サンタの願いと贈り物

紅茶風味

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【淳平編】1話-3

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 食器を洗い終え、テーブルを適当に拭いた。窓から外を覗けば、明るい光が降り注いでいた。

 葵と父は、出かける準備をしているのだろう。こんな朝早くから出なくてもいいのではないかと思うが、父のはしゃぎ様を見ると、止められる自信が無くなってくる。

 ぼんやりと外を眺めながら考え事をし、ふと、隣の部屋に足が向いた。リビングに併設された、六畳ほどの小さな部屋だ。普段は締め切っているそのドアを、そっと開けた。

 中には、大量の段ボール箱が壁に沿って置かれている。部屋の奥に背の低いタンスがあり、その上にあるのが、母の位牌だ。母が生きていた頃は、ここが母の作業部屋だった。

 葵が生まれ、母が亡くなり、この部屋に入る者はいなくなった。父は母の私物をダンボール箱に入れてまとめたが、部屋から出さずに放置されている。僕としては、ダンボール箱になど詰めなくても良かったのではないかと思ったが、父なりの心の整理の仕方だったのかもしれない。

 結局、仏壇も用意せず、位牌だけを母の部屋に置いた。タンスの上に置いているが、それはぞんざいな扱いをしているわけではない。その証拠に、位牌を含め、その周囲にだけ埃が溜まっていない。

 部屋を出て、ドアを閉めた。明るいリビングに戻り、ダイニングテーブルに置かれている写真に目を向ける。明るく笑う母の姿がそこにはあり、途端に心が軽くなる。酸素の薄い場所から移動してきたようだ。

 寝室を覗くと、父と葵がいた。父はパジャマのままだったが、葵が着替えている。

 その格好を見て、思わず顔を歪めた。フリルが大量に付いたワンピースに、ニットのカーディガンを羽織り、柄のタイツを履いている。頭には帽子を被り、そこにもフリルのような飾りがついていた。

「またそんな格好させて……」

 思わず低い声が出た。しかし、いつもならすぐに反論する父が、葵の前にしゃがみこんだまま床を見つめている。手には携帯電話を握り締めていて、わずかに見える画面から、通話した直後なのだと分かった。

「どうかした?」

 聞くと、父の口が薄っすらと開く。

「……仕事」
「え」
「仕事になっちゃった。今すぐ、来いって」
「あぁ……」

 先ほどまでの元気が無くなり、うな垂れる姿に掛ける言葉が見つからない。哀れだが、父はこういう役回りが似合う。普通の会社員だったら、こんなふうに休日に突然呼び出されることなど無いのだろう。まだ社会人になっていない僕にはよく分からないが、刑事という職業が特殊であることくらいは容易に想像がつく。

 葵が、不思議そうな顔で父を見ている。

「お父さん」
「葵、ごめん。お父さんは……お父さんは、仕事に行かなきゃいけないんだ。休みなのに。せっかく葵と淳平と遊べるのに」
「かわいそう」
「そうなんだよ、かわいそうなんだ」
「お父さん、かわいそう」
「もっと言って」

 四歳児からの哀れみの言葉に背中を押され、父が立ち上がった。パジャマを脱いでスーツに着替えると、鞄を持って部屋を出て行く。髪に寝癖がついている。顔も洗っていない気がする。

「もう行くの?」

 肩を落とし、玄関に向かう姿に、慌てて声をかけた。

「至急って、言われたから」
「あ、そう。気をつけて」

 玄関のドアが閉まる音が、虚しく廊下に広がった。

 父を見送り、どうしようかと悩んだものの、結局出かけることにした。言い出した本人が不在なのも微妙な感じだが、葵がすでに公園に行くつもりになっているので、今更やっぱりやめようとは言い出せなかった。

 さすがに制服で行くわけにはいかないので、適当に着替えて二人で家を出る。外の空気は涼しく、冬の訪れを感じさせる。

 高校があるのは、電車で数駅ほどの場所だ。

 葵はとても大人しい。四歳ともなれば、まくし立てるように喋る子もいるし、手がつけられないほど暴れる子もいるのに、そのどちらも葵はしたことがない。

 電車のような狭い公共の場でも、静かに僕の手を握っている。それは楽でいいのだが、正しい四歳児の姿としてはどうなのだろうかと、時々不安になる。

 高校のある駅に着き、改札を出た。昨日見たばかりの景色にうんざりする。通学路を歩くのが嫌で、違う道を進んだ。大通りを避け、迷わない程度に細い道に入ると、小さな緑道に出た。大通りに並行しているようなので、その道を進むことにした。

「なんかついてるよ」

 しばらく歩いていると、ずっと黙っていた葵が言った。

「何、どうした?」
「これ」

 そう言って指を差したのは、葵と同じくらいの視線の高さにある生垣だ。歩きながら指をさし、ほら、ほらと言って更に先の生垣に指を向ける。

「あぁ、そっか。クリスマスかぁ」

 そこに括り付けられている小さな電球を見て、思わず呟いた。もうそんな時期なのか。

「クリスマスだから?」
「そう、それはイルミネーションだよ。ほら、夜に色んな色の電気が付いて、きらきら光るの、見たことあるだろ? 覚えてないかな」

 昨年の冬となると、葵は三歳だ。街のイルミネーションを見て珍しくはしゃいでいたが、本人は覚えていないかもしれない。

 上を見れば、背の高い木の枝にも、同じように電球が括り付けられていた。まだ十二月にもなっていないのに気が早いな。そう思いながらも、夜の光景に少しだけ期待した。

 そのまま緑道を歩き続けると、行き止まりになった。どうしようかと左右に続く道を見回し、学校のある方向に開けた敷地を見つけた。近づいてみれば、やはりそこは、目指していたあの小さな公園だった。

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