上 下
13 / 25

4話-1

しおりを挟む

 子気味良い音を立て、顔面にボールが当たった。柔らかいゴムボールはそこそこのスピードを持っていて、思わずその場に蹲る。

「あおちゃあん!」

 一緒にボール遊びをしていた子供達が、一斉に駆け寄ってきた。半泣きな声に慌てて顔を上げるも、鼻を強打したせいか視界が涙で滲んでいた。

「あおちゃん泣いてる!」
「大丈夫」
「ごめんなさい、あおちゃん、ごめんなさい!」
「大丈夫だって」

 運悪く、ボールを投げたのは少し感情の起伏の激しい女の子だった。必死で謝る姿に手を伸ばし、頭を撫でる。

「俺がぼーっとしてたのが悪いんだ。ごめんね」
「だっせぇ」
「うるさいな」

 男の子たちが茶々を入れ、女の子が次第に笑顔を取り戻していった。

 いつものように学校を終えて学童へ来ると、お迎えの時間まで皆で遊ぶ。一緒に遊ぶというより、相手をしながら怪我をしないか、喧嘩をしないか、注意して見ているのが仕事だ。なのに、ここ最近はこうして意識が集中していない時がある。

 家にいても、学校にいてもそうだ。常に頭の中にあの人がいて、すぐに目の前の光景が見えなくなる。父にも、兄にも、友人にも、大丈夫かと何度も言われては呆れ顔を向けられた。

「そろそろお迎えの時間だから、俺抜けるよ」
「えー、もっと一緒に遊びたい」
「また明日。みんなも早めにボール片づけて帰り支度しろよ」
「はぁい」

 行儀のよい返事をしたところで、支度をしないのはいつものことだ。部屋を出て事務室に戻ろうとすると、すでに一人、玄関前に保護者の姿があった。宮丘さんだ。いつもは十八時を十分ほど過ぎた頃にやってくるのに、今日は珍しく早い。

「悠希くんのお迎えにきました」

 そう言って、いつものように保護者カードを掲げる。近づいて「こんばんは」と挨拶すると、同じように「こんばんは」と言って小さく頭を下げる。その視線が、すっと横に逸らされた。

 あぁ、やっぱりだ。今日も避けられている。休みが明けた月曜日から、ずっとこの調子だ。目が合わず、必要最低限のこと以外は話さない。はじめは気のせいかと思ったが、他の職員とはいつものように笑顔で話すのを見て、確信した。これはもう明らかだ。

 引っ越しの手伝いをしてくれて、連絡先を交換できて、浮かれていた。このまま仲良くなれると思っていた。

 なにかおかしなことをしてしまったのか、と思考を巡らせるも、思い当たる節がない。いや、思い当たらないだけで、嫌な態度をとってしまったのかもしれない。言葉に遠慮がないから誤解されるのだと、兄から散々言われてきた。

「あの……」

 周囲に誰もいない今ならと、声をかけた。途端に宮丘さんの視線が動揺したように泳ぎだす。

「なんか、嫌なことしたなら、ごめん……なさい」
「え……?」

 顔が上を向き、透き通った目が俺を見た。すごく久しぶりにちゃんと目を見た気がする。

「俺、なんかそういうの疎くて、でも、わざとじゃないから、その……」

 花ちゃん、と明るい声が聞こえてきた。コートを着込み、ランドセルを背負った悠希が走り寄ってくる。いつもなら呼びに行くまで遊んでいるのに、すでに準備万端な姿に驚いた。

「もう支度してあったのか?」
「うん。偉いでしょ」
「あぁ、うん、偉いな」

 褒められたのが嬉しかったのか、満面の笑みを浮かべる姿が可愛らしくて、つい釣られて笑顔になる。きっと、褒めてくれると思ってした行動だ。ふと宮丘さんを向き直れば、目が合った瞬間に逸らされた。その勢いが相当なもので、やっぱり駄目か、と落胆した。

 笑顔で手を振る悠希に、手を振り返す。二人の姿が見えなくなり、今日も同じように息を吐く。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

妻がヌードモデルになる日

矢木羽研
大衆娯楽
男性画家のヌードモデルになりたい。妻にそう切り出された夫の動揺と受容を書いてみました。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

結構な性欲で

ヘロディア
恋愛
美人の二十代の人妻である会社の先輩の一晩を独占することになった主人公。 執拗に責めまくるのであった。 彼女の喘ぎ声は官能的で…

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

初めてなら、本気で喘がせてあげる

ヘロディア
恋愛
美しい彼女の初めてを奪うことになった主人公。 初めての体験に喘いでいく彼女をみて興奮が抑えられず…

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

処理中です...