俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。

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裏バレンタインデー

015 審判の時

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 朝の日光が、カーテンの無い窓から差し込んでくる。金属製の固く閉ざされたドアにスポットライトが当たっていて、今日の主役が登場する場所を示していた。

 早朝から無人の空き教室に籠っているのは、部外者に乱入されたくないから。内側から鍵はかけられないが、フロアの端まで探索する変人もいない。

 人生に、これほど舌がざわめき立つ月曜日は無かった。淡泊な味しか触れてこなかった味蕾に、新しい風が吹き込む予定である。

 今日は、おそらく創作であろう『裏バレンタインデー』。知らされたのが先週の金曜日なので、時間間隔だとすぐ到来した感じだ。

 ……お願いだから、判定しやすいのを……。

 予定では、悠奈と麻里の手作りチョコ対決が行われる。審査員は、健介ただ一人。両肩にのしかかる象の足は、今後の発達に悪影響を及ぼしかねない。

 二人共が似たクオルティの作品を持ってこようものなら、たちまち増水した川の三角州に追い込まれる。どちらの出した浮き輪で救助してもらうか、運命の二択を突きつけられるのだ。

 このうち、悠奈の暴走機関車には水を被せられた。野菜サラダチョコなど、健康管理に気を遣う中高年以降でも十分間に合う。

 麻里が料理下手だという情報は入手していない。バレンタインデーの提案に身を乗り出したのだから、腕に絶対の自信があるのが妥当だろう。

 さび付いたドアノブが軋んで、素っ頓狂なうめき声を挙げた。スリガラスの向こう側には、やや小ぶりな人影が映っている。

 元気よく、扉が前へ押し出された。ファーストペンギンが南極海に飛び込んだみたいだ。

「健介くん、おはよう! 多田さんは、敵前逃亡したのかなー?「
「時計見てみろよ。まだ始業まで三十分はあるぞ」

 健介の説明など鼓膜が反射したとばかりに、麻里はカバンを下ろすのも忘れて掃除用具入れを開けた。中には箒が数本と、ほこりを被った簡易チリトリが入っているだけだった。

 悠奈が敗走するのは、このまま合戦に突入しても勝ち目がないと悟った時。一対一の料理勝負で、背中を見せはしない。

 麻里は、カバンから長方形のかしこまった黒箱を取り出した。マスキングテープがバッテンに貼られていて、その上をマジックで波線が描かれている。

「……先にあげちゃっても、いい?」
「不正だって、悠奈にとっちめられるぞ?」

 賄賂の一件で、悠奈は警戒心を増幅させて身にまとっているはずだ。やましい行動を見つければ、一撃でスイッチが起動してもおかしくない。

「……それにしても、幼稚園の女の子みたいに『じゃすてぃす』って、決め言葉で恥ずかしくないのかな……?」
「それは俺も知らない。小学校からの口癖だから、ある程度はしょうがないんじゃないか?」

 悠奈が正義感に目覚めたのは、遡る事十年前。健介も、公園の花壇に咲く花をちぎった罪で成敗されたことがある。

 なぜ彼女が正義を『ジャスティス』と読むのかを知っていたのかは謎のままだが、そのころから決め言葉は変わっていない。

 ……関係ない方向へ突き進まないといいけど……。

 現在の悠奈は、倫理的に問題のある事柄を悪としている。周りの人間の共感を受けやすい苛立ちであるために、刑執行と言う名の暴力も許されているのだ。

 彼女が、宗教に染まってしまったとしよう。教義に反する一般人を片っ端から入信させ、ひいては日本の政府を乗っ取ってしまうかもしれない。

 ヒーロー気取りを辞めろと他人に制止されても、悠奈は己を貫き通す。アクセルを緩められないのなら、周りが操縦桿を握ってやらなければならないのだ。

 ……悠奈が道を踏み外すとは思えないけどな……。

「……健介くん、こういうのはどうかな?」
「……何やってるんだよ……」

 正義感の考察を深めている間に、麻里は猛獣狩りの罠を仕掛けていた。やり方は陳腐なもので、糸を地面に張って引っ掛ける方式だ。

 セロハンで張られた手縫い糸に、人間の蹴りを受け止められる強度は無い。放置していても問題は無さそうである。

 誰にでも思いつきそうないたずらで麻里は満足したらしく、二の矢を設置はしなかった。

 ……麻里は、悠奈のことを嫌いすぎだろ……。

 健介に現れた新しいライバル、という認識でいるのだろう。麻里の独占欲が昂ったのなら、まんざらありえない話ではない。

 ライトノベルで、幼馴染という単語はヒロインに繋がる。彼女の嫉妬心を増幅させるに足りる補足だ。

 灰色の粉で覆われた机が並んでいる空き教室。窓側の一列だけ茶色が復活しているのは、健介が雑巾で掃除したからである。

 窓際にもたれかかって扉が開くのを待つ健介と、チョコが装填されているであろう箱をしきりにチェックする麻里。時計の秒針が巡る音だけが、壁に跳ね返って反響している。

「悠奈のチョコが何か、健介くんは知ってる?」
「……さあ」

 悠奈の材料選びを手伝ったとは、口が裂けても言えない。手元にしまってあるボタンから援軍を呼ばれて、会場が阿鼻叫喚と化す。

 健介が悠奈に勧めたのは、基本である生チョコ。目新しくはないが、大失敗もしづらい。時間を取ってまで不味い物を食べたくなかったが故の措置だった。

 ……手作りと市販の違いって、なんだろうな……。

 愛情や友情は概念であって、チョコにまでは溶け込まない。親しいカップルの彼女が笑顔でくれた黒焦げチョコは、食べる気にならない。

 最大の効果は、貰った側に気持ちを伝えられることだろうか。健介も、あの日にお手製の何かを贈っていれば未来は分岐していたかもしれない。

「……健介―! 私だよ、悠奈!」
「鍵はかかってないぞー!」

 麻里は、天敵の飛び跳ねる声に臨戦態勢をとった。悠奈と長年の付き合いである健介に言わせてもらえば、武器なしで立ち向かおうとしている時点で、敗色濃厚である。なんなら、刃物を構えていても制圧される。

 扉が開き、悠奈がごちんまりとした箱を手にして教室へ入ってきた。装飾のされていない水色の箱であった。髪型はいつも通り、解放された長髪にピンクのヘアピンである。

「マリちゃん、事前交渉は……」

 麻里に目線を奪われて、気が抜けた一歩を出そうとした悠奈。

 彼女の体は、足首を支点にして斜めに傾いていた。

 物理の問題を解く上では、度々『力が一点に集まる』という前提が置かれている。こうでもしなければ計算が出来なくなるからなのだが、この前提の下では致命的な力が抜けるのだ。

 その力とは、回転力。ひ弱に思われた手縫い糸は、見事に悠奈の足を掬ったのだ。

 人間は、反射で頭を守ろうとする。脳がやられては再起不能となる以上、合理的な判断だ。

 悠奈は、咄嗟に着地体勢を取ろうとした。ケンカを幾度となく潜り抜けている猛者は、切り替えが早い。

 だが、しかし。

 ……あっ……。

 身体を無傷で守るには、重大な犠牲を払う必要があった。

 悠奈が大事に抱えていた小箱は、蓋が飛んだ状態で逆さまに着地していた。
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