ふわふわタンポポ少女を救いたい!

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あの子がいる。

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 タンポポ動乱があった翌日のことである。

 ……優希っていう女子、下のズボンが学校指定の体操ズボンだったよな……。

 身長と学年が比例するとは限らないが、航生よりやや低い背丈から考えるに彼女は同学年である可能性が高い。

 とは言っても、一学年あたりの生徒数が多い高校では、必然的に同一のクラスに編入される確率は低くなる。出身中学校が違わない三人組で入学しても、それぞれバラバラということはよくある。

 塾をすっぽぬかしたことについては、その事実を明かさないように演技を隠し通した。持ち物を全て準備して外出した後、また元居た公園へと舞い戻ったのだ。

 一時間も公園内でランニングをする体力は無かったか、優希の姿を見つけることは出来なかった。知り合いでもないので、会えなくとも気にする事は無かったが。

 昼休みということもあって、教室内は閑散としている。指摘する教師がいないことをいいことに、後ろ黒板は落書きで埋め尽くされている。

 窓際の席を占領して持参してきたトランプを広げているのは、おバカ女子軍団だ。学業に関係の無いものを持ってきてはいけないはずなのだが、そんな条文は存在しないとばかりに羽を伸ばしていた。

 昼食を食べ終わっている生徒が大半だが、ペースは個人差がある。小集団で固まってわいわい騒いでいる男子たちや、教室の端で黙々と手を合わせながら食べ物を口に運んでいく女子がいる。

 ……あの子、変わってるよな……。

 幼児教育は大事だと言われているが、あそこまでに徹底された生命尊重は行き過ぎなのではないだろうか。思想は褒め称えられるべきものだが、周りとのすれ違いで火事を起こしてしまいそうだ。

 例えば、友達が道端の草をちぎって遊んでいたとする。航生は気にも留めないが、植物の命も同等と見ている優希は咎めるだろう。昨日のように熱く解説し、自分の意見も分かってほしい旨を伝えるに違いない。

 しかし、友達というある程度は許し合えるはずの間柄で何度も真剣に指摘をされると、いずれ嫌になってしまうのではないだろうか。変人だと思われて、回避されるようになる可能性は低くない。

 英語でコミュニティという共同体のインターネット通信速度は恐ろしく、あれよあれよという間に情報が全員に共有される。一旦広まった情報を訂正するのは、医療行為を施さなければ不可能に近い。

 これが、何を指し示しているか。それは、変人認定されると人が一切寄り付かなくなるということである。

 当然ながら、演技をしていただけで実際はのうのうと満足げに焼肉を頬張っているかもしれない。真偽は不明のままなのだ。

 ……どんなものにでも、感謝してるって言ってたよな……。

 昨日の発言と、今の教室の状況。照らし合わせると、何やら合致する点がある。

 教卓に近く通路からの隙間風も通る立地の席で昼食をとっている女子の事が、どうにも目から離れなくなった。

 そこの部分だけ、時空が歪んでいるかのように誰も通ろうとしない。酷暑でもないのに、ゆらゆらと動いて見える。

 そして何より、しきりに手を合わせる仕草が入っているのだ。食事前に一回『いただきます』とするのなら分かるが、食事の途中に入れることは普通しない。

 ……あの女子が……、優希?

 航生の想像と寸分たがわない、クラスで浮いていそうな孤立感。証拠が揃えば揃うほど、後ろ姿が優希に見えてきた。

 クラス全員の苗字と名前を憶えているかと問われて、イエスとは答えられない。入学間もないこの季節で、異性の顔と氏名を完璧に照合することは無理強いと言うものだ。学区が広範囲にまたがっており、街中でも見かけないのでは覚えようがない。

 人違いで声を掛けたら、冷たい目で見られるだろうか。一瞬そんなことが駆け抜けていったが、それならば謝ればいいだけの話だ。

 いつもは異性に自ら近づくことのない航生は、意を決して黙食を心掛けている女子に声をかけに行った。

「……食事中のところ割り込んで悪いんだけど、昨日、公園の芝生で会った、かな……?」

 箸を止めた彼女は、ジロジロと航生の隅々までチェックしている。不審者情報として警察に流すつもりなら、わいろを渡してでも阻止するまでだ。

 ……顔も、そっくり。

 イラストレーターは、どのようにして美少女のイラストを量産しているのだろうか。専用のお絵かきソフトを使っているのは知っているが、見様見真似で同等のクオルティの絵が描けたことは一度も無い。

 目が大きすぎると少女漫画に見えてしまい、小さすぎると大人っぽくなってしまう。デフォルメを適度に入れ、色合いがかみ合っているからこそ芸術的なかわいい子が枠の中に埋まるのである。

 その神絵師と呼ばれる人たちが丹精込めて作り上げるイラストを実物化してしまったかのような、端正な顔立ち。黄金比の作品は見栄えが良いとは言うが、正にそれなのだ。

「……たんぽぽ?」

 やはり人違いだったかと、思わず平謝りしそうになった。それもそのはず、先日聞いた声は迫力があったが、ピンクの弁当箱に箸を伸ばしたままの状態で静止している彼女は丸かったのだ。

 ……あのタンポポに限らない命に対する情熱と、どこかつかみどころのないこの女子が、同じ……?

 たが、その場にいた航生と優希しか知り得ない『たんぽぽ』というキーワードを発した以上、彼女の正体は生命の重要性を長々と講義していた優希に決まっている。

 それを踏まえても、公園でランニングをしていたスポーツ少女には見えない。これはかすかな記憶になるが、彼女は休憩時間も外に出ることなく本を読んで過ごしていたはずである。

「……きみって、タンポポをちぎろうとしてた……?」

 やろうとしていたことを復唱されると、ツボに封じ込めてお札を張り付けた蓋が取れてしまう。あの時の航生は、どうかしていた。弱者は強者に抗えないと勉強を矯正される自分を風刺していたのに、結局自身も下の立場のものを突いていただけだったのだから。

「……そうだよ。……苗字、分からない」

 会話を続けようにも、呼び名に困った。まさか初対面から一日で下の名前呼ばわりは馴れ馴れしく、かと言って代名詞ではチャットで話しているようで現実味が無い。

 男子の苗字は流石に覚えてきたが、異性となると進捗は遅い。共通点がいくつもあると仲が深まるのも早くなるが、逆に接点がゼロだと進展のしようがない。

 そしてそれは優希も同じであって、名を名乗っていない航生を『きみ』と置き換えるしかなかった。

 ぎこちない会話は、好かないたちなのだ。

「……相手に尋ねるからには、まず自分からだな。俺は、園部(そのべ) 航生。呼び方はなんでもどうぞ」
「……桜葉(さくらば)優希。……ゆき、でいいよ」

 優希のそれは、内向的でボールを投げただけで腕が壊れてしまいそうな読書娘であった。多重人格の持ち主か、公私がはっきりと分かれているのかの二択だろう。

「……いきなりなんだけど、さっき優希は何かに向かって手を合わせてただろ? 信じてる神様とか、いるのか?」

 ピントがずれているとばかりに、彼女は首を横に振った。

「ほら、レタスにミニトマト。どっちも、生きてたものなんだよ。だから、『ありがとう』って」

 航生は彼女が同じ高校だと言う事に気付いたが、反対は出来なかったはずだ。航生がいるとは思ってもみていないはずであるから、演劇部に仕込まれた盛大なドッキリでもないようだ。

 ……本当だったのか……。

 自然を大切に思う心は、嘘偽りのない本物だったのだ。
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