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野外プレイの楽しみ方③-1

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「颯太に恋愛感情とか、ありえないでしょ」

 そう未羽に言われたのは、いつのことだったか。中学か、高校か、うろ覚えだけどあの光景だけは覚えている。夕方の海辺で、同級生が何人か傍にいた。おかしそうに笑顔を見せた瞬間だけが切り取られて、今でも脳裏に焼き付いている。



「颯太、お待たせ」

 未羽に呼ばれ、遠のいていた意識が戻った。周囲の賑やかな声が一気に纏わり付き、人混みが視界に入る。

 週末のサービスエリアは人が多く、家族連れや若者達で溢れかえっている。昼食時を過ぎた時間帯だからかフードコートの席はさほど埋まってはいないが、そこかしこを人が行き来している。

 未羽がラーメンの乗った盆を置き、向かいに座った。盆の端に大きな袋が無理矢理乗せられている。

「何だそれ」
「メロンパン。焼きたてなんだって」
「俺のは?」
「買ったよ。今食べる?」
「ん」

 袋から取り出したパンを受け取り、同時に未羽が何かを発見したのか「あっ」と声を上げた。

「ソフトクリームある! 食べなきゃ!」
「先にラーメン食えよ」
「待ってお団子もある……!」

 興奮気味に言い、止める暇も無くスカートを翻して行ってしまった。その後ろ姿を、どこか落ち着かない気持ちで見つめる。

 スカートなんて履いているのを久しぶりに見た。そもそも家から出ることも少ないから部屋着でいることが多いし、たまに出かけてもほぼ変わらない格好で肌の露出が控えめになる程度だ。今日は髪も綺麗に整え、控えめだが化粧もしている。

「なんか、張り切った格好だな」

 出掛けに言った俺の皮肉ともとれる言葉に、未羽は笑顔を見せた。

「デートだからね」

 嬉しそうに見えたのは間違いなく俺の勘違いで、そこに恋愛感情はない。

 付き合ってもないのにデートをすることになったのは、決して俺が勇気を出して誘ったからではなく、発端はいつもの未羽の『お願い事』だった。今回は野外プレイがしたいというぶっ飛んだ内容に頭を抱えたが、すでに場所まで決めていたようであとは頷くしかなかった。

 毎度特殊な要望を出してくるのは、そういう漫画を仕事で描いている為なのだが、それがそのまま未羽の知識として蓄積されていっていることに不安を感じる。過激なことは知っているくせに、基本的なところを分かっていなかったりする。

 野外プレイという単語に、まさか外で乱暴にしろとか言わないよなと怖々聞けば、首を振って否定された。「だって、私が描いてるの恋人同士ばっかだもん」という言葉に安心したのも束の間、あ、と閃いたように手を合わせた。

「じゃあ、じゃあさ、……恋人っぽく、デートしよ」

 こちらの機嫌を伺うように視線を向けられたが、長年思い続けている相手にそんなことを言われて断る理由などなく、すぐに承諾した。昼から出かけて、食事をして、セックスする。これは疑似デートだ。



「あーお腹いっぱい」
「食い過ぎだ」
「颯太もね」
「お前があれもこれも齧って残すからだろ」

 残飯処理かと突っ込みたくなったが、楽しそうにはしゃぐ姿を見ては言うに言えなかった。

「もう夕方になっちゃうね。デートとかいって、ドライブしてご飯食べただけだった」

 窓から見える空は橙色を帯び始めていた。もう少し早く来れば他の場所にも行けたのかもしれないが、未羽が昼に起きるような生活をしているせいで適わなかった。

「他に何かしたかったのか?」
「んー、そもそも何するのかよく分かってないし」

 男と付き合ったことがないから、デートも経験がない。だから、とりあえず車でどこか連れてって、というのが今日の要望だった。

「まぁ、普通は買い物行ったり映画観たり、カラオケ行ったり」
「楽しそう」
「あとは一日使って遊園地とか、泊まりで……」

 言いながら、いつか自分以外の誰かとそうやって過ごす日がくるのかと考えて虚しくなった。駄目だ。疑似デートなんてしてるせいで、ナイーブになっている。俺の気も知らずに目をキラキラさせて聞いている未羽の姿が余計にきつい。

「いいなぁ、私もいつか、また」
「もう行こう。混んでくる前に出たほうがいい」
「あ、うん……」

 未羽の言葉を遮り、強引に会話を終わらせた。いつか誰かと、なんて本人の口から聞いたら、立ち直れなくなってしまう。

 結局、土産コーナーで未羽の足が止まり出発するのに一時間ほど掛かった。大量の紙袋を後部座席に投げ入れ、未羽を助手席に押し込む。

「雑に投げないでよ、お菓子割れちゃうじゃん」
「早く行くぞ。つうか、場所聞いてないんだけど」
「ナビするから大丈夫」

 一般道に下り、言われるがままに先を進んだ。帰り道と同じ方角だから、家に着くのもあまり遅くはならないかもしれない。

 だんだんと田舎道に戻り、寂れ具合が地元に似てきたと思い始めた頃、未羽が「そこ」と言ってフロントガラスを指さした。道路脇の生い茂る木々の隙間から、小さな砂浜が姿を見せる。

「ここ、って……」
「狭いけど海綺麗だし、良いかなぁと思って……。ほら、岩場けっこうあるし」

 端に並ぶ大きな岩場と、静かに流れる波が、記憶を蘇らせていく。

「……なんか、来たことある気がする」
「うん。覚えてた? 高二の時、ゴミ拾いで来たよね」

 あぁ、そうか。そうだったかもしれない。クラスの担任教師に半ば強制的に連れて来られ、皆しぶしぶゴミ袋を手にしていた。

「颯太? やだった?」
「あ、いや……。車、停められるとこ探す」

 アクセルを踏み、纏わり付く黒い感情を押し殺した。

 しばらく先に進めば、海とは反対側に開けた場所が現れた。駐車場と言えるほど整っているわけではないが、私有地でもないようだし誰もいないからいいか、と車を停める。

「あの時さ、みんなで岩場に隠れてさぼってたよね」

 その場所でセックスするのか。そう口から出そうになり、慌てて閉じた。

「恋バナしてさぁ。マイちゃん鈍感だから大変だったよ」
「大変? なにが?」
「田村くんとくっつけようとしたじゃん。忘れちゃった?」
「そうだっけ」

 もはやその名前も懐かしいほどだ。高校時代の友人で連絡を取り合っているのは、今では数人しかいない。

「俺は、未羽に無いって言われたのだけ覚えてる」
「ない?」
「……恋愛対象として、あり得ないって」
「そんなこと言ったっけ?」

 予想外のとぼけた声に虚を突かれ、つい、その顔を見てしまった。未羽が驚いた様子で目を丸くする。

「え、ごめん……。覚えてないや。あの時はマイちゃん達のことで必死だったから、誰かに聞かれて適当に受け流しただけだと思う……」

 纏わり付いていた黒い影が、すっと消えていくのを感じた。馬鹿みたいだ、俺。あんな何年も前の、本人すら覚えていないたった一言をずっと忘れられなかったなんて。

 べつに恋愛対象だと言われたわけでもないし、何かが良い方向に変わったわけでもないのに、トラウマのようにこびりついた光景が消えただけで、心が一気に軽くなっていく。

「なぁ、やっぱり海辺は止めよう」
「え、なんで」
「虫がいるし、人に見られたら最悪捕まるし」

 シートベルトを外すと、未羽もそれに倣って自分のを外した。頭上のルームランプを切れば、薄暗い外の闇に溶け込んで車内は見えにくくなる。

「颯太、どうす……」

 運転席から身を乗り出し、助手席のシートへ移動した。やってみれば案外簡単なもので、フロントガラスを背にして未羽の座っている横に膝を付けば、距離が一気に近くなる。座席横のレバーを引き、その身体ごとシートを後ろへ倒した。

「へ、ぇっ? えっ!?」

 素っ頓狂な声を上げたかと思えば、その顔が薄暗い中でも分かるほどに真っ赤になった。その反応が可愛らしくて、つい吹き出してしまう。

「なんで急に照れてんだよ」
「だって……、え、ここでするの……?」

 完全に外ではないけれど、これも野外プレイの一種になるだろう。夜の田舎道に人通りなど無いし、こうして横になってしまえば、例え人が通ったとしても見つからない。

 覆い被さり、身体をなぞると緊張しているのか強張りが伝わってくる。胸の丸みに手のひらを滑らせ、反応を確かめながらブラウスのボタンに手を掛ける。

「そ、颯太……」
「ん?」
「あの……」
「やめとく?」

 聞くと、遠慮がちに視線が向けられ、至近距離でぶつかる。小さく首を横に振り、微かに服を引っ張られた。

「デート、だから……その、……キス、したい」
「え……」
「いつもは、全然しないでしょ……」

 それは、意識してしないようにしていたからだ。初めて未羽を抱いた時、感情がめちゃくちゃになって心が壊れてしまうんじゃないかと思った。好きなのに好きじゃないフリをして抱くのは想像以上につらく、それ以来、彼女の要望を聞くだけの行為に徹底しようと努めた。

 頬にそっと触れれば、期待に満ちた目が俺を見る。デートだから、今日だけは恋人だから、そう心の中で言い聞かせて顔を近づけ、唇を重ねた。

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