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【淳平編】2話-7
しおりを挟む「お父さんは、女の子の服装が好きなんでしょうか」
事情を知らない日野が聞いてきた。
「そういうわけじゃ、ないと思うけど……」
「本人はどうなんですか?」
「え?」
日野はそう言うと、葵に向き直って聞いた。
「今みたいなカッコイイ服と、この間みたいな可愛い服と、どっちが好きですか?」
「そんなの決まって」
「お兄さんはだまってて」
口を出そうとすると、間髪入れずに日野に止められた。きっと、葵が返事をする前に僕の意見を聞かせたくないのだろう。純粋な葵の気持ちを聞こうとしているのだ。
そんなこと、僕は考えもしなかった。男なのだから、男の恰好をするのが当然だ。葵は深く考えていないか、父に強く言えないだけなのだ。
「どっちもすき」
葵が日野を見て言った。思わず耳を疑う。
「どっちもって、本気か? 女の子みたいな、びらびらしたスカートが好きなのか?」
「そんな言い方良くないですよ」
「あんたは黙ってろよ」
日野がショックを受けたように固まった。葵は僕達のやり取りを見ると、僕の方に向いた。
「お父さんがえらぶ服も、お兄ちゃんがえらぶ服も、どっちもすきだよ」
当たり前のように言う葵に、それ以上は言葉が出てこなかった。
「どちらの恰好も、とっても似合っていますよ。葵さんは美形ですからね」
「葵さんてなんだ」
「だって、どっちが正しいのか分からないじゃないですか」
「やめてくれよ……」
日野は葵の両肩に優しく手を置き、自分の方へと向かせる。
「それでは、葵さん。改めて聞かせてください。今、何か欲しい物はありますか?」
葵は口を開けたまま呆けた。葵なりに、何故同じことを聞くのだと思っているのだろうか。
「……リンゴジュース」
「そ、それは前にプレゼントしましたが、違ったんです。すみません、他の物でお願いします」
「あおいは、なにもほしくないよ」
「本当ですか? もっと普通に考えていいんですよ。欲しい物がなければ、こうなったらいいなぁ、と思うことでもいいです」
僕は少し驚いて、小声で日野に聞いた。
「そんなこともできるのか?」
日野がどもりながら言う。
「場合に、よります」
葵の視線が遠慮がちに僕に向けられ、すぐに日野を見る。少し、困ったような顔をしている。
「ちょっとお兄さん、外してもらってもいいですか」
「え、なんで」
「葵さんが、お兄さんがいると話しづらいみたいなので」
そんなことない、そう思ったが、葵の逸らされた視線が日野の言葉を肯定していた。僕は二人に背を向けて、その場を離れた。完全に二人きりにするわけにはいかないので、二人が見える位置で止まると腕を組んでその様子を見つめる。
二人は顔を至近距離で突き合わせて話している。声を潜めているのだろう。周囲に誰もいないし、聞こえないように移動したのだからその必要はないと思うのだが。
葵は後ろ姿なので、顔は全く見えない。日野は何度も頷き、口を開いて何かを話しては、また頷く。ほんの少しだけ首を傾げた。不思議そうな顔をしているのは、葵が何かおかしなことを言ったからだろうか。
それからまた頷き、何かを話し、日野が顔を上げて僕を見た。戻ってもいいらしい。
「で、どんな話だった?」
「いやいや、せっかく外してもらったのに、淳平くんに話したら意味ないじゃないですか」
遠くでチャイムが鳴った。少し先にある小学校からだ。
「……あ、五時だ」
五時にはいつも、家に着いて夕食の支度をしている。今から急いで帰っても、父が帰宅するまでに出来上がらないかもしれない。
「葵、帰るぞ。父さんが帰って来ちゃう」
僕は葵の手を掴んで引いた。日野が慌てて声をかけてくる。
「あの、また来てください。私、この時間にはこの公園にいますので」
その言葉には返事をせず、僕と葵はその場を立ち去った。公園を出て、家までの帰路を急ぐ。
「あの人に、お兄ちゃんの名前教えただろう」
少し咎めるように言うと、葵は悪びれた様子もなく答えた。
「うん、教えたよ。だめだった?」
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