サンタの願いと贈り物

紅茶風味

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【淳平編】2話-2

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 地元の駅に着き、家には帰らずにそのまま保育園へ向かう。定められた引き渡し時間には早いが、特別に下校時刻に合うように早めてもらっている。

 民家が並ぶ道を通り、カバの公園の横を歩いて行く。中央にある巨大な滑り台がよく見える。小学生らしき男の子や女の子が、楽しそうに笑い声を上げながらカバの口内から滑り出ている。

 保育園に着くと、ちょうど葵のクラスの子供達が園庭で遊んでいた。頭に紙で作った帽子のようなものを付けて、走り回っている。葵を探すと、隅のほうでしゃがみ込み、地面を弄っている姿を見つけた。

 先生が僕が来たことに気づき、葵に声をかけた。葵が僕を見て、先生を振り向き、頷く。帰る支度をしよう、と言われたのだろう。園内に入って行く二人に続いて、僕もそちらに向かった。

「篠原君、ちょっと中で座って待っててくれるかな。葵君、土汚れがけっこう酷いから、今洗ってて時間かかりそうなの」

 そう言ったのは、クラス担任の前川里美先生だ。子供達からは「さとみ先生」と呼ばれて親しまれている。見た目は若く、快活な喋り方をする。

 僕のことを篠原君と呼び、敬語を使わないのはこの先生だけだ。他の先生は立場や周囲の目を気にしているのかもしれないが、僕としては里美先生の親しみやすい態度が好きだ。

「はい。これ、パジャマとかタオル。一枚しか使ってないから。あと、折り紙で作ったもの」

 洗濯物が詰め込まれた鞄と、謎の物体を渡された。黄色い折り紙で何かを折ったみたいだが、形容しがたい立体だ。何ですがこれ、と聞くと、何だろうね、と笑顔で言われた。

「篠原君のところは、葵君が一人になる時間なんて無いよね」
「え? 留守番とか、そういうことですか?」
「うん。いや、あんな事件があったでしょう。だから私達も一応、親御さん達に声掛けしようってことになってさ」

 里美先生が何の話をしているのか分からず、首を傾げた。

「もしかして、知らない? 今朝のニュース、どのチャンネルでもやってたみたいだけど」

 今朝に限らず、朝はニュース番組を流してはいるが、集中して見るようなことはない。準備に忙しいからだ。気になるニュースがあれば耳に入っていたかもしれないが、そんなものあっただろうか。

「何かあったんですか?」

 そう聞くと、里美先生は少し躊躇うような素振りを見せ、うん、と頷いて口を開いた。

「子供の誘拐殺人事件だよ」
「……誘拐、殺人?」
「うちの市内で起きたみたいでね、けっこう騒ぎになってるんだよ。親御さんも、今日は心配だから会社休んで一緒にいるって人もいるし、ここに来てる子でも、お母さんが気になって電話かけてきたりしてね。やっぱり、身近で起きちゃうと怖いよね」

 里美先生の見たニュース番組によると、被害に遭った子供は七歳の男の子で、小学校からの下校途中でいなくなったらしい。その学校は集団下校は実施していなかったが、男の子の家は小学校から近く、人通りの多い道だった為に、両親もまさか事件に巻き込まれるとは思っていなかったようだ。

 男の子はそのまま帰宅せず、一週間後に遺体となって発見された。それが二日前の明け方のことだ。

「場所の詳細は分からないんだけど、そう遠くないってみんな噂してるみたい。篠原君、その、何も聞いてない?」

 おそらく父のことを言っているのだろう。父はそういった、殺人や強盗などの重い犯罪を担当する係にいる。僕も父も保育園側に話したことはないのだが、母親達の情報網が強力なのか、いつの間にか皆が知るところとなってしまった。

「聞いてないです。普段から、仕事の話はしないから」
「そっか、そうだよね。とにかく、用心するに越したことはないから、気を付けてね。私達も、預かっている間は絶対に守るから」

 絶対に守る、などという言葉を簡単に言える保育士はそうそういないだろう。どこまでの覚悟があってそう言っているのかは分からないが、少なくとも、この人は子供よりも自分を優先するようなことはしない。

 もう一人のクラス担任である福本先生が、葵を連れて来た。朝選んだ服装と、微妙に変わっている。

「ズボンに土がたくさん付いてしまったので、予備のものに着替えました。これは、今日履いていたものです。明日また新しい予備のズボンを持って来てくださいね」

 ゆったりとした口調で、福本先生が言った。年配の女の先生で、里美先生のはつらつとした印象とは違い、穏やかだ。いつも笑顔で子供達を見守る姿は、先生というよりも「おばあちゃん」を彷彿とさせる。

 渡された袋を受け取り、葵に手を差し出した。葵は表情を変えずに僕を見ると、その手を握る。

「いい子にしてたか?」
「うん」

 保育園を出て、帰路を歩く。再びカバの公園の前を通った。

 滑り台では、相変わらず小学生達が遊んでいる。その様子を眺めながら歩いていると、小学生に混じって大人が一人、滑り落ちてきた。遠すぎてはっきりとは分からないが、おそらく若い女性だ。

「ひのりんだ」

 葵が言った。その視線は、僕が見ていたのと同じように滑り台へと向けられている。

「今、滑っていった女の人のこと?」
「うん、そうだよ」
「本当か? 遠くてよく見えないだろ」
「ひのりんだったよ」

 まずいな、と思った。あの女のことは、このまま忘れてほしかった。実際に学校近くの公園にはいなかったし、葵の口から女の話題が出なければ、そのまま一件落着するはずだったのだ。

 もし仮に、滑り台にいるのが別人であったとしても、今この状況で素通りすることはできない。何故なら、葵と約束してしまったからだ。

「会えてよかったね。お兄ちゃん、ジュースもってきてるでしょ」
「あー、うん……」

 葵はすでに女に会うつもりのようで、繋いでいる手を引いて公園の入り口へと向かっている。しかたなくそれについて行き、二人で公園の中に入った。
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