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一日目 夜
017 運も実力の内って言うけど
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布団の上にホコリが落ちないようにと、床の間で表面を軽く払った。巻物が飾られていても容赦がない。神にたたられても責任はとらない。
昔風の建物に、和室と床の間はセットだ。今では荷物置き場で利用されていることがかなりあるが、本来は罰当たりな行為である。明治時代なら説教を食らう事間違いなしだ。
ホコリを被る程奥の方にしまわれていたということは、カードも無事では済まされないかもしれない。虫に食い荒らされでもしていたら、使おうと言う気が失せる。
そういった可能性は天空の彼方に置いてきていそうな未空は、バラバラと五十四枚のトランプをど真ん中にまいた。乱暴に物を扱ってはいけないと幼少期より散々教えられてきたが、下が柔らかく受け止めてくれているので多めに見過ごしてくれないだろうか。
ところで、日本人は『トランプ』で五十四枚のカードを指すが、元々の意味は『切り札』だ。切り札を出そうと『トランプ』と言ってカードを出したのを見た大昔の日本人が勘違いし、それがそのまま日本に伝わったというのが通説だ。
カードの背景は、控えめな装飾の濃紺だった。上下の判別がつきづらそうで、マジックに使うのには圧倒的に向いていない。一枚が明らかに分厚く、シャッフルするのも苦労しそうだ。
「さてさて、何をしようかな?」
時間を忘れさせてくれる強いアイテムを手に入れた二人だったが、知っているゲームのほとんどが大人数もしくは一人遊び用。中々、二人だけでも遊べるようなものが思い浮かばない。
「トランプタワーとか、どうかな?」
「土台が不安定になるから、一段目も立たなそう」
平べったいテーブルの上なら分かるが、畳と敷布団とシーツが絶妙なバランスで成り立つタワーの存続を許してくれる気がしない。
「ギャンブル系なら、知ってるんだけどなぁ……。例えば、ポーカーとか」
「……ごめん、そこら辺、私疎くて……」
一般的に賭け事をするためのゲームは、一対一でも十分盛り上がりそうなものが多い。チップとなるものを用意するだけで、白熱さは何倍にも膨れ上がる。
ただ、どうにも噛み合わない。ルールを一から教えていては時間が無くなってしまうし、習うより慣れろと強行軍で悪路を走破しようとしても未空は楽しくないだろう。
カードそのものは使えない。複雑なルールを持つものもダメ。となると、必然的にシンプルなものになる。
「……そうだ、インディアンポーカーでもしてみない?」
「ぽーかー、分からないんだけど……」
「大丈夫、ルールは単純だから」
ポーカーはポーカーでも手札が一枚で自分からは見えないようになっているのが、インディアンポーカーだ。これなら、カードの強弱を覚えるだけで楽しめる。
やり方は子供でも遊べるようなもので、まず各自一枚だけ山札から引き、それを見ないようにして額に持っていく。こうすると、自分のカードは分からないが相手のカードは見える状態になる。
次に、カード交換。必須ではなく、自分が相手より弱いと思えば交換し、そうでなければそのままでも良い。ここで、心理戦が展開されるというわけだ。
最後は、一斉に見せ合う。この時、カードが強かった方の勝ち。同じ数字の時は、引き分けだ。
未空は飲み込みが早いようで、寿哉の説明を寝ることなく聞き入っていた。相槌を打つのが上手いのは、いずれ社会で活かされるに違いない。話していて、悪い気分にならなかった。
カードをよく切ったところで、早速一回戦が始まった。三点先取で、最高は五回戦までだ。
「……寿哉、それだと負けちゃうよ?」
正対している未空のカードは、『8』。平均的に見れば強い方だが、あくまで確率の話である。心理戦でボロを出せば、あっという間に不利になってしまうのがギャンブル系ゲームの恐ろしい所だ。
カードの強さは、『2』が最弱で『A』が最強。下剋上は存在せず、弱者が革命を起こして王を倒すなどと言ったことは起こらない。
情報が相手のカード一枚しかないので、通常の多人数でやる時と比べて運要素はどうしても大きくなる。いかに自身のカードを弱いと思い込ませるかの駆け引きがこのゲームの味を出しているのだが、その部分が薄れてしまうのだ。
心理戦で重要とされるのは、相手の細かな仕草を見逃さないこと。自信が無さそうに手をこねくり回していれば自分のカードは強く、逆であれば弱い。相手のカードが『A』なら相手が交換してくれでもしなければ選択の余地が無いが、中間の数字の場合はこの分析力が幅を利かせてくる。
「未空は、変える必要ないかな」
相手の言うことは、もっぱら信用ならない。信じられるのは、己の決断だけだ。
注意深く、未空を観察する。迷いから生じる頻繁な視点移動、楽勝ムードで油断したことによる頷きの連続、覚悟を決めてカードを変えようとする喉ぼとけの上下……。全てが、導き出すためのヒントになってくれる。
……しっかし、全くサインを出してくれないな……。
見えないところでの膠着状態が続く。ランダムにカードを配られた時、寿哉が不利なのは分かっている。期待値的にはカード交換に分があるのだが、どうしても踏み切ることが出来ない。
その根拠は、未空が『交換する』とも『交換しない』とも断言していないことにあった。このゲームの本質をもう掴んでいるわけが無いだろうから、彼女は相手のカードによって行動を決めるはずだ。
先に行動を確定させるのは、良い方法とは言えない。相手に先回りされやすくなり、勝率も下がってしまう。相手が心を読んでくる魔術師ならば一か八かですることは有るが、普通は十分に読んでから行動すべきだ。
未空が何も言葉を発さないということは、寿哉の持ちカードも中くらいの強さだということを表している。運だけの戦いになれば、互角ということになる。
「……決めた。私は、変えない」
迷った末に、変更しないという決断を下した未空。寿哉は、この新たに加わった情報も合算して再び考え直すことが出来る。
交換をしないに至ったということは、未空自身が勝っていると思ったからだ。そうなると、寿哉が負けている可能性は上昇する。
引っ掛けられていないことを信じて、カードを捨てた。元々のカードは、『7』であった。
……ふぅ、危ない……。
寿哉の予想は、全部的中だ。曖昧な数字であること、その中でも弱い方であること。名探偵にスカウトされるかもしれない。
「それじゃ、見せ合いっこね? せーの!」
未空の号令に合わせて、一斉に額のカードを下ろした。
未空:『8』
寿哉:『6』
ギャンブルに、強運は必須要素なのである。
昔風の建物に、和室と床の間はセットだ。今では荷物置き場で利用されていることがかなりあるが、本来は罰当たりな行為である。明治時代なら説教を食らう事間違いなしだ。
ホコリを被る程奥の方にしまわれていたということは、カードも無事では済まされないかもしれない。虫に食い荒らされでもしていたら、使おうと言う気が失せる。
そういった可能性は天空の彼方に置いてきていそうな未空は、バラバラと五十四枚のトランプをど真ん中にまいた。乱暴に物を扱ってはいけないと幼少期より散々教えられてきたが、下が柔らかく受け止めてくれているので多めに見過ごしてくれないだろうか。
ところで、日本人は『トランプ』で五十四枚のカードを指すが、元々の意味は『切り札』だ。切り札を出そうと『トランプ』と言ってカードを出したのを見た大昔の日本人が勘違いし、それがそのまま日本に伝わったというのが通説だ。
カードの背景は、控えめな装飾の濃紺だった。上下の判別がつきづらそうで、マジックに使うのには圧倒的に向いていない。一枚が明らかに分厚く、シャッフルするのも苦労しそうだ。
「さてさて、何をしようかな?」
時間を忘れさせてくれる強いアイテムを手に入れた二人だったが、知っているゲームのほとんどが大人数もしくは一人遊び用。中々、二人だけでも遊べるようなものが思い浮かばない。
「トランプタワーとか、どうかな?」
「土台が不安定になるから、一段目も立たなそう」
平べったいテーブルの上なら分かるが、畳と敷布団とシーツが絶妙なバランスで成り立つタワーの存続を許してくれる気がしない。
「ギャンブル系なら、知ってるんだけどなぁ……。例えば、ポーカーとか」
「……ごめん、そこら辺、私疎くて……」
一般的に賭け事をするためのゲームは、一対一でも十分盛り上がりそうなものが多い。チップとなるものを用意するだけで、白熱さは何倍にも膨れ上がる。
ただ、どうにも噛み合わない。ルールを一から教えていては時間が無くなってしまうし、習うより慣れろと強行軍で悪路を走破しようとしても未空は楽しくないだろう。
カードそのものは使えない。複雑なルールを持つものもダメ。となると、必然的にシンプルなものになる。
「……そうだ、インディアンポーカーでもしてみない?」
「ぽーかー、分からないんだけど……」
「大丈夫、ルールは単純だから」
ポーカーはポーカーでも手札が一枚で自分からは見えないようになっているのが、インディアンポーカーだ。これなら、カードの強弱を覚えるだけで楽しめる。
やり方は子供でも遊べるようなもので、まず各自一枚だけ山札から引き、それを見ないようにして額に持っていく。こうすると、自分のカードは分からないが相手のカードは見える状態になる。
次に、カード交換。必須ではなく、自分が相手より弱いと思えば交換し、そうでなければそのままでも良い。ここで、心理戦が展開されるというわけだ。
最後は、一斉に見せ合う。この時、カードが強かった方の勝ち。同じ数字の時は、引き分けだ。
未空は飲み込みが早いようで、寿哉の説明を寝ることなく聞き入っていた。相槌を打つのが上手いのは、いずれ社会で活かされるに違いない。話していて、悪い気分にならなかった。
カードをよく切ったところで、早速一回戦が始まった。三点先取で、最高は五回戦までだ。
「……寿哉、それだと負けちゃうよ?」
正対している未空のカードは、『8』。平均的に見れば強い方だが、あくまで確率の話である。心理戦でボロを出せば、あっという間に不利になってしまうのがギャンブル系ゲームの恐ろしい所だ。
カードの強さは、『2』が最弱で『A』が最強。下剋上は存在せず、弱者が革命を起こして王を倒すなどと言ったことは起こらない。
情報が相手のカード一枚しかないので、通常の多人数でやる時と比べて運要素はどうしても大きくなる。いかに自身のカードを弱いと思い込ませるかの駆け引きがこのゲームの味を出しているのだが、その部分が薄れてしまうのだ。
心理戦で重要とされるのは、相手の細かな仕草を見逃さないこと。自信が無さそうに手をこねくり回していれば自分のカードは強く、逆であれば弱い。相手のカードが『A』なら相手が交換してくれでもしなければ選択の余地が無いが、中間の数字の場合はこの分析力が幅を利かせてくる。
「未空は、変える必要ないかな」
相手の言うことは、もっぱら信用ならない。信じられるのは、己の決断だけだ。
注意深く、未空を観察する。迷いから生じる頻繁な視点移動、楽勝ムードで油断したことによる頷きの連続、覚悟を決めてカードを変えようとする喉ぼとけの上下……。全てが、導き出すためのヒントになってくれる。
……しっかし、全くサインを出してくれないな……。
見えないところでの膠着状態が続く。ランダムにカードを配られた時、寿哉が不利なのは分かっている。期待値的にはカード交換に分があるのだが、どうしても踏み切ることが出来ない。
その根拠は、未空が『交換する』とも『交換しない』とも断言していないことにあった。このゲームの本質をもう掴んでいるわけが無いだろうから、彼女は相手のカードによって行動を決めるはずだ。
先に行動を確定させるのは、良い方法とは言えない。相手に先回りされやすくなり、勝率も下がってしまう。相手が心を読んでくる魔術師ならば一か八かですることは有るが、普通は十分に読んでから行動すべきだ。
未空が何も言葉を発さないということは、寿哉の持ちカードも中くらいの強さだということを表している。運だけの戦いになれば、互角ということになる。
「……決めた。私は、変えない」
迷った末に、変更しないという決断を下した未空。寿哉は、この新たに加わった情報も合算して再び考え直すことが出来る。
交換をしないに至ったということは、未空自身が勝っていると思ったからだ。そうなると、寿哉が負けている可能性は上昇する。
引っ掛けられていないことを信じて、カードを捨てた。元々のカードは、『7』であった。
……ふぅ、危ない……。
寿哉の予想は、全部的中だ。曖昧な数字であること、その中でも弱い方であること。名探偵にスカウトされるかもしれない。
「それじゃ、見せ合いっこね? せーの!」
未空の号令に合わせて、一斉に額のカードを下ろした。
未空:『8』
寿哉:『6』
ギャンブルに、強運は必須要素なのである。
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