

 歩きながら、公園の前をゆっくりと横切る。相変わらず誰もいない。初めて日野と会ったあの時をぼんやりと思い出す。まだ二週間ほどしか経っていないのに、随分と前のことのように思える。

 しばらく歩いたところで、日野に腕を引かれた。

「駅、こっちですよね」

 そう言って緑道の入り口を指差した。呆けていたせいで、通り過ぎようとしていたようだ。曖昧に頷いて道を曲がった。日野が、一歩遅れて隣に並んだ。

「やっぱり、ちょっと怒ってますか」
「え?」

 驚いて日野を振り返ると、不安そうな顔でこちらを見ていた。

「いや、怒ってないけど」
「本当ですか?」
「うん、全然」

 正直、何とも思っていなかった。忘れかけていたくらいだ。日野が学校まで来たことで、三上がどう思おうと、他の生徒たちが何を言おうと、僕には関係ない。たとえ僕に関係したことだとしても、どうでもいいのだ。

 突然、目の前に手が現れた。指を全開にした元気な左手が、甲を向けて僕の顔に近づけられる。

「見てください」

 弾んだ声で言う。

「見てるよ」
「もっとちゃんと、見てください」

 近すぎて視界に肌色がぼやけていたので、手首を掴んで少し遠ざけた。掴んだ瞬間に、ぎゃあ、とおかしな声が聞こえたが、無視した。

 白い線がある。たしか、九十七という数字が書かれていた。日野がサンタクロースの見習いとして、願いを叶えた子供の人数だ。前にも見たのに今更なんなんだと思ったが、よく見れば以前と違っていた。数字が増えているのだ。九十七とあったところが、九十九に変わっている。

「二人、増えてる」
「そうなんですよ!」

 日野が被せ気味に言った。

「二人叶えたんです! あと一人です!」
「え、何これ、どうやって増えたの。シール?」

 手首を掴んだまま、数字の上の皮膚を擦った。何かが張り付いている様子はない。まるでイレズミのように皮膚と一体化している。力強く手が引き戻され、目の前から消えた。日野を見ると、赤い顔で左手を隠している。

「自然に、変わるんですよっ」
「本当かよ」
「今更疑わないでくださいよ……。これで判断するんです、本当に嬉しいことなのかどうか、心の中まで見れませんから」

 左手を前に突き出して掲げ、まじまじと見つめる顔が僅かに綻んでいる。あと一人、子供の願いを叶えることが出来れば、百人達成だ。そうすれば、サンタクロースとして正式に採用されるらしい。いまいちピンとこない話ではあるが、彼女が嘘をついているとは、もう思っていない。

「淳平くんの願いは、何ですか?」

 唐突な質問に、隣を歩く日野の顔を見た。すでに左手は掲げておらず、僕を真っ直ぐに見つめている。

「願いなんて無い。ていうか、僕に聞いても仕方がないだろ」
「そんなことないですよ。願いを叶える対象は、十九歳までなんです」
「その歳でサンタクロースもなにも無いだろうに」

 そう言いながら、自分なら何を願うだろうと考えた。物欲は、あまり無い。生活に必要なものは父や親戚が買ってくれるし、趣味も無いので『何かが欲しいけれど手に入らない』という状況に陥ったことがない。それならやはり、将来のことを考えて必要なものは一つだろう。

「お金は駄目ですよ」
「なんで分かったんだ……」

 日野は僕の思考を見透かしたように言うと、はあ、とわざとらしく息を吐いた。

「やっぱり淳平くんくらいの歳になると、みんな心が汚れてしまうんですね」
「現実的になるだけだ」
「だからサンタさんは、小さい子の願いしか叶えなくなるんですよ」

 カサリ、と何かが擦れるような音がした。不定期に続くその音の方向を見ると、日野が指先で生垣に触れていた。乾燥した葉がぶつかって擦れ、小さく揺れる。そこに括り付けられている電球も、一緒になって揺れる。

「ここ、夜になると綺麗なんですよ」

 日野が一歩進むたび、電球に光りが灯るような気がした。

「夜は来ないから、見たことないよ」
「じゃあ今度、見に来ましょう」

 わざわざ電車に乗って夜に来るような、労力に見合った装飾ではない。きっと大通りの方が明るいし、イルミネーションを見るのが目的なら、他に大きな規模で行っている場所があるだろう。けれど、それを口に出してしまえば、まるでこちらから誘っているようだ。


「ところで、どこまで付いて来る気なんだ?」

 話を変えると、日野が驚いた顔でこちらを見た。

「えっ、あの、葵さんを迎えに行くと思って、その、一緒に……」

 当然、保育園まで行くつもりでいたのだろう。だんだんと顔が下がり、俯きながら言葉が消えていく。その姿が、少しだけおかしかった。真っ直ぐな心で人と接し、子供から愛される彼女はとても純粋だ。大した話をしたわけでもないのに、気づけば陰鬱な気分が軽くなっている。

「冗談だよ」

 再び顔を上げ、日野がこちらを見る。大きくて丸い瞳が僕を映し、柔く細められた。
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