上 下
1 / 25

1話-1

しおりを挟む

「花ちゃん、お願いがあるんだけど」

 日曜日の昼下がり、公園には子供たちの明るい声が響いている。私と真希ちゃんはベンチに並んで座り、少し離れた場所を見つめていた。秋の風は少し冷たく、乾いた頬を撫でていく。

「お願い?」

 聞き返すと、うん、と頷いて私を見る。

「悠希の学童のお迎えをね、頼めないかなと思って」

 普段、会っても二、三か月に一度程度の真希ちゃんに突然呼び出され、お願いがあるのだと言われて少し身構えてしまっていた。だから、それを聞いてほっと息を吐いた。なんだ、そんなことか。

「いいよ」
「ほんと? 良かった」

 そう言って目を細めて笑い、前方を見つめる。そこには遊具の周りを走り回る子供たちがいて、その中に悠希くんはいる。

 悠希くんは、真希ちゃんの子供だ。小学校二年生で、とても明るく、可愛い。生まれた頃から知っているし、真希ちゃんと会う時には大抵一緒にくっついて来るから、向こうも私に対して懐いてくれている。

「で、いつなの?」
「あさって……」

 少し言いずらそうに私をちらりと見る。随分と急だけれど、特に用事は無いから大丈夫だろう。仕事も、ここのところずっと暇で定時上がりだ。いいよ、という意味を込めて「うん」と頷いて見せれば、真希ちゃんの言葉が続いた。

「……から、一か月」
「へ……」
「ごめんっ」
「えぇ!? ちょっ」

 真希ちゃんが立ち上がり、走り出した。大声で謝りながら子供たちの輪の中に突っ込んでいく。今、なんて言った? 一か月……? それってつまり、一か月間毎日お迎えに行くってこと!?

「ま、まって」

 慌てて立ち上がり、私も子供たちの輪の中に飛び込んだ。

「長いよ、無理だって……!」
「悠希よかったね、花ちゃんがお迎えきてくれるってよ」
「あ!」

 まだ承諾したつもりはないのに、真希ちゃんが悠希くんに報告してしまった。言われた本人は走り回っていた足を止め、目を丸くしている。視線を私に移動させ、ぱあっと顔が明るくなった。

「ほんと?」
「く……っ、卑怯者め……!」

 こうなってはもう、断ることなど私には出来ない。悠希くんは弾けんばかりの笑顔で走って行ってしまい、私はそこにいる真希ちゃんにじとりと鋭い視線を向ける。

「悠希は花ちゃん大好きだなぁ」
「なにか事情があるなら、先に言ってよ」
「ごめんごめん」

 さほど悪いとは思ってなさそうな声音で言い、近くの動物型の遊具に駆け寄った。馬を模したそれに跨ると、スプリングが揺れる。おそらく大人用には作られていない遊具が、大人によって激しく前後する。

「折れそうだよ」
「大丈夫。羽のように軽いから」
「それで、なんで一か月なの?」
「急に出張が決まっちゃったんだよねぇ」

 激しい動きとは反し、淡々と言う。彼女はバリバリのキャリアウーマンだ。大学を卒業してすぐに技術職に就き、経験を積んでどんどん難しい仕事をこなしている。たまに仕事の話を聞くが、私の頭で理解など出来るはずもなく、ただ自分との差を再確認するだけだ。

「花ちゃん、繁忙期三月って言ってたし、長期でも大丈夫かなって」
「旦那さんは?」
「んー、頑張っても二十時過ぎちゃうからなぁ。もう一回頼んでみるか」

 その言い方からして、すでに一度は断られているのだろう。旦那さんにも何度か会っている。真希ちゃんが選んだだけのことはあって、とても良い人だ。彼が自分の私利私欲の為に逃げるとは思えない。

「……わかった、いいよ」

 小さく言うと、馬の動きが止まった。真希ちゃんが私を見つめ、瞬きをする。

「ほんと? 無理してない? 怒ってない?」
「無理はしてないよ。怒ってないけど、怒りかけた」
「ごめんって」
「いいの。真希ちゃんがすごく頑張ってて、それを見せない人だってこと知ってるから」

 そう言った瞬間、真希ちゃんの表情が僅かに変わった。ほんの少しだけ弱い部分が見えた気がして、でもすぐに笑顔になった。

「花ちゃんのそういうとこ、お姉さん大好き」
「急に年上面するなぁ」

 再び激しく馬が揺れだした。遠くで響いていた子供たちの声が近づき、顔を向ければみんなが楽しそうにこちらへ駆け寄ってきていた。

しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

車の中で会社の後輩を喘がせている

ヘロディア
恋愛
会社の後輩と”そういう”関係にある主人公。 彼らはどこでも交わっていく…

お見合い相手は極道の天使様!?

愛月花音
恋愛
恋愛小説大賞にエントリー中。  勝ち気で手の早い性格が災いしてなかなか彼氏がいない歴数年。  そんな私にお見合い相手の話がきた。 見た目は、ドストライクな クールビューティーなイケメン。   だが相手は、ヤクザの若頭だった。 騙された……そう思った。  しかし彼は、若頭なのに 極道の天使という異名を持っており……? 彼を知れば知るほど甘く胸キュンなギャップにハマっていく。  勝ち気なお嬢様&英語教師。 椎名上紗(24) 《しいな かずさ》 &  極道の天使&若頭 鬼龍院葵(26歳) 《きりゅういん あおい》  勝ち気女性教師&極道の天使の 甘キュンラブストーリー。 表紙は、素敵な絵師様。 紺野遥様です! 2022年12月18日エタニティ 投稿恋愛小説人気ランキング過去最高3位。 誤字、脱字あったら申し訳ないありません。 見つけ次第、修正します。 公開日・2022年11月29日。

貴方を愛することできますか?

詩織
恋愛
中学生の時にある出来事がおき、そのことで心に傷がある結乃。 大人になっても、そのことが忘れられず今も考えてしまいながら、日々生活を送る

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

極道に大切に飼われた、お姫様

真木
恋愛
珈涼は父の組のため、生粋の極道、月岡に大切に飼われるようにして暮らすことになる。憧れていた月岡に甲斐甲斐しく世話を焼かれるのも、教え込まれるように夜ごと結ばれるのも、珈涼はただ恐ろしくて殻にこもっていく。繊細で怖がりな少女と、愛情の伝え方が下手な極道の、すれ違いラブストーリー。

先生!放課後の隣の教室から女子の喘ぎ声が聴こえました…

ヘロディア
恋愛
居残りを余儀なくされた高校生の主人公。 しかし、隣の部屋からかすかに女子の喘ぎ声が聴こえてくるのであった。 気になって覗いてみた主人公は、衝撃的な光景を目の当たりにする…

処理中です...