サンタの願いと贈り物

紅茶風味

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【淳平編】2話-3

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 葵は周囲の遊具には目もくれず、真っすぐに滑り台へと向かっていく。園内は多くの子供達で賑わっていた。学校近くの公園とは正反対だ。

 巨大なカバの前に到着した。高さもさることながら、横幅も広い。子供が三人並んでも余裕がある。

 小学校の高学年ほどの子供達が、滑っては階段を上がり、また滑っては階段を上がっている。繰り返すほどの楽しさがあるのか疑問を感じるが、きっと丁度いいスリル感なのだろう。公園の遊具の割には「少し危険」というところが、この頃の歳の子には魅力的なのかもしれない。

 葵と二人、その巨大なカバの前に立つ。先ほど見た、大人の姿を探した。

「早くいけよ」

 滑り台の上部から、男の子の声がした。見ると、一番端の滑走部分の目前で、小学生が仁王立ちしている。その視線はすぐ目の前に向けられていて、そこにいる人物を思わず凝視した。やはりあの女だった。

 女は、側面の手すりにしがみついた格好でしゃがみこみ、前方を青い顔で見つめている。

「さっき滑ってたじゃん。もう二回目なんだから大丈夫だろ」
「だ、大丈夫じゃないです。怖いです」
「大人だろ、情けないなあ」
「大人になってから知る恐怖というものがあるんですよ。あ、ちょっと押さないで」

 男の子の手が女の背中に伸びた。両手で強く押された身体は、その衝撃に耐え切れずに滑走面を落ちていく。

 女の絶叫が周囲に響き渡る。勢いが強かったせいか、途中で向きが反転し、背中から滑り落ちた。そのまま速度を落とすことなく、斜面の終わりで後ろ回りになりようやく止まった。

「パンツ見えた!」

 男の子が数人、揃って叫んだ。途端に女の子達から批難の声が上がる。実際にはタイツを履いていたので、薄っすらと透けて見えた程度だ。やがて口喧嘩になり、女子対男子の不毛な戦いが始まった。

 女は起き上がって服を正すと、子供達の様子を見て溜息をついた。

「私との約束は、一体……」

 子供達は目の前の敵に夢中になっていて、当事者である女のことは既に眼中にないようだ。女はふらついた足取りで滑り台から離れると、傍にあるベンチに腰を下ろした。

 近づき、声を掛ける。

「約束って?」

 女が、驚いて顔を上げた。その目が僕ではなく、隣にいる葵を見る。

「葵ちゃん」

 僕はわざと葵の手を引いた。小さな身体が一歩、僕の足に近づくのを見て、女がさらに視線を上げる。

「あ、えっと、葵ちゃんのお兄さんですか?」
「そうだけど……」

 女の反応を見て、どうやら僕のことを覚えていないのだと気づいた。今日は私服ではなく、制服を着ているせいかもしれない。

「葵、お兄ちゃん、この人と二人でお話するから、あそこのジャングルジムで遊んでてくれないか」

 滑り台の横にある、小さめのジャングルジムを指差して言った。

「あおいも、おはなしする」
「先に大事な話があるんだ。終わったら呼ぶから、それまで待てるよな」

 葵は少しだけ黙り、すぐに頷くとジャングルジムの方へと走って行った。女が不安そうな顔で僕を見上げてくる。

「あの、大事な話って何でしょう」

 女の隣に座った。ジャングルジムに上る葵の姿を確認する。他の子供や保護者の大人達も周囲にいるので、危険はないだろう。

「さっきの男の子と、何の約束をしたんだ」

 隣で怪訝そうにしている女に聞いた。

「えっと、えっとですね」

 女は言葉を探すように言いよどみ、視線を泳がせた。

「大したことじゃない、です。ただ、何か欲しい物がないか教えてほしくて。でも、教えてあげるかわりに滑り台降りろって言われて……人数分……」

 声が尻すぼみに小さくなっていき、最後にまた溜息をついた。

 そういえば、と、おとといのことを思い出す。葵に話しかけていた時も、欲しい物はないかと聞いていた。何でもいいから、欲しいと思う物を教えて、と。

 学生鞄を開け、中から紙パックのジュースを取り出した。葵の言う通り、万が一、女に会った時に備えて持って来ていたのだ。それを女の前に差し出すと、その目が見開かれた。

「葵ちゃんの」
「葵のじゃない。貰えないから、返すよ」

 女が僕を見て、あぁ、と納得したような声を出した。

「あの時の」

 僕のことを思い出したらしい。

「そんな、大した物じゃないから気にしなくていいのに。でも、そうですね。これは葵ちゃんには不要だったみたいです」

 こちらが気を使って遠慮しているのだと、勘違いしている。怪しいから受け取れないのだと訂正したかったが、面倒事になっても嫌なので黙っておいた。
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